植民惑星ナンバー〇三一号、現地名称『地球』。
 青い海に浮かぶ小さな島国。その山間に、ひっそりと佇む小さな神社があった。
 ――柾木神社。数百年の歴史を持つ古い神社で、ここには二匹の鬼の伝説が残されていた。
 その鬼というのが、

「場所がわかったんなら、さっさと行って連れ戻してくりゃいいじゃねーか」

 金色の瞳に銀色の髪。彼女こそ、この地に言い伝えを残す伝説の鬼の片割れ。
 ――魎呼、その人だった。

「相変わらず、おバカさんですわね。それが出来ないから、こうして話し合っているのでしょう?」

 そんな魎呼を見て、やれやれと呆れた様子で首を横に振る黒髪の女性がいた。
 銀河で最も力のある国家『樹雷』の第一皇女。第二世代の皇家の樹『龍皇』の契約者(マスター)
 現樹雷皇の娘――柾木・阿重霞・樹雷とは彼女のことだった。

「ンだと! じゃあ、阿重霞! お前には他に良い案があるっていうのかよ!」
「そ、それは……美星さん。何か、ありませんの?」
「わ、私ですか? え、えっと、そ、それじゃあ……」

 阿重霞に突然話を振られて、戸惑う褐色金髪の美人。
 銀河の秩序と平和を守るため日夜活動する治安維持組織『ギャラクシーポリス』に所属する一級刑事にして、柾木家の居候。九羅密美星とは彼女のことだ。
 そして彼女には、名前とは別に二つ名があった。それは――

「んっと、何か使えそうなものは……」

 あらゆるものを亜空間にしまっておける便利な道具。美星オリジナルの亜空間キー。
 キューブ状の物体を慣れた様子で、クルクルと手の中で組み替える美星。

「バカ阿重霞! 美星にそんなこと言ったら」
「はっ!? 美星さん、ストップですわ!」
「はい?」

 急に阿重霞に声を掛けられたことで、操作途中にも関わらず美星の手が止まった。

「あっ」

 キューブに視線を戻し、「ごめんなさい。間違えちゃいました」と頭を下げる美星。
 これに顔を青ざめたのは、魎呼と阿重霞の二人だ。

「あっ、じゃねえええ!」
「また、このパターンですの!?」

 そう、人は彼女のことを『偶然の天才』と呼ぶ。





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第124話『予測不能な未来』
作者 193






「また、派手にやったね」

 と、頭をポリポリと掻く鷲羽。
 瀬戸との大事な話を終え、戻って来た彼女が目にしたのは――
 湖に突き出たデッキテラスに刺さった白い物体――美星の船だった。

「お帰りなさいませ、鷲羽様。お茶にされますか?」
「ただいま、ノイケ殿。遠慮無くいただくよ」

 居間に腰を下ろし、『柾木家の良心』ノイケのお茶でほっと一息つく鷲羽。
 ズズッと茶をすすりながら瓦礫の片付けをする魎呼、阿重霞、美星の三人を眺めていた。
 デッキテラスに宇宙船が突き刺さるという非日常。しかし柾木家(ここ)では、これが日常だった。

「それで鷲羽様。例の件は、どうなりました?」
「回収したデータは厳重に封印したよ。あれは余計な混乱を招くだけだからね」

 何億年という途方もない時間をかけて育った仮想現実世界は、既に現実世界と変わりない独自の世界形成を作り上げていた。
 しかし、無から有を生み出す。世界創造の奇跡。それは神にのみ許された特権でもあった。

「世界を創造する道具ですか……」
「意図してのことなのか、はたまた偶然の産物なのか、実際のところはよくわからないけどね」
「それが真実だとすれば、世紀の大発見になるのでは?」
「まあ、確かにそれはそうだけど、公開するにはリスクが大きすぎるよ」

 偶然の産物なのか、または意図されたものなのかわからない。しかし結果として、それは存在する。アカデミーの研究者が見れば、卒倒するような研究成果がそこにあった。
 故に樹雷の最高評議会が下した結論は、『星の箱庭』の厳重封印。研究次第では、この世界の秘密や高次元生命体の解明にも繋がる危険な代物だけに、樹雷のこの決定は当然のことと言えた。
 皇家の樹や魎皇鬼の秘密に匹敵するほどの機密ということだ。

「研究次第では、宇宙の軍事バランスが崩れるほどの代物だからね」
「それほどですか……」
「三命の頂神が試行錯誤を繰り返し、ようやく辿り着いた答え。新たな世界を創造してまでやろうとしたことを、あんな小さな容れ物で為そうと言うんだから、未完成とはいえ、そこに辿り着いた奇跡に私は驚愕するね」
「では、あれは……」
「まさかとは思ったけど、本当にこんなものがあるなんてね。神を作りだすシステム、一人の青年を高次元に至らせるための世界。私達の他にも似たようなことを考える奴がいたなんて、ほんと驚いたよ」

 それは嘗て、ひとりの神が実行に移した計画に近い内容のものだった。
 北郷一刀――すべては物語の核となる一人の青年を、高次元に至らせるためだけに作られたシステム。それが、この『星の箱庭』の正体だった。
 しかし結果だけを言えば、世界の創造には成功したが、神を作り出すという最終目標には到達していなかった。
 言ってみれば、未完成。それが、この小さな箱庭の限界でもあった。

「未完成とはいえ、この世界に置いておくには面倒な物に変わりないからね」
「それでは、星の箱庭は……」
「新しく器となるものを作って樹雷に封印してあるよ」

 鷲羽の余りにスケールの違う大きな話に、ノイケは感心するやら呆れるやら複雑な表情を浮かべる。簡単に言うが、世界を作るなど人間の手に余る行為だ。だからこそ、『星の箱庭』はその存在が問題になった。
 その器となるものを『必要だから』と言う理由一つで用意出来てしまう鷲羽の力はさすがと言うべきだが、普通の人間には到底真似の出来ない方法でもあった。
 この話の内容と感覚のズレこそ、鷲羽が人間ではなく神の一柱であることを物語っていた。

「どうかしたのかい?」
「いえ、なんでも……」

 ある意味で、こうしたところは太老と鷲羽はよく似ているのかもしれない。ふと、そんなことをノイケは考えた。
 ただ、口が裂けてもそんなことは言えそうにない。ノイケは、そう思った。

(私達にとっては非常識と思えることでも、鷲羽様にとっては想定の範囲ということね。さすがは鷲羽様と言ったところなのだろうけど……太老くんのことは言えないわね)

 星の箱庭から回収された情報の受け皿として、鷲羽の手で新たな器が用意された。
 外史とは謂わば、枝分かれした大樹の一部だ。世界は枝の数だけ、可能性は星の数ほど存在する。
 そうして時は流れ、世界はこれからも始まりと終わりを繰り返していく。今回の件は結果だけを見れば、新たに一つの世界が産み落とされただけだ。
 そしてそれは世界全体で見れば、今まで延々と繰り返されてきた事象の一つに過ぎなかった。

「他にも訊きたいことがあるって顔をしてるね」
「やはり、お見通しでしたか……」

 解決したかに思えたこの問題にも、一つだけ大きな問題が残されていた。
 星の箱庭の本体から切り離された、もう一つの世界をどうするかだ。
 今回のこの処置は鷲羽にとって奥の手とも言える切り札でもあった。
 既にその最後のカードを切ってしまった以上、もはや後には引けない。

「率直にお尋ねします。お二人はどうなるのですか?」

 切り離された世界に今も取り残されている二人のことを思い、心配するノイケ。
 その二人とは勿論、太老と林檎の二人のことだ。

「林檎殿なら上手くやってくれると思うけど……」

 鷲羽の取った行動は、『星の箱庭』のシステムを崩壊させる行為だ。今まで北郷一刀を中心にバランスを保ち、終わりのないループを繰り返してきた世界が最後を告げた。それは百の世界を救い、一の世界を切り捨てるという代償を必要とする行為でもあった。
 切り捨てられた世界に残された者達が、この先どうなるかはわからない。物語を終わらせたところで、この世界に帰って来られるという保証すらなかった。

「あの子が一緒だからね……」

 勿論、こうした事態を想定していなかったわけではない。しかし、さすがの鷲羽も太老が問題に絡んでいる以上、上手く行くと断言は出来なかった。
 美星と同じ才能≠持つ太老を計画に組み込み、計画通りに上手く行く可能性はゼロに等しい。どれだけ入念に準備をしても、どれだけ慎重に計画を立てても、その予想の斜め上を行くのが『確率の天才』だ。
 宇宙一の天才を自称する白眉鷲羽ですら、予想のつかない状況に陥っていた。

「結果がわかるなら苦労はしないよ」

 未来とは必然と偶然の積み重ねだ。完全に予想がつかないからこそ面白い。
 結果ではなく過程を楽しむことを、彼女はこの世界の人々から学んだ。
 そんななか、この世界に産み落とされた新たな可能性――それが彼、正木太老だ。

「なるようにしかならないってのが現実だからね」

 あれこれと深く考えたり心配をしても無駄。太老のことをよく知る関係者の間では、『なるようにしかならない』というのは決まり文句だ。
 先のことがわかれば苦労はない。それが鷲羽の本音だった。

「では、太老さんは……」
「あの子なら心配いらないさ。ほっといても『ただいま』って、いつも通り呑気な顔で帰ってくるよ」
「そんなことは……ありそうですね」

 周りの心配などなんのその。良い意味でも悪い意味でも、周囲の期待を裏切ってくれるのが太老だ。そのことを柾木家の人々は、誰よりもよく理解していた。
 結論から言えば、心配するだけ無駄というのが鷲羽の答えだ。
 それならこうして茶をすすっている方が、まだ有意義な時間の潰し方と言えた。

「だから、私達に出来ることは、あの子の帰りを待ってやることだけさ」

 信頼しているようにも諦めているようにも取れる鷲羽の発言に、ノイケは苦笑を漏らす。
 本当に太老のことがどうでもいいのなら、こうしてあちらこちらと奔走するのはおかしい。
 鷲羽にとって太老は、手を掛けて育てた弟子であり息子のような存在だ。心配でないはずがない。
 なんだかんだ言いながらも、鷲羽が内心では太老のことを気に掛けていることをノイケはわかっていた。
 少なくとも太老のことを諦めたわけじゃない。それがわかっただけでもノイケは安心する。

(少なくとも鷲羽様はまだ太老さんを切り捨てていない。なら、まだ可能性はある)

 すべてとは言わないまでも、ノイケも太老が持つ重要性の高さを理解しているつもりだ。
 太老はこの世界に必要な存在だが、同時に混乱を来すイレギュラーでもある。最悪の場合は林檎を犠牲にすることになっても、太老を切り捨てる決定が下される可能性がないとは言い切れなかった。
 しかし、そんなことになれば――

(太老さんの身に何かあったら、皆さんが大人しくしているとは思えませんし、最悪……)

 世界全体を巻き込んだ戦争に発展しかねない。そう考えると、ノイケは内心穏やかではなかった。
 最終的な決定を下すのは瀬戸だ。そんなことにはならないと思いつつも、世界の命運が一人の青年に委ねられているかと思うと安心出来る状況ではない。もし、太老がこのまま帰って来なかったら……この世界は本当に滅亡するかもしれないのだ。
 居る居ないに関係なく、これほどの影響を世界に与え続けている太老をさすがと言うべきか?
 昔から太老の引き起こす騒動の後始末をさせられてきた被害者の一人として、そして大切な家族の一員として、ノイケは言葉に迷うところでもあった。

「そうだ。お土産があるんだった。瀬戸殿から滅多に手に入らない珍しいお菓子を貰ってね。ノイケ殿も一緒にどうだい?」
「いただきます。では、お茶のお代わりを持ってきますね」

 だから、ノイケは願う。
 この家の人達にとって、弟のような息子のような青年の無事な帰りを――

「こうなったのは、テメエの所為だぞ! 阿重霞!」
「あなたがバカなことを言うからいけないんでしょ!?」
「二人とも喧嘩はやめてくだ――」

 と止めに入る前にバランスを崩し、デッキテラスに突き刺さった船体に頭から激突する美星。
 次の瞬間、グラリと白い船体が左右に揺れた。

「あうう、頭がクラクラします」

 横倒しになる船体。水面に落ちると同時にザバーンと大きな音を立て、水しぶきを上げる。
 津波となって押し寄せた大量の水に、家ごと呑み込まれる鷲羽とノイケ。
 水が引いたそこには、

「フフフフフ……」

 貴重なお菓子を水浸しにされ、ずぶ濡れで不気味に笑う鷲羽の姿があった。

「や、やば!」
「ちょっ! 魎呼さん、一人だけ逃げるなんて卑怯ですわよ!」
「はうう、またやっちゃいました……」

 危険を察知し、慌てて逃げようとする魎呼と阿重霞。美星は相変わらず状況を掴めていない。

「アンタ達、全然懲りてないようだね!」

 轟く怒号、爆発、悲鳴。本気で怒ったマッドから逃げる術はなかった。


   ◆


「また、やってるのか……」

 畑から爆発を確認した天地が、またかと深いため息を漏らす。
 これも、いつものこと。柾木家の日常だった。

「早く帰ってきてくれよ。太老くん」

 男が増えれば被害も分散する。これも切実な願いだった。





 ……TO BE CONTINUED



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