王侯貴族ですら思わず息を呑む荘厳な趣きで、太陽の光に照らされ黄金の輝きを放つ闘技場。
 競武大会の目玉、武術大会の本選会場。闘技場は今、試合を観に訪れた人々の熱気に包まれていた。
 林立する黄金の柱。その中央に二体の動甲冑の姿があった。ダグマイアとセレスだ。

「逃げずに来たことは褒めてやろう」
「逃げません。僕には負けられない理由がありますから……」

 この試合、賭けは八対二でダグマイアが優勢となっていた。
 太老を除けば、若手随一の男性聖機師と言われているダグマイアの方が有利と考えるのは当然だ。
 実際セレスに賭けた二割の観客のほとんども、彼が勝つとは心の底から信じていないだろう。しかし、セレスは勝負を諦めていなかった。
 確かにダグマイアの方が実力は上だ。それは戦う前からわかっていること。セレスとて、そのくらいのことは理解している。
 だからと言って愛する恋人のためにも、戦う前から勝負を諦めることなど出来るはずもなかった。

「では、試合を始めてください!」

 イエリスの合図で二体の動甲冑が舞台に躍り出る。
 男の意地と聖機師の誇りを懸けた戦いが、静かに幕を開けようとしていた。





異世界の伝道師 第253話『強さの在り方』
作者 193






 初撃は互角。一撃で斬り捨てようとしたダグマイアの斬撃にセレスは剣を合わせた。
 まさか攻撃を防がれると思っていなかったダグマイアは驚愕し続けて斬撃を放つが、セレスはそんなダグマイアの攻撃を剣で確実にいなしていく。

「なかなかやるなっ! しかし――」

 正面からの攻撃は効果が薄いと判断したダグマイアはフェイントを混ぜ、セレスを追い込んでいく。確かにセレスの剣術は以前に比べれば格段に上達している。以前のセレスなら最初の一撃で終わっていただろう。ダグマイアの攻撃に対応できているのは、剣士との鍛錬があってこそだ。
 しかし攻撃に対応できているからと言って、必ずしも互角と言う訳ではなかった。

「そこだ!」
「く――っ!」

 柱を背に追い詰められたところに、ダグマイアの鋭い突きが迫る。
 咄嗟に横に飛び退き攻撃を回避するセレスだったが、その動きも予測していたダグマイアの追撃が僅かにセレスの本体を捉える。左手を横凪に斬られ、セレスの動甲冑にダメージ判定が入った。
 動甲冑は攻撃を受けた箇所の色が変わり、受けたダメージによって動きが制限される仕組みになっている。
 胴や頭に一撃をもらえば即終わり。幸い急所は避けたとはいえ、これでセレスは左手が使えなくなった。

(やっぱり正面からじゃ分が悪い……ならっ!)

 実力に差があることは最初からわかっていたことだ。
 剣術の勝負では、やはりダグマイアに勝てない。そう判断したセレスは林立する柱に姿を隠しながらダグマイアから距離を取る作戦に出た。
 動甲冑の剣は亜法を放つ飛び道具として用いることが出来る。所謂『銃剣』と言うものだ。
 剣に比べれば威力は落ちるが、牽制には十分使える。それにセレスは射撃に関しては、そこそこの自信があった。

「これなら、どうだっ!」

 ダグマイアの動きを精密な射撃で封じながら、機動力を活かし距離を取るセレス。
 ダグマイアも銃で応戦するが、林立する柱を利用して上手く身を隠すセレスを捉えることが出来ない。

「くっ、ちょこまかと!」

 予想外に健闘を見せるセレスに、ダグマイアにも焦りが見え始める。まだダグマイアの方が優勢なことに変わりはないが、状況は僅かにセレスへ傾き始めていた。
 剣術では確かにダグマイアの方が上だ。しかし戦術で考えた場合、セレスは決してダグマイアに引けを取っていない。寧ろ常に格上の相手と鍛錬に励み、実戦さながらの訓練に耐えてきたセレスの方がダグマイアよりも戦い慣れていた。
 太老に仕えているメイド部隊が優れている一番の理由はそこだ。『冥土の試練』に必要なのは剣術や銃器の扱いばかりではない。寧ろ、冷静な状況判断と適切な対応能力の方が重視される。ダグマイアは確かに自他共に認める有能な男性聖機師だ。しかし有能な聖機師が、優れた戦士であるとは限らない。ダグマイアがセレスに劣るのは、そういうところだった。
 ダグマイアは男性聖機師に固執する余り、聖機師としての戦い方に拘りすぎていた。
 よく言えば正々堂々と、悪く言えばバカ正直。それに格下のセレスを相手に策を弄するなどプライドの高いダグマイアに出来るはずもなかった。

「攻撃が止んだ?」

 先程まで絶え間なく放たれていたセレスの射撃がピタリと止んだ。
 何かの罠かと訝しむダグマイア。だが、罠とわかっていても逃げるという選択肢は彼にはなかった。
 セレス程度に臆して背を向けたとあっては、ダグマイアのプライドが許さない。

「どんな策を講じようと、どこに逃げようと無駄だ」

 周囲を警戒しながらダグマイアはセレスの動甲冑を捜す。
 正面から戦って勝てないのなら奇策を用いる。弱者の考えることだ。姿を隠して隙を狙っていることはダグマイアもわかっていた。
 なら、姿を見せた時が奴の最後だ――とばかりにダグマイアも精神を研ぎ澄ます。

「――そこか!」

 動く影を見つけ、ダグマイアは影に向かって銃撃を放つ。
 逃がすまいと畳み掛けるように追撃を仕掛けるダグマイア。柱を縫うように移動し、セレスの影を遂に捉える。

「もらった!」

 柱の陰に回り込むと同時に剣を振り下ろすダグマイア。鋭い斬撃がセレスへと迫る。
 しかし――

「何っ!?」

 斬り裂いたのはパージされた動甲冑の左腕だった。
 まさか、腕だけと思わなかったダグマイアは激しく動揺しセレスの姿を捜す。
 そんなダグマイアの頭上に影が差し掛かる。ハッと影に気付き、空を見上げるダグマイア。

「上だと!?」
「うおおおおっ!」

 柱を滑るように降下し、ダグマイアへ迫る影。それはセレスの動甲冑だった。


   ◆


 誰もが予想をしなかった好勝負に会場は歓声と熱気に包まれる。最初こそダグマイアが試合を優勢に進めていたもののセレスが戦術を駆使し始めてからは、ほぼ互角と言っていい勝負にまでもつれ込んでいた。
 これには観戦席からセレスの戦いを見守っていたハヅキも驚く。
 セレスの勝利を祈っていたのは確かだが、まさかセレスがこれほど戦えるとは彼女も思っていなかった。

「言った通りでしょう? セレスさんなら大丈夫だって」
「はい。まさかセレスがこんなに強いなんて……」
「剣士さんから剣術を学び、お兄様の考案した『冥土の試練』を受けているのですから当然ですわ」

 自分のことのように自慢気に語るマリア。実は彼女もセレスに賭けている一人だった。

「それにセレスさんが、あんな男に負けるはずがありません」

 ダグマイアのことはババルンの息子ということでマリアは警戒をしていた。
 何より太老に対してこれまでダグマイアがしてきたことを、マリアは忘れていなかった。
 当事者の太老が許したとしても、マリア個人としてはダグマイアを許せない。嫌っていると言ってもいいだろう。
 そんな、いつものマリアからは想像も付かないトゲのある言葉にハヅキは違和感を覚えた。

「マリア様はダグマイア様のことがお嫌いなのですか?」
「あの男はお兄様の敵です。いえ、正確には相手にもされなかったのですけど……」

 マリアは母のようになりたくはないと思っているが、為政者としてのフローラは尊敬している。一代で小国の集まりに過ぎなかったハヴォニワを統一した手腕と政治力は流石という他ない。女王としてのフローラの活躍は、民の間でも熱く語り継がれているほどだ。
 そして、そんな母の努力と苦悩をマリアは幼い頃より傍で見続けてきた。
 いつも飄々としているのは、思惑を周りに悟らせないため。家族に心配を掛けないためだともマリアは気付いていた。
 もっとも半分……いや、八割方は素で趣味に走っているだけと思われるが、それでもダグマイアの行いにマリアは共感できなかった。

「ラシャラさんは、お兄様やセレスさんのことを本物の聖機師だと言いました。男として聖機師の誇りを懸けて戦っていると。だから譲れないものがあるとも――でも、あの男のアレはプライドが高いだけ。ただの自己満足ですわ」

 ダグマイアのしていることは、自分だけでなく父親の――メスト家の名を貶めるものだ。
 どんな悩みをダグマイアが抱えているかまではマリアにはわからない。しかし特権を享受する者には相応の義務と責任がある。マリアから見れば、ダグマイアは個人的なプライドを重視して為すべきこともせず、無い物ねだりをしている子供にしか見えなかった。それだけに言葉も辛辣になる。

「お兄様の影に脅え、聖機師の妄執に取り憑かれ、傲慢と誇りの区別も付かない彼では、どうやってもセレスさんに勝てない。戦いが拮抗しているのなら、最後に勝敗を分けるのは――思いの強さですもの」

 王族でも貴族でもなく聖機師でもないハヅキには、マリアの言葉の意味をすべて理解することは出来ない。
 しかし、マリアが言わんとしていることはハヅキにも伝わっていた。

「終わりですわね」

 マリアの視線の先では、セレスの剣がダグマイアの動甲冑を袈裟斬りに斬り裂いていた。


   ◆


「勝者あり――セレス・タイト!」

 勝者の名を読み上げるイエリス。その瞬間、嘗てない歓声が会場を包み込んだ。
 肩から腰に掛けてダメージを負ったダグマイアの動甲冑は膝をつき、完全に機能を停止していた。
 まさかの敗北にダグマイアは言葉を失い、呆然とする。
 次の試合が控えていることもあり、ダグマイアに退場を促そうとするイエリスだったが、

「何故だ……何故、俺がこんな奴に……っ!」
「ひぃっ!」

 困惑と狂気に満ちたダグマイアの殺気に当てられ、イエリスは小さな悲鳴を上げた。
 何故セレスに敗北したのか、ダグマイアにはわからない。有能な聖機師であること――それがダグマイアにとってのすべてだ。
 そのために剣の腕や操縦技術を磨いてきた。誰にも負けない努力を積んできたつもりだった。
 なのに太老だけでなく、尻尾付きでもない平民上がりの決して聖機師として有能とは言えないセレスに負けたのが、ダグマイアには理解できなかった。

「負ける要素などなかったはずだ。俺の方が実力は上だった! なら、この結果はなんだ!」
「そこのあなた。見苦しいので、さっさと退いてくださらない?」
「なんだと!?」

 声のした方へ振り返るダグマイア。
 そこには聖機師のパイロットスーツに身を包んだモルガの姿があった。

「何故、負けたのか。そんなこと決まっているでしょうに。あなたが弱いからですわ」
「俺が、このダグマイア・メストがセレス・タイトに劣ると言うのか!?」
「戦いは結果がすべて。そんなこともわからないようなら、ここに立っている資格はありませんわね」

 呆れたように言い放つモルガ。次は彼女と太老の試合だ。
 早く太老との試合を楽しみたいというのに、こんなことで時間を潰されたくない。
 そう考えたモルガは見かねて口を挟んだのだが、早く終わらせるどころかそれはダグマイアのコンプレックスを刺激しただけだった。

「そんなことはない。奴より俺の方が優れている! 俺は尻尾付きの有能な聖機師だ!」
「聖機師の適性と強さは別物ですわよ? 少なくとも戦士としての器は彼の方が上だった。ただそれだけのことでしょうに」

 実際、適性は低くてもフローラやミツキのように強い聖機師もいる。亜法耐性の高さが、そのまま強さに直結するとは限らない。
 ダグマイアが最初から油断することなく全力で戦っていたなら、セレスが試合に勝てたかどうかはわからない。しかしダグマイアは心のどこかでセレスを見下していた。聖機師としての資質と実力で勝る自分が負けるはずがないと思い込んでいた。
 セレスはなりふりを構わず勝負に出たが、ダグマイアはあくまで正々堂々と聖機師としての戦い方に拘った。その差が勝敗を分けたと言ってもいい。

「男の嫉妬は見苦しいですわね。そんな人間に聖機師を名乗る資格はありませんわ。さっさと立ち去りなさいな」

 その一言がトドメとなった。
 ダグマイアにもわかっていたのだ。ただ、どうしても認めることが出来なかった。
 認めてしまえば、これまでの自分を否定することになる。ダグマイア・メストは誰よりも聖機師であることに固執していた。


   ◆


「セレス・タイト。さすがは太老様が認めただけのことはありますわね。見事な試合でしたわ」
「い、いえ……ありがとうございます」

 モルガに褒められるとは思ってなく、緊張した面持ちで礼を言うセレス。前生徒会長にして『狂戦士』の名で知られる世界トップクラスの聖機師、それがモルガだ。そんな人物から褒められるなど、そうあることではなかった。
 モルガは戦いに関しては嘘は言わない。本当に気に入った相手にしか、興味を示さないような人物だ。それだけセレスの努力と覚悟が認められたということでもあった。

「だから、しっかりと見ていなさい。本物の聖機師の戦いを――」

 モルガの迫力に呑まれ、ゴクリと喉を鳴らすセレス。
 黄金の名を持つ『最強』の聖機師と、狂戦士の名を持つ『最凶』の聖機師の戦いが幕を開けようとしていた。





 ……TO BE CONTINUED



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