「何故ここに? とは言いません。お兄さんの性格を考えれば、こうなることは予想していましたから。ですが――」

 成都の空を見上げ、程イクは大きくため息を漏らす。

「幾らなんでも、目立ちすぎです」

 そこには、黄金色に輝く巨大な船の姿があった。

「風達の努力を、まさかこんな方法で無にするなんて……さすが、お兄さんです」
「それって褒めてないよね?」

 妖術で意識を操られているはずの敵すらも動きを止め、目を奪われるような光景。
 味方のなかには地面に両手両膝をつき、眩い光を放つ空に向かって祈りを捧げる者達もいる。
 事情を知らぬ人々からすれば、まさに神の所業と言っていい光景が広がっていた。

 程イク達の目的は、太老の力に頼らず、この大戦(おおいくさ)を終わらせることにあった。なのに、これでは太老の威光を更に強めるばかりだ。
 人々の目に焼き付いたこの光景は、図らずも後世に語り継がれることになるだろう。それは太老の立場を確固たるモノへと押し上げる。
 程イクの無言の圧力に気圧され、さすがの太老も分が悪いと悟ったのか、元凶へと矛先を変えた。

「……零式、俺は目立たないように船を成都の上につけろって言ったよな?」
「はい、聞きました」
「じゃあ、これはなんだ?」

 ――幾らなんでも目立ち過ぎだ、と零式に詰め寄る太老。
 しかし、そんな常識が通用する相手かどうかは考えるまでもなかった。

「お父様の謙虚さは理解しています。ですから、これでも控え目にしたんですよ?」
「控え目? 船体を光らせることが、か?」
「本来であれば一発ぶっ放して、お父様に刃向かうことの愚かさを連中に教えてやりたいところなのですが、それではお父様の意思に反してしまいます。色々と考えた末、お父様の偉大さを有象無象の輩にも分かり易く理解させるには、これが一番かと思いまして」

 ――名付けて神の後光です!
 ドドンッと、胸を張って自慢気に話す零式。これには太老も頭を痛める。

「主砲をぶっ放さなかっただけマシなのか? いやいや、やっぱりおかしいだろ!?」

 零式には常識が通用しない。彼女が崇拝する神と言えば、太老ただ一人。絶対はお父様であり太老なのだ。
 それにこの程度、零式にとっては目立つ行動に当て嵌まらない。これまで太老が起こしてきた大事件の数々と比べれば、船が光を放つくらい可愛いモノだ。
 太老の威厳を損なわぬず、太老の趣向(零式の勘違い)に沿った結果、控え目にだした結論が――この黄金に輝く船だったと言う訳だ。
 零式の勘違いとはいえ、日頃の行いの報いというべきか、こうなった責任の一端は太老にもあった。

「頼むから、これ以上は何もしないでくれ……絶対に、何もするなよ!」

 零式の理論に真っ向から立ち向かっても無駄と悟った太老は、疲れきった表情で釘を刺す。
 よくわかっていない様子で「わかりました」と答える零式を見て、更に太老の不安は増すばかりだった。
 太老と零式のやり取りを見て大体の事情を察した程イクは、一人納得した様子でポンッと手を叩く。

「お兄さん、お子さんがいたんですねー」
「そこ、違うから!」

 太老からすれば、命に関わる勘違いだった。





異世界の伝道師外伝/天の御遣い編 第161話『黄金の光』
作者 193






「でも、助かりましたー。正直、全員を逃がすことは無理と諦めていましたから……」
「真顔で嘘を吐くな。やっぱり成都の民を先に避難させたのは、このためか。いざとなったら都ごと連中を焼き払うつもりだったんだな。自分達を囮にすることで」
「……やはり気付いていましたかー。さすがはお兄さんです」

 程イクは全員を逃がすことは無理と言ったが、諸葛亮や鳳統までいて逃げる時のことを考えていなかったとは考え難い。
 だとすれば、最初からそのつもりがなかった≠ニ考えるのが自然だ。

「茶化すな。そんな、犠牲を強いるような真似、却下だ」
「上手く行けば、火で敵の部隊を分断できます。その隙に逃げることも……」
「嘘を吐くな。本当は逃げるつもりなんてなかったんだろう?」

 撤退など最初から考えてはいなかった。
 都を包囲されることも想定済みで、逃げ場を失うことがわかっていて立て籠もったのだ。
 すべては敵の主力を、この成都に惹きつけるためにやったこと。

「ここまでの戦いを観ていたが、勝つことが目的ではなく時間を稼ぐことが狙いだろう? 連中を成都(ここ)に釘付けにして、その間に魏と呉から援軍が来るのを待ち、反撃にでるつもりだったんじゃないのか?」
「本当に、今日のお兄さんは鋭いですね……」

 赤壁の戦い――歴史上有名なその戦いで黄蓋は命を懸けて敵を欺くことで火計を為し、蜀と呉を勝利へと導いた。
 同じように火計を用いることで、その歴史の再現を彼女達はやろうとした。
 激戦の末、都に逃げ込んだと思わせることで敵を欺き、油断を誘い敵を成都へと誘い込んだのだ。
 最悪、敵と共に火にまみれ、焼け死ぬ覚悟を決めた上で――

「一刀はこのことを?」
「……知りません。ここに残ることを選んだのは彼達の意思です」
「まあ、そうだろうな。知ってたら絶対に反対してただろうし」

 で、その一刀はと言えば、自らを囮にするつもりで城に残ったと言う訳だ。
 これ以上の犠牲をださないために――

 それも半分は成功、半分は失敗と言ったところか?
 左慈を誘い出すことには成功したが、敵の大多数はそのままだ。
 左慈を倒したところで于吉がまだ残っている以上、五胡の侵攻が止むことはないだろう。

「華琳達が間に合わなかったら、ここで死ぬつもりだったってことだろ?」
「ですが、この劣勢を覆すには、それしか方法はありません。この戦い、風達には撤退も敗北も許されないのですから……」

 この戦いに自分達の力だけで勝利することで、天の御使いに頼らずともやっていけることを彼女達は証明しようとした。
 これ以上、太老の重荷にならないためだ。そのためにも、絶対に負けられない戦いだった。

「それでも却下だ」
「背負い込むことになりますよ? お兄さんの重荷になってしまうかもしれません」
「鬼姫や鷲羽(マッド)の仕打ちに耐えてきた日々を思えば、この程度軽いもんだ」

 どれだけの犠牲を払っても勝利しなければ意味のない戦い。
 しかし、太老がその犠牲を許容するような人間であれば、誰も彼のことを慕い、ついては来なかった。
 だからこそ、こうなることはわかっていた。
 都に火を放つ覚悟をしていたのは確かだ。しかし程イクは、そうならないことを確信していた。

「バカですね。お兄さんは本当に大馬鹿者です……」
「家族を危ない目に遭わせて、黙って見ているくらいならバカで結構だ」

 どうしようもなくバカで、愚かで、我が儘な王様。
 周囲の気遣いや苦労など知ったことかとばかりに、思うが儘に彼は行動する。
 犠牲の上に成り立つ現実的な勝利より、ご都合主義で夢のような未来を叶えるために――


   ◆


「あれは、まさか……」

 彼女達が危険に晒されれば、太老が出て来ることは于吉も予想していた。
 しかし、まさかこのような大胆な方法で登場をするとは考えてもいなかった。

「誘っているのですか?」

 太老の行動の裏を読み、罠である可能性を考える于吉。
 しかし太老の思惑よりも、成都の空に浮かぶ船の方に自然と意識が行く。

「やはり……あの少女も、彼の関係者だったと言う訳ですか」

 予想はしていた。
 それでも零式の力の一端を知る于吉からすれば、悪夢としか言いようのない光景が広がっていた。
 太老だけでも手に負えないところに彼女の力が加われば、真っ向から挑んでも勝てる見込みは万に一つもないのだから――

「しかし、これで確信が持てた」

 太老と零式の関係を知りながらも、于吉は諦めていなかった。
 実力で勝てない相手であることは最初からわかっていたことだ。相手が太老だけでも結果は同じ。
 寧ろ、自分より高位の存在であると認めた零式が太老の関係者であると知り、于吉は自分の考えが正しかったことを確信した。

「やはり、私をこの牢獄から解放できるのは北郷一刀ではなく正木太老(あなた)≠セった」

 零式の力の前では、百万いようが二百万いようが、足止めにすらならないことを于吉は理解していた。
 零式の力は街一つどころか、この世界を丸ごと消滅させかねない大きな力だ。
 于吉の目的は、延々と繰り返されるこの牢獄(セカイ)からの解放。
 しかし、そのためには今までと同じように、物語を終わらせるだけでは意味が無い。
 それではまた新たな外史が生まれ、その物語の登場人物を演じる日々が始まるだけだ。

 故に于吉は望んだ。自らの消滅を、世界の終わりを――

 そして、それを可能とする力が目の前にある。
 彼等が『神』と呼ぶ高位の次元に存在する少女と、天の遣いと称される青年。
 この二人であれば、自分の願いを叶えてくれる。于吉はそう確信していた。

「その誘いに乗って差し上げましょう」

 切り札はこちらにあるのですから――
 その言葉を最後に、于吉は幼い少女≠ニ共に漆黒の闇に姿を隠した。


   ◆


「ハハハハ! これが夏侯惇大将軍の力や!」

 これでは、どちらが悪役かわからない。
 城壁の上から高笑いを上げ、遠隔式の操作盤で巧みに巨大な人型兵器を操作する李典の姿がそこにあった。

 未来の技術と李典の情熱が合わさり誕生したオーバーテクノロジーの塊。
 正木商会技術局の総力を結集して完成させた決戦兵器。
 ぱーふぇくと夏侯惇大将軍――それが、この巨大な人型兵器の名称だった。

「ノリノリだな……真桜」
「きょ、局長!?」

 突然、目の前に現れた太老の姿に狼狽える李典。
 先程までの大きな態度から一転して、悪事の見つかった子供のように小さくなる。

「ああ、別に怒ってないから心配するな」
「……ほんまに?」
「あれに比べれば、遥かにマシだしな……」

 零式のしでかしたことに比べれば、夏侯惇大将軍(この)くらいは可愛いモノだと太老は思う。
 それにロボットの自作くらいなら、太老も子供の頃、夏休みの自由研究でやったことがある。同じマッドでも、宇宙一の天才科学者を間近で見てきた太老からすれば、李典のすることくらいは子供のいたずらと大差なかった。
 兵器とはいえ、それを扱うのは人だ。李典はバカをやるが、考えなしの阿呆ではない。本当にダメなことは絶対にしないし、科学者である以上、自分の作ったモノに責任を持つのは当然であり、万が一、悪用された時の対抗策は準備してあるものだ。
 恐らく、お約束的に自爆装置くらいは搭載してあるのだろうと太老は考える。

「ああ、あれやっぱり局長の仕業か〜」
「やっぱりって……わかってたような口振りだな」
「あんなド派手なん用意できるの局長くらいやし。でも空飛ぶ船かぁ……あの技術を使えば、夏侯惇大将軍も……局長、モノは相談なんやけど」
「……何を聞きたいかわかるが、その話は後だ」

 その時だ。
 夏侯惇大将軍の巨体が、突然吹き荒れた突風に仰向けに倒される。
 何が起こったのか理解できず、李典は目を丸くして驚く。

「なっ……!?」

 あの巨大な質量を持つ夏侯惇大将軍を、人の力で押し倒すなんて真似が出来るはずもなく、かといって都合よく突風が吹き荒れるとは思えない。
 だとすれば一体――?

「あれは……」

 離れた場所からでも分かるほど強い威圧感に、李典はゴクリと喉を鳴らす。
 仰向けに倒れた夏侯惇大将軍の脇に、黒髪を風になびかせた一人の女性が立っていた。
 右手に握られた青龍偃月刀。それは嘗て、劉備と義姉妹の契りを交わした女性が手にしていた愛刀だった。

「げえっ、関羽!?」

 思わず、悲鳴を上げる李典。
 関雲長――黒髪の山賊狩りの名で知られる英傑の姿がそこにあった。

「正気を失ってるな。この連中と同じか」
「局長なら、なんとか出来るんちゃう?」
「出来る出来ないで言えば、出来ないことはない。でも……」

 妖力を得ることで人外じみた力を発揮している関羽だが、それは太老も同じだ。
 零式のバックアップを受けられる今なら、太老は最高に近い状態で戦うことが出来る。
 二百万の兵の力を集約した妖力も、皇家の船に迫る力を持つ零式の前では無力だ。
 単純な力比べなら、力の規模で大きく上回る太老が勝つ。しかし――

「それは俺の役目じゃないだろう」

 太老の視線の先。城門から飛び出し、関羽のもとに向かう一団があった。
 劉備と張飛が率いる部隊だ。

「真桜、張三姉妹はどこに?」
「一応、商会で待機させとるけど、なんで?」
「ちょっと考えがあってな。彼女達の歌が役に立つかもしれない」

 張三姉妹の歌は過去に黄巾党の洗脳を解き、更には劉璋の兵を退け、黄蓋達を救った実績がある。
 しかし、あの時と今回では戦いの規模が違う。

「それはウチ等も考えたけど、今回ばかりは歌で洗脳を解除するんは無理やと思うで。これだけ戦場の規模が広いと音も十分届かんし、大きな声や音で歌声なんて掻き消されてしまう。かと言って、三姉妹を前面に押し出せば、その身を危険に晒してしまう……」

 太平要術の洗脳に張三姉妹の歌が一定の効果があるとはいえ、天の御使い同様、張三姉妹の身に何かあれば大事だ。
 この戦いに勝利したとしても、あの三人の身に何かあれば、黄巾党の時のように大きな暴動が起きかねない。

「ようするに戦場全体に音を届かせ、三姉妹を危険に晒さない方法があればいいんだろう?」
「……へ?」

 そんな夢のような方法があれば苦労はない。
 だが、相手は太老だ。自分達には無理でも、奥の手を隠している可能性はある。
 その可能性が、李典の頭を過ぎる。

「真桜は、桃香達の援護をしてやってくれ」
「局長……ほんまに出来るんか?」
「まあ、見てな。最高の舞台(コンサート)を見せてやるよ」





 ……TO BE CONTINUED



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