【Side:太老】
マリエルと分かれた俺は、舞台裏で自分の出番が来るのを静かに待っていた。
これだけ大きな式典に参加するのは初めての事だ。しかも国の未来が懸かった重要な式典となると尚更、緊張する。
「トイレに行っておくべきだったかな……」
なんて事を考えながら待っていると、ようやく式典の始まりを告げる鐘の音が鳴り響いた。
段取りとしては俺達の婚約発表が先になる。それを名目の一つとして、同盟の調印を行う訳だ。
そしてマリアにはユキネが、ラシャラには戴冠式の時と同様キャイアが従者として後に付く予定となっていた。
俺には――
「パパ、緊張してるの?」
「ああ、ちょっとな。シンシアは大丈夫なのか?」
「うん。パパのために頑張る」
「偉いな、シンシアは」
「えへへ……」
くすぐったそうに頬を赤く染め、笑みを浮かべるシンシア。うん、やっぱり癒されるな。
お分かりとは思うが、俺の従者にはシンシアが付く事になった。
マリエルは会場内の警備と侍従達に指示を送る役目が、コノヱには会場外の警備があるため、俺の従者をやらせているような余裕はない。
それにワウは依然として行方を眩ませたままだし、信頼が置けて従者を任せられそうな人物と言えば限られていた。
普通は前もって準備をして決めておくものだが、こういう時の補佐は水穂が全部やってくれていたので、俺としても完全に失念していたのだ。
マリエルも本来はコノヱかワウ、もしくはミツキにお願いするつもりだったらしく、その三人があの調子ではこうする以外に選択肢は無かった。
ミツキもフローラと一緒に行方不明となっているのだから、水穂から任されたであろう、お目付役の意味が余りない。
まあ、従者と言っても護衛が必要な訳ではない。あくまで形式上のものだ。それなら、シンシアでも十分に務まる役目だった。
「そう言えば、グレースはどうしたんだ?」
「洗濯バサミのお姉ちゃんと一緒にお出掛けしたよ」
「洗濯バサミのお姉ちゃんって……ワウの事か?」
ウンと頷くシンシア。確かにいつもワウが髪を左右で束ねている髪留めは、大きな洗濯バサミのように見えなくはない。安直ではあるが、なかなか的を射ている良いネーミングセンスだと感心させられた。
いや、重要なのはそこではない。ワウとグレースが一緒に出掛けたと言うところだ。
ワウとグレース。正直この二人が一緒と言う時点で嫌な予感しかしない。そう言えば、シトレイユで一度もグレースの姿を見ていない事を思い出した。
確か、フローラの用事で出掛けるんだったっけ? あの時点で、この事態を想定して然るべきだったって事か……。
自分の危機意識の薄さを後悔しても後の祭りだった。俺の勘も鈍った物だ。
「シンシア、二人がどこに行ったかわかるか?」
「ん……プチコマ」
シンシアがそう呼ぶと、光学迷彩を解いて現れる三機の小さなタチコマ。プチコマと呼ばれているタチコマの新しいバージョンだ。
最も、シンシアとグレースのタチコマは独自の改造が施されていて、商会で使われている他のタチコマとは一線を画す性能を持つ。
この三機の金色プチコマも、通常では考えられないような改造が施されていた。
ちなみにグレースのタチコマと情報部で使われているタチコマは全て銀色だ。シンシアのだけ金色なのはミツキ曰く俺をまねているとの話で、シンシアに懐かれていると喜ぶ一方、複雑な気持ちを味わったのは言うまでも無かった。
これがシンシアで無ければ問答無用でやめさせているところだが、相手がシンシアだと俺も強くは言えない。
ましてや、『他の色が良いんじゃないか?』と言っただけで涙目になられては、その色をやめてくれなんて絶対に言えるはずも無かった。
「MEMOLへアクセス。現在、遺跡周辺で稼働中のタチコマ全ての位置をトレース開始」
プチコマ達のサポートで、シンシアの周りに無数の空間モニターが現れる。
目の前のモニターに集中し、いつもの愛らしい姿とは違いどこか無機質な表情を浮かべるシンシアの姿がそこにはあった。
(これが技術部のトップに立つ天才少女か)
現在、情報部も使っている世界最高のコンピューター。次世代型亜法演算機『MEMOL』はシンシアが開発した物だ。
その全容を把握し、管理者権限を有しているのは世界でただ一人、シンシア置いて他には居ない。
そして商会の管理データだけでなく、タチコマシリーズは全ての機体がこの『MEMOL』と繋がっていた。
それは即ち、タチコマの見ている物、居場所などが、その気になればシンシアには筒抜けと言う事だ。
悪用するような子では無いのでそこは安心しているが、シンシアがその気になればプライバシーなどあってないような物だった。
「パパ。グレースのタチコマを見つけた」
「おっ、さすがはシンシアだな」
その時間、僅か一分。さすがはシンシア。仕事が早い。
これなら最初からシンシアに頼むべきだった。無駄な手間を取らせたようで、マリエルや侍従達にも悪い事をした。
「へ? 下?」
「うん」
シンシアが指をさしたのは床だった。しかし、この遺跡に地下があるなんて話は聞いた事が無い。
「違う。そっちじゃなくて、こっち」
シンシアが示す先は厳密に真下と言う訳では無く、会場からも少し離れていた。
言ってみれば、それは――
「まさか、湖の中か?」
【Side out】
異世界の伝道師 第192話『女王の提案』
作者 193
【Side:キャイア】
「ラシャラさん、随分と凝った意匠の白いドレスですわね」
「御主こそ、随分と気合いの入った純白のドレスじゃの」
ラシャラ様とマリア様、お二人が式典用にと選ばれたドレスは、どちらも同じような純白のドレスだった。
さすがは従姉妹同士と言ったところか? 考える事も良く似ている。
(二人とも意地っ張りだから……)
白は純潔の象徴とされ、結婚の儀式などでも多く用いられる特別な色だ。
覚悟と意思を明確にするためにこの色のドレスを選ばれたのだろうが、それで狙ったように衣装まで一緒になったのでは笑い話にしかならない。
参列している諸侯からも『仲がよろしい事』と言った様子で、微笑ましそうに見守る温かい視線が二人に向けられていた。
「ユキネさん……どうにかなりませんか?」
「……どうにもならない。太老に期待して」
小さな声で隣に立つユキネさんに耳打ちをするが、彼女は達観した様子でそう答え、もう諦めていると言った様子さえ見せていた。
諸侯に悪意はない。しかしそれが余計に、お二人の敵愾心と羞恥心を同時に煽る結果となっていた。
太老様に期待するしかないと話すユキネさん。とはいえ、それでも私の不安は消えない。
(火に油を注ぐような結果にならなければいいのだけど……)
お二人が意地を張っている原因は太老様にもある。というか、あの人が全ての元凶だ。
同盟の調印を前に各国の代表者同士がいがみ合っているようでは、この先が心配される。
そこはお二人も分かっているのだろう。立場とプライドが邪魔をして、それを顔に出すような真似は出来ないでいるようだった。
「それでは続きまして。新郎、正木太老様の入場です」
『はあ!?』
そんな張り詰めた空気の中、司会者の言葉に驚き、鳩が豆鉄砲を食ったかのようにポカンとした表情をそこにいる全員が浮かべていた。
ラシャラ様、マリア様、それにユキネさんと私だけでなく、会場に居る参列者全員の声が揃う。
確かに同盟式典を前に婚約発表がされる手はずとなっていたが、婚約をすっ飛ばして『結婚』なんて話にどうしてなるのか?
それは当事者であるラシャラ様とマリア様の反応を見ても分かる。まさに寝耳に水と言った様子で驚かれていた。
「そのような話は聞いておらんぞ! いや、嬉しくないと言えば嘘になるが!?」
「そうですわ! これはどういう事ですの!? あなた、何者ですか!」
話が違うと言った様子で、司会者に食って掛かるラシャラ様とマリア様。
すると、司会進行役の女性の姿がフッと一度ブレたかと思えば一瞬にして消え――
「あらあら、気を利かせてあげたのだけど、お気に召さなかったかしら?」
会場の中央にマリア様やラシャラ様とこれまた同じ、純白のドレスを身に纏った女性が立っていた。
服装はいつもと違うが、その声、そのお姿は間違い無い。
「お母様!?」
「フローラ伯母!?」
そう、フローラ様だ。
戴冠式にも出席されず、ずっと行方を眩ませていたフローラ様の姿がそこにあった。
「あれはただの立体映像よ」
小型の投影機と亜法通信機と思われる物を手にとって見せるフローラ様。
悪戯が成功したとばかりに、クスクスと微笑んでいらっしゃる姿が『色物女王』の呼び名を連想させる。
「何を考えておられるのですか!? 姿を見せないと思ったら突然このような――」
「このような?」
「うっ……」
流石の諸侯もこの演出には驚いた様子で、声一つ上げられずにじっと母と娘のやり取りを傍観していた。
それよりも、さすがはフローラ様だ。たった一声でマリア様を黙らせてしまった。
色物女王などと呼ばれてはいても、そこは大国の女王。フローラ様が現れただけで、場の空気が一層張り詰めた物へと変わってしまった。
こうして向かい合っているだけでも滲み出る貫禄には、ラシャラ様やマリア様にはない、本物の女王の威厳が備わっていた。
「皆様、お騒がせして申し訳ありません。ですが、ここで一つはっきりとさせて置きたい事がありまして、このような手段にださせて頂きました」
「……はっきりして置きたい事じゃと?」
「お母様、まさか……」
クスッ、とラシャラ様とマリア様の方を見て笑い、
「我がハヴォニワの聖機師、正木太老との結婚権についてです」
そう、諸侯に言い放った。
【Side out】
【Side:フローラ】
「我がハヴォニワの聖機師、正木太老との結婚権についてです」
私がそう言うと、諸侯の間で驚きの声が上がった。
それは当然だ。ここに居る全員が気にしているであろう事の一つなのだから――
「何を考えておるのじゃ!? これから、我と太老の婚約発表をすると言う時に!」
「ちょっとラシャラさん! どさくさに紛れて、私を省きましたね!」
相変わらず、二人はいつもの調子。我が娘と姪ながら、このくらいで取り乱すなんて、まだまだ子供だ。
「そういう時だからよ。そしてお忘れ? これはハヴォニワとシトレイユの同盟を決める席だと言う事を」
「それは、確かにそうじゃが……」
「それと、お兄様の結婚とどう言う関係が……」
関係ならある。正木太老と言う鍵が無ければ、絶対に実現が不可能な事。
「私がここに姿を見せた時点で勘の鋭い方々なら既にお気付きでしょうが、はっきりと言葉にさせて頂きます」
重要なのはハヴォニワだけの利益ではない。
彼の理想を叶える手助け。そして、この世界が真の平和を得るための第一歩。
「ハヴォニワはシトレイユだけでなく、皆様方の国とも良好な関係を結びたいと考えています」
「それはまさか……」
諸侯の一人が思わず声を上げる。ここまで話せば、私の思惑に気付いた者達も少なくはないはずだ。
「ハヴォニワ女王の名の下に、ここに連盟発足の提案をしたいと思います」
一国との同盟≠ナはなく、ここに居る諸侯全員の同意によって成立する連盟=Bそれが私の狙いだった。
彼等は今回の同盟で、ハヴォニワとシトレイユが更に力を付ける事を一番危惧している。自国の安寧を願えば当然の事だ。
その事を考えれば、このまま同盟が成立したところで、それを良く思わない妬ましく思う者達も当然出て来るはず。
それならばいっその事、その同盟と言う枠に自分達も加われるように私達と同じ席≠用意してやればいい。
そう、ハヴォニワとシトレイユが同盟を結ぶ上で交わした条件と、全く同じ条件を彼等に提示してあげれば良いだけの話だ。
「この件に関しては、シトレイユとも既に合意に至っています」
「そのような話、我は聞いておらんぞ!?」
「フフッ、それはそうでしょ? ラシャラちゃんが国皇になる前に決まった話なのですから」
ようやく事情が呑み込めたのか、悔しそうな表情を浮かべるラシャラちゃん。彼女の性格や立場を考えれば無理もない。相当にプライドを傷つけられたはずだ。
とはいえ、幾らラシャラちゃんがシトレイユ皇になると言っても、国皇に正式に就任していない段階であれば、マリアとそれほど立場が変わるものではない。私はハヴォニワの女王、一国の王と取引を交わすというのだから、相手にもそれなりの権限と社会的地位が要求される。
シトレイユ皇が不在であれば、この場合は代わりに議会の最高議長か、宰相のババルン卿が唯一私と交渉できる立場にある人物と言う事になる。国皇に就任した後であればいざ知らず、皇族とは言っても直接の権限を持たないラシャラちゃんでは、国と国の取り決めに介入する事は出来なかった。
そして国の事を思う真に優れた為政者であれば、私からの提案を断れるはずもない。立場のある人物であれば、それは尚更の事だ。
シトレイユ領内でハヴォニワの重鎮であるマサキ卿が襲われた。しかも彼がシトレイユで襲われたのは、これで三度目だ。
一度目は決闘騒ぎ、二度目はラシャラちゃんと一緒のところを襲撃され、そして今回の一件。今回の報告を聞かされ、顔を青ざめた貴族も少なくないはずだ。
だからこそ、話を筋書き通りにまとめるのに困らないだけの材料がこちらには揃っていた。
「フローラ様。それはハヴォニワとシトレイユの同盟に、同様の条件を呑めば何れの国も参加できると言う事ですか?」
「はい、リチアちゃん正解。よく出来ました」
「……ちゃ、ちゃん!?」
「シトレイユとの同盟は、ラシャラ皇と太老殿の婚約が条件でした。それと同じ、同盟を結んで頂いた国には太老殿との結婚権を差し上げます」
正木太老との結婚権という餌。それは各国の諸侯が、喉から手が出るほど欲しがっている物。
これにはシトレイユの同意が必要不可欠だったが、その問題がクリアされた以上、遠慮をする必要は無い。
「ちなみに先着順です。返事は出来るだけ早く、お願いしますわ」
諸侯にしてみれば、まさに棚からぼた餅。降って湧いたような幸運だ。
そう、教会やシュリフォンと違い、力の無い、立場の弱い国であれば尚更食らいつきたくなるような条件だ。
そしてこのような席で大々的に告知してしまえば、教会とてその流れを止める手段はない。
(後は餌に獲物が食いつくのを待つだけね)
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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