【Side:太老】

「これで五十四人目です、とミサカは正確な数字をここに報告します」
「今日は随分と多いな……」

 結局、アパートにそのままミサカを放っておけず、仕事にまで連れて来てしまった。
 街の警邏が俺の主な仕事だし、ミサカが一緒でも色々と誤魔化しは利き易い。
 別にそのことについてはいいのだが、問題はミサカの問題発言の数々だ。
 警備員(アンチスキル)の同僚に――お持ち帰りされただの、初めての体験だの、間違ってはいないが誤解を招くような発言をポンポンと言ってくれたお陰で、同僚にまで何やら白い目で見られる結果になってしまった。
 中には「頑張れよ。でも、避妊はきちんとな」などと、教師とは思えない発言をしてくれる不貞の輩もいた。
 そんな同情的な応援はいらない。ミサカに関わってからと言うもの、何だかずっとペースを乱されっ放しのような気がする。

「しかし、短時間にこれだけの犯罪者を確保するなんて、実際に見ても信じられません。
 どんな裏技を使っているのですか? とミサカは率直に疑問を投げ掛けます」
「裏技も何もないよ。敢えて言えば、俺の行く先に犯罪者(こいつら)がいるだけだ」

 先程捕まえた犯罪者(ばか)共をふん縛り、近くの街灯に括りつける。
 後は駆けつけた警備員(アンチスキル)が回収してくれるはずだ。朝から、ずっとこの調子で警邏を続けている。
 隊長曰く――

「お前の場合、適当に警邏してくれている方が、色々と効率もいいみたいだからな」

 ようは俺が囮役を務め、網に掛かった犯人を確保する。後は警備員(アンチスキル)に連絡を入れれば、自動的に回収に来てくれると言うシステムだ。
 昨日のように一々、警備員(アンチスキル)の詰所に連れて行かなくていいだけ楽ではあるが、その分、仕事が増えている気がしなくはない。
 色々と言いたいこと気になる点があるが、不本意とは言え、隊長の言うように随分と効率的なようだった。
 まあ、時間になったら直帰してもいいと言われてるだけマシか。面倒な報告書を書かなくていいんだし。

犯罪者(ゴキブリ)ホイホイ?」
「安直でいて、否定も出来んほど率直な二つ名≠付けんでくれ!」

 一方通行(アクセラレーター)超電磁砲(レールガン)とか、まだそれっぽい二つ名ならまだしも、『犯罪者(ゴキブリ)ホイホイ』なんて二つ名、恥ずかしくて外も歩けない。
 しかし、このままではミサカの言うように、変な二つ名が俺に付くのも時間の問題だ。
 俺は膝を折り、頭を抱え、そのことを真剣に思い悩んでいた。

「午後五時、本日の勤務時間はこれで終了です、とミサカは仕事の終了を報告します」
「お、もうそんな時間か」

 何はともあれ、仕事はこれで終わりだ。
 今日は、もう面倒なことに巻き込まれる前に、さっさと帰ることにしよう。
 そう思って帰り支度をしていると、ミサカがジーッと俺の方を見て、何やら右手を差し出していた。

「な、何?」
「仕事を手伝ったんだからアルバイト代寄越せや、とミサカは正当な対価を要求します」
「ちょ! 口調違うし、何その恫喝的な態度!?」

 うっかりミサカは、しっかり≠烽オているようだった。





異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第10話『食いしん坊ミサカ』
作者 193






 結局、ミサカのアルバイトの対価として、ファミレスで食事を奢らされることになった。
 晩飯をここで食べたいとミサカが言い出したからだ。しかも、よりにもよってあのファミレス≠セ。
 店に入るなり、店員の顔が凄く引き攣っていたように見えたのは、決して俺の気の所為ではないだろう。
 理由は言われずとも分かる。当然、そうなるよな。俺が店員の立場でも、こんな問題ばかり起こす客は嫌だし。

「何でよりにもよってここなんだ?」
「ミサカはファミレス≠ニ言うものに非常に興味がありました、とここに来た理由を正直に述べておきます」
「ファミレスに? そういや、弁当一つに随分と――」
「言っておきますがミサカは食いしん坊≠ナはない、とミサカは話を補足しておきます。
 ミサカは知識とは知っていますが、実体験そのものがありません。
 食べる≠ニ言う行為に関しても、施設では必要のないものでした」

 ミサカの説明を聞いて、俺は眉間に皺を寄せる。
 大体のところは察していたつもりだが、ようは当たり前のことを当たり前に体験することすら、ミサカには許されなかったと言うことだ。
 それだけの時間、それだけの価値が、最初からミサカには与えられていない。
 研究者達にとって、ミサカと言う存在は、実験動物(モルモット)そのものだったと言うことなのだろう。
 ミサカがこうして、様々なものに興味を抱くのは、ある意味で当然のことなのかも知れないと俺は考える。
 そして、それはミサカにとっても、よい兆候なのかも知れないと。
 殺されるために生まれてくる。殺されることが当たり前の存在。そんなこと、俺には認められそうにもない。

(俺はどうするべきなんだろう……)

 最初は関わるつもりなどなかった。
 とは言え、実際にミサカを目の前にして、正直それでいいのか分からなくなって来ていた。
 こいつ等は生きている。感情は気薄だが、それは色々なことを知らな過ぎるだけだ。ミサカには考え、自ら行動する力がある。
 生まれは特異なものだったのかも知れない。しかし、魂と呼べるものが確かに妹達(シスターズ)にはあった。

 それは個人を識別するものだ。ミサカの言うような固体識別番号ではない。ミサカ個人を指し示す大切なものだ。
 ミサカにも命があると理解してしまった。そんな俺に、本当にミサカを見捨てることが出来るか?
 答えは出ない。でもきっと、目の前でミサカが殺されようとしていたら、また助けると思う。
 そんな確信めいた予感が、俺の中にはあった。

「我ながらお人好しだよな……」
「では、このハンバーグランチとナポリタン、ピザにカレーと、食後にプリンパフェを」
「はい、畏まりました」
「って、ちょっと待てぇ――っ!」

 さっさと注文をとって逃げるように席から離れてしまう店員。
 そんなに俺に関わるのは嫌だったのだろうか? しかし、ミサカめ。遠慮なく注文しまくりやがって。
 少しでも可哀想だと思った、俺の優しい気持ちを返せ。これでは、俺の方が可哀想だ。
 お財布の中身などが、特に寂しい思いをしかねん。

「本日確保した人数からすれば問題のない対価の範囲です、とミサカはタロウのお財布事情を熟知した上で回答します」

 確かに一人確保する毎に、特別手当が貰える契約になっている。
 能力者を一人確保する毎に最低でも一万円貰える約束になっているので、今日だけで単純計算五十万円以上荒稼ぎした計算だ。
 危険手当諸々を含めて一人一万を安いか高いかと判断すると微妙な線ではあるが、生活をしていくには不自由のない十分な額と言えるだろう。
 しかし、ミサカの考えには一つだけ致命的な欠点があった。

「その特別手当が出るまでに、俺の財布が底を尽きたらどうする気だ!?」

 給料が貰えるまで、まだ一ヶ月近くある。そこのところをミサカは見落としている。
 どうせ素直に欲求に突っ走った結果なのだろうが、これからは少し自重してもらわないと俺の財布が持ちそうにない。
 何だか不満げな様子で、しれっとした顔をしているミサカ。全く、反省の色がないらしい。

「お待たせしました」

 テーブルの上に、所狭しと並べられる何種類もの料理。
 これを全部一人で食べる気で注文したと言うのだから、食いしん坊でなくなんだと言うのだ。
 早速、ナイフとフォークを両手に、料理に口を付けるミサカ。
 黙々と食事を取るその様を見るだけでは、美味いのか不味いのかも分からない。

「はあ……」

 こっちの食欲が損なわれるほどの食べっぷりだ。とは言え、ツッコミを入れるのも、いい加減疲れてきた。
 このミサカに関しては、こう言うものだと諦めて掛かった方が、何かと精神的にも良さそうだ。
 食費の方は最悪、前借り出来ないか隊長に相談してみようと思った。

「そこを何とか――」

 何か見知った女の声が聞こえた気がする。それも、俺の危険探知機にビンビンと伝わってくる嫌な声だ。
 まさか、と言う疑問を挟みつつ、俺はそーっと席の間仕切りから顔を半分だし、声のした方の様子を窺う。

「ダメだダメだ。子供(ガキ)は、もうねんねの時間だぜ」

 嫌な予感は的中した。間違いない、美琴だ。
 こんなところで何をしているのかは分からないが、本当にこのファミレスでよく遭遇する。
 幸い、向こうは気付いていないようだし、この席はあっちからは死角になっている。
 大人しくしていれば気付かれることはないだろう。俺は一先ず、ほっと胸を撫で下ろす。

(しかし、馬鹿な連中だな)

 とは言え、美琴にあんな暴言を吐くなんて、間違いなくあの不良は死亡確定だ。
 美琴の前の席に腰掛けている三人の不良。どう見ても高位能力者には見えない。どこにでも居るようなチンピラだ。
 美琴のことを知らないとはいえ、ああいう不用意な発言をこの学園都市でするものじゃない。
 常盤台中学の制服を見て気付かないのか? あそこは強能力者(レベル3)以上しか在校していないような怪物(モンスター)学校だ。
 俺なら知っていて、そんな学校の生徒に喧嘩を売ろうなどと思わない。
 戦闘に適した能力、そうでないものと別れはするだろうが、万が一と言うことがある。勇気と無謀は違う。無知とは怖いものだ。
 これから起こる惨劇を想像して、俺は不良達の冥福を密かに祈っていた。

「え〜! 私、そんなに子供じゃないよぉ」
『ブ――ッ!』

 思わず口に含んでいた水を吹き出してしまった。
 悪い物でも食ったのか? それとも、今日が世界の終焉の日か?
 美琴があんなことを言うなんて、何だか見てはならない、空恐ろしいものを見た気がする。

「タロウ……汚いです、とミサカは猛烈に先程のタロウの行動に対し、謝罪を要求します」
「ああ、すまん……悪かった」
「では店員さん、とミサカは店員を呼び止め、ガトーショコラとモンブランも要求します」

 ガックリとその場に項垂れる俺。
 確かに俺が悪いのだが、容赦が無いミサカの注文攻撃に、俺の財布はかなりのダメージを負っていた。
 やはり美琴が関わると間接的にでも、碌なことがないらしい。
 アイツと遭遇する時って、いつも何かのトラブルが起こるんだよな。
 これは益々見つからないように身を隠して置かなくては。

「タロウ……何をしているのですか? とミサカはタロウの不審な行動を訝しんでみます」
「お前も、もっと窓際の席に寄れ、ほら早く!」
「……?」

 訝しげな表情を浮かべながらも、俺と同じようにズズッと席をズラし、廊下からは見え難い位置に移動するミサカ。
 これなら美琴に早々見つかるようなことはないだろう。
 美琴のあの態度、何かを企んでいるのは間違いない。それも、俺の予感が正しければ相当にきな臭い何かだ。
 昨日の虚空爆破(グラビトン)事件といい、あんな面倒ごとに関わるのは、これ以上勘弁して欲しい。
 ただでさ、ミサカのことで頭の痛い問題を抱えていると言うのにだ。

「これこれ童子ども、よってたかって女の子の財布を狙うんじゃありません」
『――!』

 話の内容から察するに、どうも演技の理由は連中が持っている幻想御手(レベルアッパー)≠フ情報が欲しかったからのようだ。
 美琴なら脅して吐かせた方が早いような気がするのだが、あの努力に免じてこの場は何も言わないでやろう。
 何とか話が纏まり、美琴が情報を連中から金で買おうとしていると、何を勘違いしたか、美琴の後から男が助けに現れた。
 美琴を助けようなんて馬鹿が本当にいるとは、と俺は驚く。しかも、この声には非常に聞き覚えがあった。

(やはり上条か……)

 案の定、上条だった。あの馬鹿、自分から余計なことに首を突っ込まなくていいものを、無駄な正義感を振りかざして。
 ここまでは上手いこといっていたのに、邪魔をされた美琴が肩をプルプルと震わせている。
 そりゃ、あれだけ恥ずかしい思いをして、もう少しといったところで、全て御破算にされたらな。

 上条の場合、あれは美琴を助けに現れたと言うよりは、不良共を助けに出て来たと言うべきかも知れないが、それこそ余計な労力だ。
 ああ言う馬鹿共は放って置いても、他で必ず同じことを繰り返す。一度焼かれるなりしておいた方が、連中には良い薬と言うものだ。
 その方が、警備員(おれたち)の仕事も減って万々歳だと言うのに。

「汚ねえ手を使いやがって、ボコボコにしちまおうぜ」

 どうやら不良共に、上条と美琴はグルだと思われたらしい。
 しかも気が付けば三人だった不良達はゾロゾロと増え、十人近くまで増えていた。
 さすがに分が悪いと思ったのか、一目散に逃げ出す上条。

「逃げた! 自分から出て来たのに!?」
「追え! ふん捕まえてギタギタにしてやる!」

 当然、店の外に追い掛けて行く不良達。美琴も慌てた様子で、その不良達の後を追い掛けて行く。
 どうやら危機は自分から立ち去ってくれたようだ。何はともあれ、そのことだけは上条に感謝するところかも知れない。
 幻想殺し(イマジンブレイカー)って能力を持たない一般人には、何の意味もない能力だしな。
 多少喧嘩慣れはしているようだが、極普通の一般人に過ぎない上条では、あの人数を相手に大立ち回りなど出来ないだろう。
 まあ、上条のお陰でこっちも助かったようなものだし、少しは感謝して無事に不良……いや、この場合は美琴から逃げ切れるように祈っていてやろう。

「まったく、お姉様は……会計の方は、わたくしがお支払い致しますのでご心配なく」

 そう言って財布を取り出し、先程の不良達の分も店員に支払うリッチなお嬢様。
 美琴ばかりを気にしていて、俺の直ぐ隣の席に人がいるとは思いもしなかった。
 向こうも、こっちに気付いた様子で店員にカード渡しながら、目を丸くして固まっている。

「黒子ちゃん!」
「正木太老!」

 互いを指差して大声で張り叫ぶ俺達。美琴が居る時点で考慮するべき事態だった。
 危機が自分から去ってくれたことで、随分と油断していたらしい。
 驚き、固まっている俺達を尻目に、黙々と食事を続けるミサカ。
 この状況、どう説明すべきかと、本気で俺は頭を悩ましていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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