【Side:芳川】
「一体……何が?」
天井が打ち止めに銃口を向けたことで焦った私は、どうにかして彼女を救おうと同じく懐に入れてあった護身用の銃を取り出し、それを天井に向けた。
だが、次の瞬間、鳴り響いたのは一発の銃声と、まるで地震でも起きたかのような巨大な震動。
天井が崩れ落ちたのか? 瓦礫が散開し、砂埃が舞い上がっている。
(手には銃がある。しかも、まだ一発も放っていない銃が……)
では、あの一発は天井が? 私は間に合わなかった?
この突如崩れ落ちた天井の理由も分からない。銃弾一つでこんな事態になるはずもなく、ましてやこの研究所の天井や壁は厚さ三メートルにもなる特殊素材で覆われている。これは学園都市で開発された物で、一メートルの厚さがあれば戦車の砲弾すらも止められる素材で出来ていた。
こんな風に簡単に崩れ去るはずがない代物だというのに――
「幾ら緊急事態だからといって、これはやり過ぎでは?」
「ミサカが『打ち止めが殺される』とか言うから焦ってたんだよ!」
「とは言え、普通は床抜きなどしない、とミサカはタロウの非常識さに嘆息します」
ようやく晴れてきた視界の先に妙な三人組がいた。内一人はミサカのようだ。
「大丈夫か? 打ち止め」
「もう少しスマートに助けて欲しかったかも? ってミサカはミサカは思ってみたり」
埃だらけの自分の体を見回して、打ち止めは文句を言っているようだ。
「取り敢えず、前くらい隠せ……」
「レディの裸をジロジロ凝視するなんて……欲情した? ってミサカはミサカは興味津々で聞いてみたり」
「するか! 幼女っ!」
「ガガーン! ってミサカはミサカはショックを受けてみたり」
その一言を口にした瞬間、一緒にいたツインテールの少女に容赦なく蹴り飛ばされる男性。
正直、全く理解不能な状況だった。
目の前で当事者を無視してコントを繰り広げる四人を見て、先程までの緊張感は完全に薄れてしまっていた。
「あなた達は……?」
「黒子、もっと手加減を……ん? ここの研究者か?」
蹴り飛ばされて壁に強く頭を打ちつけたと思っていたのに、もう何でもなかったかのように平然とした様子で起き上がってくる男性。
さっきチラッと耳にした床抜きの話もそうだが、本当に彼は人間≠ネのだろうか?
「ええ、ここの研究者。芳川桔梗よ」
「俺は正木太老だ。事情を聞かせてもらえるか?」
それが――噂の人物との初めての邂逅だった。
【Side out】
異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第20話『ミサカの解放』
作者 193
【Side:美琴】
「アンタ達……まだ、食うわけ?」
これで三件目だ。あれだけ散々食っておいて、まだ食うのかと溜め息しか出てこない。
今、私達は、グルメ誌で話題になっている有名な三ツ星ステーキハウス≠ノ足を運んでいた。
一枚三万円もする最高級のサーロインステーキを、満足そうに頬張る妹達。
彼女達に出会った当初は心臓が飛び出るか、と思うくらい本気で驚いた。
(まさか、本当にいた≠ネんてね……)
単なる噂に過ぎないと思って記憶に埋没させていた私のクローンの話が、単なる噂でも冗談でもなかった。
しかし、色々と聞きたいことがあったはずのに、そんなことは全て吹き飛んでしまった。
原因は彼女達のこの食欲と、本当に私のクローンか、と疑いたくなるほどのマイペースな性格の所為だ。
「お姉様は食べないのですか?」
「……いいわよ。私の分も食べて」
そう言ってステーキ皿を彼女達の前に差し出してやると、それを五人分に分割し仲良く分けて食べ始める妹達。
正直に言って、『お姉様』と呼ばれるのはむず痒くて仕方ないのだが、他に呼ばせようもない。
どこに行っても六つ子∴オいだし、さすがに『私のクローンです』なんて紹介できるはずもない。
名前も同じ『ミサカ』なのだから、紛らわしい事この上なかった。
(でも、どうにかして彼女達の裏を聞き出さないと)
このまま、と言う訳にはやはりいかないだろう。
彼女達がここにこうして存在するということは、どこかであの噂の計画が進行しているということだ。
私の知らないところで、私のクローンが製造されている。そんな薄気味の悪い話。人道的な意味でも、このまま黙って見過ごすことは出来ない。
そのクローンを使って何を企んでいるのかは分からないが、碌でもないことであることは確かだ。
「あなた達……そろそろ、少しは教えて欲しいんだけど」
「実験関係者でないお姉様には何もお答え出来ません」
さっきから、ずっとこの遣り取りだ。
挙句には『機密事項です』と言って、何も答えてくれない始末。埒が明かなかった。
「力づくで聞いたっていいのよ?」
余り好ましいやり方とは言えないが、それも最悪の場合は仕方ないか、と考えていた。
厳しい視線で、少しきつく言ったにも拘らず、相変わらず堪えた様子もなく黙々と食事を続ける妹達。
冗談ではないことくらい分かってるはずだ。私のクローンというこは私のことも当然知っているはずだ。
彼女達が、どれだけの力を持っているかは知らないが、幾らなんでも超能力者レベルということはないはず。
「……もう、いいわ」
そう言って私は大きく溜め息を吐いた。
言っては見たものの、やはり自分のクローンと本気で戦う気になどなれるはずもない。
ましてや、この間抜けな食いしん坊振りを見た後では余計だ。考えていたモノとイメージが大きく違ったことも大きかった。
もっと、こう――本人を亡き者にして偽者が入れ替わるみたいな、そんなブラックなモノを想像していたというのに、実際には、真面目に考えているこちらが馬鹿らしく思えるほど、彼女達の周囲にはのほほんとした朗らかな空気が漂っていた。
(やっぱり製造者をとっ捕まえて直接聞き出すしかないか)
とても悪いことを画策している連中の仲間には思えない。
彼女達の製造者が何かを企んでいるのは間違いないが、少なくとも彼女達が悪い訳ではない、と言うことだけは私も納得せざる得なかった。
「こうやって後を尾いて行けば、アンタ達はどっかの研究所なり施設に帰る訳だから」
本人達に話す気がないのなら仕方ない。
ずっとこのまま、と言う訳ではないだろう。帰る時間になれば、彼女達もいつかは施設に戻るはずだ。
そこを押さえればいいだけの話。場所さえ分かってしまえば、幾らでもやりようがある。
「いえ、お姉様が尾いてくるのは勝手ですが、ミサカ達は施設には戻りません」
「はあ!? どう言うことよ!」
戻らないとはどういうことか、と思った。
まさか野宿する訳でもないだろうし、彼女達にも家≠ニ呼べる場所が必ずあるはずだ。
「ミサカ達はタロウに拾われたので施設には戻れないのです、とミサカは理由を説明します」
「タロウ? どこかで聞いたことがあるような――」
そこで私はハッとする。まさかとは思いつつも、妹達の方を見た。
ここでアイツの名前を耳にするとは思ってもいなかった。私の知る限り『タロウ』なんて名前の奴は一人しかいない。
しかし、『タロウ』なんて、よくある名前だ。きっと赤の他人だろう、と思いつつも妹達にそのことを確認してみた。
「いえ、お姉様のいう『マサキタロウ』で間違いありません」
「な、何でアイツが……」
「タロウはミサカ達のマスター≠ナすから、とミサカは簡潔に理由を述べてみます」
マスター? それはあの『ご主人様』とか、そう言う意味でのあれだろうか?
拾われたとか、はっきり言って聞き捨てならない単語が次々に妹達の口から飛び出してくる。
(あの馬鹿……一体何をやってるのよ!)
話を聞いても経緯がさっぱり分からなかったが、この妹達の飼い主があの正木太老だということはよく分かった。
これは直接本人≠ノ聞いた方が早そうだ。
アイツには色々と聞きたいこともあったし、大体、私のクローンに『マスター』などと呼ばせて何をしているのか、じっくりとその辺りの理由を問い質したい。
「あの馬鹿のいる場所に直ぐ案内しなさい!」
【Side out】
【Side:太老】
芳川桔梗という研究者に話を聞いて、色々と事情は察することが出来た。
瓦礫の下に埋まっていた、息絶え絶えの重症を負っていたのが天井亜雄だと分かった。
とは言え、外道を救ってやる理由はない。打ち止めを殺そうとしていたようだし、自業自得ということで放置することに決定した。
彼女が手に入れば、天井亜雄など正直どうでもいい。
「……もう、何もかも終わりね。ここまで事態が大きくなってしまったら、統括理事会でも事態を収拾できそうもない。
実験は中止。これだけの損失を出してしまった後では、事実上、研究チームは解散するしかないわね」
俺のやったことを説明してやると、芳川は嘆息し、観念したかのようにそう言った。
だが、別に悲壮感などは感じない。もっとガッカリするものかと思っていたのだが、彼女はこの事態を予想していたかのように素直に受け入れていた。
「タロウ! ミサカ達みたいにミサカも美味しい物を食べたい、ってミサカはミサカは可愛くおねだりしてみたり」
「ああ、分かったから、もうちょっと大人しくしてろ? ほら、飴玉やるからこれでも舐めてな」
ポケットから飴玉を取り出し、打ち止めに渡してやる。
前にミサカを連れて行ったファミレスで、口臭剤代わりにタダで配られていたペパーミント味ののど飴≠セ。
ずっとポケットに忍ばせてあったので、少し生温かくなっているが別に食えないものじゃない。
「う……」
何だか微妙な表情を浮かべながらも飴を口に放り込み、更に難しい表情を浮かべる打ち止め。
飴なら喜ぶか、と思ったのだが、どうやらお子様≠フ味覚には合わなかったらしい。
「天井は放って置いて、いいんですの?」
「自業自得だろ? 瓦礫からは救い出してやったんだから、そこまで面倒見てやる義理はないし」
黒子は悪党とはいえ、重症の人間を放っていくのは気が引けるようだ。
しかし、俺としては、こんな奴がどうなろうが知った話ではない。
子供に理不尽な命令を強要し、銃を向けるような外道は、寧ろ死んだ方が世のためだろう。
まあ、こう言う奴ほど、しぶとく生き残ると相場が決まっているのだが。
「私のことは捕まえなくていいの? そこの天井亜雄と同じく、実験の関係者だった女よ?」
「あー、面倒だからパス。そういうのは警備員の仕事だろ?」
「ちょっと太老? あなたも警備員だと、わたくしは思うのですけど?」
芳川や黒子の言うことはもっともなのだが、俺はそんな面倒なことはしたくない。
実験が中止になるのであれば、それ以外は俺としてはどうでもいいことだからだ。
それに研究者の連中にも十分に仕返しは出来た。研究者生命を絶たれ、ミサカ達の所為で借金塗れになった連中が、路頭に迷おうが犯罪に走ろうが、俺の知ったことではない。
全部、自分達の行いの結果なのだから、文句を言うのは筋違いだ。
「まあ、ミサカ達のことは責任を持つさ」
このままにして置けば、またどこかで実験が再開されないとも限らない。
ここで完全に芽を摘み取っておく方が、後々のことを考えると安心だ。
そのための秘策も考えてあった。だから、打ち止めを捜していたんだ。
「罪の意識が少しでもあるなら協力してくれないか?」
「……何をするつもりなの?」
この実験の研究者と言うからには施設の設備にも詳しいだろうし、助手としては最適と言えるだろう。
それに様子から察するに、既に観念しているようだし、こんなトチ狂った実験をしていた研究者の仲間にしては、まともな人物のようだ。
「打ち止め、美味しい物食べたいか?」
「だから、さっきからずっと食べたいって言ってるの、ってミサカはミサカは飴玉くらいで誤魔化されないぞって主張してみたり」
「よし、んじゃ少し協力してくれたら、後でこのお姉さんが奢ってくれるらしいから、好きなだけ食っていいぞ」
「おお――っ! ってミサカはミサカは期待に胸を膨らませつつ万歳してみたり」
芳川は何か言いたそうだったが、話を一蹴し却下した。
打ち止めに食事を奢るくらい、罪の意識を感じているなら大したことではないだろう。
まあ、プラス一名。食いしん坊ミサカがセットに付くかもしれないが、丁度いい罰だと思う。
「はあ……仕方ないわね」
喜ぶ打ち止めを見て、観念した様子で肩を落とす芳川。
「じゃあ、早速やってしまうか。邪魔者が入らないうちに」
もう、ないと思うが、また猟犬部隊のような連中に邪魔でもされたら厄介だ。
俺は芳川に案内してもらい、学習装置や培養槽などの設備のある場所に向かう。
この狂った監獄から、妹達を解放してやるために――
【Side out】
……TO BE CONTINUED
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m