【Side:太老】
「僅か半日で十三件もの事件を解決……。一体、どうやったんですの?
警備員の方々も驚いてましたわよ」
黒子に訝しい表情を向けられながら、俺は今、例のファミレスに居た。
警備員の仕事帰り、またも偶然居合わせた黒子に捕まって、連れて来られたと言う訳だ。
黒子が言っているのは、恐喝や傷害の現行犯で、俺が補導した頭の悪い不良達のことを言っているらしい。
その不良達が、何れも能力者≠セったと言う点だけは、俺は不幸≠セったと言うしかない。
しかし、別に、それほど危険な任務でもなかった。
子供が能力を手にして、調子に乗って悪さをしていたと言う程度の話で、頭の悪い連中と言うのは、どこにでもいるものだ。
そんなに驚かれるほどのことでもない。実際、あんなのは、そこら中にたくさん転がっているだろう。
しかし、確かに現場に出くわした件数が多い。その点からも、色々と、この街は物騒過ぎる気がする。
能力者ばかりを街に集めて、色々と研究しているような場所だ。
そう言う意味でも、変な奴ばかり大勢集まってるのかも知れない。類は友を呼ぶとも言うし。
「こんなに使えるなら、風紀委員に無理を言っても勧誘するべきでしたわ」
「いや、無理でしょ? 俺、学生じゃないし」
まあ、それを言ったら、教員でも学園の関係者でもないのだから、警備員も普通は出来ないはずなのだが。
「そんなの、いざとなれば、どこか適当な学校に編入させるなりして、学生証さえでっち上げて≠オまえば、幾らでも誤魔化しが利きますわ」
それ、学園の規律を預かる風紀委員としては、どうなんだ?
と、思わなくはなかったが、何か更に面倒な話になりそうだったので、敢えてスルーした。
「で? 俺は何でここに連れて来られたのか、理由を聞いてないんだけど?」
「もうすぐですわ。悪いと思って、珈琲を驕って差しあげましたでしょ?」
珈琲一杯で買収って、安すぎると思うのだが……。
せめて、ケーキセットにして欲しいと思う俺は、やはり貧乏性なのだろうか?
どちらにしても、常盤台と言えば、結構なお嬢様なのだから、もう少し奮発してくれてもいいものだ。
中学生に驕らせようとしている俺のことは、この際、置いておいて欲しい。
「見つけた――!」
「ブ――ッ!」
「ちょっ!」
座席から確認できる歩道側の窓に、ベッタリと張り付いていた美琴に驚いて、思わず口にしていた珈琲を噴き出してしまった。
俺の口から飛び出した珈琲は、的確な命中率で、向かい席に座っていた黒子の顔に命中した。
「そう……喧嘩を売ってますのね」
「いや、待て! 今のは態とじゃない! 美琴がだな!」
「問答無用ですわ!」
空間移動能力を駆使して、近くのナイフやフォークやらを、俺に飛ばしてくる黒子。
近くを通りかかった店員からお盆を掠め、俺はそれを盾に、黒子の攻撃を次々に弾き落としていく。
目を丸くして、呆然とした表情で固まっている店員を見るのは、これで二回目のことだった。
異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第5話『無駄な知識』
作者 193
「もう、あのお店には行けませんわ……」
「それは、こっちの台詞だ……」
あれだけの騒ぎを起こした後では、二度とあの店の敷居は跨げないだろう。
風紀委員と警備員の二人が店内で大暴れしたんだ。
弁償はさせられたが、通報されなかっただけ、マシと思っておこう。
捕まっていたら、始末書どころの話ではなかった。
「んで? 美琴ちゃんが、何でここに?」
「私が居たら、何か困ることでもあるって訳?」
何だか、一触即発と言った様子。下手なことを言えば、直ぐにでも電撃が飛んできそうだ。
「私もアンタには色々と聞きたいことがあるけど、今日はそのことじゃないわ」
「うん?」
「鞄の女の子が、アンタに礼を言いたいって言っててね」
鞄の女の子で、直ぐにピンときた。昨日、美琴と探し回った鞄の、持ち主の子のことだろう。
そう言えば、黒子が怖くて逃げ出して、そのままだったな。
小さいのに『ちゃんと礼を言いたい』だなんて、律儀な女の子だ。
この目の前の少女達≠焉Aそのくらい可愛げがあればと思わなくはないが、そんなこと口に出せるはずもない。
「んで? その子はどこに?」
「取り敢えず、アンタに会って話してからと思ってから、まだ連れてきてないわよ」
どうしよう? このまま美琴達について行って、女の子に会ってもいいのだが、正直、仕事で疲れてるんだよな。
と色々と悩んでいると、見慣れた女生徒が目の前からやって来た。
「あ、白井さん、御坂さんも! と、正木さんも、こんにちは」
相変わらず、独特の雰囲気を持ったマイペースな子だ。
頭の花が特徴的だから、遠くからでも直ぐに初春だと分かる。目印には丁度、いい子だな。
同じ学校の友達と思しき少女と一緒に、挨拶を交わしながらペコリと会釈する初春。
友達の黒髪ロングヘアーの子も、中々に可愛らしい子だ。
「学園最強の電撃使い! あの『超電磁砲』の御坂美琴さんなのです!」
「え……ええっ! 本当に!?」
そうこうしている間に、初春が美琴を自慢げに友達に紹介していた。
そうなんだよな。確かに常盤台のエース、しかも学園に七人しかいない超能力者と言うだけあって、美琴は超有名人だ。
一見して美琴を知らない人物からすれば、雲の上の人、アイドル、高嶺の花と言った感じなのだろう。
理想と現実は違う。美琴の場合、その典型的な例だが。
「あの、あたし佐天涙子≠ナす! 初春の親友≠竄チてます!」
美琴の手をガッシリと握って、目をキラキラと輝かせながら挨拶をする少女。
何と言うか、初春の親友≠ニ言うのが、よく分かる子だった。
「駄目ね。出掛けてるみたい」
美琴が携帯電話で女の子の家に連絡をしたのだが、どうやら留守だったらしい。
しかし、また独創的なデザインの携帯電話だ。全体が緑色、カエルを形どった携帯電話とは、奇抜過ぎるデザインだろ。
何かのキャラクターなのかも知れないが、些か、その趣味はどうかと俺は愚考する。
と、言うか美琴って携帯電話とか大丈夫なのか? 精密機械って電気とかに弱いし、壊れたりしないのだろうか?
電気を流さないために、全体をラバー加工してあるとか? まさかな……。
「ううん……困ったわね」
「別に後日でもいいんじゃない? んじゃ、俺は帰らせてもら――」
何故か、美琴に無言で腕を、ガッシリと掴まれる俺。
どうやら、逃がしてくれる気はないようだ。
「じゃあ、皆で行きましょう。黒子も行くわよね」
「ううん……本当は警邏があるのですけど……」
何やら、デパートに服を買いに行く話でまとまっていた。しかも、何故か、俺も行く話になっている。
黒子も、俺が行くと言うことで、最初は渋っていたが、一緒に来ることにした様子。
初春達が一緒とは言っても、美琴と二人で行かせたくはなかっただろう。以前の噴水の件もあるし。
どうも、黒子には敵視されている気がしてならなかった。
◆
【Side;黒子】
警備員に連絡を頼んで置いて正解だった。
そのお陰で、正木太老を確保≠キるのが、思いのほか簡単だったからだ。やはり、首輪≠付けて置くに限る。
しかし、彼の情報を引き渡してもらうついでに、警備員から教えてもらったことは、我が耳を疑うほど、とんでもない内容だった。
十三件だ。この数字の意味が分かるだろうか?
わたくしも風紀委員をやっていて、一人で、それだけの事件を一日で解決した人物など、噂にも聞いたことがない。
それだけの事件に出くわす彼も彼だが、それを全部捕まえてしまう彼の能力の高さには、ただ感服するばかりだ。
その犯罪者の尽くが、すべて能力者だったと言う点も馬鹿に出来ない。
何れも異能力相当の能力者だったみたいだが、中には強能力者も数名混じっていたと言う。
最近、増えてきている能力者による犯罪は、風紀委員でも頭の痛い問題となっている。
そんな中、彼の行った功績は非常に大きいものだ。警備員の方々も『よい拾い物をした』と大喜びの様子だった。
多少、強引な手を使っても、風紀委員に引き抜くべきだったかも知れないと、本気で思ったほどだ。
「へえ、正木さんって凄いんですね。一日で、そんなに犯罪者を検挙するなんて」
「アンタ、呪われてるんじゃないの?」
「言わないでくれ……」
初春が感心した様子で、彼の仕事振りを聞いて驚いている。
お姉様の評価の方が、ある意味で正しいような気もするが……。
しかし、どう考えても、偶然では済まされない事件との遭遇率だ。やはり、彼には何かあると言うことなのだろうか?
わたくしが警邏を止めてまで、お姉様達の買い物に付き合おうと考えたのも、主な理由はそこにあった。
もし、わたくしの予想が正しければ、正木太老と一緒に居ることで、何か事件に出くわすのではないかと考えたからだ。
この推測が当たっているようであれば、彼の能力を特定する切っ掛けにもなるかも知れない。
しかし、この結果が当たっていたとすれば、わたくしは更に頭を悩ませることになるのだろうが――
「幻想御手があったらなー」
『幻想御手?』
初春の友達、佐天さんと言ったか?
何か、聞きなれない単語を言うものだから、お姉様、初春、わたくしの三人は声を揃えて反応してしまった。
「あ、知りません? 今、ネットでずっと噂≠ノなってる奴ですよ」
彼女の話によれば、幻想御手とは、能力のレベルを簡単に引き上げることが出来ると噂されている道具の名前らしい。
それが、どんな物かは分からないが、能力を簡単に引き上げられるなどと、眉唾物の話もいいところだ。
しかし、何か気になる。幻想御手、本当にそんな物があるのだとしたら、一連の事件にも説明は確かにつく。
ここ最近、犯人の登録されている能力情報と、レベルに食い違いのあるケースが多発していたからだ。
今日、正木太老が確保して来たと言う能力者達も、その殆どが同様のケースだった。
ただの偶然か? いや、しかし……。
「幻想御手ね」
「何か、知ってるんですの?」
先程まで無言だった彼が、突然話に割って入ったことで、わたくしは疑いの視線を向けながら、彼を問い質す。
少しでも、何か情報があるのなら、どんな細やかな情報であろうと、欲しかったからだ。
それに、単なる勘だが、彼なら何か知っていても不思議ではない。そんな気がしていた。
「……すまん。名前くらいしか思い出せない。
大筋は覚えてるんだが、何と言うか細部の記憶が曖昧なんだよ」
「大筋? 細部?」
意味は分からないが、どうやら何か知っているのは間違いないようだ。
捕まえたと言う犯罪者から何か聞きだしたのか? いや、警備員からも、そう言う報告は受けていない。
だとすれば、可能性としては、別の情報源≠彼が持っていると言う線だ。
彼には、『学園上層部と繋がっているのではないか?』と言う疑いもある。そして、そのことは警備員の件で濃厚となった。
だとすれば、何らかの情報≠彼が持っていて、幻想御手に関しても、何か理由があって、学園側からの依頼で、秘密裏に調査を行っていると言う可能性も否定は出来ない。
「実在≠ヘ、するんですのね?」
「そうだね。あるにはある≠ニ思うよ」
それだけ聞ければ、今は十分だった。
佐天さんの情報だけなら、単なる噂と聞き流していたかも知れないが、彼が言うのなら、その信憑性は大きく増す。
幻想御手――そんな物が本当に実在するのだとしたら、確かにこれは大問題だ。
学園としても、当然、その存在を公にすることも、放って置くことも出来ないだろう。
(だとすれば、幻想御手のことを調査している彼は、もしかして――)
彼の正体は気になるが、まずは真実≠確かめる。その後でも、遅くはない。
【Side out】
【Side:太老】
女の子の買い物に、付き合うことになるとは思わなかった。
しかも、傍目から見れば、見た目だけは美少女≠フ四人を侍らせているような状況でだ。
実際には全然違う。一人は凶悪な空間移動能力者≠セし、もう一人は最凶最悪の超能力者≠ニ来たものだ。
まだ、一般人と言えるのは、仮にも風紀委員だが、低能力者の初春と、その友達の佐天くらいではなかろうか?
ここまでの話を盗み聞きしている限り、佐天涙子、彼女は無能力者の様子だし。
「へえ、正木さんって凄いんですね。一日で、そんなに犯罪者を検挙するなんて」
「アンタ、呪われてるんじゃないの?」
「言わないでくれ……」
俺が警備員をやっていると言う話になって、唐突に昼間の仕事のことを聞かれ、この話に流れ着いた。
俺だって、好きで犯罪者に出くわしている訳じゃない。何故か、向かった先に犯罪者が居ただけの話だ。
いや、と言うか、サボって休憩しているだけで、犯罪者が寄って来るようなこともあった。
美琴の言うように、本当に呪われてるんじゃないだろうな? 西南みたいなのは、本気で勘弁して欲しい。
「幻想御手があったらなー」
そんな他愛のない話をしながら歩いていると、唐突に「自分にも能力があればな」と佐天が話だし、幻想御手なる物の話題が飛び出した。
どこかで聞き覚えがあると思ったら、『とある科学の超電磁砲』で出てきた、あの事件≠フ重要アイテムの名称だ。
うろ覚えだが、能力者の能力を上げることの出来るアイテムだったっけ。確か、内容は――
「幻想御手ね」
「何か、知ってるんですの?」
思わず口に出てしまったようで、訝しげな表情を黒子に向けられていた。
知らない訳じゃないんだが、はっきりと内容まで思い出せない。
確か、『林道』だか『森川』さんだか、何かそう言う名前の奴が犯人だった記憶は残ってるんだが、俺からすると大昔の記憶だけあって曖昧で、しっかりと思い出せない。
「……すまん。名前くらいしか思い出せない。
大筋は覚えてるんだが、何と言うか細部の記憶が曖昧なんだよ」
「大筋? 細部?」
取り敢えず、黒子には正直に話す。本当のことだし、無理に思い出せと言われても、自信がない。
幻想御手に関しては、音楽か何かが関係していた記憶はあるのだが、それでどうやって能力が上がるのかとか、そこまで詳しく覚えていない。
全然、役に立たない原作知識≠セ。まさか、二度もこんなことになるなんて思ってもみなかったら、『天地無用!』に関する知識以外は、ネタやノリ的に覚えてるもの以外は、それほど意識して覚えてない。
普通、原作を知ってるアニメや漫画の世界に、一度ならず二度も迷い込むなどと、考えもしないだろう?
特に、この作品の原作は、やたらと複雑な設定や、解説が付いてるので、実のところ殆ど覚えてない≠ニ言うのが俺の結論だ。
ネタ的なものの物覚えはいいんだが、どうも、ああ言う、ややこしいのは駄目なんだ。
「実在≠ヘ、するんですのね?」
「そうだね。あるにはある≠ニ思うよ」
あるのは確かだ。それだけは断言できる。この世界が原作通りの世界だとすればだけど、殆ど間違いないだろう。
納得してくれたのかは分からないが、何だか、考え込んでいる様子で、ウンウンとしきりに頷いている黒子。ちょっと不気味だ。
まあ、放っておいても、黒子と美琴が解決してくれるだろうし、俺はのんびり≠ニ、この世界で暮らすことにしよう。
警備員になったことは予想外だったけど、犯人を確保した数に応じて昇給≠竍ボーナス≠燒痰ヲるし、街の人にも感謝されるしで、それほど悪い仕事でもない。
適当に雑魚を相手しておけば、危険なことはないだろう。
少なくとも超能力者クラスの奴を相手にしない限りは――
多分、大丈夫だよな?
俺の視線は、嫌な予感の元凶、美琴へと向けられていた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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