【Side:太老】

 ――キンコンカンコーン
 学校のチャイムではない。ものまね番組などでお馴染みとなっている終了の鐘。
 一人持ち時間最長三分だが、観客にウケなかったりすると数秒でこの鐘が鳴り響き、舞台から退場となる。

「次! エントリーナンバー三八、般若心経を唱えます!」

 ――てか、なんで般若心経? 聖地の女神はどうした。聖地の女神は!
 あ、また鐘がなった。今回は十秒か。
 あんなのを延々と聞かされたいとは普通思わないよな。

「まさか、般若心経とは盲点でしたわ」
「……マリア、知ってるの?」
「はい。異世界人が神と交信する時に唱える呪文、と私は聞き及んでいますが違うのですか?」

 いや、なんか色々と解釈が間違っている気がするのだが、敢えてツッコミはしまい。ここはそう言う世界なのだと諦めているからだ。
 参加者達の意気込みは伝わってくるのだが、はっきり言ってネタが古臭い。何処かで見た事があるようなツッコミどころ満載のネタばかりだった。
 定番の手品から始まり、空気椅子、コンビ漫才……腹踊り。概ね、古き伝統に則った日本の宴会芸そのものだ。
 以前から思っていた事だが、どうにもこの世界に飛ばされてきている異世界人は日本人が多いようだ。

 いや、寧ろ日本人しかいないような気がする。召喚の座標が日本にでも固定されているのだろうか?

 聖機人の歴史はそれほど古くはなく、ハヴォニワに残されている資料によれば教会から聖機人が供与されるようになって精々数百年という話だ。
 聖機人のモデルとなったのが聖機神という話だし、恐らくはその頃に聖機神がシトレイユ皇国で発掘され、先史文明の技術を保有する教会で管理されるに至ったのだろう。
 異世界人は例外なく有能な聖機師としての資質を持っているという話だし、だとすれば聖機人が供与され始めた頃から、積極的に召喚が行われるようになったと考えるの妥当だ。

 百年に一度と考えて、記録上召喚が行われたと思われるのは数回。聖機神発掘から数えて、多くても四、五回程度と推測される。
 半世紀前に召喚された異世界人は四人だけ。そこから計算すると多くても二十人程度しか、まだ召喚された記録が無いという事だ。
 召喚とは聞こえが良いが、やっている事は拉致同然だ。だが、その事を被害者本人ならともかく、当事者で無い俺がとやかく言うつもりは無い。綺麗事ばかりでは済まないのが組織であり、国であり、彼等が長きに渡って行っている戦争の実態だと分かっているからだ。
 それに非道な扱いを受けているならともかく、彼等も立場を利用して好き勝手やっているのだからお互い様だと思う。
 現在は表向き平和その物だが、それもいつまで続くか分からない各国の思惑の上に成り立った仮初めの平和に過ぎない。

 ――絶対兵器としての聖機人
 ――この世界の誰よりも有能な資質を持つ聖機師の存在

 確かに異世界人が重用される理由にも、それを考えれば納得の行く話だ。

(でも、異世界人って。やっぱり皆、日本人なんだろうな……)

 異世界から伝わっている文化といえば、マリアが幼い頃から習っているという日本舞踊もそうだ。
 ハヴォニワの伝統の一つ(歓迎の儀)に『枕投げ』や『お代官様プレイ』があるのはご存じの通り、服装もザマスでお馴染みの教育係の正装や、半被、着物、話に聞く限りブルマやレースクィーンなどもあるそうだ。
 まさに、やりたい放題。過去に召喚された異世界人が、趣味全開で誤解を生む文化と風習を広めている事が分かる。
 内容が偏っているのは確かだが、問題はそこではない。伝えられている物が、どれもこれも日本人特有の感覚に近いという点だ。
 まず間違い無く、これまでに召喚された異世界人は同郷だという自信があった。

 そして、それを裏付けるように出るは出るは宴会芸の実態。
 ここが異世界だという事を忘れてしまいそうになるくらいシュールな光景が、目の前の舞台で繰り広げられていた。

「す、凄いですね。箒で机を一刀両断するなんて……」
従者(メイド)の嗜みです」

 そんなこんな考え事をしている間に、ユキネの出番がきていた。
 木の箒で、同じく木材で出来た固そうな執務机を一刀両断するユキネ。いつの間にあんな技を……。
 司会者の女性もどう反応していいか、困っている様子だ。観客なんて歓声を上げるどころか、言葉を失って唖然としていた。
 淡々と受け答えするユキネを見て、『アイスドール』の異名を知っている貴族達などはブルブルと小刻みに身体を揺らし、顔を青ざめている。

 ――これはこれで、ウケていると思ってよいのだろうか?

 また誤解を生み、『アイスドール』の二つ名が持つ畏怖を知らしめただけのような気がするのだが……。

「そろそろ、私の番ですわね。お兄様、行って参りますわ」
「ああ、うん。頑張って」

 また一つ、終了の鐘が会場に鳴り響いた。

【Side out】





異世界の伝道師 第168話『第一回一発芸大会』
作者 193






【Side:アンジェラ】

「あの……ラシャラ様。本当にこれをやるんですか?」
「ここまで来て何を言っておる。一番インパクトがあるのはこれじゃろう?」

 案内された控え室には、シトレイユではもはやお馴染みとなった『ぬこ衣装セット(白)』が、確りと私の分まで用意されていた。
 ラシャラ様の話では、このために前もって連絡して置いたとの話だ。受付での件といい用意周到だ。
 確かにインパクトはあるだろうが、自分の歳を考えるとさすがにこれは少し恥ずかしかった。

「どうしても、私も参加しないと……」
「当然! これしか無いのじゃ。マリアに勝つためには!」

 私が参加した程度で勝てるようなら苦労は無いと思うのだが、ラシャラ様は本気だった。
 とはいえ、まだ子供のラシャラ様は良いかもしれないが、私は今年二十二にもなる。とっくに結婚適齢期と言われる歳だ。
 私だって、ラシャラ様の従者である前に女。それなりに羞恥心は兼ね備えているつもりだ。結婚にだって人並みに憧れている。人生にこんなところで汚点を残したくない。

 確かに『可愛い』と評判のぬこ衣装だが、それは着ているのがラシャラ様やマリア様だからだ。
 私には小さすぎる。可愛すぎる。似合わなさすぎる。明らかにミスマッチだ。
 商会で販売されている複製品の衣装にだって、ちゃんと対象年齢の欄に『子供用』と記されていた。

「サイズの心配ならいらんぞ。ちゃんと大人用を用意してもらったからの!」

 そう言って、大人用のぬこ衣装を手にとって私に見せるラシャラ様。まさに準備万端といった様子だった。
 少し考えて見れば分かる事だったはずだ。太老様主催のパーティーが普通であるはずが無い℃魔ュらい。
 ――まさか、ラシャラ様は予めこれを予見されていたのだろうか?

「ラシャラ様は太老様のパーティーの内容をご存じだったのですか?」
「いや、さすがの我もそこまでは知らんかったぞ。突然、決まった事らしいしの」
「……では、この用意周到さは一体?」
「サプライズは最初から企画しておったからの。マリアの前で度肝を抜いて悔しがらせてやるつもりだったのじゃ」

 シトレイユ皇国を旅立った時から退路は完全に断たれていたのだと気付き、私は床に突っ伏し後悔した。
 残してきたヴァネッサに一時は同情したが、こちらも負けず劣らず茨の道だった。

「しかし、楽しいパーティーじゃの。こんなに斬新な催しに参加したのは生まれて初めてじゃ」
「普通は無いと思いますよ。宴会とか、一発芸大会とか……」

 貴族向けのパーティーとはとても呼べない代物だ。にも拘らず、会場は盛り上がっていた。
 元々、競う事が好きで目立ちたがり屋の性格が多い貴族達だ。特にシトレイユの貴族の自尊心の高さは貴族社会でも有名なところだ。
 太老様主催のパーティーである以上、ハヴォニワの貴族の方々は当然参加されるはずだし、それに対抗するようにシトレイユの貴族達も当然気合いを入れて参加する。

 ――今のラシャラ様のように

 そうなれば、他の諸侯も黙っているはずもない。結果、この盛り上がり方と言う訳だ。

 恐らく本人達も最初の目的など、とっくの昔に忘れているはずだ。
 太老様に取り入るつもりでパーティーに参加したはずが、いつの間にか太老様のペースに巻き込まれ目的を見失ってしまっている。
 まさに、『ミイラ取りがミイラになった』。そんな状況が、今のこの会場の様子を上手く言い表していた。
 これを狙ってやったのだとしたら、やはり太老様は恐ろしい御方だ。マーヤ様がお認めになるだけの事はある。

『お待たせしました! いよいよ、本日の本命! マリア様と正木卿メイド隊バックダンサーによる、にゃんにゃんダンスです!』

 控え室には、一台の大きなモニタが設置されている。そこに映し出される会場の様子。
 いよいよマリア様の番が来たようで、黒いぬこ衣装を身に纏ったマリア様と、同じくぬこ耳に尻尾を身に付けたメイド達が舞台に姿を現した。
 今や、ハヴォニワを代表する文化の一つにすら挙げられている、マリア様の『にゃんにゃんダンス』だ。
 実はこれに対抗して、シトレイユでは毎日テレビを通じてラシャラ様の『にゃんにゃんダンス』が放映されていた。
 ハヴォニワの黒ぬこ、シトレイユの白ぬこ、と言えば今や知らない人は居ないとさえ言われるほど有名な物だ。

「おのれ、マリアめ。やはり、そうきおったか」

 苦々しそうにその舞台の様子を観察しているラシャラ様。
 会場は予想通り、凄い盛り上がりの様を見せていた。

「皆さん――っ! 応援ありがとうにゃん!」
『にゃん!』

 ダンスの合間、肉球を振って観客に声を掛けるマリア様。先程までと一転して、観客と舞台が一体化したかのような連帯感がそこにはあった。
 本場、ハヴォニワのにゃんにゃんダンス。さすがは優勝候補の筆頭に挙げられるほどだ。
 傍から見ている私でさえ、これはもう優勝は決まったか、と思えるくらいの観客の反応だった。

「負けてはおれんぞ! 我々の出番は!?」
「最後から一つ前ですから、あと二十組ほど後ですね」
「ならば、ギリギリまで特訓じゃ! チームワークが勝利の鍵じゃからな!」
「ええっ!?」

 闘志を漲らせ、やる気を見せるラシャラ様。
 こうして私の願いは聞き届けられないまま、舞台の時間は刻一刻と迫っていた。

【Side out】





【Side:マリア】

「お兄様! 見て頂けましたか!?」
「ああ、うん。可愛かったよ」
「えへへ……」

 観客の反応も上々。何よりも、お兄様に『可愛かった』と褒めて頂いた事が一番嬉しかった。
 プログラムの最後にはマリエル達の出番も控えているが、これならば優勝を狙えるかもしれない。

 ――優勝、あれ? そう言えば、優勝すると何かあるのだろうか?

 考えて見れば『大会』と言うくらいだ。
 自分の出番の事で頭が一杯で失念していたが、何か賞品があるのかとようやく思いが至った。

「賞品? 入賞者にはちゃんとあるよ」

 お兄様に見せて頂いた参加者向けに配られている案内状には、確かに十位まで賞品がでる事が記されていた。
 基本的には、正木商会で取り扱っている商品の一部のようだ。
 正木商会系列の飲食店で使える金券に、テレビや時計。上位にはエアバイクやタチコマなんかも名を連ねていた。
 そして一位には――

「お兄様との一日デート券!?」
「ああ、それ? 侍従達がどうしてもって言うから。デート券じゃなく、正確には一緒に出掛ける券な。多分、貴族達への餌のつもりなんだろうけど……その所為で審査員に回されて俺の出番は削られるし……」

 これは完全な想定外だった。手を抜いたつもりはないが、これで優勝できなかったら後悔が残る。
 侍従達もそうならそうと教えてくれればよいものを――
 いや、彼女達の事だ。案外本気で優勝を狙っているのかも知れない。だとすれば、強力なライバルの私に情報を漏らすはずもなかった。

(くっ! こんな事と分かっていれば、マリエル達に参加を促しませんでしたのに!)

 最大の誤算はそこだ。
 現在、私のライバルとなりそうなのは、今、舞台に立っている――

「みんな、応援ありがとう――っ!」
『うおおおぉぉぉっ!』

 メイド隊アイドル集団『みんな大好き・正木卿・メイド隊』――通称『MMM』だ。
 彼女達は正木卿メイド隊の広報部隊として、テレビや舞台で活躍している人気アイドルユニットだ。
 その人気は貴族・平民を問わず若い男性達の支持を得て、正木商会の人気部門でも総合上位に常に名を連ねるほどだった。
 そして私の予想が正しければ、マリエル、シンシア、グレースの三姉妹も彼女達に負けないくらい強力なライバルになると見越していた。
 お兄様の企画したパーティーだ。少しでも盛り上がるように、と気を利かせマリエル達を強引に誘ったのだが、今回それが徒となった。

(こうなったら、名も知れぬ女神様に祈るしかありませんわ!)

 既に私の出番は終わった後だ。今更、結果をどうこうする事は出来ない。
 後は、運を天に任せるのみ。そして、審査員のお兄様の采配を信じるだけだ。

「さて、残すところ二組のみとなりました。ここで素晴らしい出演者(ゲスト)の登場です!」

 司会者の言葉で舞台に姿を現す、ぬこ衣装(白)を身に纏った何だか見覚えるのある金髪の少女と短髪の女性。
 そして、同じくぬこ耳と尻尾を身に付けた十名ほどのバックダンサー達。

「シトレイユのラシャラ姫と、その従者アンジェラさん! そしてバックダンサーは正木商会有志の方々です!」

 唖然とする。見覚えがあるはずだ。
 舞台に姿を現したのはラシャラさんと、その従者のアンジェラだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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