『大丈夫です! これで太老様も瞬殺です!』
御主人様を瞬殺する侍従など聞いた事がない。このノリの良さは、さすがは太老の侍従と言ったところか?
なんだかんだで侍従達に無理矢理着せられた服を身に纏い、コノヱは月明かりの下、中央広場で太老が来るのを待っていた。
コノヱが着ている服は、肩が露出した白のワンピース。膝下まで伸びる艶やかな黒髪が、白いワンピースでより際立っていた。
可愛らしいと言うよりは、清楚でさわやかなイメージだ。普段のコノヱのイメージからは、どちらにしても程遠い格好だった。
「やはり、動きが取り難いな。機能的ではないし……」
いつも履いている特注の軍用ブーツではなく、踵の高いミュールはコノヱにとって非常に動きの取り難い靴だった。
しかも、こんなにひらひらとした服では刀を満足に振るう事も出来ない、と愚痴を漏らす。ワンピースで刀を振るう――その発想自体が既におかしいと言う事にコノヱは気付いていなかった。
そうでなければ、この期に及んで愛刀を持ってくるなどという発想には行き着かないはずだ。
明らかに不釣り合いなのは刀であって服装自体はよく似合っているのだが、やはり自分にはこのような服は似合わないのではないだろうか、とコノヱは考えていた。
「ダメだ。こんな姿を太老様にお見せする訳には……」
自分を納得させ、寮に帰ろうとした――その時だった。
振り返ったところで、ようやくやってきた太老と正面から顔を合わせる。
「ごめん、コノヱさん。遅くなって……って、あれ?」
「た、太老様!?」
月の光が、まるでスポットライトのように二人の姿を照らし出す。
コノヱの服装がいつもと違う事に気付いた太老が、少し驚いた様子で『あっ』と声を上げた。
「いつもと雰囲気が違うね。服の所為か」
「これは、その……侍従達が無理矢理……」
「うん。よく似合ってる」
「…………え?」
あっさりと正直な感想を漏らす太老。
実際、それ以外に言葉が見当たらないほど、白のワンピースはコノヱによく似合っていた。
「可愛いと思うよ。コノヱさん、スタイルもいいし美人なんだから、普段からもっとお洒落すればいいのに」
「え……え、ええ!?」
相変わらず、太老の自覚の無さは神懸かっていた。唐変木極まれり、とはこの事だ。
素直に感想を漏らしているだけなのだろうが、第三者から見れば口説いているようにしか見えない。
事実、こうした事に免疫のないコノヱには効果絶大だった。
太老に『可愛い』と言われ、コノヱの思考回路はショート寸前の危機に達していた。
「その……本当に似合っていますか?」
「うん」
可愛い、似合っている、そんな言葉を頭の中で反芻するコノヱ。
最初は嫌がっていた洋服も現金な物で、太老に褒められると悪くないと思えるのだから不思議だった。
「それじゃあ、夜の巡回に行こうか」
「え?」
思い掛けぬ太老の一言。デートという言葉に過剰に反応するコノヱだった。
異世界の伝道師 第231話『月夜のデートと変態少女』
作者 193
「逢い引きのフリをして巡回警備だなんて上手く考えたね。確かにこれなら怪しまれないか」
と太老は言うが、コノヱの服装はともかく手に持った刀は明らかに浮いていた。
「なるほど、そう言う事ですか……」
「ん? コノヱさんが考えたんだよね?」
「えっと……はい。まあ……」
さすがにコノヱも、侍従達の仕業だとは言えなかった。
それに、太老に可愛いと言われた事が気になって侍従達に相談した結果こうなった、などと本当のことが言えるはずもない。
(覚えていろ……。明日から訓練メニューを三割増しだ)
半分は八つ当たりのようなものだと自覚していた。
しかし、こうして太老と一緒に警備の巡回が出来る事を嬉しく思う反面、侍従達に遊ばれているかと思うと面白くなかった。
悪気はないのかもしれないが、悪気が無いからと言ってなんでも許されるかといえば、そうではない。
乙女の純情を弄んだ罪は重い。普段の態度や性格は別として、コノヱも好きな男性の前では一人の女の子だった。
(好き? 私は太老様の事が好きなのだろうか?)
ふと、自分の気持ちを考えさせられるコノヱ。
可愛いと言われ、こうして一緒にデートをして心を弾ませている姿は、絵に描いたような恋する乙女そのままではないか?
そんなことを考えると動悸が激しくなり、身体が熱を持ち、頬が紅く染まっていくのを感じる。
(夜でよかった……)
これが昼間だったなら、太老に気付かれていたかもしれない。
そう考えると、夜で本当によかったとコノヱは思った。
「コノヱさん」
「はい! な、なんでしょうか?」
「いや、さっきからずっと黙って恐い顔してるから……。大丈夫? 体調が優れないんじゃ?」
「だ、大丈夫です! さあ、先を急ぎましょう! あ、朝になってしまいますよ!」
警備の巡回だからと言って、何も聖地を全て回る訳ではない。
聖地には学院が雇っている警備も居る。メイド隊の仕事は、商会の関連施設や独立寮が建ち並ぶエリアと巡回コースが決まっていた。
ぐるりと大回りしたとしても、一周に掛かる時間は一時間そこそこと言ったところだ。
それが分からないコノヱではないが、今は他のことで頭の中が一杯でかなりテンパっていた。
「あっ!」
太老に緊張を悟られまいと先を急いだ事が災いした。
慣れないヒールの靴で、フラリとコノヱが姿勢を崩す。だが、次の瞬間――
体勢を立て直すよりも早く、太老がコノヱの身体を支えていた。
「大丈夫?」
「あ、はい……。ありがとうございます」
顔を真っ赤にして、しおらしく太老に礼を言うコノヱ。二人の間にだけ、桃色の空気が漂う。
恋人のフリ……と言うには無理があるくらい初々しい態度を見せるコノヱ。
青い月の光が二人を祝福するかのように照らしだし、まるで物語のワンシーンのような光景を見せていた。
「それ以上はダメですぅぅぅっ!」
――は?
と次の瞬間、太老とコノヱ、二人の声が重なった。
【Side:コノヱ】
「何者だ! 答えなければ斬る!」
「うわっ! ちょ、ちょっと待ってください! もう、斬ってるじゃないですか!」
学院の中を森に向かって逃げる不審者。身のこなしはなかなかのものだ。
私の初撃をかわし、遮蔽物を利用して追撃から上手く逃れていた。
「斬撃がなんで飛ぶんですか!?」
「はあああっ! はあっ!」
「ひぃっ!」
北斎様より譲り受けた刀。この刀の柄には、皇家の樹『祭』の枝と樹液が使われていた。
水穂さんに教わった事を思い出しながら、柄から流れてくる力を制御し、刀身にフィールドを展開する。
その力を解き放てば大木をも切り裂く、鋭い斬撃を飛ばす事が可能となる訳だ。
(やはり、この程度か……)
地面に出来た直径三メートルほどの小さな裂け目を見て、自分の未熟さを痛感する。
全力で放ってこの程度の威力では、無意識に攻守に優れたフィールドを展開している太老様には遠く及ばない。
水穂さんのように聖機人を斬り伏せたり、ミツキさんのように聖機人を蹴り飛ばすような真似は私には無理だった。
「貴様、何者だ。あの方を、正木太老様と知っての狼藉か」
遂に森の奥、高台へと続く一本道に不審者を追い詰めた。
この先は喫水外。しかも後は崖、もはや逃げ場などない。刀の切っ先を不審者へと向け、殺気を籠めて睨み付けた。
「わ、私は決して怪しい者じゃ……」
「……十分怪しいだろう。その格好はなんだ?」
自分で怪しく無いと言いつつも、その格好は怪しく無いなどと、とても信じられるものではなかった。
仮面で顔を隠した黒装束が、こんな夜更けに外を徘徊していたと言うだけで十分に怪しい。状況証拠は十分だ。
何の思惑があって太老様に近付いたかは知らないが、このような怪しい人物を見逃せるはずもなかった。
「随分と派手にやったな……。後で直しておかないと、またマリエルに怒られそうだ」
「太老様!? お下がりください!」
油断していた。不審者を追い掛けるのに夢中になって、太老様が後から追い掛けてきていた事に気付かないとは……まだまだ未熟だ。
このような輩に太老様がやられるとは思えないが、護衛機師として不審者を太老様に近付ける訳にはいかなかった。
「コノヱさん、大丈夫だよ。その子、学院の生徒みたいだから」
「太老様? 何を……」
知っているのか、と訊こうとしたところで、スッと懐から一冊の手帳を取り出す太老様。
それは、聖地学院の生徒に配られている学生手帳だった。
「それは私の――! ま、まさか、中を見て」
「うん。ここに来る途中で拾ったんだけど、持ち主を確認しようと思って中を覗いたら――」
「か、返してください!」
「動くな! 誰が動いていいと言った!」
「ひっ!」
この不審者が学院の女生徒だと言うのは分かったが、それでも嫌疑が晴れた訳では無い。
先日の男子生徒のような件もある。幾ら太老様の命令でも、警戒を解くことは出来なかった。
「ああ、大丈夫だよ。その子の目的は俺じゃなく……」
「え?」
「コノヱさんだから」
そう言いながら、来る途中で拾ったという不審者の生徒手帳を私に手渡す太老様。
恐る恐る手帳を開いてみると、パアッという光と共に立体映像が浮かびあがった。
生徒手帳の裏側に、映像を保存して持ち歩けるカード型のメモリークリスタルが仕込まれていたのだ。
だが問題はそのカードの方ではなく、中身の映像の方にあった。
「……なっ!」
いつの間に撮られたのか?
私の仕事からプライベートの姿まで、様々な映像がそこには収められていた。
しかも良く見ると、今から数年前――私がまだ学生だった頃の映像まであった。
「なんだ。これは……」
沸々と怒りが込み上げてくる。
一体、これはなんなのか? 盗撮? 入手経路は?
幾ら考えても、納得のいく答えは出て来ない。気付けば、刀の柄を握る手にギュッと力を込めていた。
「えっと……私はこの辺りで……」
「待て。貴様には訊きたい事がある」
「で、ですよね。あははは……」
分からないなら、持ち主に訊くまでのこと――
渾身の力を込めて、怒りのままに刀を振り下ろす。静寂な森に、不審者の悲鳴と轟音が鳴り響いた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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