【Side:太老】

 俺の名は正木太老。今年から聖地学院の上級課程に編入する事になったピカピカの一年生だ。
 ここは上級生の校舎。一年生の二つある教室の内の一つ。一つの建物の中に一年二年合わせて、教室が四つしか無いと言うのだから驚きだ。
 それというのもここではHR(ホームルーム)や必須科目を除いて、専攻している学科ごとに分かれて授業を受けるそうだ。

(まるで、大学だな)

 俺の世界でも、一部の大学などで見受けられる階段の段差を利用して作られた階段教室。
 大理石で作られた荘厳な雰囲気漂う床に重厚な趣のある机が並び、更には教室の壁一面を覆う大きなガラス窓。この教室一つを見ても凄く金が掛かっていそうだった。
 一クラス二十人ほどが使うにしては、広すぎる……贅沢すぎる教室だ。
 広すぎても逆に使い勝手が悪いと思うのだが、どうして金持ちや権力者というのは無駄に広く豪華にしたがるのか?
 その金持ち、権力者の一人になった今も全くそこだけが理解できない。何れにせよ、ここで二年を過ごすと考えると気が重くなる。

(それになんだか、凄く注目されてる気がするんだが……気の所為じゃないよな?)

 教師の案内で教壇の前に立つと、生徒達の目が一斉に俺へと向く。
 自意識過剰などではなく、間違い無くクラスメイト全員の視線が俺に向けられていた。
 大勢の前に立つのが特に苦手と言う訳じゃない俺でも、こうも沢山の女生徒に視線を向けられるとさすがにたじろぐ。
 特に席の一番後ろに陣取っている数名の男子生徒より、クラスの大半を占める女生徒達の方が興味津々と言った様子で食い入るように俺を見詰めてきているのが確認できた。
 そんな睨まれるような事をした記憶が無いだけに、この針のむしろのような状況は想像以上にきつかった。

「皆さん揃っていますね。それでは先に編入生を紹介しておきたいと思います。それでは正木太老くん、自己紹介を――」

 このクラスの担任。ユライト・メストがそう言って、俺へと話を振る。
 学院で教師をしていると言う話は聞いていたが、まさかユライトが俺のクラスの担任になるとは思ってもいなかった。
 学院長辺りが知り合いの方が気が楽だろうと気を利かせてくれたのかもしれないが、実際のところはよく分からない。
 とにかく、早くクラスに馴染めるように努力しないと、周りに気を遣わせてばかりでは情けない話だ。剣士やセレスの心配をしているどころの話ではない。

「ご紹介に(あずか)った正木太老です。ご存じの方も多いかと思いますが、ハヴォニワから来ました。皆さん、どうぞよろしくお願いします」

 シンプルではあるが無難な挨拶を交わし、頭を下げる。
 パラパラと聞こえて来る拍手。もっとアレコレと質問をされるのではないか、と思っていただけに予想外のあっさりとした反応だった。
 だが、このくらいが楽で良い。さすがは特権階級の紳士淑女が通う学院と言ったところか? 教室で無駄に騒いだりはしないようだ。
 ここに居るのは大半が国を将来背負って立つ聖機師達だ。しかも上級生といえば、正式に聖機師として教会に実力が認められた人達ばかり。
 騒がしい片田舎の学校の雰囲気しかしらない俺からすると、何もかもが想像していたものと違い新鮮だった。

「では、太老くんは奥の席に――」
「奥?」

 ユライトに奥の席と言われて件の場所を見渡すが、奥の席には男子生徒が四人座っていて、空いている席など無い。
 その前には女生徒達が腰掛けているし、よく観察してみると教室に空席など一つも無かった。

「あの……ユライト先生? 席は全部埋まってるみたいなんですけど?」
「はい? ああ、あちらの席の事ですよ。特別製の物を用意させてもらいました」
「……まさか、アレですか?」
「はい、アレです」

 教室の奥。一番高い教室全体を見渡せる位置に一つだけ備えられた黄金の机。
 意図的に視界に入らないように避けていた代物が……そこにはあった。





異世界の伝道師 第215話『馴染めないクラス』
作者 193






 まさか、朝からこんなに疲れる目に遭うとは……。
 ここは『何が?』とは訊かないでくれるのが優しさというものだ。精神的に疲れてしまった。
 大体、黄金の机とか普通に考えておかしい事に気づけよ。なんだよ、黄金って!?
 ユライトを問い詰めて分かった事だが、これはフローラの指示だったようだ。予想通りの犯人で安心した。全く碌な事をしない。

「寮に金に関連した物がないからって油断してた。まさか学院に罠が仕掛けられてるなんて……」

 さすがに今日直ぐに撤去して元通りにするのは難しいとの話だったので、暫くはこの机で我慢する事にしたが、全く嫌がらせでしかない。
 唯一の救いは、この教室で授業をする機会は余り無いと言う点だけだった。
 授業ごとに決まった場所に行って講義を受けるのが、この学院の授業スタイルだ。HR(ホームルーム)だけなら我慢できなくない。
 昼飯は天気も良いし、適当なところで食えば良いだろう。最悪、大食堂もあるし不自由はしないはずだ。

 とはいえ、初日から早速授業の予定が詰まっている辺り、聖機師の修行の場と言うだけの事はある。
 俺は早速、ユライトから渡された時間割表を確認しながら、どの授業を受けるか悩んでいた。
 殆どの生徒は下級課程の段階で自分の適性を把握し、上級課程で選択する科目も決まっているが、俺は上級課程からの編入という異例の手続きを取ったために選択科目が決まっていない。
 一週間は適当なところに自由に受けに行って、その後に決めてくれれば良いとの話だったが、確かにこれは何を選ぶか迷いそうだった。

「共通しているのは、必須科目である武芸科の授業くらいか」

 適性は色々とあるとは言っても、聖機師に一番求められるのは聖機人を操縦する高い戦闘力だ。
 パイロットがへっぽこでは、折角の聖機人も宝の持ち腐れ。貴重な男性聖機師ならまだしも、弱い聖機師など必要とされない。
 逆に言えば、聖機師としての高い資質と武術の腕、そしてそれを生かせるだけの高度な操縦技術があれば、他のスキルは二の次でいい。
 ここの授業もどちらかというと、そちらを重視した授業内容が基本となっているようだ。

「意外と体育会系だな……」

 体育会系をバカにする訳ではないが、実のところ苦手だったりする。
 感覚を鈍らせない程度に自主鍛錬は行っているが、特に向上心がある訳ではなく俺は基本的に面倒な事が嫌いな性分だ。
 自分から身体を痛めつけたり、しんどい思いをしてまで強くなりたいとは考えていなかった。

 第一、俺や水穂は生体強化のお陰で肉体的な訓練は特に必要が無い。
 力のコントロールなどは生活の中でも感覚を養えるし、必要なのは技術を錆びさせない事くらいだ。
 水穂曰く、俺の場合は無意識にそれらの鍛錬を日常の中で行っているそうだ。
 やっている事と言えば、趣味の機械弄りや散歩。後は書斎で書類に埋もれて仕事をしているくらいなので全く自覚が無いが、水穂が言うのであればそうなのだろう。
 まあ、感覚を忘れないように自分でも偶に鍛錬をしているし、剣術の腕も心配するほど鈍っていないはずだ。

 話は脱線したが、取り敢えず武芸科の授業は特に問題が無さそうなのでスルーしても良いだろう。
 コノヱやユキネクラスの使い手がそんなに居るとは思えないし、授業についていけないなんて事は無いはずだ。
 他に何か面白そうな授業があるといいのだが――

「おっ、これ良さげだな! 哲学科か」

 どこかで聞いた事のあるような学科名だが、亜法や機械技術といった聖機工に必要な知識を学ぶ科目のようだ。
 機械弄りの好きな俺にはピッタリの科目と言ってもいい。早速、やってみたい授業は決まった。
 哲学科――今から楽しみで仕方が無かった。

【Side out】





【Side:剣士】

「カレンさん、酷いですよ……」
「こら! ここでは先生でしょ?」
「あっ、すみません。カレン先生……。でもあの後、大変だったんですから……」

 ここは学院の職員室。教室に居ると女生徒達の質問攻めにあうので、ここに避難してきていた。
 訊かれるのはカレンさんとの仲ばかり。それと言うのもカレンさんが俺の腕を無理矢理掴んで、教室であんな迫り方をしたからだ。
 その所為で女生徒達の興味は、俺とカレンさんの関係に集中していた。

「でも、上手く話をすり替える事には成功したでしょ? ああ言うのは興味をそそられる新鮮なネタを提供してあげるのが手っ取り早いのよ」
「うっ……。それは感謝してますけど……」
「友達を助けたいんじゃなかったの?」
「……はい」

 カレンさんがあんな行動を取ったのは、セレスくんのため、結果的には俺のためだったと言うのは分かる。だから余り強くは言えなかった。
 確かにそのお陰で彼女達の興味を、俺やカレンさんの方に向ける事が出来た。
 少なくともセレスくんだけに注目が集まるよりは、遥かにマシな状況になったはずだ。

「でも、カレンさん。セレスくんの事をどこで知ったんですか?」

 俺はまだ昨晩の事をカレンさんに話してはいなかった。
 そもそもセレスくんが同じクラスだと言う事や、カレンさんが担任になる事すら知らなかったのだ。
 これが可能だったのは、セレスくんが同じクラスで、偶然カレンさんが俺のクラスの担任だったからに過ぎない。

 ――でも、本当にそんな都合の良い偶然があるのだろうか?

 そこだけが、ずっと腑に落ちないでいた。

「昨晩、太老くんから連絡をもらってね」
「太老兄から?」

 カレンさんの話を聞いて、ようやくこれまでの事に合点が行った。
 太老兄が、俺とセレスくんが同じクラスになれるように事前に手を回してくれたそうだ。
 学院長に相談をして、その上でカレンさんに頼んで今回の計画に至ったらしい。
 だとすると、マリア様が同じクラスなのも偶然では無いのだろう。

「良いお兄さんじゃない。学院に借りを作ってまで無理をしてくれるなんて、彼のここでの微妙な立場を考えると中々出来る事じゃないわよ?」

 俺やセレスくんのために太老兄が無理をしてくれたのだと、その一言で気が付いた。
 口だけではなく、本当に有言実行してしまうのが太老兄だ。
 昨日セレスくんに謝って、『出来る限りのサポートをする』と言った言葉を早速行動に移してしまう辺り、俺のよく知る太老兄と全く変わっていない。
 無茶苦茶なところがある人だけど、あれで良いところが沢山ある事は俺もよく知っていた。
 こうなった経緯はともかく、今回は太老兄に素直に感謝しないといけないと思った。後でちゃんと礼を言っておこう。

「で、カレンさんは、幾らで買収されたんですか?」
「へ?」
「勿論、タダじゃないですよね?」
「あはは……」

 神樹の酒に、酒のあての珍味が一ヶ月分。それが事の真相だった。

【Side out】





【Side:セレス】

「そうなんだ。太老さんが……」

 教室に戻ってきた剣士くんから、色々と話を聞かせてもらった。
 何かおかしいと思っていたけど、裏で太老さんが僕のために色々と手を尽くしてくれた事を知って正直嬉しかった。
 まだ、僕なんかのために畏れ多いって気持ちはあるけど、多分そんな事を言ってもあの人は喜ばない気がする。
 だから、僕の事を心配して善意でしてくれたその行為を、素直に感謝したいと思った。

「ちゃんと御礼を言わないと……」
「それじゃあ、後で一緒に行こう」
「うん」

 剣士くんと放課後、太老さんに御礼を言いに行く約束をした。
 昨晩は色々とあって上手く話せなかったけど、まだちゃんと自己紹介もしてなかった気がする。それにパーティーを台無しにしてしまった事も謝りたかった。
 太老さんは僕に謝ってくれたけど、あれは僕の不注意が招いた結果でもある。剣士くんのために企画したサプライズを、僕が台無しにしてしまった事に変わりはない。
 そもそも剣士くんが僕に声を掛けてパーティーに誘ってくれたのも、僕があんな場所で落ち込んでいたのが原因だ。
 幾ら言葉を取り繕っても、未だに学院に馴染めないでいるのは僕が不甲斐ないからだ。

 ――聖機師なんかになりたくなかった
 ――こんな才能さえ無ければ

 何度、その言葉を心の中で呟いたか分からない。
 でも、それを口にする勇気もなくて、仕方の無い事と自分を言い聞かせながら流されるままに僕はずっと生きてきた。
 それがセレス・タイトと言う人間だ。自分でも分かっている。僕はとても弱い人間だと言う事を――

(正木太老さんか……)

 僕と同じ平民の出身で、世界最強と言われるほどの高い聖機師としての実力を持ち、大貴族にまでのし上がったハヴォニワの英雄。
 僕と同じように一般人に過ぎなかった彼が、どうやってそこまでの力を付け、今の地位を築き上げる事が出来たのか分からない。
 ただ言える事は、あの人は本当に強い人だ。そして、とても優しい人だと言うのが剣士くんを見てると分かる。僕にとっては憧れの人でもあった。
 あんな風になれるとは思っていないけど、少しでも近付きたいと思う。
 ほんの少し勇気を……今までより前向きに頑張ってみたい。太老さんや剣士くんに応援されて、ほんの少しだけどそう思える自分がいた。

「話は聞かせて頂きましたわ!」
『マ、マリア様!?』

 剣士くんと声が重なる。突然、僕達の話に割って入るマリア様。周りに他に生徒が居ないと思って油断していた。
 本来、マリア様も僕にとっては雲の上の存在。こうして話をする事は疎か、気安く声を掛けられないような方だ。
 事実、教室に残っていたクラスメイト達も驚いた様子で、こちらへと視線を向けていた。

「でしたら、私の寮に放課後いらっしゃい」
「マリア様の寮に!?」
「お兄様に用があるのでしょう? 放課後は書斎で仕事をされていると思いますわ」

 そう言えば、太老さんが何処に住んでいるか僕は知らなかった。
 あの商会支部が太老さんの寮かと思っていたのだけど、どうやらマリア様と一緒に暮らしているようだ。
 でも、僕なんかがハヴォニワのマリア姫の寮にお邪魔するなんて……昨日までの生活が嘘みたいだ。
 まるで夢のような、そんな驚く出来事ばかりが、次から次に僕の目の前で起こっていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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