――それは、突然の爆発から始まった。
先程まで馬騰が孤軍奮闘していた戦場の地面が膨らみ、大きな音を立てて土砂を巻き上げたのだ。
爆発の余波を受け、爆煙の中から五胡の兵が飛び出す。
そんな逃げ惑う敵兵の頭上に岩の雨が降り注ぐ。落下の衝撃で地中に埋められた地雷が起爆し、戦場の至るところで爆発が連続して起こっていた。
突然のことに訳が分からず、戦場は恐々とした兵達で混乱していく。
「実戦では使えないって話だったけど、十分使えるみたいね」
周囲を一望出来る高台からその様子を観察し、じっくりと効果の程を確かめる馬岱。
まだまだ開発途中のため、不発や暴発の多い地雷の問題点を逆手に取り、強い衝撃を外部から与えることで確実に爆発させる作戦にでた馬岱。効果のほどはてきめんで、見ての通り戦場は大きく混乱していた。
「でも、えぐい物を考えるよね、曹操も。ご主人様に内緒でこっそりこんなの作らせてるんだから」
この地雷も五胡との戦いに備え、魏から支援物資の一つとして譲り受けたものとはいえ、この惨状を引き起こした張本人は馬岱だ。
それだけに『お前が言うな』とばかりに部下達の視線が馬岱に集まる。
そんな馬岱隊の兵士達が何をしているかというと、地雷と同じく譲り受けた投石機を使い、先程の岩の雨を熱心に降らせていた。
商会の設立者である太老の方針で、兵器開発には協力しないことになっている商会ではあるが、開発と研究の過程で生まれた武器や兵器は少なからず存在する。
そのなかでも技術開発局から流出した技術は『正木』の名と共に特に危険視され、国の管轄の下、徹底した管理がなされていた。
地雷や投石機なども、その危険視されるものの一端だ。
今や正木商会の名物ともなり、屈強な兵を鍛えるために考案された『虎の穴』は、月日を重ねるごとに凶悪さが増しているという。
その過程で生まれた副産物と言えるものが、この数々の兵器だった。
馬岱の師匠にして、トラップマスターこと正木太老。彼の考案した罠の数々は、苦い過去の経験から生まれたものだ。
幼い頃より実際にその身で体験し、効果の程を理解しているからこそ、どのタイミングでどの罠を使えばより効果的かを彼はよく理解していた。
その太老より伝授され、工房製の罠の使用を認められた少女――それが馬岱だ。
「な、なんでこんなところに落とし穴が!?」
「うあああっ、なんで俺達までぇ!」
――其の一、原始的な罠ほど嵌まりやすい。
「か、川の水が押し寄せてくるぞ!」
「だから、なんで俺達までえええっ!」
――其の二、やるからにはとことん。追い打ちを忘れずに。
「ふう、証拠隠滅完了、と」
――其の三、後片付けはちゃんとしましょう。
敵味方問わず、証拠となるもの(被害者・目撃者)すべてを洗い流し、ほっと息を吐く馬岱。
以上、哲学士の世界で脈々と弟子に受け継がれる伝統芸能のお約束三箇条だった。
異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第152話『不意打ち』
作者 193
証拠はすべて隠滅したはず――だったのだが、それほど上手く行くはずもなく。
「それで捕虜の連中はどうしておる?」
「大人しくしています。連中、さっきの騒ぎで正気に戻ったみたいですし」
「ふむ。やはり操られたおったか。だが、これで太平要術絡みの線は濃くなったの」
副官からの報告を聞き、洛陽での軍議を思い出す馬騰。
五胡の侵攻――その裏に白服達の存在があることは以前から噂されていた。
そのため、曹操からも注意を促されていただけに、馬騰は余り驚いた様子は見せなかった。
「しかし、どうされるのですか? あんなに大量の捕虜を受け入れて……もし、反抗などされたら……」
「その時は殺せばよい。何、連中も状況が理解出来ず困惑しておるだけだ」
操られているにせよ、国やそこに住む民を守るためには攻めてくる敵を殺さなくてはならない。
最悪、皆殺しを考えていただけに、彼等が正気に戻ったことで無駄な戦いをせずに済んだことは馬騰にとっても悪い話ではなかった。
「しかし、こうしていると複雑な心境です」
「まあ、わからぬ話でもないがな。だが理解は出来ずとも納得はせよ」
戦争である以上、命が失われるのは当然のことだ。だからと言って感情に流され引き際を誤れば、支払うのは更なる犠牲だ。
涼州の民にとって五胡とは長年争い続けてきた相手だけに複雑な思いではあるが、更なる戦いの結果支払われるのが兵の命とあっては話は別だ。それに戦争は何も相手を殺し尽くすことが目的ではない。
互いの主張と思惑のぶつかり合いの結果、戦いになるのであって、無抵抗な者達を殺すことに意味はない。
元々得るものの少ない戦いで、これ以上の無茶をするつもりは馬騰にはなかった。
「不満があるのなら、その不満は儂にぶつけよ。すべては儂が決めたことだからの」
そう言われては彼も引き下がるしかない。だが、盟主の決めたことと彼等は納得していた。
複雑な思いを抱えつつも反発した様子を見せず従っているのは、馬騰に全幅の信頼と期待を寄せているからだ。
だが、そんな稀代の盟主と言われている彼女にも悩みはあった。
「問題は御主の処遇じゃな。馬岱」
「嫌だな、母様。いつも通り、たんぽぽって呼んでよ」
「何か、言ったか? 最近耳が遠くての、馬岱」
「…………」
馬騰が身内を真名で呼ばず、通名で呼ぶ時は本気で怒っている時だ。
そのことがよくわかっているだけに、馬岱の額からは脂汗が滲み出ていた。
「たんぽぽ、まだ死にたくないよ!?」
自分の命が懸かっているだけに、必死に命乞いをする馬岱。
とはいえ、そんな命乞いが馬騰の前では無駄なことは馬岱もわかっていた。
やらないだけ、マシという奴だ。
「何、殺しはせぬよ。可愛い姪にそんな酷いことをするわけがなかろう?」
「だ、だよね。ほ、本気じゃないよね。なら、この縄を解いて欲しいなーって……」
そんな馬岱に優しく声をかける馬騰。
その優しさには裏があるとわかっていても、馬岱はその優しさに縋るしかない。
少しでも馬騰の機嫌を損ねれば、そこで終わってしまうからだ。
「しかし、だ。親代わりとして罰を与えねば、御主の母親に顔向けが出来ぬ。そうは思わぬか?」
そんな同意を求められても、と思いながらも下手なことは言えず、無言で頷く馬岱。なんでこんなことに、と後悔をしても後の祭りだった。
せき止めた川の水を一気に解放することで、文字通りすべて≠洗い流したつもりでいた馬岱だが、どう言う訳か、馬騰は無傷。
心に傷を負った者は大勢いるものの奇跡的に罠に嵌まって死んだ者はいなかった。
これが、伝説の哲学士から受け継がれた太老の罠の恐ろしいところだ。
規模は最悪、見た目は派手なのに、何故か被害者はでても犠牲者はでない。
心に傷を負い、障害を抱える者はいるが、死人はほとんどでないというのが、この罠の特徴だ。
因果律すら左右する確率の天才を観察し、生かさず殺さず、ただ嵌めることだけに特化した罠を開発し、研究し続けてきた哲学士の成せる業。
究極の宴会芸……もとい『芸術』と呼べる域まで達したそれは、馬岱にも正しく受け継がれていた。
「ご主人様に言われた通りにやったのに!」
「ほう、それは良いことを聞いた」
「あっ……」
馬岱の不用意な発言で、後に自分も責任を問われることになるとは、さすがの太老も思わなかっただろう。
この場にいなくても、しっかりとフラグを立てる男だった。
「しかし、それとこれは別だ。覚悟は良いか、蒲公英」
「いやあああああっ!」
最後に真名を読んだのは、馬騰の慈悲か、情けか?
天を駆け抜け都にまで届きそうな馬岱の悲鳴が草原に響いた。
◆
「……ん?」
ふと、誰かの声が聞こえたような気がして、空を見上げる赤い髪の少女。
大陸最強の武将にして、皇帝(太老)に仕える親衛隊の長、呂奉先が彼女だ。
太老から子供達のことを頼まれ留守を任された彼女は、ここ洛陽でアニマルランドの管理人をしながら動物達に囲まれる生活を送っていた。
そんな彼女に城から非常召集がかかったのが今朝のことだ。
「恋、軍議の最中よ。余所見しない!」
「誰かの……声が聞こえた気がした」
「声? 軍議してるんだから、話し声くらいするでしょ?」
「違う。たぶん、悲鳴……」
「悲鳴? そんなの聞こえなかったわよ?」
呂布の言っていることが今一よくわからず、首を傾げる賈駆。
まさか、その悲鳴が遠く離れた馬岱のものだとは知るはずもなかった。
「バカなこと言ってないで軍議に集中なさい。アンタには頑張ってもらわないと困るんだから」
城では斥候からの報告を受け、正体不明≠フ敵に対処するための軍議が行われていた。
ここ洛陽に正規の経路でやってくるには、魏と西涼の防衛線を抜けてくる必要がある。
だが、敵と思しき軍勢は、どの勢力の監視網にも捕まらず突如現れた。
まるで、そこから沸いて現れたかのように――
「斥候の話では、敵は土人形のようだと……てか、人形って何よ」
報告書を口にしながら、自分でツッコミを入れる賈駆。
それほどに軍師として、妖術やら人形が動くと言った非現実的な話は認めたくなかった。
が、それでも太老と長く付き合えば、それなりにそうしたことにも免疫が付く。
太老絡みの一連の出来事は常識では語れない非常識の塊、というのが軍師一同の相互見解だ。
「……まさか、それは兵馬妖では?」
「劉協様、ご存じなのですか?」
「うむ。始皇帝が使役したとされる不死の軍勢のことじゃ。じゃが、あれは皇帝の陵墓に封印されておったはず……」
「それが甦った、と? ですが、土で出来た人形が動くのですか?」
賈駆が胡散臭く思うのは仕方のないことだ。普通は土で出来た兵が攻めてきたと言われても信じることは難しかった。
しかし、それが今のこの状況だ。
どれだけ認めたくなくても敵が攻めてきているのは事実で、こうしている今も洛陽は危険に晒されている以上、なんらかの対策を講じないわけにはいかない。そのための話し合いの場だ。
そのことは賈駆が一番よく理解していた。
「動く……とされておるが、どうなのじゃろうな? 実際に動いておるわけだし、動くのではないか?」
胡散臭いからと言って劉協の話を嘘だと断じるほど賈駆はバカではない。
例え、信じられないようなことが起こっていたとしても、それに対抗する策を考えるのが軍師の役目だからだ。
そのために今必要なのは、一つでも多くの敵に関する情報だった。
「実際のところは、我にもよくわからん」
「そんな適当な……」
期待していたのとは違った曖昧な劉協の言葉に、賈駆はガクッと肩を落とす。
「そもそも動かすには大量の妖力を必要とするとかで、試した者などおらんかったしの」
「劉協様はそれをどこでお知りになったのですか?」
「皇族には御伽話のように語り継がれている話じゃしの。それに張譲の奴が気にしておったのじゃ」
「……張譲が?」
「うむ、兵馬妖を使ってよからぬことを企んでおったのやもしれぬが、今となってはわからぬ」
張譲が気にかけていたと言う点に引っ掛かるものを感じながらも、賈駆は更に情報を引き出そうと質問を続ける。
「だとすると、妖力で動く……ということは、太平要術の書みたいなものと考えてよいのですか?」
「あれは妖力を集めるためのものじゃろ? 兵馬妖は逆に大量の妖力を使用し……て?」
話の途中で何かに気付き、あごに手を当て考え込む劉協。
「誰が動かしたのかは知らぬが、その妖力は何処から調達したのじゃ?」
「まさか――」
「うむ。今回の件、例の干吉という男が関わっておるのではないか?」
劉協の言うように、そう考えた方が自然だった。それは賈駆も認める。
太平要術の書――それを使えば、兵馬妖を動かす妖力を集めることも可能だと考えたからだ。
(こんな時、太老がいてくれたら……)
賈駆の脳裏に過ぎるのは白服の軍勢五万が今回のように不意を突き、洛陽に迫った時のことだ。
あの時は太老や林檎がいたから難を逃れることが出来たが、今回はその二人がいない。せめて、多麻がいればまた違った手があったかもしれないが、その多麻もここ数日の間に行方知れずになっていた。
「手持ちの兵は今から掻き集めても一万に満たない……正直、厳しいわね」
国境線の防備に力を傾けたこともあり、洛陽には主力となる兵が残されていなかった。
一万という数字は未熟な兵や警備隊を含めた数であって、それも万全な状態ではない。
片や、確認されている兵馬妖の数は十万を超えていた。
不死身の軍勢を相手に数の上でも不利となれば、勝ち目はかなり薄い。賈駆が苦い表情を浮かべるのも当然だ。
「まったく、こんな時に太老は何をやってるのよ!」
「詠ちゃん、ご主人様にはご主人様の考えがあってのことだと思うよ」
「だからって、あいつには自覚がないのよ! 自分がどういう立場の人間かってことが全然わかってない!」
「御主の発言も十分に不敬じゃがな……あれでも太老は、この国の皇帝じゃぞ?」
場所が場所、相手が太老でなければ、不敬罪で処分されてもおかしくない賈駆の暴言に劉協のツッコミが入る。そんな二人の間に入り、困った表情で間を取り持つのが董卓のいつもの立ち位置だった。
ただ、賈駆の気持ちもわからないではなかった。
皇帝が不在で苦労するのは、その補佐官だ。その上、この騒ぎ。愚痴の一つも言いたくなる。
「問題は、兵馬妖をどうするかよ。最悪、都を放棄することも……」
「大丈夫……恋がなんとかする」
「……え?」
都の放棄も示唆した賈駆の話を遮ったのは呂布だった。
「なんとかするって、どうする気よ!? 相手は十万もいるのよ!」
普通ならどうにかなる戦力差ではない。太老や林檎は例外中の例外で、本来の戦いとは数で勝敗が決まる。策を講じたくても十倍の兵力差というのは、どうすることも出来ないほど絶望的な差だった。
策を今から講じても、時間を少しでも稼げれば良い方だ。その考えは正しい。しかし――
「太老と約束した。皆を守るって……」
「でも、だからって!」
「……大丈夫、恋は負けない」
呂布の考えは違っていた。
自分の考えを貫こうとする呂布の固い意志に気付き、賈駆はどうすべきかを考える。
呂布の実力は認めている。しかし、それでもどうにかなるとは思えない。
だが、呂布が虚栄を張っているとは、賈駆にはどうしても思えなかった。
「勝算はあるのね?」
コクリと無言で頷く呂布。それだけで、答えとしては十分だった。
心は決まったとばかりに賈駆は皆に指示をだす。
「避難の準備は並行して進めるわ。最悪、時間を稼ぐだけでもいい」
どちらにせよ、敵を足止めする必要がある。そのためには呂布の力が必要だ。
ならば、と賈駆は呂布の話に乗ることを決めた。
それが仲間を危険に晒す行為とわかっていても――
「詠ちゃん!?」
「誰かがやらないといけないのよ。お願い、わかって……月」
董卓が反対することがわかっていた賈駆は、彼女を言葉で黙らさせる。
守れるなら、皆を守りたい。誰一人として危険に晒したくはない。しかし、それが叶わないのが今置かれているこの状況だ。
敵がすぐそこまで迫っている以上、誰かが戦わなくては皆が死んでしまう。
「ごめんね……月。でも、こうするしかないのよ」
董卓も賈駆の気持ちを察して、それ以上は何も言えなかった。
「月、心配ない。恋は強い」
「恋ちゃん……」
「それに……恋はひとりじゃない」
そう口にし、仲間に背を向け、その場を立ち去る呂布。
呂布の背中を見送るなか董卓が目にしたのは、彼女が手に持つ方天画戟の力強い光だった。
……TO BE CONTINUED
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