【Side:太老】

 ――にゃんにゃんダンス、にゃんにゃんダンス
 旋律に乗って、舞台の上で楽しく可愛く踊る沢山のぬこ達。
 マリアの『にゃんにゃんダンス』も素晴らしいが、ラシャラのにゃんにゃんダンスも完璧だった。
 フリフリと揺れる尻尾。ピョコピョコと反応するぬこ耳。プニプニの肉球。この素晴らしさを理解できてこそ、真のぬこ好きと言える。

「我こそナンバーワンにゃん!」
「あ、ありがとうございました……にゃ、にゃん」

 舞台の上で高々に勝利宣言をするラシャラ。そして、恥ずかしげに慣れない様子で頭を下げるアンジェラ。
 と、初っ端から話は脱線したが、ラシャラの白ぬこによるにゃんにゃんダンスは確かに完璧だった。
 マリアのダンスと比べても正直いって甲乙つけ難い。だが、一つだけ大きく違う点があった。
 勝敗を分ける点があるとすれば、そこしかない。
 審査員を任された以上、一切の私情を挟むつもりの無い俺は、採点表に厳しくチェックを記していく。

「ラシャラ様とアンジェラさん。ありがとうございましたー! それでは、いよいよ最後の登場となります!」

 そうこうしている内に最後の演目だ。

「ご存じ、正木卿メイド隊メイド長マリエル様! そしてその妹、双子の天才で有名なシンシアちゃんとグレースちゃん! 姉妹揃っての出場です! では、張り切ってどうぞ!」

 急遽出番を差し込んだため最後の登場となってしまったが、これがマリエル、シンシア、グレース、三姉妹の初舞台となる。

「よ、よろしくお願いします……にゃん」
「くっ! お前等、あんま見るな! し、仕方なくなんだからにゃん!」
「……?」

 照れた様子ながらも、丁寧でお淑やかな挨拶をするマリエルぬこは灰ぬこ。
 虚勢で羞恥心を必死に隠そうとするツンデレなグレースぬこは虎ぬこ。
 未だに状況をよく分かっていないのか、どこまでもマイペースなシンシアぬこは三毛ぬこ。

 ――それが『ぬこ三姉妹』

 題して『ぬこ姉妹の夜会』。本日三組目のぬこ達の踊りが披露されようとしていた。





異世界の伝道師 第169話『初心の大切さ』
作者 193






 結果だけ言おう。初の俺主催のパーティーは大成功だった。
 一発芸に宴会という、この世界ではちょっと変わったパーティーの内容だったが、問題なくこの世界の人達にも受け入れられるという事が分かっただけでも大成功だったと言える。

 最初は戸惑いを見せていた貴族達も、全てが終わる頃には名残惜しそうにしていたくらいだ。
 貴族達にしても、やはり晩餐会といったテンプレをなぞった退屈なパーティーに飽き飽きしていた者も少なくない。
 貴族の晩餐会が幾ら華やかで優雅なパーティーとはいっても、それが毎回のように続けば飽きが来るのも当然だ。斬新なパーティーが必ずしも成功すると言う訳ではないが、たまには馬鹿騒ぎを前提とした無礼講があっても良いのではないかと俺は常々思っていた。
 権力争いや腹の探り合いなど余計な事にばかり意識が行くのは、結局のところパーティーを楽しめていないからだ。
 だからこそ、食べて飲んで騒いで、腹の底から笑い楽しいと思える事。普段から堪っているモノを吐き出せるような、そんな楽しいパーティーにしたかった。

 自分でも少し強引だったと思うが、宴会芸を通じて色々と吹っ切れた人達も少なくないようなので、俺はそれが一番良かったと思う。
 やはり、人生楽しまないと。生真面目に生きていても見つからない、馬鹿をやらないと見えて来ない人生の楽しみ方というのがある。
 そうした意味では、樹雷の人達、柾木家の皆はその辺りのさじ加減が凄く上手かった。

 締めるところは締めるが、あの人達は基本的に皆、馬鹿だ。頭の良し悪しではなく、元来そういった性格なのだろう。
 良くも悪くも海賊気質。人生を楽しむコツを生まれながらにして、樹雷の人達は知っていた。
 俺もそう言う意味では、そちらの性格に馴染んでいると言える。

(プライドとか、しがらみとか、必要以上に縛られて人生を楽しめないのは残念な事だと思うしな)

 生まれとか環境は選べないが、その環境から何を学び取り選択するかは自分次第だ。
 一度きりの人生。一度も挫折の無い、失敗の無い人生なんてありはしない。人はそうして成長していくものだからだ。
 失敗を知らないというのは誇る事ではなく、悲しい事だと俺は考える。だからこそ同じ失敗するのなら、俺は自分のやりたいようにやって楽しく生きたかった。その方が後悔は少ないと考えるからだ。

 ――それが自分の選択に、生き方に責任を持つという事

 ここで勘違いしてはいけないのが、後悔しない生き方というのは周囲の忠告に耳を貸さず、我が儘に生きるという事ではない。
 好きに楽しく生きる事と、自己中心的では意味が違う。
 大切なのは自分だけが楽しければそれでよしと言う訳では無く、一緒に楽しめる仲間を見つける事だ。

 白眉鷲羽や神木瀬戸樹雷といった無茶苦茶な人達に目を付けられ、俺も決まったレールを敷かれ、それ以外の生き方や環境を自分で選べなかった口だ。
 それが嫌じゃ無かったといえば嘘になるし、決して順風満帆な人生だったとは言えないが後悔はしていない。
 生きるための糧は与えてもらっていたし、十分な生活を保障されていた。それ以上に命の危険はあったが、それがあの人達なりの好意の示し方、接し方なのだと知っていた。
 それに、そうしなければ得られなかった物、出会えなかった出会いが沢山あったからだ。
 そうして得た物、環境の中から選び取った人生は俺だけの物だ。誰かに強制された物では無い。

 あの二人には感謝する以上に迷惑を掛けられた記憶の方が濃いが、それでも俺は納得していた。
 ただ、納得はしているが、自分から積極的にあの人達には関わり合いになりたいとは思わないだけだ。
 人生を楽しむ前に、人生の墓場に足を突っ込む方が早くなりそうな予感がしてならないからだ。いや、これは予感と言うより確信だった。
 その例となる人物を数人知っているだけに、こればかりは冗談では済まされない。

 と、少し話が脱線したが、貴族という肩書きや生まれはどうやっても消せないが、その人生を楽しい物にするかどうかは自分次第だ。
 マゾなら仕方が無いが、そうで無いなら考えて見る価値はあると思う。同じ人生なら、辛い人生より楽しい人生の方が良いはずだ。
 ほんのちょっとでいい。馬鹿になるという事を覚えるのも、また人生の楽しみ方の一つだと知って欲しかった。
 そう言う意味では、フローラなんかは本当に人生を楽しんでいる。あれはちょっと周囲に迷惑を掛けすぎだと思うが……。

 まあ、そんなこんなで終わりを告げた正木家主催の宴会。一発芸大会の後も、食って飲んで騒いで気がつけばお日様が山向こうから顔をだしていた。
 用意してあった酒と料理も尽き、朝日を拝むと共にお開きになった宴会だったが、それなりに楽しめた。
 今までが今までだったので偏見を持っていた貴族達だが、中身は家族を持つただのおっさん≠ニ分かっただけでも収穫はあった。
 彼等にも彼等の生活がある。価値観がある。大切な物が、護りたい物がある。
 世界が違っても、社会構造が違っても、そこに住む人達は何も変わらない。貴族社会もストレス社会という事だ。
 あんなにやりたい放題な異世界の文化がすんなりと受け入れられている理由にも、なんとなく納得できた気がした。

「それは楽しそうなパーティーですね。また機会があれば、是非参加してみたいものです」
「その時は招待状を送りますよ。それよりもユライトさん、身体の方はもう大丈夫なんですか?」
「はい、お陰様で。昔から身体が弱くて時々こうなるんですよ。ご心配をお掛けしました」

 宴会を終えて屋敷に戻った俺は、直ぐにベッドで眠りについた。
 そりゃ、一晩飲み食いして騒いでいれば、そうなって当然だ。目を覚ましたら既に正午過ぎだった。
 マリア達はまだ部屋で潰れているようで、食堂には俺とユライトの姿しかない。馬鹿騒ぎには慣れている俺と違ってマリア達は今回が初体験だ。結局、ラシャラ達もそのまま俺の屋敷に泊まったが、全員がグロッキーといった様子で深い眠りについていた。恐らく、夕方まで誰一人目を覚まさないだろう。
 俺も今でこそ耐性が出来ているが、一度は通った道だけによく分かる。翌日が一番辛いんだよな。

「それで優勝は誰に決まったのですか?」

 昼食もとい随分と遅い朝食を食べながら、調子を取り戻したというユライトに昨日の事を話して聞かせていた。
 聞かれたから、というのもあるが宴会には参加できなかったものの、その雰囲気だけでも味わってもらおうと考えたからだ。
 ちなみにユライトが気にしている一発芸大会の優勝者だが、これは意外なところで落ち着いた。

「個人優勝はアンジェラさん。団体部門ではマリエル姉妹ですね」
「アンジェラさんですか? 確か、ラシャラ様の従者の方でしたか?」
「よくご存じですね」
「何度か、シトレイユのパーティーでお会いした事がありますので」

 そう、個人優勝はアンジェラに決まった。団体の優勝はマリエル達、三姉妹に決まった。
 ちなみにユキネは入賞こそしなかったものの、敢闘賞としてプチタチコマ通称『プチコマ』を貰っていた。
 このプチコマというのは肩に乗るくらいのミニマムサイズのタチコマの事で、タチコマと同じ学習機能と人工知能を搭載している他、主に通信機といった携帯端末としての機能を有しており、子供や女性向けのペットロボットとしてこの春から販売を企画されているタチコマの新バージョンだ。
 戦闘力は皆無だが、サポートメカとして考えればかなり優秀な機械と言えた。

 マリアとラシャラは最初この決定に納得の行かない様子だったが、その理由を丁寧に説明すると素直に納得してくれた。
 確かにマリアとラシャラのダンスは完璧だった。技術的な高さは勿論、かなりの場数を踏んでいる事が分かる素晴らしい踊りだった。
 これがダンス大会であれば、確かにマリアとラシャラが一番だったはずだ。しかし、今回は一発芸大会だ。
 宴会芸に置いて一番重要な事は技術や経験ではなく、如何に観客の心を掴めるかにある。
 掴みこそ命。確かにマリアとラシャラのダンスは素晴らしかったが、最後まで印象に残ったのはアンジェラ、マリエル、シンシア、グレースの四人だった。

 その決め手となったのは初々しさだ。

 残念な事に、マリアとラシャラは完璧に演技する事ばかりに目が行き、昔は持ち合わせていた羞恥心や舞台を楽しむといった心に目が行かなくなってしまっていた。
 慣れがそうさせたのだろうが、幾ら完璧な演技でも心の籠もっていない独りよがりな演技では、本当に観客の心を動かす事は出来ない。

 その点、評価できたのがアンジェラ、マリエル、シンシア、グレースの四人の演技だ。
 技術的にはマリアとラシャラに劣るものの、四人の演技からは必死さが伝わってきた。
 慣れない初々しさや、羞恥心を必死に押し隠そうとする仕草。そして努力の跡がみられるダンスなど、彼女達の踊りには『萌え』が詰まっていた。
 にゃんにゃんダンスとは、技術の高さを競う物では無い。忘れてはならないのが『萌え』の心だ。
 それが彼女達の勝敗を分けた鍵だった。

「演じる者の心構えですか……。さすがは太老さんです。とても勉強になりました」

 ユライトにも『萌え』の大切さが伝わったようで何よりだ。
 彼はやはり話の分かる人物のようだ。教師をしているだけあって聞き上手というのもあるが、彼とは話していて趣味が合う。
 幼女の可愛らしさ、ぬこの素晴らしさが分かる人物に悪い人はいない。これは俺の経験によるものだ。
 改めて、ババルンの弟だからと言うだけでなく、ユライトとなら仲良くやれそうだと俺は思った。

「ユライトさん。首都に戻ったら、うちの医療部の精密検査を受けてみませんか?」
「検査ですか? それは……もしかして、私の身体の事で?」
「はい」

 俺の提案に考え込むユライト。掛かり付けの医者も居るだろうし、突然こんな事を言われて戸惑うのは分かる。
 しかし、俺は友人の一人としてユライトの身体の事を心配していた。

「ですが、そこまでご迷惑をお掛けする訳には……」
「迷惑だなんてとんでもない。それに、これは俺の我が儘ですから」
「我が儘……ですか?」
「友達を救いたい。そう思うのは当然でしょう?」

 俺にどれだけの事が出来るか分からない。
 それでも友人として、ユライトが弱っていく姿を手をこまねいて見ているだけなんて出来ない。

「そこまで言って頂けるのは嬉しいですが、この通り私は大丈夫ですので」
「嘘ですよね? 侍従達からも話を聞いています。少なくとも、大丈夫なんて気軽に言えるレベルの話じゃないはずだ」

 ミツキの話や、ユライトの事を看病していた侍従達の話からも、俺の想像以上にユライトの身体が悪い事は分かっていた。
 幼い頃から病弱だったと話には聞いてはいたが、ベッドから起き上がれないほどに体調を崩すというのは明らかに異常だ。

「やはり、太老さんには隠せませんか……」
「いつからですか?」
「子供の頃からずっとです。昔から病弱で医者に掛かりがちでしたが、それは今も変わりません。私の身体は最先端の医療技術やシュリフォンの薬剤でも完治は難しいと診断されています」

 やはり、この世界の医療技術ではユライトの身体を治す事は難しいようだ。
 元々、回復亜法などといった物があるため、医療技術のレベルは地球の水準よりも低いくらいだ。
 特に薬剤はともかく、外科技術は全くと言って良いほど進んでいない。回復亜法で骨折や怪我を簡単に治せる事が、そうした医療技術の発達を遅らせる原因となっていた。
 だが、この世界の医療技術では難しい事でも、俺には異世界の技術がある。可能性があるのなら最後まで諦めず、試してみたいという想いがあった。

「ユライトさん。あなたが本当に身体を治すつもりがあるのなら、俺も自分の秘密を一つ、あなたに打ち明ける覚悟があります」
「それは……」

 どれだけ説明したところで俺が異世界人であるという事実を話さなければ、それは何の根拠もない与太話に過ぎない。
 信じて貰えないのであれば意味が無い。病気を治す上で重要なのはお互いの信頼関係だ。

 どちらにせよ、高度な医療技術を本気で受けさせるとなれば、黙っている訳にはいかなくなる。
 秘密を打ち明ける事が出来るほど親しい間柄でもないし、ユライトの事を詳しく知っている訳でもない。付き合いもまだ精々数日だ。
 とはいえ一番嫌な事は、秘密を守り通すために救える可能性がある目の前の命を救わずに見捨てる事だ。
 ここで病気が原因でユライトが死んでしまうような事があれば、俺は必ず後悔する事になる。
 だから、これは俺の我が儘。俺が後悔をしたくないから、ユライトの身体を治したいと考えていた。

「首都に帰るまで、まだもう少し時間はあります。一度ゆっくりと考えてみてください」

 これが俺に出来る精一杯。
 後はユライトが自分で決め、答えを出す事だが、俺がユライトを助けたいと考えている気持ちに嘘は無い。
 出来る事なら俺の提案を受け、治療を受けて欲しい。そう願わずにはいられなかった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.