【Side:太老】
「転属願い?」
「はい」
領地視察最終日。長いようで短かった視察も今日で終わり。昼過ぎには首都に向けて出発する予定だ。
最終日になって、以前に考えて置いてくれと言った褒美の件で話があると、侍従達が連なって俺の部屋を訪れた。
「そんなので本当に良いの? 栄転が希望なら実績もあるし、申請すれば余程の事がない限り希望が叶うと思うけど?」
特に、再興計画の中心となって頑張ってくれた侍従達であれば、実績もそうだが能力的にも申し分無い基準に達している。
余程の専門知識を有する難しい部署でもない限り、希望すれば受け入れを拒否されるような事は無いはずだ。
首都の屋敷で働きたいというのであれば、それも彼女達の希望通りに叶うのは間違い無い。
本来そうしたのは人事部に申請する事であって、ご褒美とはまた違うような気がするのだが?
「是非、お願いします。全員で話し合って決めた事なので」
「まあ、そこまで言うなら構わないけど……。さすがに屋敷の使用人全員というのは無理だよ?」
屋敷の使用人全員を転属させてくれ、なんて言われるとさすがに俺も困る。
そんな事になれば、今後の再興計画に支障を来すばかりか、屋敷の管理も行き届かなくなるからだ。
「それは大丈夫です。転属を希望するのは、ここに居る十名だけです」
そのくらいならば、俺の権限だけでどうにかなる。
先程の話し合いがどうこう、というのは誰が転属するかを決めるための話し合いだったのだと直ぐに察した。
使用人達が話し合って互いに納得して決めた事であれば、俺が口を挟むような話ではない。褒美を何でも良いと言ったのは俺だ。余程無茶苦茶な内容でない限り約束を違えるつもりなど無かったし、多少の無茶は聞いてやるくらいの心構えでいた。
ここに居る侍従達以外には、ボーナスのアップや待遇の向上などで応えるとして、彼女達の希望である転属願いを聞き届けるくらいは造作もない事だ。
それほどに領地の件に関して、俺は彼女達に感謝を抱いているのだから――
「分かった。約束だしね。それで、どこに転属を希望してるんだい?」
そう、一口に部署といっても今の正木卿メイド隊には様々な部署がある。
水穂が代表を務める情報部、コノヱ率いる警備部、グレースやシンシアが在籍する技術部を始め、医療部、料理部、営業部、総務部と他にも様々な仕事の内容に応じて分類された部署が存在する。組織編成は水穂に任せきりな事もあって、俺自身、正確な侍従の数は把握していないほどだ。
そこで思い出されるのは鬼姫の女官達だ。水穂はアレを元にメイド隊の組織編成をしている節がある。
(確かに有能なんだけどな……)
メイド隊の侍従達が有能なのは認める。瀬戸の盾として、樹雷の一角を担う組織の片腕を担ってきた水穂の手腕は俺も認めている。だが少しというか、かなり嫌な予感しかしなかった。
本気で大陸支配でも企んでいそうで、しかも水穂なら冗談などではなく本気でやってしまいそうで怖かった。
少なくとも、俺が全容を把握できていないという時点で怪しい組織だ。
全部を知るのが怖くて、訊くに訊けないというのが本音なのだが……。訊いたら絶対に後悔しそうで、そこがまた怖かった。
「お側御用隊に転属を希望します」
「……へ?」
かくして、俺専属のお側係が新たに組織されようとしていた。
【Side out】
異世界の伝道師 第170話『お側御用隊』
作者 193
【Side:マリア】
「……それで、了承したのですか?」
「約束だったしね。というか、そんな部署があるなんて今の今まで知らなかったんだけど?」
「そ、それはその……」
マリエル達と企てていた、もう一つの計画。
お兄様の負担を少しでも減らそうと、公私共にお兄様を支える有能な侍従達で組織された専属部署を作る話が上がっていた。それが『お側御用隊』だ。
後はメンバーを選出するだけの段階にまで計画は進んでいたが、また余計なライバルを増やしてしまう恐れがあるため、侍従の選出には慎重を期す必要があった。
そのため、視察を終えてから秘密裏に審査を進め、問題がないと判断した侍従達を順に新設部署に配属するつもりでいたのだ。
どこから情報が漏れたのか? 幾つか候補は絞れるが、やはりメイド隊の侍従達は侮れない。
特に本邸の屋敷で働いている数名の侍従達は、マリエルと同じくメイド隊が結成された当初からお兄様に仕えている古参の侍従だ。
古くから仕えているという事は、それだけ組織内に強い影響力と情報網を持つという事になる。お兄様に不利益な行動を取るような彼女達では無いが、そこが問題といえば問題でもあった。
メイド隊に所属する他の侍従達と比べても、お兄様に対する信仰心が段違いに彼女達は高い。
それこそ一生をお兄様に捧げ、お兄様のためなら命すら投げ出せる、心も体も差し出して構わない、と狂信的とも言えるほどにお兄様の事を慕っていた。
そして今回一番問題なのが、そうした彼女達が私やマリエルにも内緒で行動を起こしたという点だ。
しかも、私が密かに進めていた計画を逆手に取り、見事にお兄様の近くに自分達の居場所を確保してみせた。
ライバルを増えたとか、そういう次元の話ではない。
最初から、『どうぞ、お好きになさってください』と言っているような好感度マックスの侍従達が、お兄様のお世話をする事になるのだ。
「ああ、何故こんな事に……」
「えっと……マリア?」
能力的には申し分無い。それだけに、能力不足を理由に部署替えをさせる事は出来ない。
しかもメイド隊は基本的にお兄様の私設部隊。最終的な決定権はお兄様にある。そのお兄様の許可があり、正式な申請がなされている以上、彼女達の転属に部外者の私が口を挟めるはずもない。それは例え、メイド長のマリエルであっても同じ事だ。
メイド隊はお兄様の物。メイド長とはいっても、その範囲から逸脱した権限は持ち合わせていない。
それを知らない侍従達ではないはずだ。そこまで計算の上で、今回の犯行に及んだと考えるのが妥当だった。
(仕方がありませんわね。ここは諦めて、警戒を強める以外に手はありませんわね)
取り敢えず、能力的には申し分無い彼女達だ。お兄様の負担を減らすという当初の目論見自体は成功したも同然と言える。
ならば、彼女達の行き過ぎた行動にさえ気をつけていれば、特に問題は無いはずだ。
行き過ぎた行動……。そこが一番重要な問題なのだが、ここはマリエルの手腕に期待するしかない。
お側御用隊は、お兄様の直轄部隊。直接の上司はメイド長であり、お兄様専属メイドのマリエルになる。彼女なら上手くやってくれると信じる他無かった。
「お兄様も、十分に気をつけてください!」
「え? ああ、うん?」
お兄様とのデート券を逃したばかりか、ここにきてラシャラさん以上に厄介なライバルの登場に頭が痛くなる。
正木卿メイド隊――やはり一番の恋のライバル≠ヘ、彼女達なのかもしれない。
何処にお兄様を狙っている女狐が潜んでいるか分からない以上、例え婚約しても油断は出来そうになかった。
【Side out】
【Side:ラシャラ】
まさか、こんなところに恐ろしいライバルが潜んでいるとは思いもしなかった。
「あの……ラシャラ様。いい加減、機嫌を直して頂けませんか?」
「我は別に怒ってなどおらん。気のない素振りをして、御主が太老とのデート券をゲットしても全然気にしとらんぞ!」
「無茶苦茶、気にしてるじゃないですか……」
アンジェラが太老とのデート券を手に入れるとは予想外も良いところじゃった。よもや、主の我を差し置いて……。
しかもこのデート券、太老のサインと本人の名前入りで第三者への譲渡も出来ないと来る。
従者の物は我の物、と言って取り上げる事も出来ず、結果デート券に関しては諦めるしか無かった。
(さすがは太老の侍従達じゃな。我の考えなどお見通しと言う訳か)
とはいえ、太老の言う事も尤もだと理解していた。
確かに我は勝敗に拘る余り、舞台を楽しむという基本的な演じる者の心構えを忘れていたのやもしれぬ。
さすがは我が認めた男じゃ。舞台を一目見ただけで、我ですら気付かぬ心の内を見事に見抜いてみせたのだから文句を言えるはずもなかった。
我とて皇となる身。結果を不服とし、子供のように駄々をこねるといった恥ずかしい真似が出来るはずもない。
悔しいが、今回は我の完敗じゃった。マリアも今頃は我と同じように悔しがっておる事じゃろう。
だが、良い勉強をさせてもらったとも思っておる。
――初心を忘れるべからず
皇となる前に、その事に気づかせてもらえただけでも太老には感謝せねばならんじゃろう。
もう直ぐ皇になろうという身でありながら、大変な過ちを我は犯してしまうところじゃった。
「ところで、それを手に入れてどうするつもりなのじゃ?」
「えっと、額にでも入れて記念に飾っておこうかと……」
「御主はアホか! 使わねば価値など無いじゃろうが!?」
「で、ですが……た、太老様とデートだなんて」
アンジェラが少なからず太老の事を気にしておるのは、我も気付いているつもりじゃ。
それが恋愛感情かどうかまでは分からぬが、太老の事を認め、憧れの気持ちを抱いている事くらいは分かっておる。
事実、あれほどの男は世界中を探したところで見つかるものではない。アンジェラが一人の女として太老に惹かれたとしても、それはなんら不思議な事ではないと考えていた。
「まあ、最終的にどうするかは御主次第じゃが、今一度ゆっくり考えてみるんじゃな。こんなチャンスは二度と無いやもしれんぞ」
「……はい」
アンジェラとヴァネッサは従者であると同時に、我にとっては姉妹のような存在じゃ。そしてマーヤは親代わりと言っても過言では無い。
この三人とは、それこそ実の両親よりも長い時間を一緒に過ごしてきただけあって、家族同然の思い入れがある。
我が心から信頼する数少ない忠臣の一人だけに、デート券を使う使わないはアンジェラの気持ち次第じゃが、我の内心は少し複雑じゃった。
余計なライバルをこれ以上増やしたくないという思いと、幼い頃から我の従者として仕えてくれているアンジェラを応援してやりたいという思いの両方が交錯していた。
「アンジェラ。御主、太老の側室になりたいとは思わんのか?」
「――ブッ! ラ、ラシャラ様!? と、突然何を!?」
突然も何も、気になったから訊いただけなのじゃが、この反応を見るに満更でも無い様子。
実のところ、マーヤも若い頃は我の祖父の側室を務めていた。
「マーヤの過去は御主も知っておろう。何をそんなに驚く必要がある」
「そ、それはそうですが……」
マーヤは、我から数えて先々代の女皇が、夫のためにとあてがった側室の一人だった過去を持つ。
頭が良く腕も立ち、尚且つ同じ女性も羨むほどの美貌の持ち主だったという話で、父皇が晩婚だった理由の一つに自分の父親の側室だったマーヤに惚れていたから、という噂があるほどじゃ。
そしてアンジェラは、そんなマーヤが直々に教育を施した数少ない従者の一人。言ってみれば、マーヤの後を継ぐ候補者の一人じゃった。
身内贔屓などではなく、アンジェラは従者である前に一人の優れた女性でもある。
身体を鍛えているだけあって、筋肉も引き締まっていてプロポーションも抜群。しかも顔立ちも整っていて、同じ女性の我から見てもはっきり『美人』と呼べる美貌を有している。
更には幼い頃からマーヤの教育を受けていたとあって、侍従としてのスキルは言うまでもなく、従者としても護衛としても有能で頭も良く腕も立つと欠点らしい欠点が見当たらないほど出来た女性じゃ。
――もしかせんでも、強力なライバルなのでは?
と、我が思ってしまうくらいアンジェラは有能な女性じゃった。
マーヤが側室として召し抱えられたという前例がある以上、アンジェラとて正室は無理でも側室ならば十分に可能性はある。
それでなくても、太老は自分の国を拝命する事が決まっている。一国の主になる身だ。側室が居たとしても、全く不思議では無い。
「そういう未来とて有り得るという話じゃ」
「睨み付けながら言われても、凄く反応に困るのですが……」
まさか、身内にこんな強力なライバルが潜んでいるとは考えもしなかったので、内心はかなり焦っていた。
実際、今回はアンジェラに後れを取っておる。将来性を考えれば我の方が有利じゃろうが、アンジェラには今の我に無い大人の魅力があった。
今現在でアンジェラに勝てるかといえば、勝てるとはっきり言えないところが我も辛い。太老ほどの男であれば、どれだけ女を娶ってもなんら不思議な事では無いとはいえ、そこはそれ、これはこれじゃ。我とて女。他の女が太老と仲良くしていて、良い気がするはずもない。
じゃが、太老も男。そして聖機師でもある。それを許容しなくてはならないとは分かっておる。そこがまた問題を複雑にしておるのじゃが、一番気になっておるのは今の我の身体では太老を満足させる事は叶わぬ事じゃ。
少なくとも後数年は太老が特殊な趣味でも持っていない限り、そうした関係を築く事は難しい。
これはマリアにも言える事じゃが、婚約という大きなアドバンテージがあったとしても決して油断の出来る状況では無かった。
男はオオカミと聞く。太老がそうとは限らんが、魅力的な女性に言い寄られて嫌な気はせんはずじゃ。
そう言う意味では、アンジェラは現在のところ最も強力なライバルの一人と言える。マリアのところでいう、ユキネやマリエルと同じじゃ。
いや、あの二人よりも大人の女≠ニしての魅力はアンジェラの方が上じゃろう。
ユキネは意外と子供っぽく性格が控え目という弱点があるし、マリエルなどは体型が小柄じゃし色気には少々欠けるからの。
あの二人が相手なら、我にも十分に勝機はある。だが問題は、この欠点らしい欠点の見当たらない強力な目の前の従者の方じゃ。
「アンジェラ! 例え御主が相手でも我は負けんからな!」
「何処を指差して、何を仰ってるんですか!?」
アンジェラの胸にある大きな脂肪の塊を指差して、我は高らかに宣戦布告した。
――そう、胸が全てでは無いという事を我が証明してみせる!
【Side out】
……TO BE CONTINUED
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m