【Side:林檎】

 太老様の気持ちはわかる。その考えをすべて否定するつもりはなかった。
 通称、星の箱庭。大先史文明の遺産と言えば、私達の世界ですら遺失技術(ロスト・テクノロジー)に分類されるものだ。
 銀河アカデミーに在籍する有能な科学者達でも解明出来ないようなものを、理解し、解析出来る者はほとんどいない。
 私の知る限り、そのようなことが可能な人物と言えば、銀河アカデミーの理事長『柾木アイリ』様か、伝説の哲学士として名高い『白眉鷲羽』様。そして哲学士『タロ』の名で有名な太老様くらいのものだった。

 鷲羽様の息子にして『伝説』の後継者。宇宙最高クラスの哲学士である太老様の知識と技術を用いれば、本来は不可能とされる遺失技術の解析と介入も不可能な話ではない。しかし、それは太老様の常人離れした能力があってこそだ。
 そのことに関しては、私も太老様の力にはなれない。それほどに次元が違いすぎた。
 しかしそれでも、私はこの世界の人達に自らの意思で行動を起こして欲しいと願っていた。

 ――世界の危機だから?
 ――本来、解決すべきなのは、この世界に住む彼女達の役割だから?

 本音を言えば、そんなことはどうでもよかった。
 しかし、ここで太老様が誰にも言わず、自分だけの力で解決してしまえば、今まで以上にこの世界の人達は太老様の力に依存するようになってしまう。これからのことを考えると、それだけは絶対に避けたかった。

 私達の世界が既に通った道。そこに、答えがある。

 太老様に依存しているという意味では、この世界も私達の世界も、それほど変わるものではなかったからだ。
 一つ違う点があるとすれば、あちらには鷲羽様と瀬戸様という太老様のことを理解し、太老様の味方となり、あらゆる影響から太老様の存在を隠し庇護することが可能な、世界との間に立ち抑止力となりえる方々がいたことだ。
 しかし、こちらにはそうした方々がいない。私はそのことを一番危惧していた。

 太老様の考えに意見したのは、彼女達のためを思っての行動ではない。太老様の負担を少しでも減らすためだ。
 太老様の優しさは、私が誰よりもよく理解している。それだけに、こちらの世界に心残りがあれば、太老様は安心して元の世界に帰ることが出来ないだろうこともわかっていた。最悪、最後の判断を誤りかねない。
 私が鷲羽様と瀬戸様に命じられた役目は、太老様を無理矢理連れて帰ることではない。太老様の負担を少しでも減らすことだ。
 あのお二人は、ここまで予見しておいでだったのだろう。
 太老様をこのまま連れて帰るかどうか、最終的な判断は私に委ねられていた。

(太老様の意思に反し、私は勝手なことをしているのかもしれない。それでも、私は……)

 この世界の人達が、太老様の負担にしかならないようであれば、どんなことをしても太老様を連れて帰る。太老様の意思に逆らうことになっても、それが私の意思だ。
 太老様ご自身が考えている以上に、太老様が持つ影響力は大きい。
 こちらの世界に必要なように、私達の世界にも太老様は絶対に必要な存在だった。

 そして私にとって太老様は恩人であり、一生を賭してお仕えする御方だ。
 この世界と太老様。両方を天秤に掛け、どちらを選ぶかなど悩むまでもない、わかりきった答えだった。
 でも、出来ることなら――

「信じたい」

 太老様の選択が間違いでなかったと信じたい。彼女達の強さを信じたかった。
 瀬戸様と鷲羽様から命じられた役目の重さを噛み締めながら、私はひたすらに願う。

 ――幸せな未来を。

 そして、太老様の悲しむ顔を見たくなかった。

【Side out】





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第123話『連合会議』
作者 193






「あ、冥琳。桃香達は?」
「先程、益州に旅立った。仕込みは済んでいるからな。後は、彼女達に頑張ってもらうだけだ」
「一足遅かったか……。どちらにせよ、あちらはそれどころじゃないか」
「何かあったのか? 早馬をだせば、間に合うと思うが……」

 劉備達と益州解放作戦の情報交換を行い、建業の城に戻った周瑜を出迎えたのは孫策だった。

「さっき、華琳から書簡が届いたのよ。私宛てに」

 曹操から届いたという書簡を周瑜に見せる孫策。
 曹操の名に反応し、不機嫌な顔を浮かべる周瑜。
 彼女の頭に浮かんだのは以前、孫策が陳留で飲み食いした際の請求書だった。

「曹操からの書簡にはなんと書いてあったのだ?」
「太老のことで少し気になることが……って、今度のは請求書じゃないわよ!?」

 周瑜が何を勘違いしているのか気付き、慌てて否定する孫策。
 周泰に一服盛られ、呉に強制送還された孫策を待っていたのは周瑜の説教と謹慎。更には大量の仕事だった。
 ――働かざる者食うべからず。飲み食いした分、働けと脅されれば孫策も反論が出来ない。
 本気で怒った周瑜は、孫策すら逆らうことを許されないほどの迫力に満ちていた。
 それだけに、これ以上、仕事を増やされてはたまらないと孫策が必死になるのも無理はなかった。

「疑うなら、自分の目で確かめてみなさい!」

 怪訝な表情を浮かべながらも周瑜は孫策から書簡を受け取り、その中身に目を通す。
 曹操の取った行動。それは各国の代表に書簡を送り、連合会議を執り行うことにあった。
 勿論、議題は――

「……世界の危機?」

 詳しく内容が綴られていたわけではない。ただ、この世界が崩壊の危機に晒されていること。そして、その崩壊は太老にしか止められないこと。すべての責任を太老が一人で背負い、誰にも告げず密かに行動をしていることなどが書かれていた。
 余りに唐突でぶっ飛んだ内容。突然、世界の危機などと言われても、すぐに信じられるはずもない。ただ――

「どう思う? 冥琳」
「あの曹操が冗談でこんな書簡を送ってくるとは思えない。しかし、にわかには信じがたい内容だな。お前はどう思っているのだ? 雪蓮」
「ただの勘だけど、嘘はついてないと思う。それに……」
「あの男なら、ありえぬ話ではないか」

 曹操の人柄、そしてこれまでの太老の行動を見続けてきた彼女達には、嘘と切り捨てることの出来ない話の内容だった。
 ましてや、その最後に――

「太老への恩返しなんて言われたら断れないじゃない」

 降参とばかりに両手を挙げ、孫策はその場に寝転がった。
 呉が太老から受けた恩の大きさは、それこそ並大抵のことでは返せないほどだ。

 ――ここで少し返済しておかない?

 などと言われれば、協力しないわけにはいかなかった。
 それに食糧の件では曹操にも借りがある。最初から断れるはずもないのだ。

「連合会議か。どちらにせよ、何れは執り行う予定だったものだ。少し予定が早まったと思えばいい」
「まあ、それはそうなんだけどね。しかも開催は二ヶ月後……あの子、こっちのことが見えてるんじゃないの?」

 呉は現在、袁家筋の豪族を筆頭に反対勢力の粛正を行い、国を平定すべく内乱の最中にあった。
 他にも孫策から妹の孫権へ王位が正式に移譲されたことで、幾つかの内政問題を抱えていた。
 概ね解決に向かっているとはいえ、まだ時間は掛かる。完全に引き継ぎを済ませ、洛陽に向かったとしても、ちょうど二ヶ月と言ったところだ。
 明らかに呉の内情をわかっていて、予定を組んできているとしか思えない誘いだった。

「曹操のことだ。ありえない話じゃないな。それに根回しも既に済んでいるのだろう」
「外堀は完全に埋められてるってわけね。他も参加するかしら?」
「するさ。いや、曹操の要求はともかく参加せざるを得ないというのが実情だ」

 世界の危機はともかく、天の御遣いの名をだされたら参加しないわけにはいかない。
 ましてや連合会議は、以前に一度通達されていたことでもある。
 多少、予定が前倒しになったところで拒む理由にはならなかった。

「じゃあ、参加しましょう。蓮華にも、そろそろ実務経験を積ませないといけない頃だしね」
「……本当は太老に会いたいだけではないのか?」
「あはは……で、でも! 蓮華に経験を積ませたいっていうのは本当よ!? それに、あの子はまだ太老に一度も会ってないし、正式に呉の王になったのだから、ここで顔を合わせておくのはいいかなって」
「曹操が蓮華様宛ではなく、お前に直接手紙を送ってきた理由がよくわかるな」
「もうっ! 冥琳、意地が悪いわよ!?」
「そうさせているのはお前だろう? なんなら支払いが終わるまで、給金と酒をなしにしても構わないのだぞ?」
「そ、それは許して欲しいかな……」

 孫策と違って、妹の孫権は太老との直接的な関わりが少ない。呉が返しきれないほどの多大な恩を太老から受けているとは言っても、内政に多くの問題を抱える今の状況では、洛陽への呼び出しに難色を示す可能性はある。
 ましてや太老から直接の呼び出しならともかく、曹操からの書簡では真面目な彼女は最初から疑って掛かるだろう。曹操も、この書簡を送ること自体、かなりのリスクを伴うことを承知していた。
 孫権が疑心を抱くように、書簡を送られた各国の代表は天の御遣いの名で招集に応じてはくれるものの余り良い顔はしないはずだ。
 以前から言われているように、魏が天の御遣いを独占していると捉えられかねない行動でもあった。
 しかし、そんな危険を冒しても、どうしても急がなければならない事情が曹操にはあるということだ。そして曹操が自らの進退を賭け、危険を承知でこんな行動に出る理由。考えられる限り、そんなものは一つしかなかった。

 ――太老のためだ。

 手紙の内容や状況、それらから周瑜は曹操の考えを読み取っていた。孫策が気付いたのは、ほとんど勘のようなものだったのかもしれない。ただ、正木太老という人物を知る者であれば、この話を冗談と一笑出来なかったのも事実だ。
 この世界で何かが起ころうとしている。それだけは確かだった。

「でも、太老が来るのを楽しみに色々と準備してたのに……ちょっと残念ね」

 心の底から残念そうに呟く孫策。
 太老と既成事実……もとい持て成すために色々と準備をしていたのが無駄になった。
 連合会議が開かれることよりも、悔やむべきはそのことだった。

「それを妨害するのが狙いだったりしてな」
「まさか、幾ら華琳でも、それは……」

 ないと思いたいが、ないと言い切れない孫策だった。





【Side:太老】

「は? 当分、洛陽(ここ)に留まる?」
「はい。二ヶ月後、ここで連合会議が開かれるそうです」
「また、なんで急に……」

 朝、いつものように予定の確認を行っていると、月の口から旅の中止が告げられた。
 二ヶ月後、ここ洛陽で各国の代表が集まって開かれる連合会議が執り行われるらしく、そこに俺も出席して欲しいとの話だった。

「曹操さんの提案だと聞いていますが、ご主人様はご存じなかったのですか?」

 初耳だ。確かに連合会議は近々開かれる予定だと聞いていたが、各国ともに内政に多くの問題を抱えている時期だ。調整にも時間が掛かる。
 それだけに会議が開かれるのは、この旅の後だと思っていたので唐突な話だった。

(何を考えてるんだ? 華琳の奴)

 この旅の目的は風が言っていたように、魏が天の御遣いを独占しているという不満を取り除くためのものだ。
 なのに、こんな強引な招集と会議を開くような真似をすれば、華琳の立場は悪くなる。
 確かに各国が集まって話し合うことは重要だが、それもリスクを冒してまで急ぐような話ではないはずだ。

(もしかして、この間の話の所為か?)

 覚悟はしていたつもりだが、まさかこんな大胆な行動に出るとは思ってもいなかった。
 連合会議を開くということは、例の話を議題に挙げるつもりなのだろう。

「ご主人様、どうかなさいましたか?」
「いや、俺も覚悟を決める時がきたのかなって……」
「覚悟……ですか?」

 首を傾げる月。林檎の言葉が、俺の頭を過ぎった。
 こうなることを林檎は予想していたのかもしれない。だとすれば、話の辻褄が合う。
 彼女達のことを信用していなかったわけではないが、黙っていたのは事実だ。
 林檎が俺に注意したように、信じていなかったと捉えられても不思議ではない。
 最悪、会議の席で非難を浴びることも覚悟しなくてはならないだろう。そう考えると、今から憂鬱な気分になる。

(裏で、こそこそやってるのは事実だしな)

 自業自得と言えば、それまでだ。世界を救うため、と言えば聞こえは良いが、俺のエゴであることに変わりはない。間違ったことをしたとは今も思っていないが、話すタイミングを誤った。
 せめて連合のトップには伝えておくべきことだったと、今更ながらに後悔していた。
 よくよく考えてみると、こうして裏でこそこそされるのは華琳が一番嫌うことだ。

「何を心配されているのか私にはわかりませんが、たぶん大丈夫だと思います」

 そう言って、俺の手を取る月。

「だって、皆さん。ご主人様のことが大好きなはずですから」

 なんの根拠も無い自信だったが、月に励まされて、ほっとする自分がいた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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