「……陛下、お身体は大丈夫ですか?」
「問題無い。それよりも仮面白馬じゃと……? 董卓、あれは――」
董卓に支えられ侍女達に護られながら、颯爽と現れた仮面白馬を見て、驚きを隠せない様子の劉協。
「一体、何者じゃ!?」
本当に誰か分かっていない様子で、董卓に尋ねる劉協。一方尋ねられた董卓はどう答えてよいものか真剣に悩んだ。
ただ目の部分を覆っただけの小さな仮面と白いマントを羽織っただけで、それ以外は元の姿と何も変わっていない。子供でも正体が分かるような変装だったからだ。
「公孫賛さんですよ」
「……こうそんさん?」
公孫賛の名前を聞きながら、まだ分からないと行った様子で首を傾げる劉協。
さすがに董卓も、何かがおかしい事に気付いた。
「あの……陛下?」
「ああ、うむ。公孫賛か! 勿論、覚えておるぞ! 木馬将軍じゃったな」
「白馬将軍だ!」
劉協の間違いに、素早く仮面白馬のツッコミが入る。木馬と白馬。似ているようで全く違うものだった。
自信満々に覚えていると言いながらも、明らかに公孫賛の名前と二つ名を忘れていた事は一目瞭然だった。
そこでようやく董卓も自分の間違いに気が付く。劉協が、何が分からなかったのかを――
仮面白馬の正体が分からない以前の問題で、公孫賛の名前が出て来なかったのだ。
「俺をバカにしているのか!」
そのやり取りを見ていて、真っ先に堪忍袋の緒がキレたのは左慈だった。
後一歩と言うところで仮面白馬に邪魔をされ、目の前で下手なコントを見せられれば、左慈が怒るのも当然。
劉協達には悪気がなくても、左慈からしてみればバカにされたと勘違いしても不思議ではなかった。
「くッ! もう一度、捕らえればいいだけの事だ!」
劉協を奪い返そうと、再び劉協に向かって走り出す左慈。
「ここから先は行かせん――」
「邪魔だ!」
そんな左慈の前に、立ち塞がる仮面白馬。
左慈の神速の蹴り≠ニ、仮面白馬の普通の剣≠ェ交差した。
「ぶはッ! わ、私の見せ場が……」
存在感の薄さ以外は人並み程度の能力しかない仮面白馬が、一騎当千の武人すら上回る実力を持つ左慈に敵うはずもない。
クルクルと空を舞う普通の剣。一合も打ち合えないまま、左慈の一撃に呆気なく仮面白馬は宙を舞った。
「俺ときてもらうぞ!」
再び、劉協の身に左慈の手が伸びる。
仮面白馬は敗れ、劉協を護るのは董卓と侍女達しかいない。
まさに絶体絶命の危機。ここまでかと思われた――その時だった。
「なッ!?」
右から迫る神速の突きを、動物的な勘の鋭さで飛び退き、ギリギリのところで回避する左慈。
後一歩踏み込んでいれば、確実に槍の切っ先は左慈の心臓を捉えていた。
「趙雲、助かったぞ」
「……趙雲とは誰のことですかな?」
「……華蝶仮面、礼を言う」
複雑な表情を浮かべながらも、趙雲を改め『華蝶仮面』と名前を言い直す劉協。
仮面をつけている時は趙雲ではなく華蝶仮面。それが分かっていても言ってはいけない暗黙のルールだった。
「今のをかわすとは……」
ほのぼのとした雰囲気から一転。華蝶仮面の額に大粒の冷や汗が溢れる。
あのタイミングで攻撃がかすりもしなかった事に、華蝶仮面は驚きを隠せずにいた。
攻撃を確認してからでは回避など間に合わない。文字通り、必殺のタイミングだったはずだ。
にも拘らず、まるで攻撃がくるのが分かっていたかのように、ただの直感で左慈は華蝶仮面の攻撃を回避してみせたのだ。
「どうじゃ? 勝てそうか?」
「勝てる――と言いたいところですが、正直少し厳しい」
「ううむ……」
「ですが、その心配は無用かと」
「なんじゃと?」
実力は左慈の方が上。戦えば自分に勝ち目が無い事は、華蝶仮面も先程の攻撃で分かっていた。
それなのに、この自信。ニヤリと不気味な笑みを浮かべる華蝶仮面を見て、左慈は何かに気付いた様子でハッと目を見開いた。
「まさか!」
仮面白馬が劉協を助けた時、そのまま外に連れて逃げるのではなく態々侍女達を集めたのは、劉協を護るためではなかった。
その場に居る全員を一箇所に集めるのが、そもそもの狙いだったのだ。
最初の仮面白馬の行動や、華蝶仮面があのタイミングで右側から攻撃を仕掛けてきた理由。
自分の位置と劉協達の位置を確認して、左慈はこの位置に誘導されたのだとようやく気付いた。
「しま――」
それは、まさに一瞬の出来後だった。
辺り一帯を包み込む白い光。太老の口から放たれた天を貫くほどの破壊力を秘めた一撃が、左慈の全身を呑み込んだ。
異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第90話『ヒーロー共闘』
作者 193
【Side:太老】
「太老様。どうかなさいましたか?」
「いや、なんか嫌な予感がして……」
「嫌な予感ですか?」
俺の知らないところで、何かとんでもない事が起こっている予感がしてならなかった。
「影武者を置いてきたから、大丈夫だとは思うんだけど……」
「あの鼻を押した人物の姿に変化するロボットの事ですか?」
「そそ、あれは結構な自信作なんだよ。動力炉にはクリスタルコアを使ってるし、宝玉のない魎呼さんくらいの力はあるしね」
「それって……」
俺と林檎が話しているのは、林檎が持ってきた七つ道具の一つ『コピーロボット』の事だ。
宝玉のない魎呼といえば、牙をもがれたオオカミと同じ。ガーディアンとしてはそこそこだが、俺でも十分に破壊が可能なほど実際のところは大した事がない。あのロボットの真価は、スイッチになっている鼻を押した人物のパーソナルデータを瞬時に解析し、本人そっくりの姿に変化できるところにあった。
アニメロイドと呼ばれる本人そっくりの力場体を作り出す技術があちらにはあるのだが、基本的には外見を似せるだけで解析をされれば偽物だと直ぐに分かってしまうような代物だ。ところが、このコピーロボットには伝説の哲学士『白眉鷲羽』の技術が使われており、アストラル構造までを調べないと普通の解析では本物と偽物の区別が付かないほど、本人そっくりに偽装する事が可能となっていた。
どうしても外せない用事なんかがある時に、自分の代わりに留守番をさせるには持ってこいのアイテムと言う訳だ。
その気になれば自分の代わりに働かせるなりして楽をする事も可能だが、良い子の皆は絶対に真似をしないように――
俺がそもそもこのアイテムを作ったのは、鷲羽の目から逃れるための身代わりが欲しかったからだ。
尤も、鷲羽には通用せず、その試みも失敗に終わってしまったが……。まあ、あれは相手が悪かっただけで、鷲羽以外の目なら十分に誤魔化せるはずだ。
「嫌な予感の原因って、それでは……」
「え?」
林檎の言うように、宝物庫の警備にと置いてきたコピーロボットが暴走。確かにその線は考えられなくはなかった。
まあ、何はともあれ、こうした時の勘は嫌な方に限って良く当たるのでバカに出来ない。
これは出来るだけ早く洛陽に帰還した方が良さそうだ。実際こちらでも、予想外の事態が起こっていた。
「袁紹は大人しくしてる?」
「アレを大人しいと言うと、他の捕虜に失礼と思いますが……ここに置き去りにしてもよかったのでは?」
「まあ、袁紹だしな……。もしかして、林檎さん怒ってる?」
「いえ……。太老様がお決めになった事ですし、異議を唱えるつもりはありません」
そう言いながらも、どこか不満そうな林檎。捕虜とは思えない袁紹の態度に、腹を据えかねている様子が窺えた。
「こんな奇天烈な食べ物、見た事がありませんわ……。わたくしを誰だと思ってるんですの!?」
「姫が食べないんだったら、あたいが貰いますよ。変わってるけど、結構美味いですよ。これ」
「ちょっと、猪々子さん! 何もいらないとは言ってませんわよ!?」
「すみません! すみません! すみません! 二人とも悪気はないんです!」
ここまで聞こえて来る袁紹とその将軍二人の声。確かに捕虜とは思えない尊大な態度だった。
「顔良さんが不憫だな……」
「……はい。ですから、余り強く言えなくて」
袁紹と文醜の横暴に振り回され、必死に周りに頭を下げている顔良を見ると不憫でならなかった。
袁紹のように傍若無人ではないが、銀河一傍迷惑な人に仕えていた林檎だ。色々と思うところもあるのだろう。複雑な心境が窺えた。
「しかし、面倒な事になったな……」
袁紹軍だけでなく、虎牢関に詰めていたはずの霞達まで、函谷関に程近いこの戦場に飛ばされてきていた。
とはいえ、虎牢関に仕掛けた『虎の穴』にそんな機能を付けた記憶など全く無い。
「黒い穴って言うのは、亜空間の穴の事だよな……」
「はい。それ以外には考えられません。ですが、よく無事に脱出できましたね……」
「だよな……。下手をすると、そのまま亜空間に取り残されるか、最悪の場合はこことは別の世界に放り出された可能性もあった訳だし……」
フィールド内に仮想空間を作り出し訓練シミュレートを行う『虎の穴』には、狭い範囲に限っての事だが亜空間を固定できるだけのエネルギーが蓄えられている。動力源に使われているのは、万素を元に作られた簡易のクリスタルコア。ちょっとした宇宙船の動力炉に匹敵するエネルギーを持っていた。
それが暴走したとすれば、空間に歪みを生み、亜空間に通じる穴を広げたというのは考えられない話ではなかった。
とはいえ、空間に穴が生じたと言う事は、元凶となった『虎の穴』も一緒にどこかに飛ばされた可能性が高い。
原因を突き止めるには『虎の穴』を回収し解析するしか無い訳だが、この状況ではそれも難しい話だった。
「まあ、無くて困る物でもないし、別にいいか」
「本当によろしいのですか?」
「俺達以外にアレの使い方が分かるとは思えないしね。問題は……」
虎の穴自体は無理に回収をしなくてはならないほど重要な物では無い。
少し材料が特殊なだけで、携帯版に限って言えば、あちらに戻れば幾らでも量産が可能な代物だ。
問題は虎の穴の方ではなく――
「心配されているのは、穴に吸い込まれた他の方々の安否ですね」
「うん。まさか、こんな事になるとは思ってもいなかったからね。せめて、華琳達の安否は確認しないと」
戦争はゲームではない。どれだけ言葉を取り繕っても、戦争が殺し合いであることは避けられない事実だ。
そして戦争に加担した以上、俺は当事者だ。彼女達が自分で望んだ事とはいえ、劉協や月を助けるために大勢の命を俺は危険に晒している。だから結果がどうなろうと、この戦いから目を背けるつもりはなかった。
後々の事を考えると出来るだけ犠牲をだしたくはないが、全てが予定通り上手くいけば苦労はしない。
俺達同様、連合に参加した諸侯も、自分の意思で戦いに参加した以上は自己責任だ。そう、心の中では割り切っているつもりでいた。
ただ、反董卓連合に参加した他の諸侯はともかく、華琳や桃香達まで見捨てる事は出来ない。
物事には全て優先順位がある。月を助けるというのは、俺が自分の意思で勝手に決めたこと。それと同じくらい、華琳達の事も大切に想っていた。
董卓軍と連合軍の双方に死傷者をださないように気を配っていたのも、本音を言えば華琳達を傷つけたくなかったからだ。
だから、じわじわと精神的に追い込み、弱ったところで交渉のテーブルに連合の諸侯を引き摺り出し、無理矢理にでも諸侯が納得せざるを得ない状況に持っていくつもりでいた。
月の件は、今の名前を捨てて新しい人生を歩ませる、という選択肢も確かにあった。
そちらの方が、ずっと簡単だったのは確かだ。しかしそれでは、本当の意味で彼女を救ったとは言えない。
親から授かった名前を、これまで彼女が歩んできた人生を、簡単に捨てさせるような真似はしたくなかった。
月や華琳のため――と恩着せがましい事を言うつもりはない。全ては俺の我が儘を優先させた結果だ。
――悲劇よりは喜劇を
――悲しい結末よりは、みんなが笑っていられる楽しい結末を
甘い考えと言われるだろうが、ご都合主義が俺は一番好きだ。
誰だって、不幸な結末を望んではいないはずだ。月のような美少女なら尚更、俺は笑っていて欲しかった。
それに正直な話、この世界の在り方には納得していない。劉協の歳なら、まだ親に甘えたい盛りのはず。家族と一緒に暮らして居るのが普通だ。多分、こんな事を本人に言うと問答無用でぶん殴られるのだろうが、出来る事なら華琳にも戦って欲しく無い。普通の女の子として生きて欲しかった。
「険しい顔をされているようですが、何か心配事でも?」
「いや……。皆、無事だといいなって。劉協や月ちゃんを助けても、華琳達が行方不明じゃ意味がないしな」
「……太老様」
こう言う世界だ。そう言う時代だ、と納得してしまえば楽かもしれないが、胸の辺りがムカムカする事に変わりはない。
後悔するくらいなら、納得の行かない事はとことんやる。それが俺の主義だ。
幼女は国の宝だ。大体、幼女が幸せになれない世界なんて――納得できる訳ないだろう!?
「太老。やっぱりダメやったわ」
「お疲れ様。うーん、やはりダメか。片眼鏡に反応も無いしな……逃げられたか」
霞達には戦場の後片付けと、戦いの前に確認したアストラル反応の正体を調べてもらっていた。
片方の反応は、ここに飛ばされてきた馬超で間違いないと思うが、もう片方の反応が誰だったのかが分からない。
予想では干吉か張譲のどちらかだと考えているのだが……戦場は、ご覧の有様だ。
地形も変わってしまっているし、林檎に破壊されて動かなくなった白装束――土で作られた人形兵が大量に転がっていた。
後始末だけでも頭が痛くなる惨状だ。自分から頼んでおいてなんだが、こんな中からたった一人の人間を捜し出せというのは無茶な話だった。
「川に流されたのかもしれないな。出来れば捕獲しておきたかったけど、仕方が無いか」
「姉さんのあの一撃を食らって生きてるとは思えんのやけど……。跡形もなく蒸発したんちゃうか?」
「まあ、確かにアレを見たらそう思うよな。この有様だし……」
川の水が流れ込んで出来た大きな湖。林檎の最後の一撃で出来た巨大なクレーターだ。
実際にその眼で見ていなければ、これを人間がやったなどと信じられないような光景が目の前には広がっていた。
「霞さん。洛陽に戻ったら、話があります」
「なんで、うちだけ!?」
白服の軍勢五万の脅威は去ったが、以前として問題は山積みだった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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