【Side:コノヱ】
翌日――学院から昨晩の騒ぎの説明を求められ、太老様と一緒に学院長のところに謝罪に向かった。
怒りにまかせて被害を拡大させ、騒ぎを大きくしてしまったのは私の失態だ。
学院側には勿論のこと、太老様にも本当に申し訳無いことをしてしまったと深く反省していた。
「昨日は申し訳ありませんでした。あのような醜態をさらしてしまい……」
「ああ、気にしなくていいよ。コノヱさんも被害者だしね」
学院長に謝罪を済ませた帰り道、太老様の『被害者』という言葉が胸に突き刺さった。
結果的に被害者と言えなくもないが、結局は自分で撒いた種だ。
正直、昨晩の事は思い出したくない……最悪の汚点だった。
「コノヱしゃまぁぁぁぁっ!」
「また、貴様か!」
噂をすればなんとやら、また性懲りもなく私の前に姿を現す昨日の不審者。次の瞬間、
――ガンッ!
と鈍い音が鳴った。
咄嗟に私は腰に下げた剣の鞘で、飛び掛かってきた不審者……もとい女生徒を叩き落としていた。
「ひ、酷いです……」
「貴様が飛び掛かってくるからだ。全く懲りていないようだな」
「隠し撮りはやめました! ですから、こうして堂々とコノヱ様にアタックを!」
余計に質が悪くなった気がするのは私の気の所為だろうか?
少し興奮した様子で涙目で迫ってくる女生徒に、私は昨晩の事もあって正直呆れ返っていた。
「えっと、ヤシマ・サナエさんだっけ?」
「サナエが名字で、名前がヤシマだ! 私のコノヱ様を誑かしたお前なんかに、名前で呼ばれる筋合いはない!」
「貴様! 太老様になんて事を!」
「ちょっ、コノヱさん! ここじゃまずいって! 俺は気にしてないから抑えて!」
私のコノヱ様という言葉もそうだが、太老様への無礼が一番許せなかった。
しかし太老様の言うように、ここで騒ぎを起こせば昨日と同じ事の繰り返しだ。また太老様に迷惑を掛ける訳にもいかず、私はグッと堪え刀を鞘に収めた。
昨日は変装していた所為で気付かなかったが、私が聖地学院に在籍していた頃、しつこく付き纏っていた後輩が居た事を思い出した。
認めたくはないが、この学院には私の地下組織が存在する。サナエ・ヤシマは、その非公式ファンクラブの首謀者だ。
後で調べて分かった事だが、これでも上級クラスの生徒。太老様と同じクラスの生徒だった。
「よかったら、うちで働かない? そしたら、コノヱさんと一緒にいられるけど」
「やります! 是非、やらせてください! ご主人様!」
「ちょっ! 太老様!? 彼女は昨日の騒ぎの元凶なのですよ!? こんな危険人物を――」
何という変わり身の速さ。先程まで太老様の事を『お前』呼ばわりしていた癖に、一変して『御主人様』と呼び始めるヤシマ。
太老様も太老様だ。一体、何を考えておられるのか?
こんな危険人物を雇い入れるなんて、正気の沙汰とは思えない。
「危険人物なら、目の届くところに置いといた方がいいと思わない?」
「うっ……。それは……」
「昨晩の騒ぎの修繕費も働いて返してもらわないとね。俺とコノヱさん、それに彼女で割っても結構な額だし……」
「ぐっ……」
それを言われると、私としても反論がし難かった。
変態の所為とはいえ、昨晩の被害は私にも責任の一端があったからだ。
寧ろ、被害を大きくしたのは私の所為と言える。人手不足のところに加えて、更なる修繕作業。侍従達にも申し訳無い事をしたと深く反省していた。
「それに彼女の能力はバカに出来ないと思うんだよ。実際、昨日まで隠し撮りされていた事に気付かなかったんでしょ?」
「確かに……」
言われてみれば、確かにヤシマの能力はバカには出来ないものがあった。
私に気配を悟らせなかった事も確かだが、こちらの攻撃を紙一重のところで回避し、あそこまで逃げ切った運動能力といい、確かに侮れるものではなかった。
「わかりました。太老様がそこまで仰るのあれば……ですが! 彼女には冥土の試練を受けてもらいます」
「……まあ、いいんじゃないかな?」
「めいどの試練、ってなんですか?」
太老様がお決めになった事なら仕方が無い。今回の件は私にも非がある。それは甘んじて受けよう。
しかし! 正木卿メイド隊がそれほど甘くはないと言う事を、ヤシマには自覚してもらう必要がある。
これは決して私怨などではない。彼女を思っての行動だった。
【Side out】
異世界の伝道師 第232話『変態少女の才能』
作者 193
「お聞きになりました? 断末魔の噂……」
「ええ、悲鳴が聞こえたのは校舎裏の森らしいですわ」
「学院に住む怨霊の仕業と言う話ですが……恐いですわね」
校舎裏の森で女性の断末魔にも似た悲鳴が聞こえた――と言う噂は瞬く間に学院内に広まった。
元凶が何かは、はっきりとしていた。下級生の校舎裏と言えば、冥土の試練が設置されている森だ。
先日はシンシアとセレスに手を出したバカな男子生徒が罠に掛かり、昨晩は一人の変態少女が犠牲となった。
一度だけでなく二度も同じような事件が起これば、生徒達の間で噂になって当然。しかも、ここ聖地は大崩壊時代以前の遺跡の上に発展した学院とあって、怪談の類には事欠かない下地があった。
後に、学院七不思議の一つにあげられる『校舎裏の断末魔』がそれだった。
「はあ……」
そんな中、中央広場のベンチに腰掛け、先程から何度も深いため息を漏らしている黒髪の女性がいた。
この騒ぎの元凶……と言っては可哀想かもしれないが、この件の中心人物――剣コノヱだ。
立て続けに失敗を重ね、今朝はサナエ・ヤシマの件でマリエルから注意を受けたばかり。彼女の悩みは、全てヤシマに繋がっていた。
しかも、その問題児が今は自分の部下なのだから、コノヱがベンチで黄昏れるのも無理はない。
能力的には情報部向きと言えるが、商会の機密に直結する仕事を学院の生徒であり部外者のヤシマに任せる訳にはいかない。
学院の生徒の間はアルバイトと同じ扱い、侍従見習いと言う事で、ヤシマの能力を考慮して教育係にコノヱが抜擢されるのは自然な流れだった。
まあ、こうなった一番の原因は、『コノヱ様の部下でないなら嫌です!』と本人がごねたからなのだが……それはここだけの話だ。
「こんなところで日向ぼっこですか?」
「ミツキさん!? いや、これは……」
「聞きましたよ。随分と派手にやったみたいですね」
「うっ……」
ミツキの言っているのがヤシマの件だと瞬時に理解し、もう説明するのに疲れたと言った様子でコノヱはまた一つため息を漏らした。
学院長にマリエル。それにラシャラやマリアからも……顔を合わせた知り合いの殆どに事件のことを尋ねられていたからだ。
自業自得とは言え、コノヱが嫌になるのも無理はない。そんな彼女の態度を見て察したのか、ミツキは空気を読んで『ごめんなさい』と自分から先程の質問を引っ込めた。
「少し配慮が足りなかったみたいですね。本当にごめんなさい」
「いえ、自分で撒いた種ですし……」
「んー。それじゃあ、お詫びに昼食を一緒にどうですか?」
「え、はい……」
◆
「ミツキさん! 何故、太老様がここに居られるのですか!?」
「今日は大食堂で食事を取ると仰っていたので、太老様に席の確保をお願いしたんです」
「さらりと御主人様に席取りなんてさせないでください!」
ここは学院の大食堂。お昼と言う事もあって、職員や生徒の姿も大勢見受けられる。
そんな混み合う食堂の一角に、先に席取りをして待っていた太老が、コノヱとミツキの姿を見つけて手を振っていた。
「コノヱさんも一緒だったんだ」
「はい。来る途中で一緒になったので昼食にお誘いしたのですが、同席させて頂いてもよろしいですか?」
「勿論。こっちもテーブルを一つ確保できたしね」
昼の混み合う時間にテーブルが丸々一つ空いていたのが、偶然であるはずもない。毎日のように食堂に通っている内に、自然と客達の間で暗黙のルールが出来、そこが太老専用の特等席になっていただけだった。
事実、それを裏付けるように、食堂の客達もチラホラと太老の方を窺い、落ち着きのない様子が見て取れた。
それもそのはず、この大食堂は本来は聖地で働く職員達のために作られた施設。大食堂でだされている商会の料理が気になって学院の生徒達も利用してはいるが、常連客の殆どは聖地で働く職員達だ。同じ生徒同士であっても明確な身分の差があるというのに、聖機師でも貴族でもない一般職員からしてみれば、ハヴォニワを代表する大貴族の太老は気軽に口を利く事すら許されない雲の上の存在だった。
マリアやラシャラが専用に設けられた歓談室で食事を取っているように、ちゃんと太老にも専用の部屋が用意されている。従者や下働きに料理を持ってこさせるのが普通で、大食堂まで足を運んで職員や他の生徒に混じって食事をする大貴族など普通はいない。太老が、かなり特殊なだけだった。
「太老様……それは?」
「え? 本日のおすすめ定食だけど? コノヱさんも早く自分のを取って来なよ」
「……はい。そうします」
――本日のおすすめ定食
日替わりで毎日違ったおかずが一品付き、御飯と味噌汁に漬け物の三点がセットになった食堂の定番メニューだ。
御飯と味噌汁がおかわり自由とあって、質よりも量を求める働き盛りの男性職員には好評なセットだった。
とはいえ、仮にも大商会の代表、ハヴォニワを代表する大貴族が注文するような代物ではない。
「コノヱさんは何にするか決まりました?」
「本日のおすすめ定食を……」
「おすすめ定食? 特別メニューの中から選んでもいいんですよ?」
「いえ、おすすめ定食をお願いします……」
大食堂のメニューは、聖地で働く職員や学院に通う生徒は、別料金の特別メニューを除いて全て無料となっている。
それは正木商会で働く職員や、皇族、大貴族の従者も例外ではない。勿論、ミツキやコノヱも食堂で食事をする分には全く金が必要ないのだが、先程のお詫びのつもりで特別メニューを御馳走するつもりでいたミツキは、遠慮をしているのとはまた少し違う……何かを決意したようなコノヱの態度に首を傾げた。
本日のおすすめ定食は、確かに味が良く栄養バランスの取れたメニューではあるが、同時に一番安いセットメニューでもある。無料であるが故に、数多くあるメニューの中から一番安いセットを注文する客は少なく、実際おすすめとは言っても一部の男性客に好評と言うだけで、生徒の大半が女生徒と言う事を配慮して職員も女性の方が圧倒的に数が多い聖地では、こうした男性向けメニューの注文は自然と少なくなる。ましてや女性でこの定食を注文をする客は、ボリュームの問題もあって殆どと言っていいほどいなかった。
「太老様、お待たせしました」
「お帰り。先に頂いてるよ」
トレーに料理を載せて戻って来たミツキが、先に食事を取っていた太老に挨拶をして席に着く。
こんがりと焼けた川魚の食欲をそそる匂いに気付き、ミツキのメニューを覗き込む太老。
本日のおすすめ定食の一品は肉料理だったので、魚好きの太老としてはミツキのメニューが気になって仕方が無い様子だった。
「ミツキさんは焼き魚定食か。俺もたまには別のにするべきだったかな?」
「太老様はいつもおすすめ定食を?」
「うん。まあ、習慣というか。これが一番しっくりと来るんだよ」
テーブルマナーに気を遣いながら上品に食事をする豪華な料理よりも、気軽に食べられる大衆食堂の食事の方が太老の好みにあっていた。
ハヴォニワに居た頃は市場に足を運び、そうした欲求を満たしていた太老だが、ここ聖地ではそれも出来ない。
そんな中、太老が安らぎを求めて行き着いたのが、この大食堂での昼食と言う訳だ。
聖地で働く職員用に設けられた大食堂が、上品な食事に馴染まない太老にとって数少ない息抜きの一つになっていた。
(以前、私に仰った言葉どおり、職員や生徒達と同じ環境に身を置くことで、ただの一生徒として振る舞おうと努力されているのですね)
(ハヴォニワは以前に比べて随分と良くなったとはいえ、他国では未だに貧困と飢えに苦しんでいる人々が大勢居る。太老様はそうした者達の事を考え、豪華な食事を控えておられるに違いない)
と勘違いしている人達もいるが、太老がそんな崇高な考えで行動しているはずもなく、
侍従達が弁当を作って学院まで届けてくれると言っている中、それを断ってまで食堂に通っている訳は、単に庶民感覚が全く抜けていないだけだった。
「太老様、一つお訊きしてもよろしいでしょうか?」
「ん? 俺に質問?」
「はい」
突然改まった様子で質問をするコノヱの態度に、訝しげなものを感じながらも『何?』と聞き返す太老。
「何故、ヤシマを雇い入れたのですか? 本当のところを教えて頂きたいのですが……」
「面白そうだから?」
「……太老様。本気で仰ってますか?」
「まあ、結構本気なんだけど……本当のところは、彼女の熱意に心を打たれたからかな」
かなり本音が混じっていた答えだったのだが、コノヱの視線が恐くて直ぐに言葉を言い改める太老。
熱意に心を打たれた――そう言った太老の言葉の意味をコノヱは考えた。
太老が直々にヤシマをスカウトしかたらには、危険人物だから懐に入れて監視をすると言う以外にも、何か理由があると考えたからだ。
(やはり、太老様はヤシマの将来に期待して……)
今では『ハヴォニワの三連星』と呼ばれ、世界に注目される聖機師に名を連ねている三人――
タツミ、ユキノ、ミナギの事がコノヱの頭を過ぎった。
あの三人に試練を与え、達人と呼ばれるエース級の聖機師に導いたのは何を隠そう太老だ。表向きにはそうなっているし、コノヱもその話を三人から直接聞かされて信じ切っていた。その事を自覚していないのは太老だけだ。
そうした話が聖機師達の間で噂となり、三人は『ハヴォニワの三連星』の名とは別に『黄金の使徒』とも呼ばれるようになった。
世界最強の聖機師に認められた者だけが送られる印。その印を持つ者は、聖機師にとって憧れの対象となっていた。
(これは私も、うかうかとしていられないな)
少しくらいの失敗で落ち込んでいる場合ではない、と気を引き締め治すコノヱだった。
◆
正木商会聖地学院支部には、各地の商会から届けられた物資の保管や、施設のコントロールや動力をはじめとするライフラインを確保する事を目的とした、関係者以外は立ち入る事の出来ない地下施設が存在する。
その一角で、太老の船『カリバーン』で使われている物と同じ、亜法を弾く特殊装甲板で作られた重厚な扉が異質な存在感を放っていた。
「俺のお宝コレクションに、新たな一品が加わった!」
両手を空に向かって広げ、嬉々とした表情で喜びを身体全体で表現する太老。
扉の向こうには商会の中でも特に機密性の高い、最重要機密事項にアクセス出来るだけの権限を持っていなければ立ち入る事の出来ない部屋があった。
聖地学院支部の中枢とも言うべき場所。異世界の技術を用いて作られた次世代型亜法演算器MEMOL。こことシトレイユの支部にしかない、その量産型試作機が部屋の中央に鎮座していた。
言ってみれば、MEMOLの子供と言える存在だ。性能はMEMOLに比べると落ちるが、それでもかなりの性能を秘めていた。
シンシアの黄金のタチコマを除けば、ここにある物が唯一、ハヴォニワにあるMEMOL本体に管理者クラスの権限でアクセスできる端末と言う事になる。太老はここの端末を使って所持している管理者権限を使い、ある目的のためにMEMOL本体にアクセスしていた。
ここまで来なくてもシンシアに頼めば済みそうな話ではあるが、これだけはシンシアにも頼む事が出来ない大きな理由があった。
「ちょっと行き過ぎなところはあるけど、あの熱意とスキルを考えると惜しい逸材でもあるしな」
コノヱとの会話で、太老が口にした『ヤシマの熱意』。それは、ヤシマが収集したというコノヱのお宝映像の事を指していた。
キャイアの時と同様、コレクションの一つにその映像を加え、以前に水穂がブラックボックス化していて解析が不可能だと言っていたデータ領域にこっそりとお宝映像を隠し、満足げな表情を浮かべる太老。そう、コノヱに生徒手帳を見せる前に、こっそりとデータのコピーを取っていたのだ。
ちゃっかりしていると言うか、やっている事は悪党そのものだった。
「サナエ・ヤシマか。これから、面白くなりそうだ」
ニヤリと、瀬戸や鷲羽の事を言えない……邪な笑みを浮かべる太老。
新しい玩具を手にした子供のように、これからの事を考えて胸を躍らせていた。
……TO BE CONTINUED
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