あの魎呼との模擬戦から一週間が過ぎようとしていた。

「はあ……やっぱり今日も居たか」

 柾木家の階段脇にある如何にも不自然な扉の向こう、固定された亜空間の中に鷲羽(マッド)の部屋がある。
 そこから更に奥に進んだ工房の一角、軍艦でも丸々入ってしまいそうな巨大な格納庫に、龍皇のコアユニットが固定されていた。
 ほんのちょっと前まで『龍皇復活』と喜び、ようやくラボからでたところなのに、またコアユニットはラボに逆戻り。
 しかも、新しく作ったばかりのキー『龍皇剣』も、力の暴走に巻き込まれ粉々に……。
 今日も龍皇の前で、ぼーっと佇んでいる阿重霞の背中が、何とも言えない哀愁を漂わせていた。

「あの……阿重霞さん。本当にすみませんでした! 俺の所為で……龍皇がこんな事になってしまって」
「太老さん……いえ、幸いにも破損したのはユニットだけでしたから……鷲羽様も半年ほどで直ると仰ってくださってますし、お気になさらないでください」

 そうは言いながらも、どこか表情の暗い、気落ちした様子の阿重霞。
 来月には本格的な外装工事に入るとかで、喜んで居た矢先の事だ。この落ち込みようも無理はない。
 本体である龍皇には傷がなかったとはいえ、破損したユニットの修復に半年は掛かるとの事で、また完全復活には遠のいてしまった。
 これまで一日千秋の思いで、龍皇の復活を待ち望んでいた阿重霞の気持ちを知っているだけに、正直、申し訳ない気持ちで一杯だった。

「しかし、驚きました。龍皇とここまで心を通わせる事が出来るなんて。皇家の樹のバックアップを受けているとはいっても、契約者でもないのに光鷹翼まで展開させるなんて……やはり、これも血筋なのでしょうね」
「遙照……勝仁さんの事ですか?」
「お兄様も、第一世代の樹と契約できるほどの高い資質を持ち、幼い頃から武芸と学業に秀でた天才でしたから。その血を、天地様も、そして太老さんも受け継いでいるのです」

 そんな風に言われると凄そうだが……幾ら龍皇が力を貸してくれても、それを制御出来ずに暴走させてしまうほどのヘタレだ。
 光鷹翼まで発生した事には自分でも驚きだったが、それは龍皇が魎呼の攻撃から俺を守ろうとしてくれたからであって、厳密には俺の力とは言えない。

(迷惑を掛けた上に気を遣わせてしまうなんて……俺って、本当にダメだな)

 俺に責任を感じさせまいと、阿重霞が気遣ってこのように言ってくれている事は、考えるよりも明らかだった。

「阿重霞さん」
「……はい?」
「ユニットの修理、俺に任せてもらえませんか?」
「ですが、太老さんにそこまでして頂く訳には……」
「お願いします。こうなった責任は俺にありますし、龍皇のためにも何かしたいんです。それに……阿重霞さんが悲しそうにしてるところなんて、これ以上見ていたくはないですから」
「太老さん……」

 阿重霞が落ち込んでいる姿を見る度に、良心の呵責に苛まれる。
 ここ最近、ずっとその事ばかり気になって仕方なかった。
 それならば、罪滅ぼしという訳ではないが、自分のした事の責任くらいは自分で取りたい、と思った。

【Side out】





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第7話『龍皇復活』
作者 193






【Side:阿重霞】

「何、ニヤニヤしてやがんだ? 気持ち悪いぞ」
「フフッ、何とでも仰い。あなたには関係の無い事ですわ」

 魎呼さんの無礼な物言いも、今なら何でも許せる気がする。そのくらい、今の私は機嫌が良かった。
 太老さんの言葉が、今も胸に残っている。私の事を気遣ってくれている事が分かる、溢れんばかりの優しさと愛情が、そこには籠もっていた。
 鷲羽様からの提案があったとはいえ、新しく作った龍皇のキーを太老さんに貸す事を決めたのは私の意思だ。
 お兄様の船穂のマスターキー『天地剣』に似せて作った、新しい龍皇のキー。
 壊れてしまったとはいえ、それを家族のように育ち、お兄様の血を引く太老さんが使う事になるなんて、運命を感じざる得ない。

「何だか、嬉しそうだね、阿重霞さん。良い事でもあった?」
「天地様! ええ、実は――」

 畑仕事を終え、帰ってきた天地様が居間に顔を出された。
 無礼な態度の魎呼さんは放っておいて、天地様に先程あった事の一部始終を聞かせて差し上げた。
 私の話を聞きながら、自分の事のように嬉しそうに微笑む天地様。

「太老くんは、ああ見えて責任感が強いしね。何だかんだで畑仕事を手伝ってくれる時も、手抜きや中途半端な事をせず、丁寧に最後まで手伝ってくれるし、剣士の面倒もよく見てくれてるから」
「ええ、本当に良く出来た子だと思いますわ。水穂様やお姉様が夢中になるのも分かる気がします」
「そんなに太老がいいなら、太老に乗り換えたっていいんだぜ? 天地はあたしが貰ってやるからさ」
「そこまで言ってないでしょ!? というか、天地様から離れなさい!」
「いやなこった。どうしても、って言うなら力尽くできな」

 天地様と良い感じで話をしていたのに、そういう時に限って割って入るのが魎呼さんだ。
 全く、この人とは初めて会った頃からずっとそうだが、そりが合わない。
 太老さんの事は好きだが、私には一生お側にいる、と決めた御方がいる。それが天地様だ。
 確かに……天地様に出会わなければ、太老さんに惹かれていた可能性はある。でも、それは仮定であって現実は違う。
 でも弟として、家族としてなら私は、太老さんの事を天地様や砂沙美と同じように愛していた。

「二人とも、いい加減にしろ。魎呼も一々、阿重霞さんに突っ掛かるんじゃない」
「ちえっ、分かったよ。でも、太老って本当に何者なんだ? あの鷲羽が目を掛けてる、ってだけでも普通じゃないのに、この間のアレ≠ヘ尋常じゃなかった。幾ら、遙照の子孫だからって、あの年齢であれは普通じゃないぜ?」

 確かに、魎呼さんの言うように太老さんの能力は同じ年頃の、いや樹雷皇家の子供達と比べても一線を画していた。
 赤子の頃から言葉を理解し、自らの意思をはっきり持っていたと言われる『正木の麒麟児』。
 確かに、太老さんは不思議な子供だった。幼少期から発揮していた子供らしからぬ行動、子供らしからぬ趣味趣向、子供とは思えない成熟した考え方と精神力。身形は子供なのに、中身は大人……と言うより砂沙美曰く『お祖父様みたい』だそうだが、そんな不思議な少年だった。

(あの才能……昔の遙照お兄様を見ているような。いえ、それ以上かも知れない)

 鷲羽様から教示されているというアカデミーの知識や、小学校の自由研究でA級ガーディアンを作っていった、という話からも、既にアカデミーの技師クラスの知識と技術を有している事は疑いようがない。
 だがそれは、太老さんの幼少期から見てきた才能を考えれば、特別不思議な事ではなかった。
 問題は、皇家の樹との高い親和性を持ち、しかも学業だけでなく武術にまで多才な才能を発揮している事だ。
 その上、光鷹翼まで……龍皇のマスターでないにも拘わらず、太老さんは私以上に龍皇の力を引き出していた。

「そんなに知りたいのかい? 太老の秘密が?」
「鷲羽!?」
「鷲羽様!?」
「鷲羽ちゃん?」

 いつから居たのか? 居間の隅で座布団に座り、羊羹を御茶請けにズズーッと緑茶を啜って寛いでいる鷲羽様の姿があった。
 魎呼さんの疑問に不敵な笑みを浮かべて、挑発するように尋ねてくる鷲羽様。
 太老さんの才能を最初に見出したのは鷲羽様だ。確かに、私達の知らない何かを知っていても不思議ではない。

「どうせ、タダで教えてくれる気なんてないんだろ?」
「さすがは私の娘。よく分かってるじゃないか。でもまあ、一つだけ言っておくと、あの子は良くも悪くも『変人』なのさ」
『変人?』

 天地様、魎呼さん、それに私の疑問の声が重なる。

「天才とバカは紙一重、ってね。そういう意味ではあの子は『哲学士』に成れる素養が十分にあるよ」
「バカ……ですか? 太老さんは六歳の時にガーディアンを自作するほどの秀才なのですよね?」
「クククッ、あれは面白かったね。ノイケ殿の慌てようといったらなかったし」
「確かに……あれは問題だったと思いますが、太老さんはまだ子供ですし、六歳でその判断力を求めるというのも」
「それこそが、矛盾してるって気付かないのかい? 子供に思えないほど成熟した精神を持つあの子が、ガーディアンを自作してしまうほどの頭脳を持つあの子が、そんな事にも気付かない、って不自然さに」
「……え?」
「阿重霞殿、太老に龍皇の修復を依頼したんだろ? なら、嫌でも直ぐに分かるさ。私の言った意味がね」

 この時の私には、鷲羽様の仰っている言葉の意味がまだ理解する事が出来なかった。
 しかし、半年後――直ぐにその答えを知る事になる。
 鷲羽様が、太老さんの事を『変人』扱いした理由を――

【Side out】





【Side:太老】

 阿重霞から龍皇の事を託されてから半年。来月から、俺は中学に通う事になる。
 相変わらず続いている勝仁との剣術修行や、鷲羽に仕込まれている学業の合間、工房に籠もって龍皇の修復作業に打ち込んでいた。
 そう……途中までは普通に修復作業をしていたはずだった。それが、何故こんな事になったのか?

「私の……私の龍皇が」
「えっと、まあ……一応、直ったんですけどね」

 コアユニットの修復だけでなく、外装まで施した完璧な仕上がりだ。
 ただ、以前の龍皇の面影は全くないが……そう、使われている外装の素材とデザインが、かなり特殊だった。
 通常、皇家の船の外装には、樹雷星に生息する巨大樹から削りだした木材が用いられる。
 しかし、これは違っていた。水穂に龍皇の事を話して注文すれば、確かに木材の入手は可能だっただろうが、俺が使ったのは――

「……何故、魎皇鬼みたいに外装がキラキラと光ってるのですか?」
「それは、魎皇鬼と同じ素材を使ったから……」

 以前に鷲羽に受けた講義の中で、魎皇鬼や福の仕組みを解説された事があった。
 万素(ます)と呼ばれる物質、反物質、中性物質の三つで構成された特殊な生物を素体に用い、鉱物生命体を融合させたのが魎皇鬼。福は人間のアストラルを核≠ノ使っている、という話だった。
 魎呼は万素と鷲羽の卵子を使う事で、個として完成されたカタチを形成している事からも――
 ようするに個を形成するアストラル。万素の意思を上回る強い意思を持つ人格が存在すれば、万素達はその意思を群れのリーダーと認め、制御する事が可能になる、という事だ。

「皇家の樹をベースにしたんだね。そこに魎皇鬼と同じクリスタルコアを使ったのか」
「以前に、龍皇が自由に動ける身体を欲しがってた事を思い出してさ。気付いたらこうなってたんだよな……」
「成功例は林檎(りんご)殿の『穂野火(ほのか)』ちゃん、第四世代で一艦のみ。第三世代はノイケ殿の『鏡子(きょうこ)』ちゃんという成功例があるけど、第二世代での実験は皆無だったからね。そもそも、第二世代以上は数も少ないし、強化の必要性もそれほど感じないから第三世代に的を絞ってたんだが……」
「基本となる物は工房にある物を使わせてもらったし、研究のベースは鷲羽のだし、全部が俺の功績と言う訳じゃないけど……」
「いや、さすがにこれは感心したよ。確かにある程度の事は仕込んだつもりだけど、まさかそれを応用して、ここまでやるなんてね」

 鷲羽(マッド)が俺の事を褒めるなんて、珍しい事もあるモノだ。
 実のところ、万素を素体に作り上げた魎皇鬼と同質のクリスタルコアを使う事で、龍皇が自由に動き回る事が出来る身体を与えてやるのが、一番の目的だった。
 やり出したら熱中してしまい、やり過ぎてしまった感じはしていたのだが、もうやってしまったモノはどうしようもない。
 阿重霞に事前説明を忘れてしまった事は申し訳ないと思うが、肝心の龍皇は満足げな様子だった。

「鷲羽様。龍皇は……」
「大丈夫だよ。これ以上ないくらい安定しているようだしね。経過は良好だよ」
『アエカ、タロ、ママ』
「まさか、龍皇なの?」

 頭の中に、直接響くような声――
 阿重霞が驚いた様子で、俺の頭の上に乗った白いマシュマロのような生き物に注目する。
 そう、これが本体である皇家の樹と繋がっている、龍皇の端末だ。
 俺の頭を自分の巣か何かと勘違いしている様子で、隙を見つけてはこうして頭に乗っかってくる。

「……ママ?」
「何か文句あるのかい? 研究のベースは私の何だろ? 別にそのくらい構わないじゃないか」

 いつの間にか自分の事を『ママ』と龍皇に刷り込んでいた鷲羽に、俺は訝しい表情を向けた。

【Side out】





【Side:鷲羽】

「あの、鷲羽様……この事をお父様やお母様には」
「ああ、心配しなくても瀬戸殿に、私の方から連絡しておいたから大丈夫だよ。こうなるような予感はしてたしね」
「お、お祖母様に……ですか?」
「ケラケラと笑いながら、面白がってたよ。ただ、暫く龍皇のお披露目は中止だね。最終的に瀬戸殿が判断する事になるんだろうけど、それまではここに置いておくしかないね」
「そう、ですか……でも、仕方ありませんわね」

 第二世代艦の強化成功。樹雷にしてみれば、これほど嬉しいニュースはないだろう。
 しかし、事が事だけに他国への影響も考え、暫く公表は見送るという話になった。
 樹雷は巨大な影響力を持つ軍事国家であるが故に、僅かな戦力強化でも周囲に与える影響は大きい。
 それが、第三世代艦までの強化プランを考えながらも、第二世代艦の強化に踏み込まなかった理由の一つでもある。

(やはり、哲学士としてもやっていけそうだね)

 しかし、驚くべきは太老の発想の豊かさと柔軟性だ。
 確かにベースとなる研究データは、既に私がある程度用意してあった物を使っている。だが、現実にそれを成功させたのは太老だ。
 皇家の船の強化は、既に成功例が何例かあるとはいえ、半分運に頼ったところがあり、確実なモノとは言えない。

 クリスタルコアとは、魎皇鬼のコアにも用いられている素材の事だ。
 現在では、このクリスタルコアを使った強化を施した船は幾つかあるが、ノイケ殿の第三世代艦『鏡子(きょうこ)』と、林檎殿の第四世代艦『穂野火(ほのか)』の二艦が数少ない成功例として、まず名前に挙がるだろう。
 この強化、第三世代以上の皇家の船しか成功確率が低い理由の一つに、やはり意思の問題があった。

 第四世代では、その意思が気薄で明確な物とは言えない。
 林檎殿の『穂野火』を除く、他の第四世代の強化が成功しなかったのも、クリスタルコアと樹のリンクが、正常に機能しなかった事が大きな原因にある。第三世代の強化でさえ、樹によっては元々ある意思がクリスタルコアを拒絶し、成功しない例もあったくらいだ。
 樹の意思に左右される、完璧とは言い難い、運任せの曖昧な状態。それが皇家の船、強化プロジェクトの実情だ。
 結果、第四世代の強化計画は凍結。第三世代は『鏡子』の後、何艦か強化を施しはしたモノの、実戦に耐えられるほど安定したモノは、ほんの数艦だけに留まった。
 そんな状況下で、第三世代以降の船と違い圧倒的に数が少なく、希少価値の高い第二世代以上の船で実験をする訳にはいかない。
 これも、第二世代の強化プランが実行に移されないまま、今日まで来ていた理由でもあった。

 だが、太老はその難しい条件を、見事に成功に導いた。
 成功の条件として考えられる事は、龍皇の意思をそちらに上手く向けさせた、という点だが、やはりそこにも皇家の樹との親和性の高さ、解析不能とされる太老の隠された能力が、深く関係している可能性は高い。

「あの……ところで鷲羽様」
「ん? 何だい?」
「鷲羽様が仰っていた言葉の意味が、ようやく分かりました」
「ん? ああ、『変人』って奴かい?」
「ええ、まあ……」
「まだ、これでも結果はマシな方さ。あの子なら、変形機構とか勝手につけてても不思議じゃ――」

 そう言っていた矢先の事――
 私と阿重霞殿の目の前で、格納庫を破壊しながら、人型に姿を変えていく龍皇の船。
 それは幼少期、太老がよく工房でスケッチをしていた大型ロボット、その物だった。

「……こら、龍皇! こんなところで変形させちゃダメだろ! ほら、船体の拘束具が外れちゃってるじゃないか!」

 龍皇の端末に向かって、子供を叱りつけるように怒鳴る太老。
 それを見て、私と阿重霞殿は、何とも言えない表情を浮かべた。

「やっぱり、『変人』だろ?」
「ええ……本当に」

 それ以外に例えようのない言葉。
 哲学士――いや、正木太老の『変人説』は、こうして確かなモノとなっていく。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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