「し、司令! ノイズに混じって古い銀河航海法のコードが――」
「くそッ! 樹雷の鬼姫め!」
その場に居る全員が、それが何を意味するものか分からないはずがなかった。
巨大なプレッシャーと、艦の制御を奪う空間の歪みとノイズ。それに混じって現れる、古い銀河航海法のコード――
それが意味するところは、たった一つしかない。
「ZZZ……」
オペレーターの悲壮感に満ちた、泣きそうな声が漏れる。
この銀河に住む者であれば、その後に待ち受けている鬼姫のジェノサイドダンス≠フ事を知らぬ者はいない。
これまでに数多くの海賊艦を沈め、大戦時にはその圧倒的な力と容赦のない戦い方から、畏怖の対象として、ずっと船乗りの間で語り継がれてきた存在。
コード『ZZZ』――それは、その名を知る者にとっては、文字通り死刑宣告と同じ意味を持っていた。
「何故だ! 全て上手く行くはずだったのに! どこで、何が狂ったのだ!?」
今回の演習を、軍上層部から一任されていた銀河軍の艦隊司令は、吐き捨てるように怒りを口にする。
ある筋から手に入れた第四世代の皇家の樹。それを使って造りあげた惑星規模艦は、完璧な仕上がりのはずだった。
しかし演習を目前に控え、どういう訳か謎の暴走を引き起こし、味方の艦を攻撃したばかりか、樹雷軍に主砲を撃つ事になるとは、この艦隊司令も夢にも思っていなかった。しかし、その甘い考えが、この事態を招いたという事に、彼は気付いていない。
惑星規模艦が暴走した時点で、樹雷軍に救援を求めるべきだった。しかし、面目やプライドに拘る余り、それを拒んだ結果がこれだ。
話には聞いていても、先の大戦の経験もなく、実際に皇家の船と戦った事のない彼等には、その力を甘く見ていた部分があった。
他の船と皇家の船を同じように考え、フルに稼働している訳ではない第四世代の皇家の樹の力を、皇家の船の力と勘違いして、彼等は遥かに低くその力を見積もっていたのだ。
第二世代の樹。高次元の存在。物理法則すらねじ曲げるほどの強大な力を持つ、皇家の船の真の力≠何も知らないまま――
「――! 司令、様子が……」
「な、なんだ……これは……」
味方の船が、水鏡と第七聖衛艦隊の圧倒的な力に為す術もなく、次々に撃沈されていく中――
旗艦である惑星規模艦のブリッジに居る、艦隊の指揮を任せられている司令と、銀河軍の士官であるオペレーター達は、理解の及ばない信じられないような光景を目の当たりにしていた。
先程までノイズに混じって流れていた高出力のコードが、全て何か別の物に置き換わり、目の前の赤く輝く『ZZZ』の文字が、次々に青い『ZZZ』の文字へと書き換わっていったのだ。
彼等の記憶の中で、こんな現象は見た事もなければ、聞いた事もない。しかし、現にそれは目の前で起こっている。
「相手は鬼姫じゃないのか? いや、そんなはずが……」
理解が追いつかないまま、終わりの瞬間は刻一刻と近付いていた。
異世界の伝道師/鬼の寵児編 第42話『青き撃滅宣言』
作者 193
【Side:水穂】
「そんな……守蛇怪が……破壊されたって」
水鏡から届いた報告は、信じられないような無情な物だった。私は余りのショックに力を失い、その場に膝をつく。
太老くんが乗っていた守蛇怪が、暴走し、制御の利かなくなった銀河軍の新造艦の攻撃を受け、原形を残さないほど粉々に破壊されたと言うのだ。しかも、樹雷軍はその事態を受け、瀬戸様の号令で銀河軍との戦闘に入った、という話だった。
そんな嘘の報告をする意味はない。瀬戸様が動いたという事は、守蛇怪が破壊されたというのは本当の話なのだろう。
しかし、心にぽっかりと穴が空いたような喪失感から、私はその現実を直ぐに受け入れる事が出来なかった。
嘘であって欲しい。夢であって欲しい。そんな願いばかりが、頭の中でグルグルと回り続ける。
「水穂様……」
「かすみさん……ごめんなさい。私が、私が、太老くんから目を離したばかりに――」
全ては私の責任だ。自分の役目を忘れて、太老くんとのデートやお見合いに夢中になって、今になって慌てた結果がこれだ。
もっと、私がしっかり彼を見ていれば、職務を放棄するような真似をしなければ、彼が死ぬような事はなかった。
「しっかりしてください!」
「でも……もう、太老くんは……」
かすみさんに対する申し訳ない気持ちと、私自身、太老くんを失った悲しみから、冷静な判断力を欠いていた。
そんな私の左頬を――
パンッ、と強い衝撃が襲った。
そう、かすみさんが右手の手の平で、私の頬を思いっきり引っ叩いたのだ。
「死体が確認されたのですか? まだ、あの子が死んだと決まった訳ではないでしょう? 狼狽える前にするべき事があるはずです!」
「かすみさん……」
「水穂様一人が落ち込み、悲しんだところで、あの子は……太老は決して喜びません。今は、水穂様にしか出来ない事を、役目を果たしてください」
「私にしか出来ない事……」
その一言で、悲しみが取り払われた訳ではない。しかし、自分が何をするべきかを見失わないで済んだ。
そう、私は『瀬戸の盾』だ。太老くんの上官として、そして瀬戸様の副官として、まずは成すべき事がある。
銀河軍を瀬戸様が殲滅しただけでは、決してこの件は解決しない。問題は、その後だった。
「ありがとう、かすみさん。お陰で目が覚めました」
太老くんを傷つけた彼等を、私は絶対に許しはしない。
情報を司る『盾』の筆頭として、必ず銀河軍を追い詰める証拠を突き止めてみせる。その決意を胸に宿らせていた。
【Side out】
【Side:太老】
工房の電源が落ち、機材が壊れるなどの被害が出ていた。
(もしかしなくても……やっぱり、俺の所為なのかな?)
鷲羽の工房であったのと同じ現象だ。
どうにも、俺のパーソナルは機械との相性が悪い≠謔、で、こうしたトラブルをよく引き起こす。
決して態とではないのだが、大慌てで対処に当たっている哲学科の生徒達を見ると、少し可哀想に思えてならなかった。
「あの……手伝いましょうか?」
「え? でも……」
本当は騒ぎに乗じて逃げ出すつもりだったのだが、このまま放っていくのも、さすがに可哀想だ。
俺の経済力では壊した設備の弁償は流石に出来ないが、原因の排除くらいなら俺にも手伝える。
「凄い……随分と手慣れてるのね」
「まあ、普段からやってますからね。慣れというか……」
端末を借りて、直ぐに原因の特定を始めた。
こういうのは原因を排除しない限り止まらないので、システムの復旧をさせるにはまず、その元凶を捕まえる必要がある。
壊れた後はいつも、鷲羽の工房の後片付けを手伝っていたので、この程度であれば慣れた物だった。
予想通り、サーバーを自由気ままに移動している俺のパーソナルデータ≠フ足跡を発見する。自分のデータながら、余りにやりたい放題の姿に、深い溜め息が漏れる。
(ん? このセキュリティ構築の癖って……鷲羽のか?)
一箇所だけ、特に強固なセキュリティシステムを発見し、その近くで足止めを食っていたパーソナルデータを発見――捕獲した。
「え!? もう、捕獲したの!?」
「嘘! どうやって!?」
何やらワイワイと騒ぎ集まってくる、哲学科の生徒達。
自分のパーソナルデータだけに行動予測がしやすかったのが、俺が簡単に捕獲できた一番の理由だ。いつも、この手の作業は鷲羽ではなく俺の役目だった。
どうやって、と訊かれると、経験と勘としか言いようがない。
「勘って……私達全員で追っても追い切れなかった、っていうのに……」
それはまあ……相性の問題だろう。
どうも俺自身、マッドや変人との相性が良いとも言えないので、そうした人達の予測の斜め上を行く事が多いようだ。
ようは天才の事が凡人には分からないように、その逆もまた然りという事なのだろう、と考えていた。
俺のような凡人の考え方は、逆に天才と呼ばれる彼女達にとっては、特異な物に映るという訳だ。
「あの……それじゃあ、帰ってもいいですか? 家で心配して待っている人が居ると思うんで」
「え? ああ、うん……大したお構いも出来なくて」
「いえ、頑張ってください。哲学科の生徒って、本当に大変ですよね……」
アイリの命令でこんな真似をしたのだろうが、これからの後始末を考えると、ほんの少し彼女達に同情してしまう。
取り敢えず、何も言わずにホテルを出て来てしまったので、水穂が心配しているだろう、と考えていた。
時間の経ち方からして、もうホテルには居ないだろう。ウェディング体験の途中だったというのに、アイリの所為とはいえ巻き込んでしまった水穂には正直悪い事をしたと思う。それに水穂にとっては、貴重な予行演習だったというのに――
「あれ? そういえば、俺の服は?」
「あ……ごめなんさい。ここに連れてくる時に、汚れちゃったみたいだから洗濯にだして――」
「ごめん! 見つからない。おかしいな……自動洗濯機に放り込んで置いたはずなんだけど」
どうやら、俺の服は見つからないようなので、取り敢えず、工房の作業服を借りて帰る事にした。
あの服は情報部からの支給品だけに、さすがに無いと困るのだが……制服を無くしたと知れれば、水穂のお小言は免れない。
まあ、タキシードに着替える前だったのが不幸中の幸いか。正直、弁償の事を考えると貸衣装を無くすよりはマシだった。
服は見つかり次第、アイリの別荘に送ってもらえる事になった。
多分、他の洗濯と一緒になって、どこか別のところに紛れ込んでいるのだろう。
(やれやれ、本当に災難な一日だったな)
アイリの悪ふざけに巻き込まれるのは、これを最後にして欲しい、と思わずにはいられなかった。
【Side out】
【Side:瀬戸】
銀河軍の旗艦である惑星規模艦以外は、一艦も残す事なく撃沈した。
この宙域に居る者達を、一人たりとも逃すつもりは最初から無い。捕らえる必要すら、私は無いと考えていた。
演習に直接参加しているような者達は、使い捨ての駒。組織の中でも末端の者達に過ぎない。それは、重要な事は何も聞かされていないという事だ。
しかしだからといって、こちらの救援を拒み続けていたのは現場の判断と責任であり、その結果、私達を攻撃し、守蛇怪を破壊したのは紛れもなく彼等の仕業だ。
計画に加担した以上、こうなる事を想定できなかった彼等の甘さが招いた結果だ。容赦をするつもりはなかった。
しかしそれは同時に、私に自分の甘さを自覚させる事になった。
(許してくれとは言わないわ。でも、その犠牲を無駄にはしない)
太老を乗せた守蛇怪が破壊されたのは、私の見通しの甘さに原因がある。
彼の成長を促すためとはいえ、危険を伴う試練を与えている以上、ある程度の覚悟はしていたつもりだ。
しかしそれが、こんな結果に終わってしまうなんて……。
「瀬戸様、敵艦から通信が……」
「今更? 無視しなさい。あの船は、ここにあってはならないものよ。それに、ここまで暴走してしまった後では、既に取り返しがつかないわ」
暴走を止める手段は破壊するしかない。それに今になって降伏など、聞き入れられるはずがなかった。
降伏するつもりであれば、全艦の動力炉を停止させ、最初にやっておくべきだった。
しかし救援を断り、こちらに攻撃するような事態を招いておきながら、仲間の船が全てやられてから降伏など、指揮官としてあるまじき行為だ。今更、彼等の命乞いなど聞くつもりはなかった。
「皇家の樹には悪いけど、問題の火種と成る前に処分させてもらうわ」
出来る事なら、皇家の樹だけでも回収したい。
水鏡に同胞を討つような真似をさせたくはないが、暴走してしまった皇家の樹ほど危険なモノはない。
それに、事情はどうあれ、あれは銀河軍の船だ。後になって、こちらが要請を出したところで、素直に樹の引き渡しに応じるとは思えない。
既に証拠となるデータは抑えてある。同じような事態を招かないためにも、あの船だけはそのままにして置く訳にはいかなかった。
「目標、前方の惑星規模艦! 撃てええぇぇぇ!」
私の号令と共に、攻撃に転じた光鷹翼から、一筋の閃光が放たれる。
自力で光鷹翼を展開できない第四世代の樹では、あの一撃を防ぐ事は不可能。全ては、その一撃で終わるかに思われた。
「なっ!?」
しかし、砲撃の射線上に黒く輝くクリスタルに外郭を覆われた巨人が姿を見せ、腕を前方に広げたと思うと、展開した三枚の光鷹翼で水鏡の一撃を相殺してみせた。
光鷹翼の衝突の衝撃で空間が歪み、水鏡以外の船が激しい揺れに見舞われ、後方に押し流される。
第二世代の樹の攻撃を防ぎきる力。それは、同じく第二世代以上の力を持つ、皇家の船以外にはありえない。
「まさか……龍皇?」
黒色のクリスタルに身を包み、光り輝く巨人の姿。
船から人型へと姿を変え、異様な存在感を放つ龍皇が、モニターに映し出されていた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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