【Side:初春】

 佐天さんから連絡を貰ったのは今朝のことだった。
 ここ三日ほど連絡が付かなかったことで、心配していた矢先のことだ。
 携帯電話越しに『何をしていたのか?』と彼女を問い詰めるが、返ってきた返事は予想に反し、弱々しいものだった。
 いつも佐天さんなら、『ごめんごめん』と何でもなかったかのように、軽い返事を返してくると思っていたのに、そこにはいつもの彼女の姿はなく、幼い子供のように泣きじゃくり弱々しい声で呟く佐天さんの姿があった。

『アケミが……アケミが急に倒れたのっ!』

 幻想御手(レベルアッパー)――佐天さんの一言で、真っ先に思い浮かんだのはそれだった。
 あの話を聞いてから、どうすればいいのか? 私は何一つ答えを出せずにいた。

 ――実験の犠牲になった子供達
 ――その子供達を救おうとした木山春生

 彼女のした行為は、無関係の大勢の人達を巻き込む、決して許されないことだ。
 しかし、その心情は共感できる物だった。
 子供達を救いたい、大切な人を守りたい、そう思う気持ちは私にも少しだが理解できる。
 白井さんがいなくなった時に感じた、あんな想いを彼女はずっと胸に抱えていた訳だ。

幻想御手(レベルアッパー)を手に入れたんだけど、所有者を捕まえるって言ってたからどうしようって……。
 それで、アケミ達が能力の補習があるって言ってて……ううん違う、本当は一人で使うのが怖かっただけ』

 しかし、佐天さんの友達にも犠牲者が出た。
 それは、正木さんの話を聞いて、ここ三日ほど、ずっと思い悩んでいた私の心に大きな動揺を生んだ。
 後悔と涙を零しながら、電話越しに呟く佐天さんに、私は何一つ掛ける言葉が見つからなかった。

『何の力もないのが嫌で……でも、憧れは捨てきれなくて』

 佐天さんの気持ちには気付いていた。能力へ強い憧れを抱いていることも――
 しかしそれは、この学園都市に通う学生であれば、誰でも持っているものだ。
 だけど、ここまで思い詰めるほどに、彼女が能力に強いコンプレックスを抱いているとは知らなかった。
 いや、思い起こしてみれば、その兆候は幾つかあったように思える。
 シグナルを発していた彼女の助けを呼ぶ声に、友達として何一つ気付けなかった自分が情けなく悔しかった。

無能力者(レベル0)って……欠陥品なのかな?』

 そう呟く佐天さんの声が、私の胸に深く突き刺さる。

「大丈夫ですっ!」

 お節介で、悪戯好きで、噂とかゴシップネタが大好きで、私のことを困らせてばかりの佐天さん。
 でも、そんな彼女の明るさに、少し強引なところに、私は幾度となく助けられてきた。

「佐天さんは欠陥品じゃありませんっ! 力があってもなくても、佐天さんは佐天さんです!」

 能力のあるなしじゃない。彼女はいつだって、私に力を分けてくれていた。

「佐天さんも、アケミさんも他の眠っている人達も、皆――私が直ぐに起こしてあげますっ!」

 友達を心配し、助けたいと思う気持ちもまた――木山春生が感じた想いと違いはない。

「待っていてください! 必ず、私が何とかしますから!」

 正木さんの言うことも分かる。子供達を助けたい、という木山春生の想いも理解できる。
 それでも、私は佐天さんを助けたい。
 目の前で友達が苦しんでいて、助けを求めているのに、黙って見ていることなんて出来なかった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第30話『佐天涙子』
作者 193






【Side:佐天】

「ハハ……初春を頼れって言われてもね」

 涙もろくて、おっちょこちょいで、子供っぽい下着ばかりつけて、どこか頼りない初春。
 大能力者(レベル4)の白井さんや、超能力者(レベル5)の御坂さんならいざ知らず、初春を頼れと言われても半分冗談にしか聞こえない。
 でも、私は知っていた。ずっと私が付いてないとダメなんだ、って思っていたけど、風紀委員(ジャッジメント)の仕事をしている時の初春は格好良くて、凄く輝いているってことを。
 少し頼りないけど、それでも嬉しかった。初春が言ってくれた言葉が、親友の励ましの声が。

「――え」

 その時だった。携帯電話の電池が切れ、ピーッと言う音と共に、通信が途切れる。
 次の瞬間、私の体に訪れた異変。ドクンッ――と心臓の高鳴る音が聞こえた。
 人の声とも、記憶とも分からない、様々な情報が頭の中に流れ込んでくる。

「何、これ……いや」

 幻想御手(レベルアッパー)の後遺症か? と思ったが、何かが違っていた。
 同じように幻想御手(レベルアッパー)を使ったアケミは、こんなに苦しんだ様子もなく、唐突にバタリと私の目の前で倒れた。
 明らかに、アケミの時と、私のそれは症状が違う。『火』、『水』、『念』、『転』、他にも様々な能力の情報が頭を駆け巡っていた。
 その中には、私の知らない人の記憶、知らない人達の顔が次々に浮かび上がる。
 まるで、誰かの記憶や知識を無理矢理見せられているような、そんな不思議な感覚だった。

「いや……私はこんなの知らない」

 体の奥底から沸き上がってくる、感じたことのない大きな力。
 だが、それは私の意思に反して表に出て来ていた。
 幻想御手(レベルアッパー)を使っても、木の葉を浮かせる程度の力しかなかった私の能力とは思えない。
 体から吹き出た力は、部屋中の家具を吹き飛ばし、ガシャンという凄い音と共に、ベランダに続く窓ガラスを吹き飛ばす。

「う……初…………春……」

 大きな爆発音と、人の悲鳴が聞こえた気がするが、意識が保てたのはそこまでだった。

【Side out】





【Side:黒子】

「……色々と聞きたいことはあるけど、緊急事態なのね?」
「はい、ですから至急、他の支部にも連絡を!」

 こんな話が通じるとは思っていないが、時間を掛けている余裕もない。
 一七七支部に着くなり、わたくしは支部で待機していた先輩に事情を説明し、協力を求めた。
 事は一刻を有する。下手をすれば、わたくし達でなく、あの放送をきいた多くの人々が数日後には意識不明に陥るかもしれない。
 早く初春を見つけだし、治療用プログラムを散布する必要があった。

「……分かったわ。こんなことで嘘を言っても意味がないものね」
「ありがとうございます!」

 これで、学園都市中に設置された監視カメラを使うことが出来る。
 それに、各支部との連携を行うことで、より早く初春を見つけ出すことが出来るはずだ。
 警備員(アンチスキル)にも協力を要請したいが、あちらは木山春生の件で既に動いている。
 事情が事情だけに素直に協力してもらえるかどうかは怪しい。間違いなく、木山春生の身柄確保やわたくし達への事情聴取を先に要求してくるだろう。
 生憎と、こういう時に融通が利くとは思えないだけに、今はあちらに事件の詳細を伝え、協力を要請する訳にはいかなかった。

 先輩も、先程のわたくしの説明で、そこのところは察してくださったようで、それ以上は何も聞かないでくれた。
 始末書なり、罰を受けるなり、それは後からでも出来ることだ。
 今は、一刻も早く事件を解決する。それだけに、意識を集中することにする。

「他の支部も初春さんを捜すのに協力してくれるそうよ。後は監視カメラの映像を――どうしたの?」
「……いえ、うっかりしてましたわ」

 本当にうっかりしていた。太老との連絡手段がないことに、今更ながら気付いてしまった。
 色々とバタバタしていたこともあって、木山春生の携帯電話の番号を聞きそびれていた上に、太老は携帯電話を持っていない。
 あの二人が一緒なのは分かっているが、こちらから連絡を取る手段が何一つないということだ。
 これでは、初春を見つけても、太老に連絡出来ないばかりか、何かあった時、連絡の取りようがない。

「全く、だから携帯電話を持っておけと……今更それを言っても始りませんわね」
「正木太老くんだったわね? 彼も捜索対象に加えておくわ。こちらから指示を送るので、あなたは彼に合流を」

 先輩の言うとおり、太老との連絡手段がないのであれば、ここは先輩に任せてあちらと合流した方が連絡もスムーズに済む。

「そうですわね……こちらのことはよろしくお願いしますわ」

 ヘッドタイプの通信機を装備し、太老と合流するために支部を飛び出そうとした、その時だった。
 早速、他の支部からの入電で、通信が端末に届く。

「え? そんな……はい、分かりました」
「……初春が見つかったんですの?」

 余りに早すぎる、と思ったが、ここで初春が見つかったのなら余計な手間は省ける。
 期待を寄せ、先輩にそのことを尋ねてみるが、返ってきたのは期待した物とは大きく違い、先輩の厳しい表情と重い一言だった。

「違うわ。木山春生の捜索に展開していた警備員(アンチスキル)が何者かに襲われ全滅」
「それって……」
「あなたの話から察するに、木山春生がやったとは考えにくい。それに彼も……」

 今の木山春生が自分から攻撃を仕掛けるとは思えない。それに、太老が一緒の状態でだ。
 太老も同じ警備員(アンチスキル)の同僚を、何の理由もなしに攻撃するとは思えない。
 最悪の場合、太老ならそのくらいのことはやる、とは思うが、今のこの状況では可能性は薄いと言わざる得ないだろう。
 しかし、武装した警備員(アンチスキル)の部隊を全滅させることが出来るほどの戦力。少なくとも、大能力者(レベル4)以上の力を持つ何者か、と言うことになる。
 ただでさえ、面倒なことになっているこの状況下では、厄介極まりない問題だった。

風紀委員(ジャッジメント)にも警戒態勢が発令されてる。まずは、何が起こっているのかを把握しないといけないわね」
「その、警備員(アンチスキル)が襲われたという地点はどこですの?」
「第七学区――」

 先輩から聞いた場所は、立柵川中学の直ぐ近くだった。
 あの辺りは、初春や佐天さんが暮らしている寮も近い――嫌な予感しかしなかった。
 何もかもが、綺麗に繋がりすぎているようにしか思えない。
 初春だけでなく、佐天さんに何事もなければいいが、胸騒ぎがしてならない。

「太老が見つかったら連絡を――少し気になることがありますの。現場に向かってみますわ」
「あっ! ちょっと!」

 先輩の制止を聞かず、わたくしは支部を飛び出した。
 連絡の取れない初春。そして、同じく連絡の取れない佐天さん。
 初春が何故、わたくしに何の相談もなく、あんな身勝手な行動を取ったのか?
 ずっと腑に落ちなかったが、もしわたくしのこの嫌な予感が当たっていれば、その全てが一つの線で繋がるような気がする。

「ただの思い過ごしであればいいのですが……」

 壊滅したという警備員(アンチスキル)
 それに万が一、二人が拘っている、もしくは巻き込まれているのだとしたら――
 今はただ、初春と佐天さんが無事でいてくれることを、心の底から祈ることしか出来なかった。

【Side out】





【Side:美琴】

 目の前の光景が、未だに私は信じられないでいた。
 横転した警備車両。そして、気絶して地面に倒れている武装をした警備員(アンチスキル)達。
 その中央に立っているのは、紛れもなく佐天さん≠セった。

「佐天さん? 何で……」

 ただ、いつもと雰囲気が違う。
 肌をピリピリと刺す、この嫌な感覚。こうして対峙しているだけなのに、私は佐天さんの存在感に気圧されていた。
 目の前にいるのは佐天さんなのに、佐天さんじゃない。
 外だけ佐天さんで、中身が全く別の何かと向き合っているような不可思議な感覚。
 これまでに感じたことがないほどの力と恐怖を、私は目の前の彼女から感じ取っていた。

「――――」
「えっ!」

 佐天さんが右の手の平をこちらへと向け、言葉として聞き取れない何かを口から発したと思うと、次の瞬間――私目掛けて、一直線上に強力な衝撃波が飛んできた。

「嘘でしょ!?」

 何とか横に飛び退くことで、咄嗟に回避することが出来たが、佐天さんが能力を使ったことが一番の驚きだった。
 しかも、今の能力はどう見ても大能力(レベル4)クラスはあった。
 風力系の能力だとは思うが、佐天さんがそれだけの力を持つ能力者だった、何て話は今までに聞いたことがない。

「まさか! 幻想御手(レベルアッパー)!」

 直ぐにそれが頭を過ぎったが、その考えは最悪な方向で裏切られることになった。
 今度は佐天さんの前方に現れる無数の水の球。それが、弾丸のように飛び出し、私へと迫る。

「風の次は、水!?」

 磁力を操作して、地面から取り出した砂鉄の鞭で、迫る水球を弾き落とす。
 正直、信じられない光景だった。

 ――能力は一人に一つだけ

 こんなことは学園都市に住む者なら、子供だって知っている常識だ。これに例外はない。

「今度は火!?」

 アスファルトの上に放たれた業火を避け、私はビルの外壁に飛び移る。
 磁力で体を壁へと固定し、じっと眼下の佐天さんを睨み付けた。
 能力は一人に一つ――にも拘らず、明らかに佐天さんは複数の能力を使っていた。

 こんなことは現実にありえない。しかし、そのありえない現実が目の前にある。
 多重能力者(デュアルスキル)――ずっと実現不可能と言われてきた幻の存在が私の目の前にいた。

「はは……ちょっと冗談がきついかも」

 こんな相手と戦った経験など、当然だがない。
 能力が分からない相手とやるだけでも厄介なのに、複数の能力を持っているなど、反則もいいところだ。
 しかも、相手は佐天さん。本気でやって、万が一にも殺してしまう訳にもいかない。
 状況は圧倒的にこちらが不利。それでも、逃げる訳にはいかなかった。

 初春さんを捜していて、佐天さんを見つけたことは予想外だったが、その佐天さんがこんな状態になっているというのに見捨てて逃げ出すことなど出来るはずもない。
 どうして、こんなことになっているのかは分からないが、少なくとも彼女が正気でないことは確かだ。
 少し大変かも知れないが、初春さんのためにも、そして佐天さんの友達として、彼女を助けたいと私は思った。

「少し荒っぽいことになると思うけど、我慢してもらうわよ」

 佐天さんには悪いが、手加減をしてどうにかなる相手ではなさそうだ。
 多少、体を傷つけてしまうかも知れないので、今の内に謝っておく。
 私は、目の前の敵≠ノ意識を集中した。

 今は、気絶させてでも佐天さんの動きを止める。
 そう、固く心に誓って――

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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