【Side:コノヱ】

「でやあああああっ!」

 弧を描く斬撃。二撃、三撃と流れるような動きで連続攻撃を繰り出す。
 イメージする相手は、『天の御遣い』『黄金機師』『ハヴォニワの英雄』と様々な二つ名で呼ばれている世界最強の聖機師。
 クルリと身体の捻りを加えた渾身の一撃を放ったところで、私の動きは止まった。

「くっ! やはり届かぬか」

 幾ら剣を振るっても届かない圧倒的な実力の差。勝てるイメージが全く思い浮かばず、今日の鍛錬も幕を閉じた。
 最強の聖機師の名は伊達ではない。太老様の力は、私が知るどんな達人と比べても群を抜いていた。
 聖機師としての実力は勿論、例え生身であっても、あの方が敗れる姿など私には想像がつかない。
 歴史に名を残す数多くの聖機師達と比べても、あの方に比肩する力の持ち主は一人として存在しないと言い切れるほどだった。

「しかし、このままでは護衛として失格だ」

 護衛としては力不足。足手纏いにはなりたくない。その想いで鍛錬を続けているが、道程は遠く険しい。
 どれほどの鍛錬を詰めば、あの歳であれほどの力を身に付けられるのか?
 水穂さんの話では、あちらの世界で命の危険すら伴う鍛錬と任務に従事していたと聞いている。
 太老様の凄いところは、そうした苦労を一切滲ませないところにあった。

「うっ……コノヱさん、精がでるね。今日も鍛錬?」

 鍛錬を終え、考え事をしながら一息ついていたところで、裏口からこっそりと出て来た太老様と顔を合わせた。
 私に見つかると不都合な事でもあるのか、バツが悪そうな表情で一目見れば分かりそうな質問をしてくる。
 この様子から察するに、マリア様やマリエルに内緒で屋敷を出て来たのだろう。
 また従者を連れず、外を出歩こうとされていたのは一目瞭然だった。

「はい。太老様は、これからお出掛けですか?」
「えっと……うん。生徒会の仕事で必要な資料を取りに学院まで……」
「でしたら、お供します。丁度、今日のメニューを終えたところなので」
「いや、でもコノヱさんにも仕事とかあるんじゃ……」
「……お忘れですか? 私の仕事は太老様の護衛です」

 一人になりたい口実とは分かっていても、護衛である事を忘れられているのは少しショックだった。
 それに見つけてしまった以上、太老様の護衛機師として見て見ぬ振りは出来ない。
 マリア様がユキネを連れているように、ラシャラ様がキャイアを連れているように、太老様も本来は護衛機師を連れて歩いて当然のお立場だ。
 だと言うのに太老様は、護衛や従者を伴って歩かれるのを嫌われる。これは護衛が必要かどうかと言う話以前の問題だった。

「太老様は、もう少しご自身の立場を自覚してください。幾ら聖地の中とはいえ、一人でフラフラと外を出歩くなど」
「それ、マリアにもよく言われるんだけど……そんなに自覚足りてないかな?」
「ええ、全く」

 これが太老様の長所であり、唯一の欠点と言える部分だった。





異世界の伝道師 第230話『コノヱの魅力』
作者 193






「申し訳ありません。お待たせしてしまって」
「ん? ああ、俺の用事に付き合わせるんだし、気にしなくていいよ」
「私が用意をしている隙に、先に行かれたかと思いました」
「いや、さすがにそこまではしないよ。後が恐いし……」

 太老様と二人でこうして出掛けるのは、実のところ随分と久し振りの事だった。
 護衛と言いながらも、太老様の意向もあって学院にまでついて行く事は余りない。
 聖地なら確実に安全と言う事はないが、少なくとも街の中を歩き回るよりは危険が少ない事は確かだ。
 聖機師候補だけでなく王侯貴族も通う聖地学院に入るには、身元調査を含めた厳しいチェックをクリアしなければならない。
 この間の男子生徒のような輩がいないとは限らないが、それでも野盗や山賊などの脅威がないだけ安全な場所と言えた。

「太老様、どちらに? 校舎はあちらですよ?」
「ああ、コンビニで先に買い物をしておこうと思って」
「買い物ですか?」
「昼飯を食べずに抜け出してきたから……腹が減ってね。コノヱさんも好きなの買っていいよ。付き合わせた御礼に、そのくらいは奢るから」

 職員用施設にあるコンビニエンスストア。略称は『コンビニ』。または『正木マート』と言うのが正式名称となる。
 年中無休二十四時間開いている事が特徴で、日用雑貨から食料品までなんでも取り扱っている便利な店だ。
 太老様があちらの世界の知識を元に考案されたと言うこの店は、ハヴォニワでも住民の生活になくてはならない重要な物となっていた。
 私も密かに、このコンビニを利用する常連客の一人だ。
 二十四時間交代で独立寮や工房の警備にあたっている警備部にとって、いつでも気軽に物が買える店の存在は非常に有り難いものとなっていた。

「いらっしゃいませ! あっ、太老さん!」
「やってるな、セレス。大分、仕事には慣れた?」
「はい。お陰様で」

 コンビニに到着すると出迎えてくれたのは、セレス・タイトと言う名の少年だった。
 太老様が気に掛けておられる男子生徒だ。一般人の出身と言う話だが、確かに他の生徒と比べると明らかに身に纏っている空気が違っていた。
 生まれながら聖機師としての教育を受けた者が数多く通うこの学院では、そうした生徒はどうしても浮いた存在となる。
 それもそのはず。特権階級と一般人。そこには明確な立場の差があった。
 住む世界が違えば、常識も違う。勘違いしそうになるが、太老様のような例がかなり特殊なだけだ。

「あれ? 今日は剣士と一緒じゃないのか?」
「剣士くんなら、今日は寮の仕事を手伝いに行ってます」
「寮の仕事?」
「はい。あちらも人手不足とかで、修繕作業の心得があるって話をしたら、そっちを手伝って欲しいって連れて行かれました……」
「……修繕作業。確かに剣士って、昔から壁とか屋根とか直すのが上手かったからな」

 柾木剣士――太老様の親戚にして、弟のような存在と話に聞いていた。
 かなりの手練れという話ではあるが、実際のところはどの程度の実力を隠しているのか把握できていない。ただ、授業の様子からもユキネの見立ててでは、太老様や水穂さんクラスかもしれないと言う報告もあった。
 まさかと思うような話の内容ではあるが、太老様の身内と考えると、その実力にも納得できる。しかしそれだけに注意が必要な人物だと警戒していた。
 太老様の身内と言う事で余り疑いたくはないが、このタイミングで太老様の前に現れた事や背後関係がはっきりとしないなど、怪しい点も目立つ少年だ。万が一と言う事もある。現在、警戒をしている要注意人物の一人だった。

「コノヱさん」

 ――ドキッ!
 太老様に名前を呼ばれて、思考の海から一気に現実に引き戻される。
 これが私の役割とはいえ、太老様の身内を疑っているなどと、太老様には出来れば知られたくない。
 まだ激しく脈打っている鼓動を必死に抑えながら、あくまで平静を装って私はゆっくりと振り返った。

「……何か御用でしょうか?」
「ぼーっとしてたけど、なんか気になる物でもあった?」

 もしかして、気付かれている?
 その上で、敢えて気付かないフリをしてくださっているのだろうか?

「自分の欲しい物を取って来なよ。俺も適当に買い物してるから」
「え……はい」

 私の考えなど、太老様にはお見通しなのかもしれない。そんな風に考えさせられた。


   ◆


 場所は変わって、ここは生徒会が管理する資料室。
 資料室のはずなのだが、ティーポットや食器を始めとする生活感漂う物が所狭しと置かれていた。

「コノヱさんも、御茶でいいよね?」
「あ、はい。太老様、そうした事は私が……」
「気にしないで座っててよ。ここの事は、俺の方が慣れているしね」

 言葉通りの慣れた様子で、御茶の用意を始める太老様。いつも一人でやられているのだろうか?
 御主人様に御茶を淹れさせるというのは正直抵抗があったが、太老様の厚意を無碍にするのも躊躇われる。
 それに心の何処かに、太老様の淹れた御茶を飲んでみたいという気持ちもあった。

「いつも、お一人でされているのですか?」
「いや、たまにリチアさんとか、ラピスちゃんも手伝ってくれてるよ」

 太老様の仰る二人が、現教皇の孫リチア・ポ・チーナ様と、その従者の少女の事だと言うのは直ぐに分かった。
 とはいえ、太老様らしい答えだった。従者の少女だけならまだしも、普通はリチア様に手伝わせようとは考えない。
 話の流れからリチア様を特別扱いしている様子も、従者の少女と区別している様子も窺えなかった。

 学院でも、全く人への接し方が変わっていないご様子だ。
 公的な部分では立場を尊重する事はあっても、根本的な部分では誰が相手であろうと態度を変える事は無い。
 恐らくは自身を含めて、同じ学生と言う立場でラピスと言う少女にも態度を変える事無く、平等に接しておられるのだと私は理解した。

「マリエルのみたいに美味しくはないと思うけど」
「いえ、そんな! ……頂きます」

 やはり、太老様が相手だと調子が出ない。緊張を隠すように、太老様から頂いた御茶を口にした。

「美味しい……」
「よかった」

 不意に垣間見た太老様の笑顔に、ドキリと胸が脈打つ。
 味の事を仰っているのだと理解していても、ドキドキと脈打つ胸の高鳴りは収まる気配が無かった。

(でも、本当に美味しい……)

 それにしても、想像していた以上に美味しかった。
 私が淹れた物よりも美味しいかも……いや、ずっと香りが際立っていて美味しい。
 女としては少し複雑な気持ちだったが、太老様の淹れてくれた御茶を頂けたと言うだけで今は満足だった。
 侍従達が知れば、きっと羨ましがるに違いない。尤もこんな事、恥ずかしくてとても口には出来ないが……。

「コノヱさん、プリンが好きなの?」

 コンビニで買った弁当や御菓子を机の上に広げながら、そんな事を太老様が私に訊いてきた。
 弁当や酒のつまみのような物は太老様が、プリンなどのデザートは私が選んだ物だった。

「え? あ、はい。侍従達がよく食べているのを見て……変でしょうか?」
「確かに少し意外だったけど……可愛いと思うよ」
「か、可愛い!?」

 男の人から『可愛い』なんて言われたのは、生まれて初めての事だった。
 同僚や後輩から『格好いい』や『凛々しい』などと言われた事はこれまでにもあったが、一度として『可愛い』などと言われた事はなかった。

「私が可愛い……可愛い……」
「コノヱさん? どうかした?」
「い、いえ! 何もっ!」
「何でもないならいいんだけど……」

 ――私は可愛いのだろうか?
 そんな事は、これまでに一度として言われた事がなかったので戸惑った。
 確かに……甘い物や可愛い物は好きだが、だからと言って私が可愛いかどうかは別の話だ。
 お世辞にも可愛い性格をしているとは言えない私が『可愛い』などと、考えた事もなかった。


   ◆


「私は可愛いのだろうか?」
『…………え?』

 屋敷に戻った私は、侍従達に昼間のことを思いきって尋ねてみた。
 太老様は『可愛い』と仰ってくださったが、どうも私には『可愛い』という言葉の意味が理解できない。
 太老様は私のどんなところを可愛いと仰ってくれたのか?
 尋ねたくても、そんな恥ずかしい事を本人から直接聞けるはずもなかった。だから侍従達に尋ねてみたのだが――

「あの……隊長。話の意図が全く掴めないのですが……」
「……太老様が仰ったのだ。その……私は可愛いらしい」
『…………』

 何故か、場に微妙な空気が流れる。何とも言えない沈黙が続いた。
 やはり、変な質問だったのだろうか?
 だが、次の瞬間――

『――隊長に春がきた!』

 と、声を揃えて騒ぎ始める侍従達。

「衣装室から、服を持ってきて! そう、隊長に似合いそうな服を全部よ!」
「なっ! お前達、何を!?」
「お任せください! 私達がコノヱ様に似合う可愛らしい衣装をバッチリご用意しますから!」
「はあ!? ちょっと待て! お前達、何を勘違い――」

 相談する相手を間違えた。その事に気付いた時には、何もかもが遅かった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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