【Side:ハヅキ】

 陽光を浴び、黄金に輝く闘技場。近くで見ると本当に凄い。その存在感に圧倒される。太老様が指示をなさってお造りになったと言う話だけど、これを見れば納得が行く。その時、ふと頭を過ぎったのは『黄金機師』――最も有名な太老様の二つ名だった。
 世界中に支部を持つハヴォニワを代表する大商会『正木商会』の総帥にして、黄金の聖機人を駆る世界最強の聖機師。太老様の行った改革の数々はハヴォニワだけでなく世界の経済・政治に一石を投じ、特に平民からは今や英雄視されている凄い御方だ。
 私もそんな太老様の慈悲によって救われた一人だ。それだけに、その偉大な足跡の一つを前にして思うところが大きかった。
 素直に感動できたかもしれない。セレスとの一件がなければ――

「ハヅキさん、こちらですわ。生徒会の役員特権で特別席を確保していますから、見晴らしは最高だと思います」
「マリア様、私は……」

 正直ここに来ることも迷った。
 マリア様にも、昨日は大変なご迷惑をお掛けしたばかりだ。合わせる顔がないと思った。
 でも、マリア様はそんな私に声をかけてくれた。一緒に試合を観に行こうと――
 そんな私の気持ちを察してか、マリア様は優しく微笑み私にこう言った。

「昨日のことを気にしているのなら、もう済んだこと。私もラシャラさんも気にしていませんわ」

 本当にお優しい方だと思う。身分に分け隔て無く、こんな私のことも気遣ってくれる。
 マリア様がハヴォニワで、国民から絶大な支持を得ている理由が今ならよくわかる。
 でも、だからこそ――私とセレスのことでご迷惑をお掛けしていると思うと胸が痛んだ。

「ですが、セレスとのことで皆様にはご迷惑を……」
「そう思うのなら尚更、試合を見届けるべきです。結果がどうあれ、あなたとセレスさんにとっては大切な試合なのですから」

 私の不用意な発言がセレスとの仲を拗らせ、太老様やマリア様にまで迷惑をかけてしまった。
 そのことを昨晩は凄く後悔した。今日ここに来るかどうかを迷ったのも、それが理由だ。
 マリア様だけじゃない。セレスに、そして太老様にも合わせる顔がない。

(私、何をやってるんだろう……)

 冷静に考えればわかることだ。剣士さんとの仲を疑うなんて、そんなことあるはずないのに。
 きっと怖かったのだ。セレスの横に自分の居場所がなくなることが――
 セレスに友達が出来て聖地で楽しくやっている姿を見て、セレスの中からいつか私の存在が消えてしまうのではないかと不安になった。
 セレスを信じると言いながら、信じ切ることが出来なかった私の弱さが撒いた結果がこれだ。

「セレスさんの一回戦の相手はダグマイアさんですわね」
「……ダグマイア様ですか?」
「若手の男性聖機師の中では、お兄様を除けば一番と言われている方ですわ」

 少し浮かない表情で、マリア様はそう教えてくれた。
 セレスの相手がそんなに凄い人なんて……どうしていいかわからなくなる。そしてセレスのことが、私はわからなくなってきていた。
 聖機師とは言っても、セレスは私と同じ平民の出だ。当然、剣術を習ったことも誰かに師事をしたこともない。教養もなくセレスが聖機師となって、そのことで苦労していることを私は知っていた。セレスは村に居た頃は凄く臆病で、いつも誰かの陰に隠れて脅えているような子供だった。幼馴染みの私がしっかりしないと――そう思ってセレスを家から外に連れだし、時にはセレスを虐める子供達との間に割って入ったこともある。
 泣き虫セレス――それが彼の昔の渾名だ。そんなセレスが聖機師に選ばれた。
 喧嘩一つ出来ない。虫も殺せない優しいセレスに戦いなんて出来るはずもない。私はそう思っていた。心のどこかでセレスには、まだ私が必要だと考えていたのだ。
 でも、セレスは自分の意思で太老様に決闘を申し込んだ。それがどれだけ勇気のいることだったのか、私には想像も付かない。
 きっと昔のセレスなら出来なかったはずだ。でも、セレスは変わった。そんなセレスが戦う。それも、そんなに凄い人と――

「大丈夫。セレスさんは勝ちますわ」
「マリア様……」
「だって、ハヅキさんが見ているんですもの」

 そう言って微笑むマリア様は、私より三つも年下とは思えないほど頼もしく見えた。
 マリア様の言うとおりだ。私がセレスの勝利を信じないとダメなのに、こんなことじゃダメだと痛感させられる。
 試合の結果がどうあれ、私はセレスの戦いを最後まで見守る。きっと、それが私に出来る唯一のこと。
 そして、もし私がセレスの足枷になるとわかったら、その時は――

「それに、あんな小さい男≠ノセレスさんが負けるはずありませんわ!」

 小さい? 背の低い方なのかな?
 背中に炎すら見えるマリア様の熱弁に私は圧倒された。

【Side out】





異世界の伝道師 第252話『謝罪と宣戦布告』
作者 193






【Side:太老】

「キャイアとユキネ、それにコノヱも順当に勝ちを拾ってるな。おっ、アウラさんも出場してたのか。残るはセレスと俺の試合か」

 セレスの試合が終われば、すぐに俺の試合だ。そろそろ控え室に移動しないとな。
 観戦席で一通り試合を眺めていたが、やはり注意すべきなのはコノヱとユキネか。キャイアもそこそこ強いが、あの二人は頭一つ飛び抜けている。間違いなく優勝候補だろう。
 それでも動きを見る限り勝てない相手ではない。確かに動甲冑では聖機人に比べて動作に制限が付き、ヤタノカガミも使えないが、それは相手も一緒だ。大会が開催される前にイエリス達に付き合ってもらって動甲冑がどの程度、俺の動きに付いて来られるか検証済みなので抜かりはなかった。

「お前は……」
「ん」

 控え室に向かって廊下を歩いていると、見覚えのある金髪の男と遭遇した。ダグマイアだ。
 何か睨まれている気がするんだが……俺なんかしたか?
 過去に色々とあったけど、あれは向こうから仕掛けてきたことだしな。
 確かに俺もやり過ぎたことは認めるが、それを含めてもお互い様だろう。

「……悪かった」
「へ?」
「以前のことは謝罪する。その上で頼みたいことがある」

 突然、頭を下げて謝罪をされ、俺はどう反応していいかわからず呆けた。
 こいつ、こんな性格だったっけ? 一体、何があったといった変わり様だ。
 改心……いや、反抗期を卒業したってことか?

(これでメスト家も安泰か。ババルンよかったな)

 きっとそうだな。うん、わからんでもない。ああいうのって冷静になって振り返ると、身悶えるくらい恥ずかいんだよな……。
 素直に謝れるのは偉いと思う。ダグマイアも成長したものだ。
 これでババルンの心配も少しは解消されるといいんだが――ここは俺が一肌脱いでやるべきか。

「俺に出来ることなら何でも言ってくれ!」
「感謝する。俺は必ず勝ち上がる。だから、俺と試合で当たったら全力で戦ってくれ」

 なんだそんなことか。ようするに雪辱を果たしたいってことだな。
 ――って、ダグマイアって確かセレスと試合するんじゃなかったっけ?
 ここは『うん』と頷くべきなのか? いや、俺としてはセレスの応援もしてやりたいし。
 しかし、ババルンのことを思うとダグマイアの決心に水を差すのも……。

「勝ち上がって来れたら喜んで受けるよ」

 よし、これが一番無難な回答だな。
 セレスを応援してやりたいが、ダグマイアの決心に水を差すのも気が引ける。
 なら、勝ち上がってきた方と試合をし、全力で応えるのが俺に出来る最大限の礼儀だ。

「……わかった。ならば全力を尽くして試合に臨むだけだ」

 そう言ってダグマイアは去って行った。
 なんか、やる気を出しているみたいだし、これでよかったんだよな?
 しかしセレスといい、ダグマイアといい、今回は気迫が違うな。俺も油断は出来そうにない。
 油断と言えば、俺の方も一回戦の相手が――

「フフッ、いいわ。さすがは黄金卿ですわね。『勝ち上がって来い』だなんて、私程度では相手にもならないと?」

 今の話を聞かれていた? 背中から掛けられた声にゾッとする。モルガだ。
 そう言う意味でいったわけじゃないと、弁明の出来るような雰囲気ではなかった。

「えっと、モルガ。出来れば、もう少し冷静に……」
「ええ、私はいつでも冷静ですわ」

 いや、明らかに冷静じゃないだろう!
 もう既にやる気満々。戦闘モード全開と言った様子だ。殺気がビリビリ伝わってくる。
 このまま、ここで戦闘になっても不思議じゃない。そんな雰囲気だ。さすがにそれはないと思いたいが……。

「今のはモルガを別に軽視したわけじゃなくて」
「ええ、わかっています。こちらは挑戦者。お願いする立場ですもの」

 えっと、本当にわかってます?
 その割りには全然殺気が収まる気配がないんですけど。寧ろ、強くなってるんじゃ?

「何がなんでも、あなたの本気を引き出してみたくなりました。試合、楽しみにしていますわ」

 俺、もしかして……地雷を踏んだ?

【Side out】





【Side:ダグマイア】

 ――勝ち上がって来れたら喜んで受けるよ。

 奴はそう言った。それは、俺が次の試合で負けると考えているということだ。あのセレス・タイトに――
 男性聖機師とのいざこざの一件から正木太老に取り入り、奴の身内から剣術の手解きを受けていると聞いているが、それでも鍛錬を始めてまだ一月(ひとつき)といったところだ。以前のセレスの成績は調べさせたが、さして優秀と言うほどではなかった。
 貴族ではなく平民の出。教養もなく剣術の心得もない。聖機師としての資質は俺より下。そんな男に、この俺が――ダグマイア・メストが負ける? ありえない。そんなことは絶対にあってはならない。
 確かに正木太老は強い。それも驚異的と言っていいほどに。だが、それは『黄金機師』と呼ばれるほどの資質を持つ奴だからだ。

「くそっ! 俺は何を焦っている!」

 壁に打ちつけた拳が痛む。しかしこの痛み以上に、俺は酷い焦りを感じていた。
 そう、俺の方が強い。勝つのは俺のはずだ。だが、奴の言葉が気に掛かる。
 武術大会にエントリーしたのも、過去の自分と決別するためだ。
 父に見捨てられ、エメラを失ったのも、すべては俺が未熟だった所為だ。
 だからこそ正木太老に勝ち、奴を超えること――それが俺の最大の目標となっていた。

「負けられない。絶対に負けられないんだ……」

 俺には聖機師(これ)しかない。父に認められるためにも、こんなところで躓くわけにはいかない。
 セレス・タイトが障害になるのなら、その障害を全力で排除するだけのことだ。
 絶対に勝つ。勝たなければならない。そう自分に言い聞かせる。

「見ていろ、正木太老」

 この俺が戦うに値しないというのであれば、俺の力を見せてやるだけだ。
 必ず奴に――このダグマイア・メストを生涯の敵(ライバル)と認めさせてやる!

【Side out】





【Side:モルガ】

 さすがは太老様。この私ですら眼中にないとばかりに我が道を行く様。それはまさに覇王の生き様だ。
 そんな方と、これから死合える≠ゥと思うと身が打ち震えゾクゾクする。早く剣を交えたい。どんな風にあの方は私を楽しませてくれるのだろう。
 じわじわといたぶる? 一気に勝負を決めてくる?
 他者を歯牙にも掛けない圧倒的な強さ。考えるだけでイキそうになる。

「私の殺気をものともしない平常心。あれこそ、絶対的な強者の証」

 あの方の前では、私も弱者の一人に過ぎないのだろう。そして、それはわかっていた。
 フローラ様が敵わないと仰るほどの御方だ。そして闘技場を消滅させた神の如き力。それを『聖機人の力だ』と負け惜しみをいう連中もいるが、その力こそ聖機師に最も必要なものだということに彼等は気付いていない。現実から目を背け、何も理解しようとしない。まさに愚か者。生きている価値すらない害虫ばかりだ。
 太老様が真に覇王となる御方なら、そうした者達は自然と淘汰されていくことだろう。あのハヴォニワの大粛正が、その未来を雄弁に語っている。この世界は近い未来、太老様の名の下で一つの国に統一される。その未来が私には見える。

「素晴らしい。素晴らしいですわ」

 そして、その強大無比な力に私は魅了されていた。
 この私が挑戦者になるなんて……。こんな気持ちを味わうのは何年振りのことだろう?
 あの方なら私を更なる高みへと導いてくれる。そんな予感がする。

「フローラ様が仰っていた『最強の聖機師』の力。存分に楽しませて頂きます」

 最初はただ確かめるつもりだった。
 誰にも出来なかった事を為し『最強』と呼ばれる聖機師の力とは、どれほどのものなのかを。
 でも、もし太老様が私の想像を超える力と器を持った御方なら、その時は――

「フフッ、楽しみですわ」

 太老様と共に覇道を歩みたいと、私は思い始めていた。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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