【Side:黒子】
「これでも食らいなさいっ!」
お姉様の指先から弾き出されたコインが音速の壁を越え、長身の女性へと迫る。
超電磁砲――この一撃を受けて、五体満足でいられる人間がいるはずもない。
「嘘っ!?」
しかし、女性の前に光輝く盾のような物が現れたかと思うと、その光の壁はいとも容易く超電磁砲の威力を相殺した。
さすがのお姉様も驚きを隠せない様子。無理もない。
今の今まで、あの一撃を正面から受け止められたことなど、一度たりともないはずだ。
「どうした、小娘。その程度で、我に勝負を挑むなど片腹痛いわ」
余裕の笑みを崩さない長身の女性。
先程からずっと感じていた、この底知れぬ巨大な気配は、気の所為でもなければ勘違いでもなかったらしい。
目の前の女性は人間ではない。超能力者――をも赤子扱いするその絶対的な力。
例えるなら、御伽話や伝説に登場する魔神を相手にしているような感覚。
挑んだはいいが、とても人間に叶うような相手ではなかった。
「神か、その例え、間違ってはおらぬな」
「思考を読まれた!? 読心能力!」
わたくしは驚き、声を張り上げる。
まさか、お姉様を軽くあしらうほどの戦闘力を持つばかりか、読心能力まであるとは思ってもいなかったからだ。
先程の佐天さん同様、他にも様々な能力を隠し持っている可能性もある。
ただでさえ圧倒的な戦力差があるというのに、まさに絶望的な差だった。
「やはり、太老はこちらの世界にきておるようだな。
しかし、姉様め。我に内緒で、太老を使って随分と楽しそうな遊びを――」
「遊び……遊びですって!」
「お姉様?」
長身の女性の言葉に激昂した様子のお姉様。
「佐天さんがどんな思いで、幻想御手を使ったか、その気持ちも知らない癖に……」
佐天さんのことを思い、怒っていらっしゃる様子だった。
学園都市第三位――超電磁砲と呼ばれたお姉様の、怒りに震える本気の姿がそこにはあった。
【Side out】
異世界の伝道師外伝
とある樹雷のフラグメイカー 第33話『終着点』
作者 193
【Side:美琴】
佐天さんに触れた時、私と佐天さんの間に電気を通した回線が繋がり、彼女の記憶が流れ込んできた。
彼女が、ずっと胸の内に溜め込んでいた思い。
『ねーちゃん、超能力者になんの?』
『へっへーん、凄いでしょ!』
それは彼女の記憶だった。学園都市に来るよりも、ずっと前の過去。
『お母さん、本当は今でも反対なんだからね』
『ハハッ、母さんは心配性だからな』
少し活発でお調子者の弟がいて、心配してくれる優しい両親がいて、そんな四人で過ごす温かな家庭。
学園都市からの誘いが掛かり、超能力者になるんだ、と憧れと期待を持っていたあの日。
『頭の中を弄られるなんて怖いわ』
『全然そんなことないって』
『はい、お守り』
『うわ……非科学的』
――母親から手渡された一つのお守り
『何かあったら、直ぐ戻ってきていいんだからね?』
――そのお守りに籠められた母の想い
『あなたの身が、何より一番大事なんだから』
それは、我が子を大切に想う、母の愛情だった。
「やはり、太老はこちらの世界にきておるようだな。
しかし、姉様め。我に内緒で、太老を使って随分と楽しそうな遊びを――」
「遊び……遊びですって!」
遊びなんかじゃない。
佐天さんは――それに幻想御手に手を出した人達は、皆――誰よりも真剣だった。
確かに、ズルをしようとしたことは良くないことだ。
「佐天さんがどんな思いで、幻想御手を使ったか、その気持ちも知らない癖に……」
でも、最初から強い人なんて、どこにもいない。
皆、悩んで、苦しんで、もがいて、それでもどうしようもなくて、反省しながら間違いながら前に進んでいく。
やり方は間違っていたかも知れない。でも、そこ至った想いは、私も理解出来た。
「黒子、ここから離れなさい。巻き込まれるわよ」
「そんな! お姉様を置いてなんか!」
「違う、私が巻き込むって言ってるの……ごめん、手加減出来そうにないから」
「……お姉様?」
彼等の気持ちに気付いてあげられなかったのは、私も同じだ。
努力をすれば、誰もが目の前のハードルを飛び越えられるとは限らない。
私は努力を重ね、そのハードルを飛び越えてきた結果、超能力者になったが、そのハードルを飛び越えられず挫折していく人達も大勢いることを忘れていた。
いや、努力をすれば、能力なんてなくたって、そう言われ続けてきた彼等の気持ちを、能力者は考えてこなかった。
そんな当たり前のことすら、私達は分かっていなかったのだ。
「確かに、私と佐天さんは違う。他の人達もそう……」
でも、きっと彼等と私は相容れない存在だ。
太老の言っていた言葉の意味がようやく分かった。
「でも、大切な友達を虚仮にされて黙っていられるほど、私はお人好しじゃない」
――俺にも譲れない物≠ェあってね。そのためなら、鬼≠ノだってなる
彼等のように、佐天さんのように、そして太老のように――
私にも、譲れない物があった。
「この現実は誰にも馬鹿にさせない。私だけの現実≠見せてやるわ」
勝てるかどうかではない。これは、私の意地の問題だ。
【Side out】
【Side:一方通行】
「何が、どうなってやがる!?」
「マスターが撃滅コード≠発令した、ってミサカはミサカは回答してみる」
「撃滅コードだァ!?」
「通称ZZZ。対象となる相手が降伏するか、完全に沈黙させるまで終わらない撃滅信号。
今回の対象は統括理事会。学園都市本部ビル……全てのミサカが、そこに向かってる」
「――!?」
打ち止めの言葉に、俺は驚愕した。
やばい奴だとは思っていたが、まさか統括理事会に牙を剥いて、その本拠地を攻めるとは――
どうやったかは知らないが、アイツの力で、妹達は全員が大能力者クラスの力を持っている。
そんな奴等が一万人も集い、一斉に総攻撃を掛ければどうなるか……想像するのは難しくない。
「ちッ! あのヤロウ、何を考えてやがる!?」
打ち止めを背中にぶら下げたまま、俺は学園都市の中枢に向かっていた。
街中では先程から避難勧告が流れ、ZZZの文字が全ての街頭モニタに映し出されている、異常な光景が広がっていた。
ビルの上からは、大勢の人の波が、都市部から郊外へ向けて離れていくのが見える。
俺はその流れに逆らいながら、打ち止めの案内で都市部の中心へと向かっていく。
「マスターは怒ってる。子供達を当たり前のように犠牲にし、『科学の発展のために』と口を揃えて理想を語る科学者達に――
この学園都市その物に――マスターは強い怒りを感じてる、ってミサカはミサカは説明してみる」
「…………」
アイツが何をしようとしているのか、打ち止めの話で合点がいった。
妹達の現状を憂い、実験を中止に追い込んだ奴だ。最初から、こうなることは分かっていた。
早いか遅いかの違いしかなく、その瞬間が今、訪れただけのことだ。
「一方通行は、そこに行ってどうするの? ってミサカはミサカは尋ねてみたり」
「あン?」
「マスターの手伝いをするの? それとも学園都市を守るの? ってミサカはミサカは尋ねてみる」
打ち止めの言葉に足が止まった。
行ってどうするのか? そんなことは何一つ考えずに、足が自然と奴の元へ向かっていた。
――奴の味方をする?
そんなことをしてやる義理は俺にはない。
――学園都市を守る?
それこそ、奴等、科学者に義理立てしてやるほど、俺はお人好しでもない。
なら、俺は何をしに行く? 何をするために、向かっている?
打ち止めの質問に、返せるだけの答えが俺にはなかった。
――ドオオオォォン!
「何だ!?」
「あっち! 大きな雷が落ちた、ってミサカはミサカは驚きながら報告してみる」
その時だった。大気が震え、体を突き抜けるほどの大きな音が街中に轟いた。
打ち止めの指さす先、もくもくと立ち上る煙のような物が見える。
雷、ということで、真っ先に思い浮かんだのは妹達のことだったが、戦闘の規模から考えて大能力者の物とは考え難い。
「お姉様が、あそこで戦ってる、ってミサカはミサカは報告してみたり」
「お姉様? 超電磁砲か」
こいつ等の基となったオリジナル。
学園都市第三位の能力者、超電磁砲とか呼ばれてる奴だ。
「ちッ!」
体を小刻みに震わせ、不安そうに現場を見詰めている打ち止めを見て、俺は舌打ちをする。
仮にも超能力者の奴が、ここまで本気になって能力を使わなければならない状況。
相手は最低でも、同じ超能力者の可能性が高い。
統括理事会が、正木太老に対抗するために、能力者を招聘したのか?
何れにせよ、面倒な場面に出会したことに変わりはない。
「……一方通行?」
「アイツの詳しい居場所を知ってるかもしれねェだろ!」
「――!」
嬉しそうにジャレついてくる打ち止めをぶら下げたまま、俺は今も閃光が迸る、目の前の戦場へと向かう。
何となくだが、相当にヤバイ予感がしていた。
あそこから感じられる威圧感は、今までに感じたことがないほど巨大で圧倒的な物だ。
相手は最低でも超能力者とは言ったが、そんな次元ではない、嫌な予感が俺の中にはあった。
「一方通行って、やっぱりツンデレ?」
こんなことを教える奴は一人しか心当たりがない。
やはり、あのヤロウとは、腹を割って話をしなければならない、と俺は固く心に誓っていた。
【Side out】
【Side:太老】
「……停電?」
突如、周辺の電気が落ちたことで、俺は学園都市に漂う違和感を感じ取った。
「お姉様が……何か、とんでもない化け物と戦ってます、とミサカは報告します」
「化け物?」
だが、身を震わせているミサカを見て、美琴の身に何かあったのだ、ということは察することが出来た。
今、俺達は学園都市の本部ビルを襲撃している最中だ。
ビルの防備を固めていた警備員や能力者達は、実戦慣れした妹達の攻撃に為す術なく昏倒させられ、床に転がっていた。
あとは、袋の鼠となった、統括理事会とアレイスターを捕獲するのみだ。
と言うのも、ここまでスムーズに事が進んだのも、想像以上に戦闘力の高い、妹達の能力に秘密があった。
大能力者になった今も、こいつ等の戦い方は、以前と変わってはいない。
大量の重火器と、大能力者クラスの電撃。更には一方通行という格上と一万回近くも実戦を繰り返し、戦い続けてきた経験。
血の繋がった姉妹以上に、息の整った連携力。多少とはいえ、生体強化の影響で身体能力が強化されていることも大きい。
ここまでとは正直思わなかった。
まさに、この世界では、最強の軍団と言っても過言ではない。
生半可な相手では、今の妹達の相手は務まらないだろう。
「タロウ行ってください、ここはミサカだけで大丈夫です、とミサカは胸を張って言います」
「でも、それじゃ……」
ミサカの気持ちは嬉しいが、統括理事会はともかく、アレイスターの実力は未知数だ。
この世界のラスボスとも言うべき存在。
確かに、今のミサカ達に敵う奴がいるとは思えないが、万が一ということもある。
どんな隠し球を持っているかも分からない相手だけに、不安は尽きない。
「ミサカには一万人の姉妹が一緒にいますが、お姉様はたった一人で戦っています。
それに、こちらの相手は既に壊滅状態。状況を分析すれば、どちらに応援が必要かは一目瞭然、とミサカは進言します」
ミサカの言うことは尤もだった。
それに、ミサカのこの焦った様子。美琴の相手が、余程ヤバイ奴だということは想像に容易い。
しかし、学園都市第三位、超能力者の美琴が危険になるほどの相手。
正直、そんなヤバイ相手など想像がつかない。
「行ってやりな。大切な友達なんだろ?」
「そりゃ、そうしてやりたいけど……って、その声は!?」
随分と聞き慣れた声が背後から返ってきた。
この声の主を忘れるはずがない。間違えるはずがない。
カツカツと足を音を立て、近付いていくる人影。
左右に伸びた特徴的なカニ頭。善良な男子諸君を惑わすためだけにカモフラージュされた幼児体型。
「――鷲羽!?」
「……相変わらず失礼な子だね。それが母親同然の私に向かって言う台詞かい?
ここは感動の再会を喜んで、涙を流しながら抱きついてくる所じゃないかね?」
「いや、それは絶対にありえないから」
俺をこんな世界に送り込んだ元凶に、そんな感情が湧くはずもない。
今更、俺の前に顔を出してどういうつもりなのか?
「まさか、またどこかの世界に飛ばそうってんじゃ……」
「信用ないね……そんなことはしないよ。ただ、こうなった責任を取って、あの子を止めてきな、って言ってるんだよ」
「……あの子?」
「……訪希深。あの子がこっちの世界にやってきて、街中で暴れてるんだよ。
どうやら、太老を追ってきたみたいだね」
「はあ!?」
訪希深!? 鷲羽だけでも厄介だというのに、あの戦闘狂、トラブルメイカーの訪希深がきてる!?
冗談であって欲しい、そんな話だった。
鷲羽が、こうして出て来たのにも頷ける。訪希深を放っておけば、この世界は破滅に一直線だ。
「って、責任って言うなら、姉なんだからアンタが取れよ!」
「それが出来るならやってるよ! それに、アンタが呼び込んだんでしょうが!」
「知るか! 先にこっちの世界に俺を飛ばしたのは、鷲羽だろうがっ!」
口喧嘩、もとい言い争いを始める俺と鷲羽。
訪希深の相手をしたくない、というのはどちらも同じ意見だった。
彼女の相手をするくらいなら、アレイスターを相手にする方が遥かにマシだ。
「と、とにかく、あの子を放っておけば大変なことになるよ。
封印状態ではなく、力を持った状態でこっちの世界に干渉してきてるからね」
「はあ? 何でそんなことに……」
「あの子、幻想御手のシステムに介入して、こちらの世界に干渉してきたんだよ。
管理神を使って、次元の歪みを観測してたんだろうね。空を見てみな」
空を見上げると、夜でもないのに空が暗くなり、空間に歪みが出来ている姿がはっきりと確認出来た。
よく目を凝らせば、所々、空間に亀裂が入っている箇所が見受けられる。
「まさか……」
「そのまさかさ、このまま放っておけば次元の殻が破れるよ」
この現象には覚えがあった。
訪希深が俺に目を付け、追いかけ回すようになった、あの事件。
「まずは、訪希深を止めな。そうしなければ、この世界は消滅する」
鷲羽の一言は、この世界のどこにも逃げ場などないことを、冷酷に告げていた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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