【Side:太老】

「太老ちゃん〜! 頑張って〜」

 何で、あの人がここにいるんだ? ハンカチで涙を拭いながら、手を振って後から声援を送ってくる美砂樹。
 砂沙美とノイケは家で祝賀会の準備があるとかで、俺の中学の入学式には参列出来なかった。
 美星はGPの任務で宇宙に行ったままだし、魎呼はああいう性格だから、ここにいないのは分かる。
 結局、入学式に俺の保護者として顔を出したのは、俺の母親のかすみに、鷲羽(マッド)、阿重霞、天女、水穂――
 それに、何故か美砂樹や船穂まで……アイリがここに居ない事だけが唯一の救いとも言えるが、錚々たる顔ぶれだ。
 信幸の一家は、この後の俺の入学式の祝賀会……もとい宴会で合流する事になっているが、天地や勝仁が来なかったのは間違いなく、この顔ぶれと一緒に居る事を避けたからに違いない。

(どれだけ嫌がっても間違いなく来るしな……しかも、最初から嫌なんて言える面子でもないし)

 お分かりと思うが、明らかに拒める面子ではなかった。
 そんな事をすれば、入学式が人生最後の日になりかねない。
 特に美砂樹などは号泣して、何をしでかすか分からない以上、俺に拒否権などあるはずもない。

「新入生代表答辞! 新入生代表は前に――」

 進行役の先生の言葉を受け、俺は壇上へと上がる。
 と言うのも、成績優秀者として、新入生代表の答辞を読まされる事になったからだ。
 この面子を見ると、これすらも仕組まれていたのではないか? と思えてならないのだが、詮索しても意味の無い事だ。

「――新入生代表、正木太老!」

 こうして俺の入学式は、迷惑で騒がしい保護者達の、温かくも恥ずかしい声援を受けて、幕を閉じた。





異世界の伝道師/鬼の寵児編 第8話『小さな哲学士』
作者 193






『――太老くん!』
「はい?」
『一緒に記念写真を撮りましょう!』

 式を終えて校庭に出るなり、校門から勢いよく走ってきた水穂と天女に詰め寄られる。
 随分と息のあった様子の二人の迫力に気圧され、俺は『うっ』と声を漏らすと共に一歩後ずさった。

「水穂様、先に私が太老くんに声を掛けたのですから、少し遠慮して頂けませんか?」
「あら、天女ちゃん。こういう事は年長者に譲るモノよ?」

 怖い……何だか分からないが、目の前の二人が物凄く怖かった。
 ここで下手な事を言えば、間違いなく今日が俺の命日になる。そう思えるほどの迫力が、今の二人にはあった。

「太老殿、ご入学おめでとうございます」
「いえ、船穂様もお忙しいところを態々来て頂いてすみません」
「フフッ、お気になさらず。太老殿の入学式なのですから、こうして来るのは当然です。それに公務は全て、あの人に任せてきましたから」
「…………」

 船穂の言う『あの人』というのは間違いなく樹雷皇の事だ。
 船穂の話を聞いて、執務室で机にかじりついて、忙しく書類整理に明け暮れている樹雷皇の姿が、鮮明にイメージされた。
 少し可哀想な気もしなくはないが、俺は自分の身の方が大切なので、敢えて突っ込まないように心掛けた。
 この手の話題は、深く詮索すると危険な部類だ。

「では、太老殿。一緒に記念写真を撮りましょう。皆さんもご一緒に」
『え?』

 船穂の思わぬ提案に、先程まで一触即発といった状態で言い争っていた水穂と天女も呆気に取られ、その場に固まる。
 とはいえ、さすがの二人も船穂には逆らえない様子で、『……はい』と小さく頷き、肩を落として承諾をした。
 さすがは『樹雷第一皇妃』――その肩書きは、伊達や酔狂ではないようだ。



「んじゃ、全員集まって。ほら、もっと寄って寄って――よし! んじゃ、撮るよ」

 鷲羽(マッド)の合図で、集合写真を撮る事になった俺達。
 カメラのセルフタイマーをセットし終えると、自分もカメラに入るために急いで駆け寄ってくる鷲羽(マッド)
 しかし、それが不幸の始まりだった。

「――あっ!」

 いつもなら、こんなところで転ぶはずもない鷲羽(マッド)が石に蹴躓(けつまず)き、『おっとっと』と言った様子で危ういバランスを取りながら俺の方へと迫る。
 しかし、既に周囲を女性達に固められており、俺は身動き一つ取れず、避ける事もままならなかった。
 鷲羽(マッド)の手に押され、その場に倒れ込む俺。カシャッ、というシャッター音と共に土煙が舞った。

「うっ!?」

 女性特有の甘い香り。
 顔全体を覆う、着物越しにも感じられる、ふくよかな柔らかさ。

「大丈夫ですか? 太老殿」
「――!?」

 船穂が下、俺が上といった感じで、覆い被さるように馬乗りに船穂に倒れ込み、そのふくよかな胸に俺は顔を埋めていた。
 予想だにしなかった出来事を前に、まるで金縛りにあったかのように身体が動かない。

「あらあら、まあまあ〜」
「やるねえ、太老も……まさか人妻に襲いかかるとは」
「太老、いつの間にか大きく成長して」
「ふ、不潔ですわ!」

 美砂樹、鷲羽(マッド)、母さん、阿重霞の四人の物凄く危険な発言に、冷や汗を流す。
 そして次の瞬間、俺は背筋に強い悪寒を感じた。

『太老くんの……』
「あの、一応聞いておきますけど……弁明の機会は?」
『バカ――ッ!』

 また、カシャッと鳴り響くシャッター音を耳にしながら、水穂と天女の息のあった見事なアッパーカットで、俺は宙を舞った。


   ◆


「太老ちゃん……何で、そんなにボロボロなの?」
「……地球の入学式は、色々とバイオレンスなんだ」

 砂沙美の質問に、俺は簡潔に起こった事を伝えた。
 今日学んだ教訓は『入学式は選択を間違えると、人生最後の日になりかねない』と言う事だけだった。
 まあ、確かに船穂の胸も柔らかくて気持ちい……やめよう、これ以上思い出すのは色々と危険だ。

「あ、太老ちゃん。お祝いの品届いてるよ」
「お祝いの品?」
「うん、アイリ様や、それにお祖母様からも」
「へ?」

 アイリは面識があるから分かるが、何故、面識のない砂沙美の祖母『瀬戸』から届くんだ?

「瓶? ジュースか何かか?」

 アイリから送られてきたのは、子供には余り相応しくない物だったので、素早く水穂と天女に回収された。
 瀬戸から届けられたのは、樹雷皇家の紋章が入った木箱。中には、ジュースの瓶が二本入っていた。
 俺は瀬戸から届いたというジュースを、一杯分グラスに注いでみる。
 警戒しながらクンクンと嗅いでみると、芳醇な果物の香り、甘く良い匂いが鼻を刺激した。

「う、う、う……美味いぞぉぉぉっ!」
「な、何だ!? 何だ!?」

 俺の叫び声で、隣で酔いつぶれて寝ていた魎呼が慌てて飛び起きる。余りの美味しさに口から光が……出る訳がない。ちょっとした冗談だ。
 しかし、鬼姫の贈り物という事で少し警戒していたのだが、予想に反し、とても美味しいジュースだった。
 ラベルも貼ってないところを見ると、自家製のジュースだろうか?
 樹雷には美味しい飲み物があるんだな、と素直に感心してしまうほどの味だ。

「太老ちゃん、お祖母様からの贈り物って何だったの?」
「砂沙美ちゃんも飲む? ジュースらしいんだけど、凄く美味しいよ」

 そう言って、グラスに先程のジュースを注いで、砂沙美に手渡した。

「……これって」
「ん? 別に毒なんて入ってないけど」
「ううん、そう言う事じゃないんだけど……折角だし、咽が渇いてたから頂くね」

【Side out】





【Side:ノイケ】

「船穂様……あのジュースってもしかして」
「はい、皇家の樹の果実で作ったジュースみたいですね」
「あの……そんな貴重品を本当によろしいのですか?」
「瀬戸殿がお贈りになったのですから、太老殿にはそれだけの価値がある、そう判断されたのでしょう」
「はあ……」

 成熟した皇家の樹のみで採れる果実で作った果実酒『神樹の酒』は、嘗てオークションに出品された時には、一瓶で惑星一つが買えるほどの値段がついた事もある希少品だ。誰でも口に出来るという物ではない。
 例え、連盟加盟国の国家元首であったとしても、滅多に口にする事が出来ない貴重な品だ。
 ましてや、太老さんが口にしている物は、その果汁から作られた天然百パーセントのジュース。その価値は計り知れない。
 中学の入学式のお祝いの品というには、些か大袈裟すぎる気がする。

「さすが瀬戸殿、太っ腹だね」
「龍皇――その御礼も含んでいる、との事ですから」
「龍皇、阿重霞さんのですか? そう言えば……」

 鷲羽様と船穂様の話を聞いて、ずっと太老さんの頭に乗っている白い生き物に目をやる。
 私の『鏡子』の端末によく似たその生物が、龍皇の端末だと聞かされた時には、驚きを隠せなかった。

「龍皇の強化と修復って、鷲羽様がされたのではなかったのですか?」
「基礎は私のだけどね。成功させたのは太老だよ」

 その話を聞いて、私は目を見開いて驚愕した。
 小学一年生の頃にやった自由研究のガーディアン作成からも、かなりの科学知識を有している事は分かっていたが、まさかそれほどとは……私の想像を遥かに超えていた。
 幼少期より、十年に渡って鷲羽様に叩き込まれたという知識と技術。
 普通にアカデミーで習得するよりも、遥かに高度な知識と技術を仕込まれている事は疑いようがない。
 それを確実に物にしている太老さんの能力の高さは、龍皇の強化を成功させた、という話しからもアカデミーの学者、いや哲学士クラスの実力を既に備えている、と考えていい。
 鷲羽様の助手が出来るほどの実力を有している、という事だ。

「ノイケさん。私の船に、太老殿の入学祝いに私の領宙で採れた作物を積んできていますから、後で引き取りにきて頂けますか?」
「作物って……船穂様の領宙で採れた野菜をですか!?」

 樹雷は軍事国家という肩書きの他に、農林業大国としても有名だ。
 船穂様の領宙で作られていた地球の作物。それに目をつけた水穂様が樹雷の全惑星に拡大し、輸出用産業としたのが始まりだった。
 その中でも、船穂様の治められる惑星で採る事が出来る作物は、船穂様が召し上がるためだけに丹精込めて作られた物ばかりで、数は少なく希少ではあるが、一般に流通している大量生産の作物とは比べ物にならないほど味も香りも素晴らしく、この作物の存在を知る者からは『幻の野菜』とさえ言われている貴重な物だった。
 皇家の果実ほどではないとはいえ、船穂様の作物を分けて頂ける機会など滅多にある事ではない。

「太老殿は成長期の最中ですし、たくさん召し上がって頂いてください。勿論、皆さんもご一緒にどうぞ」
「は、はい……」

 そう、これはただの入学式のお祝い。
 そのはずなのだが……次から次へと贈られるスケールの大きな祝いの品に、私は目眩に襲われる。
 そんな私に追い打ちを掛けるように、鷲羽様が慣れた様子で電卓を弾き、何やら私の前に提示して見せた。

「あの……これは何ですか?」
「MMDの口座に入ってる、現在の太老の預金額」
「……へ?」

 MMDと言えば、完全会員制の哲学士御用達の財団の名だ。
 哲学士は一人で、惑星規模の中堅銀行の経営状況を左右する、と言われるほどの巨大なパテントを持つ。研究のために出て行く金も半端でなければ、入ってくる金額はもっと半端ではないからだ。
 当然、それだけの資金力を持つ哲学士を巡り、各銀行の営業競争が激化する事は必然だった。
 しかし、それらは当然、様々な問題を生じさせる原因となり、その結果、哲学士達の資産を一括管理する財団が創られた――それがMMD財団だ。

「MMDの会員……太老さんが?」

 MMDの機密性は、その性質上、国家レベルを遥かに超えている上、保有する資産は天文学的な数字に上る。
 基本的に哲学士の推薦がなければ入会審査を受けられない上に、その審査基準も厳しいため、ここの会員である事は、それだけで大企業や国家を相手に取り引きが可能になるほど、社会的に絶大な信用を得る事に繋がる。
 ここに口座を持っているのは当然、MMDの会員のみ。MMDの会員である、と言うだけでも凄い事なのに、ゼロの桁が間違っているのではないか? と思えるくらいの数字がそこには並んでいた。
 私の全財産が、この金額と比べれば微々たる物に思えるほどの……途轍もなく巨大な金額だ。

「冗談……ですよね?」
「ほんと。だから、お祝い金とか、あの子にとっては微々たるモノでね。船穂殿も知ってたんだろ?」
「ええ、その一部は樹雷から、龍皇の件で支払われた報酬が含まれていますしね」
「瀬戸殿のところの経理部は、その辺りがきっちりしてるからね」
「それで……お金の事を太老さんは」
「知らないよ。ちょっとばかし、子供に持たせるには大きな額だしね。必要な時に必要なだけ、ここから『お小遣い』としてだすようにしてる。まあ、かすみ殿にもそこはきつく言い含められててね」

 開いた口がふさがらない、とはこういう事を言うのだろう。
 幾ら、彼が大人びているとはいえ、子供に与える額でもなければ、持たせて良い金額でもない。
 それを『子供のお小遣い』と称してしまう鷲羽様や、こんな報酬をぽんと支払ってしまうお母様……瀬戸様に私は呆れてしまう。

「それに、以前にあの子が作ったガーディアンや、その他にも幾つか『玩具』を工房で拵えててね。そのパテント料やら色々と、口座には振り込まれてるから、その分も含まれての額さ。あの子の発想は、常人とは違っててね。確かに実用的ではあるんだが、必ず遊び心が入ってて、使い手の心をくすぐる物が多いから……特に一部のマニアックなユーザーに受けがいいんだよ」
「……と、いいますと?」
「掛け声で変身するタイプの戦闘服や、ここ最近だと三体合体するガーディアンとかも開発してたね」

 その話を聞いて、太老くんが『鷲羽様の弟子』をやれている理由にも納得が行った。
 哲学士は良い意味でも悪い意味でも変人が多い、という話は技師の間でよく聞く話だ。
 その最たる人物の一人がアイリ様であり、そしてそのアイリ様をもってしても『宇宙一の変人』と称されるのが、目の前にいる鷲羽様だった。
 だが、哲学士にとってそれは、ただの『褒め言葉』にしかならない。
 哲学士というのは、大なり小なり皆、『趣味人』――常人には計り知れない、変な趣向や感性を持っているのが当たり前だからだ。

「太老さんは、やはり鷲羽様の教え子なんですね」
「いや、違うよ。あの子は、私の『息子』さ」

 伝説の哲学士、白眉鷲羽の弟子……いや、息子。
 太老くんも立派な『趣味人』の一人なのだと、気付かされた瞬間だった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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