聖機師として認められた彼・彼女達は特権を享受する一方で、様々な義務と責任を背負っている。
 それは国の威信だったり、民の命だったり。その最たる役割が、聖機人に乗って国やそこに住む人々の生活を守ることだ。
 聖機人の数がそのまま軍事力に直結するこの世界において、聖機師に一番求められる物。それは――資質と強さだ。
 ただの兵士ではなく国を守るために必要な力。絶対兵器としての役割。そんな外敵を寄せ付けない圧倒的な力が聖機師には求められる。
 多少、人格に問題があったとしても、力さえ示せばそれは些細な問題と言える。必要なのは戦争の抑止力となる実力だ。
 それを体現したかのような人物が、『狂戦士(バーサーカー)』の名を持つトリブル王宮筆頭機師モルガだった。

「さすがですわ! 私の攻撃が掠りもしないなんて!」
「ちょっ、二刀流とか何それ!」

 セレスとダグマイアの試合は、確かに素晴らしかった。しかし、それはまだ常識の範囲で言えることだ。
 そのまま正規軍に採用されても十分に活躍が期待できるレベル。学生としては頭一つ抜けた実力と言っていいが、それはあくまで学生を基準として考えればだ。
 セレスは勿論、ダグマイア以上の実力を持つ聖機師は世界には大勢いる。男性聖機師だけでなく大多数を占める女性聖機師も含めれば、彼等の実力はよくて中の上と言ったところだろう。卓越した操縦技術を持ち、国の威信を背負って立つ経験豊富な聖機師には亜法耐性は勿論のこと実力で遠く及ばない。
 そして、そんな聖機師達を更に圧倒し、国の頂点に立つ聖機師達がいた。

「アハハハッ! もっと、もっと私を楽しませてください!」
「ちょっと、この人どうにかしてくれえ!」

 武術の達人としても知られるハヴォニワの女王フローラや、教会最高の聖機師と名高いリチアの母ヴォルデなど。
 国を代表する聖機師達が、名誉と威信をかけて挑む聖武会。その覇者に比肩する力を、モルガはこの若さで備えていた。
 それは世界最高峰の力。数多の聖機人を圧倒し、戦略レベルで扱われる国の切り札と呼んでいい。

 ――動甲冑でこんな動きが出来るのか?

 というのが、この試合を見守っている観客達の素直な感想だろう。
 歓声どころか、話し声一つ聞こえて来ない。瞬きすることも忘れ、観客達はその凄まじい攻防に魅せられていた。
 閃光のような速さで闘技場を縦横無尽に駆け、高度な攻防を繰り広げる二体の動甲冑。本来であれば機体の動きを制限するはずの林立する柱も、この二人の前では意味をなさない。剣の技量、操縦技術、反射速度。すべてにおいて二人の動きは常人の範疇を超越していた。

「本当に素晴らしいですわ。この私がまったく動きについていけないなんて」
「いやあ……それでも直感だけで攻撃にあわせてくるのも、どうかと思うよ?」

 ここまでの試合の流れは五分。機動力では太老の方が上回っているとはいえ、モルガも負けてはいなかった。
 スピードやパワーといった基礎能力では太老の方が上だが、野性的な勘や操縦技術はモルガの方が上と言ったところ。
 動きについていけないと言いつつも、モルガは的確に太老の動きを捉えていた。





異世界の伝道師 第254話『花火とトラウマ』
作者 193






【Side:太老】

 強いとはわかっていたが、これほどとは思わなかった。
 スペックでは圧倒的にこちらが勝っている。剣速、反射速度、機動力。すべてにおいて上回っているのに、一発も攻撃がヒットしない。それどころか、まるで見えているかのように、こちらの攻撃にカウンターをあわせてくるのだから、悪夢としか言いようがなかった。
 正直なところ今のままだと俺の方が分が悪い。経験と技量でモルガの方が上なことはわかっていたので、持ち前の反射神経と運動能力で圧倒するしかなかったわけだが、そのために機体を酷使し過ぎた。単純な話、このままだと決着が付く前に機体の方が動かなくなる。
 無理な機動をしすぎた所為で関節のきしみが酷い。以前にも試したが、バラバラになる寸前と言ったところだ。
 これ以上の無理は出来ない。だからと言って、このまま無策に攻撃を続けてもモルガには通用しないだろう。

(これは本格的にやばいんじゃ?)

 接近戦では少なくとも勝負がつきそうにない。しかし、ただの飛び道具がモルガほどの実力者に通用するとは思えなかった。
 聖機人の圧縮弾ならともかく動甲冑の亜法弾では牽制程度にしか使えない。動甲冑は聖機人と違い本体に亜法結界炉は搭載されてなく、外部からのエネルギー供給で動くように設計されている。そのため亜法耐性の低い人間でも扱えるが、特定のフィールド上か有線でしか動かせない。当然そうした事情から聖機人と比較しても機体性能は格段に低く、装備も圧縮弾を用いたものではなく亜法を使いエナを集束して撃ち出すタイプのため威力も低い。俺の命中精度から言っても、モルガなら危なげなく躱してくるだろう。
 せめて圧縮弾が使えれば話は別だろうけど――まてよ、圧縮?

(動甲冑の亜法弾も、聖機人の『圧縮弾』のように圧縮できないのか?)

 考えてみたら一度も試したことがなかった。動甲冑はそういうものだという先入観があったからだ。
 圧縮弾はあらかじめ『弾』となる物質にエナを閉じ込める技術だ。動甲冑に使われている銃は聖機人のように圧縮弾を込めるタイプのものではなく、エナを直接取り入れて放つタイプのものだ。これはそもそも動甲冑が訓練用ということもあるが、圧縮弾の生成には時間がかかり授業の度に必要な圧縮弾を用意するのは非効率的だからという理由があった。

(動甲冑も構造は聖機人と然程変わらない。それなら――)

 動甲冑は装備を含め、謂わば聖機人を小型化し機能を制限したものだ。
 基本的な構造は聖機人と然程変わるものではない。大きな違いは機体に亜法結界炉を搭載しているかどうかだ。
 この銃剣も核となる物質に一度エナを取り込むことで、弾丸として撃ち出す仕組みは聖機人の装備と違いはない。
 なら、試して見る価値はある。俺は『圧縮弾』を作る要領で、意識をエナへと集中させた。

「さあ、オラに元気(エナ)を分けてくれ!」

【Side out】





【Side:モルガ】

「これは――エナが反応している!?」

 闘技場に充満するエナが、太老様の動甲冑を中心に金色の光を放っていた。
 目に見えるほどの濃度のエナを、聖機人ならまだしも動甲冑で集束するなど聞いたことがない。

「まさか、エナを圧縮しているの?」

 ありえない。聖機人ならともかく動甲冑で、ましてや試合中にエナを圧縮するなんて離れ業は聞いたことがない。
 大気中のエナを集束し圧縮する。理論上は可能だ。しかし現実は不可能と言わざるを得ない。
 亜法弾に比べて圧倒的な威力を持つ圧縮弾。その欠点はエナを圧縮するのにかかる膨大な時間だ。
 事前に『弾』にエナを込めるのは、そうした手間を簡略化するため。戦闘中に『圧縮』を実行できる聖機師はいないと言っていい。

「――っ!」

 黄金の光が立ち上る。信じられないほど膨大なエナが集まっていることが見て取れた。
 現実には不可能とされる理論。それを実行に移すセンスと実力。

(まさか、これほどなんて……)

 強いことはわかっていても、正直ここまでとは思っていなかった。
 私に同じことが出来るかといえば、まず不可能と言える。聖機人でも、これほどのエナを集束することは難しい。
 その膨大なエナを、これほど短時間に圧縮するなど、それこそ人間に出来ることではないと断言できる。
 この時、私は生まれて初めて、絶望的な力の差を思い知った。これが恐怖。これが――

(黄金機師。最強の聖機師の力……)

 その時、黄金の光が弾けた。

【Side out】





 騒然とする試合会場。闘技場の外に我先にと逃げ出す観客達。それも仕方のないことだった。
 太老が大気中のエナを集めて作った圧縮弾が臨界点を超え、まるで風船が破裂するように突然弾けたのだ。
 そこから十や二十ではきかない百を超える亜法弾が、弾幕のように闘技場に解き放たれた。

「た、助けてくれえっ!」
「は、早く会場の外に逃げるのよ!」

 黄金の闘技場は林立する柱から壁に至るまでその全てを、カリバーンに使用している合金と同じ素材で作られている。
 それは黄金の聖機人の装甲『ヤタノカガミ』の特性を模倣して作られた亜法を弾く特殊金属だ。
 通常の亜法弾であれば、弾かれた時点で威力を失い自然と消滅するところだが、太老の放った亜法弾は膨大なエナを圧縮し作り上げた『圧縮弾』だ。林立する黄金の柱にピンボールのように弾かれたエナの塊は喫水外に飛び出し、勢いを失うことなく闘技場に降り注いだ。

 ――その結果は、この通り。

 喫水外に飛び出した亜法弾は観客席を襲い、混乱を招いた。
 実はその被害を受けた職員と生徒のほとんどは、ダグマイアの取り巻きやメスト家が極秘裏に潜入させていた工作員ばかりだったのだが、それを太老が知るはずもなかった。
 同時刻。学院の地下深くで動甲冑にエナを供給している亜法結界炉が、オーバーロードを起こすと言った惨事も起こっていた。
 この影響で聖地に動力を供給しているラインが断線。ユライトの秘密工房もエネルギーの供給を断たれ、設備が機能を停止。

「本国に送信するはずのデータが今ので全て失われました!」
「こちらもです! それに地上までのエレベーターが動きません!」
「これは困りましたね」

 悲鳴を上げる工作員達と、心底困った表情を浮かべるユライト。
 彼等が無事に地上に戻れたのは、この二日後のことだった。





【Side:太老】

 や、やば……取り敢えず可能かどうかわからないんで、ネタに突っ走って適当にエナを集めて圧縮してみたんだが、あんなに威力が出るなんて思わなかった。しかも制御に失敗して暴発するなんて……。やはり適当に大気中のエナを集めて圧縮するのは無謀だったみたいだ。
 理論上可能なことはわかっていたが、実際にやってみると制御が難しい。
 それに動甲冑じゃ無理があるのか、一発撃っただけで全身が持って行かれそうになった。

「さすがですわね……。私の完敗ですわ」
「いや、よくて引き分けじゃないかと……」

 モルガの動甲冑は完全に機能を停止していたが、それは俺も同じだ。
 爆発の中心にいたから当然なのだが、まさに自爆技と言っていい。
 装甲はひしゃげ、両腕は吹き飛び、機体の損傷レベルでは明らかに俺の方が酷かった。

「おい、イエリス大丈夫か?」

 イエリスの傍に駆け寄り身体を起こすが、完全に目を回していた。幸い怪我はないようだ。
 観客席の方からも煙が上がっているが、皆は大丈夫だろうか?
 心配をしていると、入場口の方からマリアが駆け寄ってきた。

「お兄様!」
「あ、マリア……よかった。無事だったんだな」

 マリアの様子を見て怪我もないようで、ほっと胸を撫で下ろす。
 しかし、マリアの後からやって来た二人を見て、俺の表情は固まった。

「……学院長にリチアさん?」
「ほほほ、また派手にやりましたね。正木卿」
「太老さん、少しよろしいですか? お話があるので」

 ごめんなさい。少し、やり過ぎたみたいです。


   ◆


 学院長室を後にすると、外はすっかり暗くなっていた。自業自得とは言え、散々な目に遭った。
 フラフラとした足取りで後夜祭の会場に足を運ぶと、食欲をそそる料理の匂いと生徒達の賑やかな声に迎えられた。
 俺の姿を見つけ、飲み物を片手に近付いて来るマリア。無色透明の甘い香りのするジュースを手渡される。

「お兄様。学院長とのお話どうでしたか?」
「こってり絞られたよ。しばらくは動甲冑を使った授業にも出なくていいって」
「まあ、当然ですわね……」

 結局、オーバーロードを起こした亜法結界炉の整備と点検が必要ということで、その後の試合はすべて中止となった。
 そんなつもりはなかったのだが、あの方法でエナの圧縮を行うと動甲冑に動力を供給している亜法結界炉に多大な負荷が掛かるらしく、完全復旧までに少し時間がかかるとの話だった。そのため、これまで動甲冑であんなことをしようとした者がいなかっただけで、今後は絶対にしないようにと釘を刺されてしまった。

「なんじゃ、太老。元気がないの? 打ち上げくらいパーッとやらぬか!」

 妙にハイテンションなラシャラに背中を叩かれた。
 リチアと学院長の二人にこってりと絞られた後で、残念ながらそんな元気はない。
 しかし、なんだ? このテンションは?

「ラシャラちゃん、なんか良いことでもあったのか?」
「武術大会が中止になって賭けが無効になりましたからね」
「ああ、それでか……」

 マリアの説明で納得が行った。確か、俺が優勝したら大損するような賭け内容になってたんだっけ?
 大会が中止になったことで、その賭けも無効になり大損をせずに済んだそうだ。それで機嫌がいいのか。
 まあ、あのまま試合が続いていても俺は自爆で失格だったわけだが……それは言わないでおこう。
 一つだけ心残りがあると言えば、セレスとの約束を果たせなかったことだ。

「そう言えば、セレスは?」
「セレスさんなら先程までそこに――あら?」

 視線を向けた先にセレスの姿が見当たらず、首を傾げるマリア。
 会場を見渡すも、どこにもセレスの姿はなかった。よく見ればハヅキもいないみたいだ。

「ハヅキさんと何処かへ行かれたのでしょうか?」
「なら、邪魔をしない方がいいな」
「ええ、そうですわね。ところで、お兄様」

 少し緊張した様子で、何とも言えない不安げな表情を浮かべるマリア。
 なんだ? もう、怒られるようなことはしてないと思うんだが、思わず身構えてしまう。

「後夜祭でお披露目すると仰っていた発表の件なのですが……」
「ああ、部活動のか。それなら――」

 説明しようとしたところで、ドーンと会場に大きな音が鳴り響いた。
 夜空に花咲く色とりどりの大輪の花。ワウアンリー達が準備を進めていた花火だ。
 音に驚き、ポカンとした表情で空を見上げるマリア。

「お兄様、もしかしてこれが――」
「ああ、『花火』って言うんだ。綺麗だろう?」

 夏には少し早いが、我ながら企画してよかったと心から賛辞するほど、夜空に咲く花火は綺麗だった。
 でも――

「きゃあああっ!」
「は、早く避難するのよ!」
「お、置いて行かないで!」

 楽しいパーティーが一転、恐怖に駆られ逃げ惑う生徒達。
 え? なんでだ?

「昼にあんなことがあった後ですから……」

 マリアの説明によると、花火でトラウマを刺激されたらしい。
 武術大会の惨状を思い出してか、花火を楽しむどころではないようだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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