――遂に城門が破られた。
 しかし、五胡の兵が城へと足を踏み入れた瞬間――地鳴りと共に爆発が起きる。

「なんだ!? 何があった!」

 突然の爆発に驚きの声を上げる左慈。爆発の余波でパラパラと外壁が崩れ落ちる。

「くっ、下がれ! 岩の下敷きになるぞ!」

 城門を支えていた石造りの壁が崩れ落ち、近くに居た兵を下敷きした。

「これも奴の仕業か……」

 罠を警戒し、左慈の足が鈍る。見通しの良い平原と違い、狭い建造物のなかでは不意を突かれやすい。それに大人数では思うように身動きが取れない。
 一度に突入出来る兵の数に限りがある以上、多すぎる兵はむしろ足枷になっていた。

「仕方がない……城の周囲を固めろ! 一兵たりとも逃がすな!」

 左慈は腕に覚えのある者達だけを引き連れ、残りの者達に城の周囲を固めるように指示を飛ばす。一刀達を逃がさないためだ。
 以前の左慈なら数に物を言わせ、迷わず全軍で城に攻撃をし掛けたかもしれないが、今の彼は違っていた。
 ここから先は北郷軍の領域(テリトリー)だ。この先どんな罠が仕掛けられているかわからない。正木太老という男、そして商会の手口を嫌と言うほど、その身で体験したことのある左慈からすれば、敵の本拠地を前に警戒を強めるのは当然のことだった。

「これが……成都の城なのか?」

 周囲を警戒しながら城へと足を踏み入れた左慈は、これまで見たことのない城の構造に驚く。
 仮にも一国の王が居を構える城とは思えないほど、内部は質素な造りになっていた。
 無駄な調度品は一切なく、明かりを灯すランプや花瓶が添えられているくらいだ。
 そして、石壁によって複雑に交錯した通路は、まるで迷路のように入り組んでいた。
 これでは城と言うより迷宮(ダンジョン)だ。ゲームなどでよく見かける魔王(ラスボス)の城に近い。

『よくぞきた! 愚かな侵略者たちよ!』

 その時だ。突然、聞こえてきた声に驚き、ハッと天井を見上げる左慈。
 城の至るところに設置されたスピーカーから、この城の主『北郷一刀』の声が響いてきた。

『俺はこの城の最上階にいる。俺の命が欲しければ、ここまで上がって来るがいい!』
「北郷一刀……っ!」

 一刀の他人(ヒト)を小馬鹿にしたような声に、左慈は不快感を顕わにする。

『もっとも、各階に用意された罠を攻略し、ここまで上がって来られたらの話だが?』

 明らかに誘っているとしか思えない挑発だが、ここまで言われて引き下がれる左慈ではなかった。





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第159話『確率の天才』
作者 193






【Side:太老】

 何、このマッ○ルタワー?

「太老様が助言をされたのですか?」
「いやいや、俺は何もしてないよ?」
「そうですか……だとすると」

 ジッと元凶と思える方に視線を向ける俺と林檎。
 明らかにネタに走った城の構造に、これが一刀の発案だとはとても思えなかった。

「ほい?」

 うん、この顔。明らかに多麻(こいつ)が犯人だ。
 いつの間にあんな魔改造を成都の城に施したのか、油断も隙もあったもんじゃない。

「でも、効果はあったみたいですよ」

 林檎の言うように、確かに効果は絶大だった。
 それもそのはず、ただの迷路で終わるはずもなく、床から壁、天井の至る所に様々な罠が仕掛けられていた。随分と警戒して進んでいるようだが、全ての罠を回避できるはずもなく、最初に突入した時は五万を超していた兵が、今は半数にまで落ち込んでいる。
 しかも、雪原や森といった幻覚を見せる仕掛けまでしてある。これって明らかに――

「これって『虎の穴』を使ってるんじゃ……」
「はい。その通りですけど?」

 何の悪気もなく、さも当然といった顔で白状する多麻。

「……どこにあったんだ?」
「ヴリトラの巣にありましたよ?」

 そんなところにあったのか。
 次元震の余波で、洛陽から遠く離れた南蛮の森に、美羽や七乃が飛ばされたくらいだ。
 恐らくその時、一緒に飛ばされたのだろう。とはいえ――

「なんで、アレを使ったんだ?」

 特に探していた訳じゃ無く、惜しいと思うほどの代物でもないが気になった。
 この世界の人々からすれば、ただの訓練装置(シミュレーター)でもオーバーテクノロジーの塊だ。
 七つ道具のすべてが太平要術のような妖術書や神器に匹敵する。
 そんな物を、城の防衛に使うなんて――

 いや、まあ効果的と言えば、効果的なんだけど。

 とはいえ、空間ディスプレイに投影された映像を見てると……左慈が哀れでならない。
 あ、アリ地獄に捕まった。さっきは雪山に埋まってたけど、意外とタフな奴だな。

「多麻にサポートを命じたのはマスターですよ?」

 そう言えば……。
 正確には、目の前の多麻にじゃなく三号にだが、一刀の手助けをしてやってくれと言ったことを思い出す。
 となると、これもサポートの範疇に入るのか? う、ううん……。

「それに、生体強化に身体を慣れさせる訓練にも繋がるからと風さんが――」

 ああ、なるほど。最初から城の防衛に使うのが目的じゃなく訓練用に設置したのか。それなら納得が行く。
 生体強化……今回の場合は装置を使わない簡易的なものだが、その効果は折り紙付きだ。
 実力の乏しい一般兵でも、第一線で活躍する武人に近い体力や運動神経を得ることが出来る。
 これが気を自在に操れる武人クラスになれば、まさに一騎当千。誰でも超人になれる魔法のような技術だ。
 とはいえ、この生体強化にも欠点はある。具体的に言えば、力の加減が難しいのだ。

「それで『虎の穴』か……」

 本来は特殊なスーツを用い、身体に掛かる負荷を少しずつ弱めていき、徐々に力に慣れされていくといった訓練をするのだが、ここにはそんな便利な代物はない。そこで『虎の穴』の出番と言う訳だ。
 恐らく、力に慣れさせるために無茶な特訓を課したのだと想像がつく。

「三ヶ月で、どうやってここまでと思ったけど……それなら当然か」

 二百万の軍勢と僅か十万の兵で、互角とまでは言わないまでも戦えるはずだ。今なら納得が行く。
 確かに罠を張り巡らせ、様々な奇策を用いてはいるが、それだけでこれほどの兵力差を覆せるはずもない。
 なんとか戦いになっているのは、やはり個々の実力が相手とは比較にならないほど高いからだ。
 十万すべての兵が生体強化を受けているわけではないとはいえ、一騎当千の力を持つ実力者が千人いれば、単純計算で百万の敵と拮抗できるということだ。

「でも、無茶するなあ……」

 どのくらい前から、準備を進めていたのかはわからないが、少なくとも各国の武官、商会に所属する自警団は全員がこの生体調整を受けていると考えていいだろう。
 先程の戦い、凪の実力などは出会った当時の恋に匹敵するほどに見えた。

「林檎さん、例えばなんだけど生体強化を施した恋に勝てると思う?」
「実際に戦ってみなければわかりませんが……苦戦はすると思います」

 戦闘が本職じゃないとはいえ、林檎は鬼姫の女官のなかでも上位の戦闘力を持っている。一部の例外を除いて、宇宙でトップクラスに位置する実力者だ。
 その彼女に、『苦戦をする』と言わせるほどの実力――
 三羽烏でさえ、あの実力だ。正直なところ、まともにやって俺は今の恋に勝てる気がしない。
 船のバックアップを受けるとか、手段を選ばなければ勝てるかもしれないが、経験や技量では圧倒的に劣っているからな。

(女官部隊か……)

 林檎が何を考えているのかは、わかるつもりだ。
 樹雷の慢性的な人材不足を解消すべく、彼女達を次世代の戦力として育てるつもりなのだ。
 この戦争も彼女達が本当に使えるかどうか、力を見るために利用しているのだろう。しかし――

「太老様? どうかなさいましたか?」
「いや、俺達のしてることって本当に正しいのかな……と思って」

 止めようと思えば止められる戦い。でも、こうして見ていることしか俺には出来ない。
 理屈ではわかるのだ。これは彼女達の望んだ戦いだと。
 介入するのは簡単だが、これから先のことを考えれば、出来るだけ彼達の手で解決して欲しい。
 だけど――

「ああ、やっぱりダメだ!」

 納得しているし理解はしているつもりでも、やっぱり感情は別だった。
 一刀はよくやっている。朱里や雛里の作戦も見事だ。この圧倒的な兵力差で、見事な采配を振るっている。
 俺が一刀の立場なら、これほど上手く立ち回れたかわからない。それでも、今のままでは確実に負ける。

「零式!」
「なんですか? お父様?」
「少し予定は早いけど、船を動かす」

 左慈の足止めには成功しているが、成都の包囲は既に完了していた。
 あの包囲を突破し、傷を負った兵を連れて逃げるのは難しいだろう。全滅の恐れもある。
 本来なら自分を餌に、もっと多くの敵兵を誘き寄せ、『虎の穴』に敵を封じ込めるつもりだったのだろうが、左慈の警戒心が一刀が考えているよりも強かったために、それも上手くは行かなかった。
 残された手は術者を倒し、五胡の侵攻を食い止めることだが、左慈を倒したところで催眠が解ける確証はない。
 それに恐らく、この術をかけたのは左慈ではなく干吉の方だ。その干吉が姿を見せていない以上、まだ何があるかわからない。

「わかりました! あのウジ虫どもを殲滅するんですね!」
「いや、違うからな! 絶対に余計なことをするなよ!」

 零式が本気でやったら、敵兵どころか地図から成都が消える。
 大体この後のことを考えたら、ここでエネルギーの無駄遣いをさせるわけにはいかない。
 零式には、まだやってもらわなければいけないことがある。

「どうされるおつもりですか?」
「成都の上に船を着ける。そうすれば、怪我人を船に収容出来るだろう?」
「このタイミングで……ですか?」

 林檎が危惧しているのは、干吉や左慈が何かを仕掛けて来ないかといったことだろう。これからやろうとしていることは、絶対に失敗の許されない計画だけに、誰にも邪魔をされたくなかった。
 そのため、林檎の性格からして懸念材料はすべて潰しておきたいのだろうが、アイツ等にどうこう出来る力があるとは思えない。俺達がこれから何をしようとしているのかさえ、理解は出来ないはずだ。
 普通は考えもつかないような大胆な計画だしな。

「ごめん。林檎さんが俺のためを思って考えてくれているのはわかるけど、助けられる命を見捨てるような真似はしたくない」
「太老様……」

 華琳の気持ちや、林檎の言うこともわかる。
 風がどんな思いで俺に黙って秘密裏に計画を進めていたかも、話を聞いた今なら理解は出来るつもりだ。
 でも、それを理由に彼女達を助けず、もし死なせてしまったら俺は一生後悔する。

「わかりました。ですが、無茶はしないと約束してください」
「ああ、うん……」

 チラッと多麻と零式の方を見る。ヴリトラのヒゲを引っ張って遊んでいた。
 無茶をするつもりはないが、多麻と零式のことを考えると確約は出来なかった。
 そうだよな。俺があの二人の抑止力(ストッパー)にならないと、成都どころか……この世界が危ない。

「……わかってるよな?」
「勿論です! マスターは大船に乗ったつもりでいてください!」
「お父様のお手を煩わせることはありません! ちゃんと一瞬≠ナ片付けます!」
「それって、わかってないよね!?」

 うん、頑張ろう。この世界の命運は、俺の肩に掛かっている。
 とはいえ……激しく不安だった。

【Side out】





【Side:林檎】

 太老様は他人のこととなると、すぐに無茶をされる御方だ。
 あの白服達のことはどうにでもなる。計画の妨害など、させるつもりはない。
 それよりも私が危惧しているのは、太老様の身の安全……そして予期せぬ事態の方だった。

(太老様が動かれるということは、きっと何かが起きる。ここには鷲羽様も瀬戸様もいない。私だけで対処しきれるかどうか……)

 事象の起点(フラグメイカー)――それが、あちらの世界で太老様につけられた二つ名。
 確率の天才とは、美星様のような『偶然』の天才や、西南様のような『悪運』と言った因果律さえ歪める特別な才能を持った方々のことを指す言葉だ。
 その中でも太老様は『起点』と呼ばれる極めて特殊な才能を持っていた。

 過去に太老様が中心となって起こった事件は、何れも歴史に名を残すほどの大事件となった。
 太老様が樹雷を離れることになったのも、こうしてこの世界に流れ着いたのも、すべてはその能力(チカラ)の所為。
 そのこともあり、本来なら太老様には、事が終わるまでジッとしていて欲しかった。
 でも、太老様の性格を考えれば、それが不可能なことは最初からわかっていた。

 船がゆっくりと動き出す。
 ――守蛇怪・零式。鷲羽様が太老様のためにと造られた意思を持つ船。
 学習することで成長し、進化する船だとは聞かされていたが、まさか船の意思が人のカタチを持つまでに至っているとは思ってもいなかった。

 早い――余りに早すぎる成長速度。

 穂野火でさえ、言葉を通わせるようになるまで長い月日を必要としたというのに、彼女はそんな過程を飛ばし、今では長い歳月を生きた人工知能のように(アストラル)を宿し、人間の少女と変わりない姿で私の目の前にいる。
 それに、やり方はともかく好きな人に自分をよく見せたい。そのために胸を大きくしたいという考えは、納得の行くものだった。

(彼女の成長……これも恐らくは……)

 これも恐らくは、太老様の影響。鷲羽様でさえ予想していなかったこと。
 こうして冷静に分析すれば、如何に太老様が異常な存在かを改めて実感する。
 私が太老様に抱いている感謝の気持ちや好意に嘘偽りはない。でも時々、太老様を遠くに感じることがある。
 それが、こんな時だ。

「ダメね。私がしっかりとしないと……」

 そう、今ここに鷲羽様や瀬戸様はいない。太老様を支えられるのは、私だけだ。
 いや……違う。ここには私と同じ思いを抱く人々がいる。
 この世界で太老様と心を通わせた彼女達なら、きっと太老様の力になってくれるはず。

「うん、きっと大丈夫」

 私の言葉に呼応するように、契約の指輪がほんのりと優しい光を放つ。

「……穂野火ちゃん?」

 穂野火が『林檎ナラ大丈夫』と、私を励ましてくれているような気がした。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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