生徒達を代表する聖地学院の最高機関――生徒会。
 そこに所属する生徒会員は、生徒達の代表であると同時に属する国家の代表者でもある。
 あらゆる国家機関の干渉を受けないとされている聖地ではあるが、様々な国から聖機師候補や王侯貴族・大貴族が通う以上、全く干渉がないと言う訳ではない。そのため生徒会は国と聖地を繋ぐ窓口としての機能を有し、外交の受け皿として機能している側面もあった。
 
 そんななか、生徒会員は出身国に応じた実行委員をそれぞれ有している。
 当然のことではあるが、マリアやラシャラの下にもハヴォニワやシトレイユ出身の生徒達が実行委員として付き従っていた。
 生徒会員を国会議員と例えるなら、差し当たり彼女達は地方議員と言ったところだ。
 国や派閥ごとにグループに分かれ、人員や名簿の管理だけでなく、学院やプライベートの催し物、トラブルなどを引き受け解決する。出身国の違う生徒同士、余計な問題を引き起こさぬように監視し、まとめる役目を彼女達は担っていた。

「イエリスです。太老様、どうぞよろしくお願いします」

 少し癖のある金髪。前髪を七三に分け、青いリボンで両端の髪を結っている。
 物怖じしないハキハキとした物言いといい、少し活発な明るい印象を受ける少女。
 名はイエリス。彼女もその実行委員のひとり。もっとも、何処かの国に属ず実行委員と言うよりは生徒会預かり、リチアを頂点とする派閥(グループ)の代表者で、本来はラピスと同じくリチアの下で仕事の補佐をするのが彼女達の役目だった。

 太老はハヴォニワの貴族。彼の下で働くのはハヴォニワ出身の実行委員が適当と言えるが、彼はただの生徒会役員ではない。生徒会長の次に大きな役割と権限を持つ生徒会のナンバー2。副生徒会長だ。
 仕事の内容によっては学院の機密に触れることもある。生徒会や学院の関係者でなければ入れない場所もある以上、誰でも仕事の補佐が務まると言う訳ではない。それに教会としても太老の監視を強めたいと思惑があり、イエリス達が生徒会の補佐として太老の下につくことは、それなりの意味があった。

 太老の補佐がイエリス達に決まったのは、リチアが手を回したからだ。
 教会上層部の言いなりに実行委員を決めれば、太老に悪意を持つ人物が下に付く可能性があり、それは太老を副生徒会長に任命したリチアも望むところではなかった。
 だからと言ってリチアにも立場がある。教会の思惑を全て無視して太老の都合を優先すると言う訳にもいかず、上層部の考えに配慮しつつ太老の下につけても問題のない人物というと、リチアが動かせる人材は限られていた。
 その結果選ばれたのが、イエリスと言う訳だ。

「こちらこそ、よろしく。競武大会の準備を手伝ってくれるって話だけど」
「はい、お任せください。レダにブール。後もう一人グリノって子がいるんですが、四人で精一杯お手伝いさせて頂きますので」
「そりゃ、助かる。他にも色々とやることがあって、正直手が回らなくてね」

 そうした背後の思惑など関係ないと行った様子で、イエリスを歓迎する太老。
 イエリスは、そんな太老の態度に驚かされた。
 教会と太老の関係が思わしくないということは、学院に在籍する生徒であれば誰でも知っている事実だ。そのためイエリスは、最悪追い返されることも覚悟していた。
 それだけに太老の態度は腑に落ちない。普通は嫌な顔の一つもしそうなものだ。

「あの……太老様。こう言ってはなんですが、本当に私達でよろしいのですか?」
「え? なんで?」
「……なんでって?」
「やっぱり同じ生徒同士、皆で準備をやった方が楽しいもんな」

 イエリスは驚いた。実行委員と生徒会員では、身分の差は絶対だ。
 彼女も家柄は悪くないが、王侯貴族や大貴族に比べれば、やはり身分は低い。
 学院に通う同じ生徒と言っても、それはあくまで建て前の話で生徒の間にも上下関係はある。
 しかし太老は『同じ生徒同士、皆で準備をした方が楽しい』と心の底から言っていた。
 しかもイエリスは教会よりの人間。太老の立場からすれば疑いこそすれ、素直に受け入れられるような相手ではないはずだ。

(これがリチア様の言っていたこと?)

 太老なら全て承知の上で受け入れてくれる。だから心配はいらない。
 と、リチアにあらかじめ言われていたイエリスだったが、実際に太老に会うまでは到底信じられる話ではなかった。
 こうしている今でさえ、何か裏があるのではないかと考えてしまうイエリス。
 だが、それが当たり前。貴族社会で身分や立場を気にせず接する相手など、まず居ない。
 しかし事情を察し、全てわかってやっているのだとすれば、それは――

「よし、それじゃあ早速これに着替えてくれ」
「え? はい?」

 突然のことに頭の回転がついていかず、目を丸くして固まるイエリス。
 太老から手渡された服。それは――体操服だった。





異世界の伝道師 第242話『実行委員』
作者 193






【Side:太老】

 うん。やっぱり身体を動かすなら動きやすい格好をしないとな。
 白のTシャツに黒いブルマ。実はこれも異世界から伝わっている衣装らしく、俺が提案するまでもなく学院の倉庫に大量に眠っていた。
 さすが故郷を同じくする異世界人。考えることは一緒のようだ。

「あの……どうして、この格好で準備なんですか?」

 遠慮がちに静々と手を挙げる少女。彼女はブール。イエリスと同じく俺を心配して手伝いに名乗りを挙げてくれた心優しい女生徒。海のように鮮やかな青い髪に、ロールがかった髪はお嬢様らしい高貴さを感じさせる。
 元気のよいイエリスとは反対に、おっとりした印象を受ける少女だった。

「制服じゃ動きにくいし汚れるだろう? それにこれは必然だ!」
「必然ですか?」
「そう、体育には体操服。これだけは外せない!」

 体育祭と言えば体操服は欠かせない。
 女性聖機師のレオタードみたいな衣装も悪くないが、体育と言えばやはりこれだろう。
 折角なので手伝いに集まってくれた女生徒に、試しに着てもらうことにしたのだ。
 うん、眼福眼福。いや、別にブルマフェチと言う訳ではないが、これを見て何も感じない男は男じゃないと思うぞ?
 聖機師ってのは何故か可愛い子が多いので感動は大きかった。
 異世界人が色々と好き放題やってしまう気持ちも、これを見ればよくわかる。

(いっそ、生徒会の会議で提案して、運動の時間は全部これで統一するか……)

 運動をする時用の制服なんかはあるんだが、乗馬の時に履くキャロットのようなズボンで余り可愛くないんだよな。露出が少ない。萌えが足りない。
 まあ、中世のような世界観なら、寧ろ、そっちの方が自然なのかもしれないが。
 競武大会が終わったら来年までお蔵入りというのも、なんだか勿体ない気がする。

「太老様はこういうのが好きなんですか?」
「好きか嫌いかと訊かれれば好きだ」
「じゃあじゃあ、どうですか? 似合ってます?」
「うん、可愛いと思うぞ」

 この緑のショートカットがよく似合う元気一杯の少女はグリノ。この子もイエリスの知り合いで、彼女達と同じ上級生だ。とはいえ、下級生と見間違うくらい身体が小さく人懐っこい。どことなく小動物っぽい女の子だ。
 似合っているか似合っていないかで言えば、身長や体型のこともあってグリノが一番よく似合っていた。
 スク水なんかもよく似合いそうなツルペタ体型と言えば、わかってもらえると思う。
 うん、ラシャラやマリアと少し被るが、完璧な妹キャラだな。

「あ、あの! 私はどうですか!?」
「えっと……うん、よく似合ってると思うけど」

 彼女はレダ。赤い長髪に少し釣り上がった猫のような眼が印象的な少女だ。
 イエリスをリーダーに四人の中では一番しっかりした年上のお姉さんといった感じで、率先して周りに指示を飛ばし、イエリスと一緒に上手く生徒達をまとめていた。

『――太老様!』

 気付けば、イエリス達以外の女生徒に取り囲まれていた。
 なんだか鬼気迫る表情で詰め寄ってくる女生徒達。顔が近い。
 な、なんだ? ここ最近は慣れたとはいえ、大勢に迫られると少し恐いんだが……。

『私(達)も似合ってますか!?』

 そんなに体操服が気に入ったのだろうか? まあ、確かによく似合っているが。
 男と違って女性は身嗜みに気を遣うって言うしな。なるほど、率直な感想が欲しいと言うことか。なかなか、こういうことって男に直接訊く機会ってないもんな。
 ここの男と言えば、気位の高い男性聖機師ばかりだし、この機会に乗じて男の意見を聞いて置きたいという彼女達の気持ちはよくわかる。

「うん。よく似合ってると思うぞ」

 きゃいきゃいと黄色い声を上げ、喜び手を取り合う女生徒達。
 こんなに喜んでもらえるとは思ってもいなかった。
 うん、言ってよかったみたいだ。お世辞などではなく素直な感想だった。

【Side out】





 学院の寮は、大まかに下級生寮、上級生寮、男子寮、独立寮の四つに分かれている。
 上級生のイエリス達は、ここ上級生寮で共同生活を送っていた。
 共同生活とは言っても、上級生は正式に聖機師として認めらた人達。その待遇は下級生とでは比べ物にならない。掃除や洗濯など身の回りの事は全て自分達でやる下級生と比べれば、完全個室に寮専属の使用人まで付くここ上級生寮の生活は、遥かに恵まれた環境と言えた。

「太老様か……」

 ベッドに俯せになり、今日一日のことを振り返るイエリス。
 話をするのは初めてだったが噂では耳にしていたし、同じ聖機師としてその強さに憧れてもいた。
 実際に会ってみてわかったことは、他の男性聖機師と違い、親しみやすい人物ということ。
 汗水垂らして他の生徒と一緒になって働く太老の姿は、イエリスにとって新鮮なものだった。

 普通の男性聖機師は、率先して荷物運びや設営を手伝おうとは考えない。特に生徒会員ともなれば、指示を出して確認を取ることはあっても、実際に身体を動かすのは下級生や実行委員である自分達の役目だ。そう、イエリスは考える。
 だけど今日一日、太老と一緒に身体を動かしてイエリスの常識は一転してしまった。

 ――やっぱり同じ生徒同士、皆で準備をやった方が楽しいもんな

 今日の太老を見る限り口だけではなく、あの言葉は嘘では無かったように思える。
 少なくとも太老は、皆で準備をするのを楽しんでいたようにイエリスには見えた。

「変わった人だったな。なんというか……」

 自分に兄がいたら、あんな感じなのだろうか?
 と考え、イエリスは頬を紅く染めた。

「な、何を考えてるのよ!」

 枕に顔を埋め、ジタバタと足を動かしイエリスは身悶える。
 しばらくして足の動きが止まり、バタッとベットに全身を預けるように動かなくなった。

「ううっ……明日から、顔を合わせにくいじゃない」

 そう言いながらも、どこか嬉しそうなイエリス。
 無視されるくらいのことは覚悟していたところに、こんなにも優しくされて――
 男の人に優しくされたのは、家族以外では生まれて初めての経験だった。

 女性聖機師を目指す彼女達は、その義務のこともあって男に対する免疫が薄い。
 女性聖機師は義務さえ果たせば自由な恋愛や結婚が許される。しかし、それも相手が居ればこそ。
 身の回りの男といえば聖地の職員か、男性聖機師くらい。男性聖機師は恋愛や結婚の自由がない上、職員と恋仲になる女生徒も中にはいるが、それも身分の違いから考えれば、かなり稀なケースと言える。
 男性聖機師と恋仲になる女生徒が全く居ないわけではないが、男性聖機師の義務を考えると結ばれることはない。ましてや、特権を捨ててまで駆け落ちするケースは少なく、例え駆け落ちに成功したとしても、待っているのは国の追っ手から逃げる日々。これまでの生活を全て捨て去り、ゼロから新しい生活をはじめるというのは容易なことではなかった。

 そのため、彼女達が恋をするのは難しい。
 しかし聖機師とは言っても、イエリスはまだ十七才。中身は恋を夢見る年相応の女の子だ。
 それに――

「でも確か、太老様は……」

 ラシャラの戴冠式で、本人の意思次第では太老と結婚できることをフローラは示唆していた。
 太老が卒業後、自分の国を持つと言う話は、ちょっとした噂になっている。
 太老が既に婚約していることは周知の事実ではあるが、一国の主ともなれば側室を持つことはありえない話ではない。それでなくても太老は世界一有名な男性聖機師。彼との結婚権を欲しがっている国はそれこそ山のようにある。狙っている女生徒も少なく無い。
 競争相手が多い事は確かだが、太老を振り向かせることが出来れば、太老との結婚は全く叶わない願いではなかった。

 そう、太老となら互いの気持ちさえ問題なければ、恋愛が成立する状況が整っていた。
 太老に自覚があるなしは別として、少女達が真剣になるのも無理はない。

「ああ、もう! やめやめ!」

 とはいえ、身分違いの恋なのはイエリスも自覚していた。
 幾ら太老が貴族らしくないとはいえ、先程の妄想も大それたことに違いない。

「今は競武大会に集中しよう……」

 本当なら疑われても仕方無いところを、何も言わず受け入れ信じてくれた太老。
 思えば、あれが異性として太老を意識しはじめる切っ掛けだったようにイエリスは思う。
 言ってみれば、イエリスは一目惚れしたのだ。

「集中。集中しないと……で、でも」

 理想の兄のような存在。そんな男性に出会い、優しくされ受け入れてもらった。
 妄想に浸りながらイヤンイヤンと、またもイエリスはベッドの上で身悶える。

「イエリス。ちょっと相談が……って、何してますの?」
「うっ……! これは」

 ベッドで身悶えているところをレダに見られ、顔を真っ赤にして固まるイエリス。
 その後ブールも部屋にやってきて、グリノを除く三人の間で『乙女協定』が結ばれる事となった。





 ……TO BE CONTINUED



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