【Side:美守】
『美守様大変です! 大規模システムダウンの影響で、防衛システムも麻痺しています!』
「そのために艦隊を配備しているのでしょう? 直ぐに全艦に第一級警戒態勢の指示を。各ゲート付近の侵入者対策には私の私設部隊を、内部の治安維持と警戒には予定通りGPの保安員を当たらせなさい」
『りょ、了解しました!』
私の嫌な予感が見事に的中した。以前に西南くんの件で起こった大規模システムダウンとよく似た現象が目の前で起こっていた。
銀河アカデミー全てのシステムが、哲学士の予想を大きく超えた様々な誤作動と、突発的トラブルを引き起こし、爆発的に広がったウイルス≠ノ浸食されながら暴走し、哲学科を含める全メインサーバーがダウンするという緊急事態に陥っていた。
鷲羽様の置き土産であるセキュリティシステムだけが、生命維持活動に必要な最後のライフラインを守ってくれていた事が、唯一の救いと言えた。
「やはり彼は、西南くんクラスの『確率の偏り』を持っている、と考えて間違いないようですね」
あの『ローレライ西南』と方向性の違いはあれ、同じレベルの力を有している、と考えるだけで、背中に冷たい汗が流れるのを感じる。
公的に呼ばれている『正木の麒麟児』の能力よりも、遥かに厄介で恐ろしい力である事は間違いなかった。
現に、西南くんの事件があって強化されたアカデミーのセキュリティシステムを、こうも簡単に突破し、全システムをダウンさせるなんて芸当は、普通の人間には不可能だ。『確率の偏り』なんて言葉で済まされるレベルを、大きく逸脱していた。
『美守校長! 何があったの!?』
「あら、アイリ様。お見合いは、どうされたのですか?」
『くっ! 結婚式場の準備まで済ませてあったっていうのに、天女ちゃんに邪魔されなきゃ……あのまま既成事実を作って、こっちのものだったのに!』
「……結婚式? お見合いではなかったのですか?」
『うっ……そ、そんな事は別にどうでもいいでしょう! それよりも、これ何!? 何で、アカデミー中のシステムがダウンしてるの!?』
パッと空間モニターが開いたかと思うと、息を切らせ、随分と慌てた様子のアイリ様が姿を見せる。
大方、ウェディング体験と偽って、本物の結婚式を手配していたのだろう。それを邪魔されて、ご立腹のようだった。
まあ、こうした悪巧みが上手く行かないのは、今に始まった話ではない。失敗に終わった事よりも、出し抜かれた事の方がお気に召さないのだろう、という事は今のアイリ様を見れば分かる。
(やれやれ、彼も苦労しますね)
太老くんのこれからを思うと、僅かな同情と共に苦笑いが込み上げてくる。
とはいえ、思ったよりも気付くのが早かったが、ここで黙っていても仕方がない。
システムダウンの原因と、その発生による影響と被害、現在行っている対処方法をアイリ様に説明する事にした。
『太老くんが? なるほど……哲学科の生徒の仕業ね』
さすがに事情を呑み込むのが早い。
普段の素行さえなければ、間違いなく銀河で数指に入るほど有能な方なのだが……。
こうしている今でも、秘書達の嘆きの声が聞こえるようだった。
『それでは、外は美守校長にお任せします。私はシステム復旧作業の指揮に向かいます』
「よろしくお願いします。既に、哲学科の生徒や手の空いている技師全員で原因の確保と、システムの復旧に掛かっていますので」
『了解。はあ……また、眠れそうにないわね』
悲壮に満ちた表情で、深く溜め息を吐くアイリ様。
無理もない。アカデミー全域のシステム復旧に今後の対策を含めれば、幾らアイリ様といえど向こう数ヶ月はそちらの仕事に掛かりきりになる作業だ。
お見合いの件で殆どで寝てないところに、この事件。愚痴を溢したくなる気持ちも分からなくはなかった。
【Side out】
異世界の伝道師/鬼の寵児編 第41話『鬼姫の怒り』
作者 193
【Side:水穂】
かすみさんと太老くんを追って哲学科の敷地に辿り着いてみれば、本来あるはずのセキュリティシステムが完全にダウンしていた。
これなら、発信機の反応が途絶えないはずだ。
何があったのかまでは分からないが、これまでの事から察するに、原因に太老くんが絡んでいる事は間違いないだろう。
「水穂様、太老の反応はこちらで間違いないのですか?」
「ええ、確かにこの方向から反応が……どうかしたんですか?」
「いえ……こちらにはアイリ様の第一工房≠ェあるので。瀬戸様からご依頼頂いた品物もそこに」
かすみさんの話を聞いて、何だか益々嫌な予感が込み上げてくる。
セキュリティシステムがダウンしているという事は、その気になれば誰でも侵入が可能だという事だ。
当然、哲学士の工房には、そうした緊急時の対策のためにガーディアンが配備されていたり、場所その物を分かり難くする工夫がされてはいるが――
「これって……」
「ガーディアンのようですね。全機、機能を停止しているようです」
本来、外部からは独立しているはずのシステムまでも、システム障害を起こしてしまっていた。
「これが原因ですね。システムダウンの影響で、輸送コンテナが落下してケーブルを切断したようです」
「何て間の悪い……」
かすみさんの言うように、施設にエネルギーを送るケーブルが見事に切断されていた。
工房に物資を運ぶ自動コンテナが停止して、そのまま重力に身を任せて落下したようだ。
結果、その下にあった設備の一部が破壊され、エネルギーケーブルにまで影響を及ぼし、断線させてしまった。
工房は生命維持活動を優先するため、その他のシステムを休止状態にしているようだった。
「太老くんは、この先みたいね」
「やはり、この方角は第一工房のドックです」
何故、そんなところに居るのかは分からないが、発信機の方角から考えて、太老くんが第一工房に居る事だけは間違いないようだった。
受け取る品物の詳細は太老くんに告げていない。アイリ様の第一工房の事も知らないはずなのだが、相手が太老くんだけに『絶対』とは言い切れない。
状況は深刻だ。ここだけでなくアカデミーのシステムが全てダウンしていれば、その隙をついて海賊を始めとする勢力がアカデミーへの侵入を試みる可能性が高い。
外部の彼等からすれば、ここの技術と情報、そして人材は喉から手が出るほど欲しい物ばかりだからだ。
――もし、その事に太老くんが勘付いていたとしたら?
アイリ様の工房の事や、受け取る品物の重要性を理解しているのであれば、それを侵入者から守るために工房に必ず向かうはずだ。
そう考えれば、全ての辻褄が合う事に私は気付いた。
「ドアが手動で解錠されてます。水穂様、急ぎましょう」
「ええ」
冷静な判断力と褒めたいところだが、侵入者が居る可能性が高い以上、かなり危険な行為だと言わざるを得ない。
太老くんの実力なら万が一の事など無い、と信じたいが、何事も絶対という事はない。その事を考えると、今は一刻も早く、太老くんと合流する事が優先された。
デートやお見合いなどで浮かれていたが、私の任務は、あくまで太老くんの身を守る事だ。
なのに、こんな初歩的なミスを犯し、太老くんを一時的とはいえ、見失ってしまうなんて――
自分の事ながら、注意力と自覚の足り無さが情けなかった。
「――!?」
「水穂様、手をっ!」
ドックに差し掛かったところで、突風が吹き荒れ、身体がフッと浮かび上がる。
かすみさんは異変に気付き、壁に自分の手を打ち込む事で身体をしっかりと固定した。
そうして、かすみさんから差し出されたもう片方の手を、私はすかさず掴み取った。
「ゲートが開いてる。太老くん、まさか外にでたの!?」
「守蛇怪が……どうやら一足、遅かったみたいですね」
先程までドックを示していた発信機は、今はアカデミーの外を指し示していた。
恐らくは、侵入者から船≠守るために発進したのだろうが、それよりも今は、この状況をどうにかするのが先決だ。
施設内の空気が宇宙に流れ出ている状況を何とかするため、手動でドックに続くゲートを閉ざす。
通常であれば、自動で働くはずのシステムが全て麻痺しているために、何をするにも一苦労な状況が続いていた。
「水穂様……守蛇怪はどこに向かっていますか?」
「かなりの速度で移動しているわ……この方角、例の演習宙域かしら?」
銀河軍と樹雷軍の演習が予定されている宙域に、太老くんを乗せた守蛇怪が向かっていた。
水鏡と合流するつもりで、そんな方向に向かっているのだろうか?
軍にあの船を見られるのは面倒だが、確かに安全を確保するのであれば、それが一番手っ取り早い方法でもある。
それに、龍皇の件もある。水鏡に合流してくれるのであれば、それが一番手間が省けるのも事実だった。
【Side out】
【Side:瀬戸】
「どうなっているの?」
「例の銀河軍の新造艦が暴走しているようです。制御がきかなくなっている様子ですが……」
演習が始まるまでには、まだ随分と時間があるというのに、既に演習宙域では、戦争でも始まったかのような光景が広がっていた。
目の前のモニタには、周囲の船を無差別に破壊して回る銀河軍の惑星規模艦の姿がある。例の銀河軍の新造艦が、突然暴走を始め、味方の船や軍施設を攻撃し始めたのだ。
「あちらからの救援要請は?」
「ありません。『自分達で対処するから手を出すな』と言ってます」
「くッ! こんな時まで、意地を張るなんて」
銀河軍が自滅してくれる分には、別にこちらとしては一向に構わない。
しかし問題は、あの船が、仮にもアカデミーの技術の粋を集めて造られた惑星規模艦≠ナある、という点だった。
あの船には間違いなく、惑星破壊すら可能とする質量兵器が積み込まれているはずだ。それが暴走しているという危険性。それが分からないはずがない。にも拘らず、一分一秒を争うこの状況で、銀河軍はこちらの救援を拒み続けていた。
その理由は単純だ。この機会を逃せば、自分達の立場が益々危うくなる事を彼等は理解している。そのため、新造艦の暴走や、ましてや樹雷軍に助けられたという事実を作りたくないのだ。
「どうなさいますか?」
「連盟上層部の決議を待っている時間はなさそうね……」
美守殿が、銀河アカデミー全域で発生した突然のシステムダウンの後始末で、その防衛と対策に掛かりきりになっている事が痛かった。
連盟の緊急会議が既に召集されているが、決議されるまでにはまだ少し時間が掛かる。
それまでに、あの新造艦の暴走が止まってくれればいいが、とてもではないがそれは期待できそうになかった。
それに私の情報網を駆使して調査をした結果、今になって判明した事実が、余計に私を焦らせていた。
あの惑星規模艦に使われている技術に、私の想像を大きく超えた『欠陥』とも言える物が使われていた事だ。
「暴走の原因は間違いなくこれでしょうね……」
あんな物を、どこで手に入れたのか?
あの惑星規模艦の動力炉兼メインコンピューターには、第四世代の皇家の樹が使用されていたのだ。
確かに第四世代以降の皇家の樹は、第二世代や第三世代と違って、かなりの数が存在しているが、それでも徹底した樹雷の管理下にあり、限られた親族にのみ分け与えられている第五世代ですら、出生不明の物など一つとしてない。
にも拘らず、皇家の樹が……それも第四世代の物が銀河軍の手に渡っていたなど、絶対にあってはならない話だった。
彼等のバックにいる勢力。それは私の予想を大きく超える組織が絡んでいる事は間違いない。少なくとも、樹雷皇家の縁者の中にもスパイがいる可能性が今回の事で浮上していた。
「何とか、傷つけないで確保したいけど……」
しかし、それは難しいだろう、と考えていた。様子から察するに、完全に暴走してしまっている。
皇家の樹は、樹雷星の環境を再現した特殊なユニットの中でなければ、育成する事は疎か、その力や意思を失ってしまう。仮に、そのユニットを再現できたとしても、契約者でない限りは完全にその力を制御する事は不可能だった。
第四世代以降は意思が薄いとは言っても、全く無い訳ではない。
心を開かないものを無理に開かせようとしたり、兵器として使用するために力を無理矢理に引き出そうとすれば、それは樹の意思に反する事になる。
扱いきれない大きな力を利用しようとした代償――その結果がどうなるかなど、考えるまでもなかった。
「瀬戸様、大変です! 新造艦から巨大なエネルギー反応!? 本艦に向けられています!」
「まさか!? 緊急回避!」
「間に合いません!」
「――くッ!」
惑星規模艦から放たれる、巨大なエネルギー質量を持った主砲。
それを察知した私は、直ぐに水鏡にリンクし、光鷹翼を展開させようとする。
しかし、焦りが僅かに判断を鈍らせ、コンマ数秒――光鷹翼の展開が間に合わないかに思われた。
「――!」
何かが視界に割って入った。
ドオォン、という巨大な爆発音と共に、その巨大なエネルギーに為す術もなく、一隻の船が破壊される。
しかし、ほんの少し主砲の動きが鈍った事で、光鷹翼の展開が先に完了し、水鏡と第七聖衛艦隊は無事だった。
ほっと胸を撫で下ろすのも束の間、オペレーターから信じられないような報告が入る。
「そんな……今、破壊されたのは守蛇怪です」
「まさか!?」
「水穂様からの報告で、あの船には太老様が搭乗されていた事が確認されました……」
まさか……そんな事が、と私はオペレーターの報告が信じられず、一瞬、思考を停止した。
しかし、破壊される直前に目にした、あの白い船体は――間違いなく、守蛇怪の物だった。
それを思った瞬間、私の中に憎悪にも似た激しい感情が湧き上がる。
「せ、瀬戸様……?」
「撃滅戦用意。全艦に告げる! 先の攻撃は、樹雷に対する敵対行為と見なす――目の前の敵を撃滅≠ケよ!」
「は、はい!」
理由がどうあれ、皇家の樹を蹂躙し、私に牙を剥き、太老≠傷つけた罪を、私は許しはしない。
皇家の船が畏怖される理由。先の大戦の悲惨さ、『樹雷の鬼姫』の恐ろしさを知らぬ愚か者達に――
その恐怖を今一度、知らしめるように――その号令を発した。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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