【Side:ユライト】
今、私はハヴォニワの首都に向かう船の中に居る。黄金の船『カリバーン』。現在、ハヴォニワで最も有名な船の中に――
『答えはでたの?』
「……いえ、正直どうしていいか戸惑っています。あなたはどうなのですか? ネイザイ」
正木卿からの提案に正直、私は戸惑いを覚えていた。
私の身体の事は、私が一番よく理解している。現代の医療技術では、どうやっても治療など不可能だという事を。
そもそも身体の不調の原因を解明する事すら、現代の技術力で出来るはずがない。この身体には先史文明の技術で造られた異物が混ざっているのだから――
ネイザイ・ワン。そして私ユライト・メストは、身体を同じくする二つの人格を有している。
多重人格という事ではない。文字通り、別々の人間が一つの身体を共有しているのだ。
私の身体に埋め込まれた『コアクリスタル』と呼ばれる先史文明の遺産。これが、私が二つの人格を有する原因となった秘密の正体だった。
これは先史文明時代、戦いのための道具として造られた『人造人間』と呼ばれる生体兵器の核となる物で、現在では伝承でしか知られていない技術の一つだ。
このクリスタルには人造人間が過去に習得した技術と経験、記憶の全てが蓄積されており、死亡あるいは肉体が老化・欠損しても他の肉体にクリスタルを移す事で、寸分違わず元の状態に復元する事が可能となる特性を秘めていた。
謂わば、このコアクリスタルが人造人間そのもの。肉体はコアクリスタルを宿すための容れ物に過ぎない。
分かり易く言えば、コアクリスタルが聖機師。容れ物となる肉体が聖機人と言ったところだろうか?
それでなくても人造人間は、異世界人やダークエルフにも勝る高い亜法波の耐性を持つ。
この方法ならば、例え搭乗者が死亡したとしても長い時間を掛けて培われた技術と経験が失われる事は無い。何度も繰り返し再利用できる不死身の聖機師の誕生と言う訳だ。
先史文明の遺産の中でも、聖機神と名を連ねるほどに危険な代物がこのコアクリスタルだった。
そして、このコアクリスタルを伝承と共に受け継いできたのが、代々優秀な聖機工を輩出している家系、メスト家だった。
幼い頃、このコアクリスタルを父親の手によって身体に植え付けられた私は、ユライト・メストとネイザイ・ワン、二人の人格を一つの身体で共有する事となった。
身体が未成熟な子供だった事も幸いしたのか、ユライトの身体にネイザイの体組織自体が適応する事で、誰も予想だにしなかった奇跡的な変調が私の身体を襲った。
ユライト・メストの意識が失われる事も、ネイザイ・ワンの意識が混ざり合う事も無く、別々の意識を有するようになってしまったのだ。
それ以降、ネイザイとユライト、意識が強い方に身体が切り替わる事を知った私は、その事実を両親や兄にすら隠し通してきた。
全てはネイザイの知る過去。兄が為そうとしている計画。その先にある私達の目的を完遂するためだ。
ネイザイの目的に同調したのは、何も彼女と身体を共有するようになったからだけではない。これは、メスト家に生まれた私にとって一つの贖罪でもあった。
父親が犯した過ち。そしてまた血を分けた実の兄が為そうとしている過ちを、私は何としても止めなければならない。
そのために家族を偽り、友人を偽り、自分すらも偽って生きてきた。ユライトとネイザイという二つの仮面を使い分けて。
それが私、ユライト・メストが隠し通してきた真実だ。
『私は……彼になら話しても良いと思っているわ』
「……本気、なのですね」
『彼はババルンの狙いにも、私達の関係にすら薄々勘付いている節があるわ。このまま隠していたところで、いつ真実に辿り付かれるか分からない。それに……』
「彼が、私達が捜し求めていた人物だと?」
『そうかもしれないし、違うかもしれない。でも、彼ならば或いは――』
確かに彼ならば、私達には無理な事でも成し遂げてしまうかもしれない。
教会に勝るとも劣らない技術力を保有し、規格外の力を有する黄金の聖機人の聖機師で、大陸に名を馳せる大商会を一代で築いた人物だ。
その能力は、歴代の異世界人の中でも群を抜いて高い。過去にあれほどの力を有した異世界人が召喚されたという記述は歴史上存在しない。
彼は何もかもが、私達の理解の範疇を超える規格外な存在だった。
ネイザイの言うようにここで問題を先送りにしたところで、彼ならばその内、自分で事の真相に辿り付いてしまうだろう。
そうして何もかもが手後れになってからでは全てが遅い。確かに、私達は運命の岐路に立たされているのかもしれないと考えさせられた。
それに私には、もう余り時間が残されていなかった。
現代の技術力では、これ以上の延命処置は期待できない。目的を遂げる前に、ユライト・メストの身体は朽ち果てる可能性が高い。
そうなれば、後の事はネイザイ一人に託す他ない。兄の目を欺けるのも、その辺りが限界となるはずだ。
「異世界の技術。それで、この身体を治せると思いますか?」
『さあ? 先史文明と同等。いえ、それ以上の技術を彼が有しているのなら可能かもしれないわね。どちらにせよ、身体を調べられればバレると思うわよ。恐らくは、そっちの方が本命なんじゃないかしら?』
「結局のところ、どちらを選んでも彼の思惑通りと言う訳ですか……」
ここで拒否すれば、何かある、疑ってくださいと自分で告白しているようなものだ。
そして検査を受ける事を了承したとしても彼の保有する技術力ならば、この身体の異変に気付いてしまう可能性が高い。
どちらにしても、逃げ道などないのだという事を悟らされただけだった。
「吉と出るか凶と出るか。出来れば、吉を希望したいですね」
『案外、その両方かもよ?』
「…………」
ただの勘だが、ネイザイの言葉が一番あたっていそうな予感があった。
【Side out】
異世界の伝道師 第171話『ユライトの決意』
作者 193
【Side:リチア】
――聖地学院、生徒会室
従者のラピスと私の二人しかいない生徒会室に、コロも驚いて逃げ出すほど大きな声が鳴り響いた。
それは、他の誰でもない。私、生徒会長リチア・ポ・チーナの声だった。
「な、なんですって!? それは本当なの? ラピス!」
「え、はい。その……大変申し上げ難いのですが、本当の話です」
ラピスに思いもしなかった報告を聞かされ、その余りのショックに目の前の執務机に肘を突き頭を抱えた。
最悪、としか言いようがない。それ以外に例える言葉が見当たらないほどに、最悪な報告だった。
私の願いを聞き届けてくださるのなら、生徒会長の椅子を明け渡しても構わない。次期教皇の椅子も遠慮無く譲り渡そう。
生徒会長に就任して初めて、心の奥底から女神様に祈りたくなるほどの最悪な状況に直面していた。
それというのも――
「まさか、先輩の耳に入るなんて……」
モルガ先輩。そう、私の前に全校生徒の代表を務めていた先代の生徒会長。
現在はトリブル王宮騎士に招かれ、自他共に認める超一流の聖機師として第一線で活躍されている女性聖機師だ。
聖地は下級課程四年。上級課程二年の六年制となっているが、聖機師として必要な教養と技術は下級課程でその殆どを学び終えてしまう。
上級課程は一流の聖機師として必要十分な実力があると認められた方々ばかりで、最後の二年は主に就職活動と更なる知識と技術の向上に時間を費やす事になる。
そうして大抵、最終学年に上がる頃には殆どの生徒が任官先を決めているため、生徒会の交代が行われる後期には一早く学院を去る者も少なく無い。モルガ先輩も、そんな中の一人だった。
特にモルガ先輩は武芸に特化した才能をお持ちの方で、上級課程に進級するなり一年にして武術大会で優勝するという偉業を成し遂げた稀代の天才だった。
あの『武術の天才』と謳われるフローラ様でさえ、武術大会で優勝する事が出来たのは最終学年に入られてからの事だ。
あの方はその時の武功を称えられ、先代のハヴォニワ王に見初められてハヴォニワ王室に入られたのだが――
まあ、その話は今はいい。問題はモルガ先輩の方だ。
とにかく聖機師としての腕は確かで、現役の聖機師の中でもトップクラスの実力を持つ天才。それがモルガ先輩だった。
だが、集団戦に向かないというか、性格の方に少し……いや、かなり問題のある方だった。
――戦闘狂とでも言った方が分かり易いだろうか?
戦う事が何よりも好きな方で、その常人離れした戦い方と戦闘時の豹変振りから敵味方共に『狂戦士』と呼ばれ畏怖されているような御方だ。
学院史上最大の問題児……いや、伝説ともいえる戦い振りは、聖機師の間で知らぬ者は居ないとさえ言われるほどに有名な物だった。
彼女の名前を耳にするだけで震え上がる聖機師も少なく無い。ここまででお分かりと思うが、そんな方が遂に……知ってしまったのだ。
「トリブル王にも口裏を合わせて頂いて、教会の情報部まで総動員して、あれほど秘密にしていたというのに……」
「私も驚きました。モルガ様から連絡があった時には……。太老様の事を訊かせて欲しい、と」
そう、太老さんの事がバレてしまったのだ。あの狂戦士≠ノ。
武術大会の件も、トリブル王宮騎士やトリブル王にまで助力頂いて必死にその内容を隠していたというのに、それも徒労に終わってしまった。
あの先輩が太老さんの事を知れば、どんな行動にでるか、考えただけでも頭が痛い。
暫くの間はトリブル王が抑えてくださるとは信じているが、きっとあちらも今頃は胃薬を片手に頭を悩ませている事だろう。
しかも聖地学院に、この春から太老さんが通う事もラピスの話では既に知っていた、という話だった。
時間を稼げて三ヶ月。いや、一ヶ月と言ったところか?
ハヴォニワに直接乗り込まれないだけマシだが、それでも学院に乗り込んで来られる可能性があるかと思うと頭が痛い話だ。
あの方の事だ。きっと最大級のトラブルを伴って現れるはずだ。
ラシャラ様の戴冠式を始め、色々と催し物が続くデリケートな時期だけに、それを危惧して情報を伏せていたというのに、よりによってこのタイミングで情報が漏れるなんて……最悪だ。
「もう、本当にどうしたら……目眩がしてきたわ」
「リチア様。お薬をどうぞ」
「……ありがとう。ラピス」
太老さんから頂いた薬を服用し始めてから、以前とは比べるまでも無く体調は見違えるほどに良くなってきていた。
本来、薬などというものに頼りたくは無いのだが、太老さんに諭されてからというもの毎日きちんと服用を続けていた。
良薬口に苦し、という言葉が嘘と思えるくらい飲みやすく効用の高い薬だという事も理由にあるが、太老さんに言われたようにラピスに心配を掛けたくないという思いが、私の薬嫌いを克服させたとも言える。
とはいえ、このままではストレスが原因で、再び体調が悪化しそうだった。
【Side out】
【Side:太老】
「私は帰ってきた――っ!」
「……太老様?」
「いや、何となく帰ってきたらこれをやらないと、って思って……」
船を降りるなり奇怪な行動を取った俺を見て、怪訝な表情を浮かべるマリエル。
いや、本当に何となくやっておきたかっただけなので特に意味は無い。真面目に反応されても困るのだが……。
色々とあった領地視察もなんとか終え、無事に俺達は首都に帰ってきた。
久し振りというほどでもないが、実家から我が家に帰ってきたみたいに、ほっと一息付ける瞬間だ。
まあ、本来であればあっちが本邸でこっちが仮住まいなのだが、そこはそれ。首都での生活の方が長いだけに、こちらの方が我が家というイメージが強い。
「お兄様。それでは、私はお先に」
「ああ、ラシャラちゃんとアンジェラさんの事、よろしく頼むよ」
「ええ。不法入国者を引き渡してきますわ」
「ちょっと待て! 我はちゃんと関所を通ったぞ!?」
「お忍びで名前を偽ってね。マーヤさんから、お母様の元に問い合わせがあったそうよ」
「うっ……」
可哀想だとは思うが、こればかりは擁護する事が出来ない。
サプライズを企てていたのは分かる。驚かせたいという気持ちは非常によく分かるのだが、名前を偽って入国している時点で弁解の余地が無い。
関所から情報が漏れないように念入りに隠蔽工作を行った辺りはさすがに手が込んでいたが、やり方が拙かった。
王侯貴族であれば、お忍びで身分や名前を偽って確かに旅行する事はあるが、そういう場合、大抵相手の国に一言断りを入れておくのがマナーだ。
今回、ラシャラはそれを怠った。フローラやマリアから情報が漏れるのを恐れたのだろうが、やった事は犯罪行為だ。
フローラが気を利かせて極秘裏に連絡が入っていたという事にしてくれたらしいが、それもマーヤが事前にフローラに連絡を入れていなかったらどうなっていたか分からない。
この辺りは、さすがはラシャラの教育係を長年勤めてきたマーヤといったところだ。その迅速な対応から考えても、ラシャラの行動パターンくらい全てお見通しだったのだろう。
「た、太老! 助け――」
「うん、無理」
マリアの指示を受けたユキネに担がれていくラシャラに、俺は容赦なく拒絶の意思を示した。今回は自業自得だ。
精々、フローラの玩具になったり、マーヤの説教を受ける程度で済むのだから、まだマシな方だ。
ちなみに、俺が関わり合いに成りたくない一番の理由は、厄介事に巻き込まれたく無いからだった。
下手にラシャラを庇って、矛先がこっちに向くのが一番勘弁願いたい。こういう場合は静観を決め込むのが最善の選択だ。
「太老さん。少し、よろしいですか?」
「はい?」
後は首都郊外の屋敷に戻るだけ。我が家でのんびり旅の疲れを癒したいと考えていたところで、背後からユライトに声を掛けられた。
「先日の提案に関する返答なのですが……」
「ああ、はい。それで答えは決まりました?」
船に乗っている間もずっと船室に籠もって、何か考え事をしていた様子のユライト。俺が提案した治療の件をどうするか、真面目に考えていてくれたようだ。
突然、あんな事を言われて困惑するのも無理はない。そのための考える時間が数日というのも、正直少なすぎるかと考えていたくらいだった。
しかし問題が問題だけに、それほど悠長に事を構えていられる時間は無い。本来なら、もう少し時間を掛けて話を進めるべき事でも、そうしている間に症状が悪化する恐れもある。本気で治療するつもりであれば、手後れにならない内に検査だけでも早く済ませておく必要があると考えていた。
少し急かすような真似になってしまったが、それもユライトの体調を心配しての事だ。治せる見込みがあるかはこれから調べてみないと分からないが、その可能性が少しでもあるのなら出来るだけ早くその処置を行っておきたい。
水穂にもそのつもりで事前に連絡を入れ、屋敷の方に医療部を待機させてもらっていた。
「お話を受けようかと思います」
ここで拒否されると、正直俺にはそれ以上どうする事も出来ない。
後は時間が少し掛かるが、ユライトの身内や関係者に促して説得を頼むくらいしか良い案は思い浮かばなかった。
だが、本人の同意があれば遠慮無く治療に専念できる。理想に適ったユライトの返答に安堵の息を溢し、ほっと胸を撫で下ろした。
「その上で、お話して置きたい事があります」
一欠片も冗談を感じさせない真剣な表情のユライトを見て、ただ事ではない空気を感じ取りながら俺は静かに次の言葉を待った。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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