【Side:太老】
一万人のミサカが、あるビルに向けて行進を続けていた。
学園都市の中枢――学園都市の行政、その全てを司る機能の中枢がそこにあった。
通称、窓のないビル。あの逆さの男、アレイスター・クロウリーもそこにいるはずだ。
「子供達は無事なのか?」
『相変わらず意識はねェがな。迂闊に動かす訳にもいかねェから、病院のベッドに括り付けたままだが』
「それじゃあ、お前はそのまま子供達の方を頼む。それより猟犬部隊の件だが――」
『俺は無関係だ。つーか、俺を捨て駒なんかに使いやがった野郎の言うことを、何で俺が聞かなきゃならねェんだ?
それよりも、面白そうなことになってるみたいじゃねェか。こんなガキのお守りよりも、そっちに加えろや』
「子供達に傷一つ付けないって約束出来るか? 後、巻き込まれて死んでもしらないぞ」
『……てめェ本気で何をするつもりだ?』
実験の犠牲となって今も眠り続けている子供達の件で、木原と連絡を取り合っていた。
ちなみに、この携帯電話はミサカの物だ。
音楽プレイヤーやネットワークの小型端末としても使える物で、企業向けに販売されている機種の中でも最上位の機能を持つ物らしい。
これ一台の単価で、売れ筋の携帯電話が十台は購入出来るとか。何とも贅沢な話だ。
ベースは美琴とはいえ趣味趣向は随分と違うようで、機能性の低いデザイン重視のカエルのキャラをモチーフにした子供向けのキャラクター携帯ではなく、機能的でシンプルなデザインを好むらしい。
以前にそのことを質問してみたら、美琴の好みを『ありえない』と全面否定していた。
オリジナルの趣味趣向を全否定するクローン。何とも言えない光景だったが、俺も美琴の趣味はどうかと思うので敢えて何も言わなかったが……と、話が脱線してしまったようだ。
「何をするも何も、やることなんて一つしかないだろ。
子供達を救うのも、事件を解決するのも、結局同じ原因を絶つことに変わりはない。
同じ事を二度と繰り返させないためには、出来ることなんて限られてるだろ?」
『やっぱり……最初からそのつもりで』
「人聞き悪いことを言うな。俺は妹達の時も、出来るだけ穏便に済ませようとした。
その俺の想いを、尽く裏切ってきたのは学園都市の方だ」
面倒だというのもあるが、この世界の人間ではないし、こちらのことに干渉するつもりは最初はなかった。
しかし、妹達の件、そして今回の子供達の件。何れも、見過ごせる範囲を大きく逸脱している。
人を人とは思わない狂気に満ちた実験の数々。そして、それを許容する学園上層部。
この学園都市に住む全ての人々が、奴等の実験動物に成り得ると言う現実を、俺は許容することが出来ない。
ましてや、何も知らない子供達を犠牲にするような実験を、許せるはずもなかった。
「この音楽は……ククッ、そうかこれは俺への宣戦布告と見て、間違いないようだ」
『おいッ! そっちで一体、何が起こってやが――』
木原がまだ何かを言っていたが、俺は話を最後まで聞くことなく電話を一方的に切る。
その理由はこれだ。街中に流れている音楽――それは、幻想御手の物だった。
追い詰められた連中が集団自殺を図ったか、それとも他に何かを企んでいるのか?
何れにせよ、学園都市中の人々を巻き込んで、何かを企んでいることは疑いようのない事実だ。
残念ながら、道を踏み外した外道に容赦をするつもりはない。
――仮にも『樹雷』の血を引く者
――『鬼の寵児』と呼ばれた『マサキ』の名に連なる者
「ミサカ、コード『ZZZ』を発令。一人たりとも逃がすな」
「――了解。ZZZを承認――システムへのハッキングを開始、目標への降伏勧告を開始します」
ミサカネットワークを通じ、妹達全員に伝達される撃滅宣言。予め、こういうこともあろうかと、ミサカ達に仕込んで置いた最上位命令だ。
俺の持つ管理者権限は、あらゆる命令を無視し、ミサカ達に伝達する。
本来は、打ち止めの身に何かあった時、保険にと仕込んで置いたモノだ。
使う事がなければ、それが一番だとは考えていたが、向こうがその気であるのならば仕方がない。
この戦いは、本当の意味で妹達が自由を勝ち取るための戦いでもある。
俺の目的、そして妹達の望み、その利害が一致した結果でもあった。
――食うか食われるか
――生きるか死ぬか
二つに一つ。これが発動されたからには、即時無条件降伏をするか、目標を撃滅するまで止まれない。
『ZZZが発令されました。市民の皆さんは、速やかに案内に従い避難して下さい。繰り返します――』
先程まで流れていた幻想御手の音楽が止み、学園都市中にミサカの声で退避勧告が流れる。
学園都市中のシステムが、俺と妹達の手の内に落ちた。
電気店のテレビ、街頭テレビを含む、あらゆるモニタに『ZZZ』の文字が映し出されていた。
【Side out】
異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第32話『トリプルゼット』
作者 193
「な、何がどうなってる! モニタに映し出されているこの文字はなんだ!?」
「分かりません! 見たこともない記号と文字が、膨大な情報量で学園都市中のネットワークに流されています!
演算速度が余りに違いすぎて、こちらからは手の打ちようがありません!」
学園都市中の教育機関、研究施設は大騒ぎになっていた。
街中は疎か、学園都市中のあらゆる機械に、ネットワークを通じて流れ込んでいる膨大な情報。
見たこともない文字、見たこともない記号、ただ恐ろしい速度で流されているそれらの膨大な情報は、瞬く間に彼等の計算機を乗っ取り、一方的に青く彩られた『ZZZ』の三文字を浮かび上がらせる。
そして同時に放送で流される、避難誘導と降伏勧告。
学園都市で何かが起こっていることだけは、理解できたがそれが何なのかまでは、彼等の頭では理解出来なかった。
「思考能力を強化された一万人の脳。それをネットワークの演算装置に見立て、学園中のシステムを掌握したのか。
フフッ、私の教えが生きてるようじゃないか。やるようになったね、あの子も」
ビルの上から街中の騒ぎを観察しながら、自分のことのように嬉しそうに笑う鷲羽。
これまで太老には、『正木太老ハイパー育成計画』と称した英才教育を施してきた。
――柾木遙照樹雷より教わった柾木家に伝わる武術の数々
――宇宙一の天才科学者と称される白眉鷲羽の知識と経験
――樹雷の鬼姫と恐れられる神木瀬戸樹雷の統率力と指揮能力
考えられる限りの、ありとあらゆる最高の教育を受けてきた正木太老。
瀬戸の赤と違い、彼の『ZZZ』はそのイメージを青で統一している。
過去にこれが発動されたのは、僅かに二回。
しかし、それは銀河中に、『鬼の寵児』の名を知らしめるのに十分な戦果を上げていた。
樹雷の鬼姫同様、鬼の寵児の撃滅宣言は文字通り、相手への死刑宣告でもある。
唯一の違いは、鬼姫には『水鏡』があるように、太老には『フラグメイカー』の力がある。
より派手に、より最悪に、そしてより恐ろしく、相手にとっては最悪とも言っていい確率変動の波が押し寄せる。
その理由は言うまでもなく――この膨大な情報。
太老のパーソナルデータを元にして作られた、彼オリジナルの撃滅宣言≠ノあった。
「相変わらず、見事な囮っぷりだね。西南殿を思い出すよ」
太老の『ZZZ』を受信した機械は、その時点で使い物にならなくなる。
太老のパーソナルデータは機械の故障、エンジントラブルを引き起こすだけに留まらず、セキュリティホールから繋がっている全てのネットワーク機器に侵入し、ネットワーク上に散布されている世界中のウイルスを集めつつ、機器内にあるデータを全て破壊。
今頃は学園都市が誇る書庫のデータも、これまでの研究成果の全ても、ネットワークに通じている全ての物が破壊され、消去されていることだろう。
科学の万能を謳い、なまじ進んだ技術力を持つ都市だけに、その損失はこの時点で計り知れないほどだ。
その場にいる者だけでなく、ネットワークで繋がれた遠く離れた海賊達の船を行動不能に陥れ、異例の大検挙に繋がった事例もあった。
――ある者が言った。『鬼の寵児』は『ローレライ西南』の再来だと
――ある者が言った。『鬼の寵児』は『災厄を呼ぶ悪魔の申し子』だと
彼の『ZZZ』が発せられた時点で、世界中のどこにも逃げ場などない。
「さて、今度はどんな物を引き寄せるのか……って、高次元反応! いや、この反応は!」
空を見上げる鷲羽。そこには、歪められた空間があった。
学園都市の空が一瞬にして夜へと変わり、星も、月も、雲一つない揺らめく空間だけが広がっていた。
「――訪希深!」
頂神の降臨――太老の『ZZZ』に呼び寄せられるように現界する創世の女神。
物語の終幕が訪れようとしていた。
【Side:黒子】
「……な、何とかなりましたわね」
「…………何とかなったじゃないわよ! 空間移動させるなら、もうちょっと位置とか考えなさいよ!」
気絶して伸びている佐天さん。そして、お姉様の頭には大きなタンコブが出来上がっていた。
作戦自体は成功した。佐天さんの攻撃を私が惹きつけている隙に、お姉様を佐天さんの直ぐ側に空間移動させ、電撃を持って行動不能に追い込む。
ただ、転移させた場所がまずかった。
思わず興奮しすぎてしまった所為か、座標計算が僅かにズレ、佐天さんの後方に転移させるつもりが何故か頭の上に、しかも逆さまの状態でお姉様を転移させてしまったから大変だ。
そのまま、空中で身動きが取れないままお姉様は落下。
佐天さんの頭に直撃するという、ヘッドアタックを噛ますことで決着がついた。
電撃など必要なかった。どちらかというと、お姉様の石頭の勝利だ。
「まあまあ、何とかなったのですから、今はそれで良いではありませんか。確かに、締まらない終わり方ですけど……」
「全く……後は、早く初春さんを捜して、幻想御手を解除してもらわないと」
「そうですわね。あれっきり、風紀委員からは連絡がありませんし……あら? 通信が途切れてる」
支部に通じていたはずの通信機からは、ザザーと波の音が聞こえるだけで一向に連絡が取れない。
こんなことは普通であればありえないのだが、先程の戦闘で通信機を壊してしまったか、と私は考えた。
「取り敢えず、佐天さんを病院に……って、何!? 夜でもないのに空が暗く!」
「――!」
お姉様に言われて、慌てて空を見上げる。
確かに、急に空が暗くなっていた。いや、それでも雲一つ、星一つないのはおかしい。
延々と続く漆黒の闇が、学園都市の上空に広がっていた。
科学では全く証明がつかない不可解な現象。
ただ、わたくしの直感が、学園都市で何か恐ろしいことが起ころうとしていることを予感させる。
「お姉様! 離れて!」
「え?」
お姉様の腕を強引に掴んで、近くのビルの屋上に慌てて転移する。
「ちょっと、何するのよ。まだ、佐天さんが!」
「よく見てくださいませ! その佐天さんを!」
佐天さんの体から、何かが浮かび上がってきていた。
背筋にゾクッと冷たい汗が零れる。この体の震えは武者震いなどではない。
そう、目の前で現出しようとしている何か≠ノ、本能が恐怖≠感じているのが分かる。
「何よ……アレ=v
「分かりません……ですが、アレ≠ヘ普通ではありません。放っておけば、どうなるか」
ここに太老がいないことが悔やまれた。
お姉様の力は信じているが、今回ばかりは相手が悪すぎるように思える。
光輝く胎児のような物が、闇に呑み込まれ、人のカタチを形成していく。
不思議な装束を身に纏った、全長二メートルは越す長身の女性。いや、そもそも女性と呼んでもいいかどうかも分からない。
その体から発せられている圧倒的な存在感は、人間の物とは思えなかった。
「さて、姉様と太老はどこにいるのか?」
「待ちなさい! どこに行く気!」
「お姉様!?」
件の人物に、はっきりとした意思があると言うことにも驚いたが、その怪しい人物から『太老』の名前が出たことの方が驚きだった。
どこかに立ち去ろうとする女性を呼び止め、ビルから飛び降り、立ち塞がるように前に立つお姉様。
慌てて、私もその後を追いかける。
「あなたが何者かも分からない状態で、野放しに何て出来ない。
太老のことを何で知っていたかは分からないけど、このまま行かせる訳にはいかないわ」
「ほう……小娘、我の太老のことを知っておるのか?」
「……我の?」
お姉様の軽率な行動を咎めようと追ってきたのだが、『我の太老』と言う女性の言葉に、何とも言えない黒い感情が湧き上がる。
「ならば、正直に教えてもらおう。今、太老がどこにいるか」
「こっちの質問に先に答えなさ――」
「お姉様」
「……黒子?」
お姉様の言うとおり、確かに色々と問い質す必要がありそうだ。
太老にも、この女性にも――
「正直に答えるのは、あなたの方ですわ」
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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