【Side:太老】
「あー、大丈夫か?」
「いや……あの高さから踏みつけられたら、普通は死んでると思うぞ」
妹達に初春と佐天の捜索を依頼し、木山と二人の捜索をしていると、何の因果か直ぐに警備員に見つかり、弁明も利いてくれそうにないので逃げ回っていると、バッタリ、目の前の黒ずくめの男達と遭遇した。
死んではいないとは思うが、木山の言うことにも一理ある。
それと言うのも、遭遇というか事故というか、ビルの上から飛び降りる時に、丁度着地地点にいたものだから踏みつけてしまったからだ。
「あれ? こいつ……」
気絶している黒ずくめの男。この男には見覚えがあった。
以前に捕まえたはずの、猟犬部隊にいた隊員の一人だ。
「正木さん!」
「初春ちゃん……全く、黒子も心配してるし、皆で捜してたんだよ?」
「す、すみません……佐天さんが大変なことになって、それで私……」
木原が出所してきているのだから、こいつ等が解放されていても何ら不思議なことはないが、問題はそこではなかった。
初春の説明によると、佐天から電話があって幻想御手を彼女と彼女の友達が使っていることが分かり、居ても立ってもいられなくなった初春は、木原から治療プログラムを受け取ると、真っ先に佐天の寮に向かったらしい。
しかし、その途中、この黒ずくめの男達に追いかけられ、逃げている内にこんな所にまで迷い込んでしまったようだ。
ここは第七学区の外れ、例の倒壊した廃墟ビルの直ぐ近くだ。
「殺人未遂の次は、少女を拉致か……度し難いな」
あれで少しは懲りたか、と思っていたのだが、俺の考えが甘かったようだ。
木原が今回のことに関与していれば、タダじゃ置かないところだが、今回に関して言えば木原は無関係。全く別のような気がする。
ずっと感じていた、きな臭い感じ。猟犬部隊を収容施設から出し、指示を送れるような相手。思い当たるのは統括理事会以外に存在しない。
「……木山、初春ちゃんと一緒に壁に背を付けて、動かないでくれるか?」
「……何を?」
「まだ、仲間がいるみたいだ」
初春を追いかけ回していた連中の残りのようだ。
こいつは気絶してしまっているし、丁度良い具合にカモが来てくれた。
初春を攫おうとしていた理由。それを聞き出すには、格好の獲物だった。
異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第31話『終幕への道筋』
作者 193
「ククッ、お前等、全然懲りてないようだからな。次はどんな辱めを受けて貰おうか!」
戦闘らしい戦闘もなく、勝負は一瞬でついた。
目の前には、鋼鉄製の軍用ワイヤーでグルグル巻きにされた黒ずくめの男達が、悔しそうな表情を浮かべ地面に転がっている。
しかし、学習能力が、これっぽちもない奴等だ。
あの時よりも人数が減ってる上に、頼みの綱の木原もいない、というのに依然と全く同じ装備で何の策もなしに向かってくるなんて……楽観的というか、アホ丸出しだ。
「それで、彼等をどうするんだ?」
「素っ裸に引ん剥く。その上で街頭に吊し上げる。前に撮った写真と一緒に、世界中にネット配信してやる」
木山に尋ねられ、俺は自信たっぷりに考えていた計画を述べる。
以前は人気の少ない鉄橋で、しかも画像の配信は勘弁してやったが、やはりあの程度では懲りなかった様子だし、やるからには徹底的に痛めつける必要があると俺は判断した。
「クハハ! 世界中に恥を晒し、『駄犬』のレッテルを張られるがいい」
こいつ等の飼い主も同様だ。そんな猥褻画像が世界中に広まれば、学園都市の権威は地に落ちるだろう。
一度目であれば、被害を被ったのは俺だけだし、まだ大目に見てやる余地もあったが、二度も温情をくれてやるほど俺はお人好しではない。
それも、今回は友達を追いかけ回されて、黙っていられるはずもない。
「正木さん……それは、あんまりじゃ……」
「甘いぞ! こういう連中に情けなど無用だ。ククッ、楽に死ねると思うなよ。
たっぷりと生まれてきたことを後悔させてやる!」
「ま、待ってくれ! 言う! 何でも話すから待ってくれ!」
一人ずつ剥いて、今度は街頭にでも晒してやろうかと考えていたら、先日のことがトラウマになっているのか、その内の一人が泣いて許しを請うてきた。
「治療プログラムが目的? 統括理事会の指示か?」
「そ、そうだ! 俺達は上から命令されただけで、それ以上のことは何も知らない!」
案の定、統括理事会が一枚噛んでいたようだ。
治療プログラムを奪取して何を企んでいるかまでは分からないが、どうせ碌でもないことだろう。
意識不明になっている人達を助けようなんて、殊勝な心掛けを持っているとは考えにくい。
「もしかしたら、幻想御手を何かに利用しようと企んでいるのではないか?
治療されては困る何らかの事情が、学園上層部にはあるのかもしれない」
「……利用?」
「統括理事会は、能力に関する何かを隠している。学生は勿論、教師や研究者の私達にもだ」
木山の話にも一理あるか、と考えた。
一方通行を絶対能力者に進化させる計画は既に破綻。
妹達も解放され、上は大幅な計画の修正を余儀なくされているはずだ。
幻想御手の規模は、既に原作の規模を大きく超えて、制作者の木山にすら予想のつかない事態へと発展している。
学園都市が隠している、と言う何らかの事情。そこに、今回の事件の真相を探る何かがある、と俺は考えた。
「こういう時……鬼姫ならどうするか、まあ分かりきってるよな」
『鬼姫?』
全ての元凶は言うまでもなく、学園上層部――統括理事会にある。
ここまで状況証拠が出揃っていれば、もはや疑問を挟む余地すらないだろう。
木山と初春が『鬼姫』の名前を聞いて首を傾げているが、知らなくて当然だ。
しかし、俺はあの人のやり方をこれ以上ないくらいによく知っていた。
こういう時、『鬼姫』なら、そして『鬼の寵児』と呼べれた俺がどうするかなど、答えは分かりきっている。
「おい、お前等! 辱めを受けるのが嫌なら、俺の言うことをよく聞け」
無言でブンブンと、何度も首を縦に振って頷く、黒ずくめの男達。
「どうするつもりだ?」
「子供達を助ける。事件を解決する。今後、同じ事を繰り返させない。
なら、元凶を絶つ以外に方法はないだろ?」
「――まさか!?」
驚愕の表情を浮かべる木山。だが、俺の腹は決まった。
狂気に身を落とし、理想に溺れた悪党の末路など、分かりきっている。
これから先、統括理事会を残しておけば、同じ事が幾度となく繰り返されることになるだろう。
第二、第三の犠牲者を出さないためにも、そして平穏を勝ち取るためにも、俺は戦う決意をした。
「樹雷の血族に喧嘩を売ればどうなるか、たっぷりとその身に刻み込んでやる」
【Side out】
【Side:美琴】
「参ったわね……啖呵をきったはいい物の、こう近づけないんじゃ」
佐天さんに、まさか本気の電撃を浴びせる訳にもいかない。
だとすれば、私の取れる攻撃の手段など限られていた。
砂鉄を使った斬撃、電撃の放出。気絶させる程度に威力を絞った攻撃では、今の佐天さんの防御を抜くことは出来ない。
「嘘!? もう、いい加減に――」
近くにあったゴミ箱が空に投げ出され、その中に入っていた無数の空き缶が宙を舞う。
私の脳裏に過ぎったのは、虚空爆破事件で体験したアルミを爆弾に変えると言う能力だ。
これだけの数の爆弾、全てを回避している余裕はない。
「しなさいよっ!」
私の体から飛び出した電撃に触れると、甲高い爆発音を上げ、跡形もなく粉々に爆散するアルミ缶。
大量に飛び散ったアルミ缶を、体中から放出した電撃で一つ残らず吹き飛ばす。
「はあはあ……どう? ざっとこんなもんよ」
正直、複数の能力を持っている、ということが、これほどに厄介なことだとは思いもしなかった。
状況に応じて能力を変えてくる上に、頼みの綱の電撃は、複数の能力を組み合わせて作ったと思われる誘電力場によって反らされる。
こちらの攻撃は通用しないのに、向こうはやりたい放題なのだから、理不尽極まりない状況だ。
「お姉様危ない!」
「――え?」
他のアルミとは別方向から、突然転移してきたアルミに気付かず、反応が僅かに遅れる。
どこから途もなく聞こえてきた、危険を知らせる声に反応し、私は咄嗟に砂鉄で盾を作り出し、爆発を凌いだ。
それでも、砂鉄だけで形成した盾では、完全に爆発の威力を殺しきれず、弾き飛ばされてしまう。
「――痛ぅ!」
「全く、相変わらず無茶をなさいますわね」
「黒子、アンタどうしてここに!?」
壁に叩き付けられる寸前、黒子が私の腕を掴み、空間移動で助け出した。
「これだけの騒ぎになっていれば、嫌でも気付きますわ」
そう言われて辺りを見渡してみれば、確かに凄いことになっていた。
戦いに夢中で気付かなかったが、ここは佐天さんの寮も程近い、閑静な住宅街だ。
それが今は、地面のアスファルトは掘り起こされ、隣接するブロック塀は粉々に砕かれ、無残な姿を残している。
このままでは、近所の家屋に被害が及ぶのも時間の問題だろう。
「大丈夫ですわ。近くにいた風紀委員の誘導で、近所の住民は避難してもらっています」
「そう、よかった……」
これで関係のない第三者に被害が及ぶようなことがあれば、意識を取り戻した時、佐天さんは後悔に苛まれることになるだろう。
それだけは何としても避けたい。
「あれは、佐天さんですか?」
「うん……幻想御手が原因だと思うんだけど、意識がないみたいで手が付けられなくて」
一刻も早く、佐天さんを止めたいが、色々と条件が厳しいこともあって手こずっているのが現状だ。
黒子も、相手が佐天さんでは手が出しづらいのか? 険しい表情を浮かべていた。
電撃が反らされているとは言っても、直接体に触れ、電撃を流し込めれば効果はあるはず。
佐天さんに接触することさえ出来れば、勝機はあるのだが、問題はそこまでどうやって持って行くかだ。
「方法ならありますわ。私とお姉様が力を合わせれば」
「そうか! アンタの空間移動で!」
黒子の空間移動なら、一瞬で佐天さんとの距離を詰めることが出来る。
「お姉様との初の共同作業。何だか想像するだけで興奮しますわね」
「変態……余計なことを考えなくていいから、しっかり合わせなさいよ」
黒子の随分と余裕のある変態発言を、私はいつもの如く軽くスルーして受け流す。
今の佐天さんの反応速度は、常人の域を遙かに凌駕している。
普通に空間移動で接近しただけでは、直ぐに察知されてしまい、逃げられる可能性もある。
一度警戒されてしまっては、作戦は成功し難くなる。問題はタイミングだ。
佐天さんが絶対に回避出来ないタイミングを狙い、手の届くその場所まで空間移動出来れば――
「攻撃がきた! 黒子、行くわよ!」
「お任せください! 不肖、この黒子! お姉様との合体技≠必ず成功させて見せますわ!」
「が、合体って! それは、もういいって言ってるでしょうが!」
色々と身の危険を感じる不安なパートナーだったが、今は佐天さんのため、協力して頑張るしかなかった。
【Side out】
ある高層ビルの屋上から、眼下で起こっている事件の様子を観察している一人の少女がいた。
白眉鷲羽――宇宙一の天才科学者と謳われる、稀代の天才科学者だ。
「やっぱり、こうなっちゃったみたいだね」
そのビルを目指して、四方から迫る一万人余りの妹達。
それが、誰の指示かなど、今更考えるまでもない。彼女達の現在のマスター、正木太老の指示によるものだ。
統括理事会は、完全に『鬼の寵児』を怒らせてしまった。
だが、太老が最終的にこういう行動にでることは、鷲羽も予測していた。
この学園都市、特にアレイスター・クロウリーという男は、この学園都市や能力者達を使い、何かを企てている。
しかし、既に太老によって、その計画は大きく狂わされてしまった。
アレイスターにとって太老は計画の障害でしかない。ただのイレギュラーな存在から、最大の脅威へと変貌していた。
計画を狂わされ、手札を奪われ、正木太老、そして白眉鷲羽という邪魔が入り、彼が取れる行動は数少ない。
そして、予定よりも随分と遅れて動き始めた幻想御手事件。
追い詰められたアレイスターが、この機会を見逃すはずもなかった。
「幻想御手に感染した人々、並列に繋がった人達の脳、そしてAIM拡散力場を使った実験」
まるで最後の鎮魂歌のように、学園都市中にあの音楽が流れ始める。
――曲目は『幻想御手』
ラジオの放送などではない。
全ての放送機器、学園都市中に設置されたあらゆるスピーカーから、その音楽は流れてきていた。
まるで、学園都市中の人々に、その音色を聴かせようと――
「二百三十万人の人々を犠牲にして、最後の賭に出るつもりかい?」
それは狂気の沙汰と言っても過言ではない。
追い詰められた、世界最強の魔術師であり、世界最高の科学者である男が、最後に望みを託した一か八かの賭。
その音色は、学園都市中を恐怖のどん底に沈める、史上最悪の計画の始まりを告げていた。
「それでも、フラグメイカー≠ノは届かない、と思うけどね」
結果は分かりきっている。
アレイスターをここまで追い詰めたのも太老なら、この状況を作り出したのもまた太老。
そして、フラグメイカーを中心として事象の起点が生まれた時点で、学園都市、この世界の運命は決まっていた。
全てがフラグメイカーの力に影響され、染め上がり、最後の時を迎えようとしている。
「どこまで、あの子≠フ力を呼び起こせるか。じっくり観察させてもらうよ」
揺らめく、その瞳の奥に映る者は一人だけ。
鷲羽の興味は、正木太老――彼の真価にあった。
……TO BE CONTINUED
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m