世界に名を馳せる大都市の一つ、それがここハヴォニワ王国の首都だ。
 正木商会の登場から一年余りで急成長を遂げ、今もその勢いは衰えないまま街は活気に満ち、日々拡張を続けていた。
 以前には見受けられなかったアスファルトで整備された道路や、鉄筋コンクリートのビルも数多く見受けられる。
 とはいえ、昔からある古い建物が全て無くなったと言う訳では無く、中世の街と近代都市が融合したかのような、不思議な光景がそこには広がっていた。

「ここがハヴォニワの王都……」

 車の中から覗き見た街の様子に驚き、感嘆の声を上げるハヅキ。
 こんなに大勢の人が居ることも、道路を挟んで建ち並んでいる大きなビルの数々も、小さな国の片田舎から出て来たハヅキからして見れば、どれも信じられないような光景ばかりだった。
 街頭テレビが流れると、子供のように目を輝かせて興奮するハヅキ。田舎から出て来たお上りさんそのままだった。
 向かいの席に座っている案内人の侍従も、そんなハヅキを微笑ましげに眺めていた。

「うっ……すみません。初めて見る物ばかりで」
「大丈夫ですよ。ここに来た方々は皆さん、最初は同じような反応をされますから」
「そうなんですか?」
「昔からここに住んでいる私ですら、今の街の変わりようには正直驚いているくらいです」

 こんなに大きな街に来るのは初めての事だったので、ハヅキは他の国の都市との違いが今一つよく分からなかった。

「あの、あれは?」
「あれはハヴォニワの英雄、正木太老様の彫像です。遂、先日完成したところなんですよ」

 そんな中、官庁街に続く広場の中央に鎮座している黄金の彫像を指さすハヅキ。
 それは腕を組んでマントをなびかせて立つ、太老の彫像だった。

 ――完成前に聖地に行かれてしまったので、ご本人にお見せすることが出来なかったのが唯一の心残りです

 と残念そうに話す侍従。
 そんな侍従の話を聞きながら、『あれが太老様』とハヅキは彫像を見て感心した様子で頷いていた。
 しかし実際のところは、こんな彫像がいつの間にか広場に建てられていた事を太老が知れば、羞恥心から頭を抱えて何度も床を転がりながら身悶える可能性が高い。彫像を建てられた本人からしてみれば、ありがた迷惑という奴だった。

「本当は彫像を建てる予定はなかったのですが……」
「そうなんですか?」
「はい。一度、太老様にお伺いしたところ、必要ないと仰ったので」
「必要がない? でも、太老様って凄く偉い方なんですよね?」
「それはもう。国民の多くが太老様に感謝をしています。今のハヴォニワがあるのは太老様のお陰ですから。それは女王様も認めておいでです」
「それなら、どうして?」

 ハヅキの頭の中の貴族といえば、自尊心が高く見栄っ張りと言ったイメージが強かった。
 事実、そうした貴族は多い。今のハヴォニワの貴族はそれほどではないと言っても、太老の功績を考えれば全く別の話だ。
 国民に慕われ、女王に認められ、英雄とまで呼ばれるほどの人物なら、広場に彫像の一つくらいあっても全く不思議ではない。
 寧ろ、貴族にとっては栄誉な事と喜ぶべきところを、『彫像など必要ない』と太老が何故言ったのか、ハヅキには理解できなかった。

「口にはされませんでしたが、国の事、民の事を思っての事だと思います」
「……民のため?」
「太老様は、私的な事に大金を遣われるような御方ではありません。子供達の笑顔がみたいと仰って、少しでも大勢の人達を救うために努力をされている。彫像を作るような無駄な金があるなら、その分を弱いお年寄りや子供達のために、この国の未来のために遣えと仰るような御方です」
「子供達のため、未来のために……」

 侍従の話を聞いて、ハヅキはハヴォニワの英雄の凄さ、その器の大きさに感心した。
 自分の勝手な思い込みで、他の貴族と太老を一緒に考えていた事を恥ずかしく思い、申し訳無い気持ちで一杯になる。
 セレスの件や、両親に対する配慮、既にハヅキには一生返しても返しきれない恩が太老にあった。
 少し考えれば分かる事だった。それほどの恩を売っておきながら、契約書の内容は特に見返りを求めたものではなかったからだ。
 まだ、心の底から太老を信じ切れず、心の何処かに疑いを持っていたのだとハヅキは考えた。

 ――何の見返りもなく赤の他人のために、そこまでしてくれる人が本当にいるのか?

 と。ハヅキがそんな風に考えるのも無理はない。
 聖機師としての血が欲しいだけだ、とセレスの両親から浴びせかけられた謂われのない罵声。
 更には、影で囁かれていた村での噂。自分の所為で、両親までもが村の中で孤立していた事をハヅキは知っていた。
 しかし結局はその両親すら、あわよくばセレスと一緒になってくれれば、と考えていたのは事実だ。あの村と家には、文字通りハヅキの居場所はなかった。

 誰を、何を信じていいか分からない状況。セレスを信じて待ち続けたい気持ちと、どうしようもない不安と悲しみがハヅキの心を蝕んでいた。
 商会からの誘いを受けたのも、自分が居なくなれば両親への風当たりも少しはマシになるのではないかと考えたからだ。
 しかしその結果は、ハヅキの想像していたものと大きく違っていた。

「広場の彫像は太老様への感謝の気持ちをカタチで示したいと言って、商会と取引のある商人やハヴォニワの国民達が少しずつお金を出しあって建てた物なんですよ」

 この街の姿を見せられては、ハヅキも侍従の話を信じない訳にはいかなかった。
 太老がどれだけ国民に慕われているのかを知り、それほどの人物に、これから侍従として仕える事になるのだと改めて自覚する。
 期待と不安。本当に自分はここでやれるのだろうかと言う心配。
 だけど同じくらい、ここでならもう一度最初からやり直せるのかもしれない、という希望もあった。

(……セレス。私、ここでもう一度はじめてみようと思う)

 聖地学院で同じように頑張っているセレスの事を想いながら、ハヅキは新しい生活への決意を新たにした。





異世界の伝道師 第233話『二人の約束』
作者 193






 その頃、聖地学院では――

「セレスくん、大丈夫? 少し持とうか?」
「い、いや……寧ろ、剣士くんの方が僕なんかより大変なのに、このくらいで弱音を吐いていられないよ」

 他の作業員の何倍もの資材を持ちながら、まだ『少し持とうか?』とセレスを気遣う余裕すら見せる剣士。
 少年の体格には似合わない馬鹿力も然る事ならが、その体力は底が知れなかった。
 コンビニの仕事に施設の修繕作業、更には食堂の手伝いまでやっているという剣士のバイタリティには、ただ驚くしかない。
 しかも最近では、学院からも指名で協力要請……もとい剣士の貸し出し要請が来るとかで、充実した忙しい毎日を送っていた。
 そんな剣士の力になりたいと、修繕作業の手伝いを申し出たセレスだったが、やはり剣士のようにはいかなかった。

「はあはあ……」
「お疲れ様。はい、水を貰ってきたよ」
「あ、ありがとう……。凄いね。剣士くんは……」
「そうかな? まあ、慣れてるからね」

 水筒を受け取りながら『慣れている』の一言で済ませてしまう剣士を見て、セレスは『本当に敵わないや』と笑みを浮かべた。
 劣等感は無かった。剣士や太老と自分を比べても仕方の無い事は理解しているし、直ぐに追いつけるほど甘く無い事はセレスも自覚していた。
 目標に向かって一歩ずつ着実に歩んでいこう、そう考えてはじめたアルバイト。
 直ぐに結果が出るとは考えておらず、今は太老から受けた恩を少しでも返す努力をしようと精一杯だったからだ。

「そう言えば、セレスくん。あれから、幼馴染みの彼女とはどうなったの?」
「ハヅキになら、手紙を書いたよ」
「手紙?」
「ハヅキは暫くハヴォニワの屋敷で研修だって聞いたから、マリエルさんに頼んで手紙をだして貰ったんだ」

 あの事件の後、セレスは聖地での事や剣士という友達が出来た事など、ハヅキに伝えたい事を手紙に綴り、マリエルに預けていた。

「でも、通信機って方法もあったんじゃ? どうして態々手紙を?」

 少し高価な設備ではあるが、遠距離型の亜法通信機を使えば、聖地とハヴォニワで連絡を取り合う事も可能だ。
 教師に事情を話せば学院の設備を使わせてもらえるかもしれないし、それがダメでも商会支部やマリアの寮にだって、そのくらいの設備はある。
 セレスがハヅキの事を凄く気に掛けていたのを知っている剣士からすれば、少しでも早く無事な顔を見たい、声を聞きたいのではないかと考えて不思議に思った。

「今、ハヅキの顔を見たら決心が鈍りそうだから……」
「決心?」
「剣士くんの優しさや、太老さんの厚意に甘えてばかりじゃダメなんだ。今のままじゃ、僕は胸を張ってハヅキに会う事が出来ない」
「俺はそんなこと気にしてないよ? それに太老兄だって、きっと……」
「うん……剣士くんなら、そう言ってくれるって分かってた。きっと、太老さんも同じように言ってくれると思う」

 太老に相談をすれば、確かにセレスとハヅキは一緒に居られるだろう。
 少し強引な手ではあるが、太老やマリアの口利きがあれば、ハヅキとの仲を国に認めさせる事も難しい話ではない。
 でも、それだけじゃダメなんだ、とセレスは話す。

「ただの自己満足だって分かってる。でも、村を出る時にハヅキと約束したんだ。『いつか迎えに行く』って……。なのに僕は、勝手に諦めて、ここでの生活に絶望して……」
「セレスくん……」
「今の僕は、まだ自分の足で歩き出せてさえいない。それなのに『ハヅキを護る』なんて言えないしね。ハヅキだって頑張ってるんだ。僕一人が弱音を吐いてはいられないよ」

 目標に向かって頑張ると決意した矢先、あんな事件があって、一番悔しい想いをしたのはセレスだったのかもしれない。
 セレスの自分を変えたいという強い想いが、剣士にも伝わってきた。

「それに手紙でだって、やり取りは出来る。今までと比べたら、ずっと前進だよ」

 ゆっくりではあるが一歩ずつ着実に、幼馴染みとの約束を守るために努力を続けるセレス。
 そんな真っ直ぐなセレスの想いを受け止め、剣士は友達としてセレスを応援したいと思った。

「返事が来るといいね」
「うん」

 セレスとハヅキ。そこには遠く離れていても、確かに感じられる強い絆があった。
 ちょっぴり恐くて騒がしい家族の事を思い出しながら、ほんの少しそんなセレスが羨ましく思える剣士だった。


   ◆


「ここが太老様のお屋敷……」
「正確には別宅ですね。領地にある本邸は、ここの何倍もの広さがありますよ」
「そ、そんなに広いんですか!?」
「フフッ、このくらいで驚いていたら、ここではやっていけませんよ」

 ハヴォニワにある太老の屋敷に到着したハヅキは、外から見た屋敷の大きさに驚かされた。
 本邸はこの何倍もの広さがあり、これでもまだ小さいと言われると、もう言葉も出ない。

「うわ……」

 ハヅキの口から、感嘆の声が漏れる。
 重厚な扉を抜け屋敷に入ると、最初に見えてきたのは大きなエントランスホールだった。
 覚悟していた事とは言え、想像していた以上のスケールの大きさに驚いてばかりのハヅキ。

「お荷物は、これだけでよろしかったですか?」
「あ、それは私が……」
「私達の仕事ですから、ご遠慮なく。先にお部屋の方に荷物を運び入れますね」
「あ、はい。よろしくお願いします」

 いつの間にか集まって来た侍従達が、玄関に置かれたハヅキの荷物を慣れた様子で屋敷に運び入れていく。
 とは言っても旅行鞄が二つだけと、これからここで生活をする事を考えると、引っ越しの荷物にしてはかなり少なく思えた。
 しかし裕福な家庭では無かったというのもあるが、普通の一般家庭なら何着も替えの服を持っていると言ったことは余り無い。
 今ハヅキが着ている服も、よく見れば所々修繕の跡が見受けられる。その事を考えると、寧ろ鞄二つでも多い方だった。

「ハヅキさんは、私の後についてきてください。部屋には後で案内させますので」
「はい!」

 侍従達に荷物を任せて、案内人の後をぎこちない動きでついていくハヅキ。何もかもが未知の体験の連続だった。
 床一面に敷き詰められた真っ赤な絨毯。さり気なく置かれた調度品も、一体幾らするものなのか想像も付かない。
 ハヅキが知っている日常とは、全くの別世界がここには広がっていた。

「どうぞ」

 二階奥の執務室。重厚な扉を案内人が二回ノックすると、扉の向こうから女性の声が聞こえてきた。
 部屋の中に通され、他とは明らかに違う雰囲気から、屋敷の責任者のところに連れて来られたのだとハヅキも気付く。

「ハヅキ様をお連れしました」
「ご苦労様。あなたは、もう下がっていいわ」
「はい。それでは失礼します」

 去り際に小さな声で『頑張ってね』と言った案内人の言葉が、ハヅキの耳に印象深く残った。
 何をどう頑張ればいいのか、ハヅキには分からない。これから面接でもあるのだろうか?
 そもそも緊張のしすぎで、正常な思考すら出来なくなっていた。

「あなたが、ハヅキさんね」
「は、はい!」

 カチコチに固まって大きな声で答えるハヅキに、さすがの水穂も少し驚いた様子で目を丸くする。
 しかしハヴォニワの街並みを見せられ、続けてこの屋敷に通されれば、ハヅキの反応も分からないではない。
 田舎から出て来たという報告を受けていた水穂は、それも仕方がないかと直ぐに思考を切り替えた。

「もっと楽にしていいわよ……と言っても無理よね」
「す、すみません」

 心の底から申し訳なさそうに何度も何度も繰り返し、水穂に頭を下げるハヅキ。
 そんなハヅキを見て、水穂は『それなら』と――

「場所を変えましょうか」
「え?」

 にこやかな表情で、そう言った。





 ……TO BE CONTINUED



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