「剣士くん、余り乗り気じゃなさそうね」
カレンにそう言われて、ううんと唸りながら首を傾げる剣士。
太老との話し合いを終えた二人は、グウィンデルの独立寮へと戻ってきていた。
「太老兄を利用するのは、やめといた方が良いと思って……」
「あら? やっぱり、お兄さんを利用されるのは複雑?」
「いや、そう言う意味じゃなくて……ゴールドさんとカレンさんのためを思って言ってるんだけど……」
そうは言っても、理解はしてもらえないだろうなと剣士は考えていた。
剣士が恐れる姉達でさえ、からかいはしても太老を利用するような真似は決してしなかった。
それがどう言う結果をもたらすかを、彼女たちは嫌と言うほどよく知っているからだ。
家がよく壊れる度に剣士が修理をやらされていたのだが、その原因の半分が美星で三割が太老。残りの二割が他の姉達と言った感じだった。
しかし、それはまだマシな方で、太老が本気で絡むと問題は家の被害だけでは済まなくなる。
カレンやゴールドの目的はなんとなく理解できるが、そこに太老が絡む時点で計画通りに上手くいくとは剣士には思えなかったのだ。
「一応、忠告はしましたよ……」
無駄だろうとは思うが、もう半ば諦めにも似た境地で剣士はカレンに釘を刺す。
助けてもらい、こうして生活の面倒を看て貰った恩はあるが、我が身を犠牲にするほどの忠誠心も義理もない。
(最悪、セレスくんだけでも逃がしてあげないとな……)
自業自得で破滅へ向かおうとしている人たちはともかく、何も事情を知らないセレスが巻き込まれるのは可哀想だ。
そんな風に聖地で出来た友人のことを剣士は心配するのだった。
異世界の伝道師 第257話『トラウマ』
作者 193
【Side:マリア】
『そういうこと。なかなかの食わせ者みたいね。ラシャラちゃんの母君は……』
私は今、亜法通信機を使って、水穂お姉様にゴールド叔母様の件で相談をしていた。
何かに気付かれた様子で『やっぱりフローラの妹ね』と話すお姉様の言葉に、私も概ね同意する。
お母様は『色物女王』などと呼ばれてはいるが、バラバラだったハヴォニワを一代で統一させた政治手腕の持ち主だ。
一方でゴールド叔母様はお母様ほど政治に長けているわけではないが金儲けの匂いに敏感で、経営者として才覚は並ぶ者がいないとさえ言われるほどだ。現在では、大陸でも有数の資産家。歴史ばかりが古く、衰退の一途を辿っていたシトレイユが権勢を取り戻し、現在のように豊かになったのもゴールド叔母様の力によるところが大きいとされている。
ラシャラさんがお金にがめついのも、そうしたゴールド叔母様の悪癖と才能と受け継いでいるからだろう。
「ゴールド叔母様の狙いがわかったのですか?」
『あら? 太老くんからは何も聞いていないの?』
「……はい。お兄様は何も仰ってくれなくて……」
もう少し頼りにして欲しいと思うのは、私の我が儘だろうか?
お兄様は、いつも必要最低限のことしか教えてはくださらない。
恐らくは私のことを思ってのことだろうが、そう考えると自分の不甲斐なさが情けなくなる。
本来であれば自分で気付くべきところを、いまもこうしてお姉様に頼ってしまっている。
でも、だからと言ってわからないまま、知らないままにはしておきたくなかった。
『うちの商会と正面から争っても益はない。そう判断したのでしょう』
「えっと……それはゴールド叔母様が負けを認めたと言うことですか?」
相手がお兄様であれば、ゴールド叔母様と言えど敵わないと思っても仕方がない。
そんな風に考えたのだが、私の回答にお姉様は首を横に振って答えた。
『少し違うわね。彼女は商人よ。だから、うちの商会と市場を奪いあっても利益は薄いと考えた。それどころか、折角苦労して手に入れた販路を奪われる危険すらある。だから、そうなる前に手を打ってきたのよ。一番高く、自分たちを売り込めるタイミングを見計らってね』
唖然とした表情で、私は固まる。しかし言われてみれば、十分に有り得る可能性だと気付かされた。
シトレイユのババルン卿が動いた。その情報はゴールド叔母様であれば、誰よりも早く入手するのも難しい話ではない。
このタイミングでカレンさんが接触してきたと言うことは、その情報がお兄様にとって価値があると判断してのことだろう。
そして、恐らくそれはお兄様に恩を売り、話を持って行きやすくするための口実でしかない。
本命はゴールド商会という手土産を元に、自分自身を高く売り込むこと。ゴールド叔母様は恐らく理解しているのだろう。世界が大きく変わろうとしていることを――
だからこそ、今このタイミングで勝負にでた。ババルン卿が聖地へと赴く前に――
「それじゃあ、ゴールド叔母様の狙いは……」
『商会内での発言力を高めること。その結果次第では、正木商会を内側から乗っ取ることも考えていそうね』
やはり……と、私は歯痒い思いでスカートの裾を握り締める。
――より住みよい世界に。
商会のスローガンともなっているその言葉。
この商会は、お兄様がその理想を叶えるための手段として、お造りになったものだ。
決して私利私欲のために利用して良いものではない。例え、ゴールド叔母様と言えど許すことは出来なかった。
『とはいえ、彼女の企みは上手くはいかないでしょうね』
「え……それはどうしてでしょうか?」
『だって商会のトップは太老くんなのよ。彼以上の成果を上げることなんて誰にも出来ないでしょ?』
あ……と、私はお姉様の話を聞いて納得する。
そうだ。お兄様がそのことに気付いていないはずがない。ましてや、お兄様以上の成果を上げることなど不可能だ。
あのお母様でさえ為し得なかったことを実現し、結果を残してきたお兄様。その功績は歴史上に並ぶ者がいないほどだ。
ゴールド叔母様の商才は確かに目を瞠るものがあるが、それでもお兄様の実績に比べれば遠く及ばない。
安心した所為か、自然と口から安堵の息が漏れる。でも、やはりお兄様を利用しようだなんて……許せなかった。
(ゴールド叔母様の思い通りには決してさせませんわ)
密かに私は決意する。
お兄様の理想の邪魔は誰にもさせない。それが例え、ゴールド叔母様であろうとも――
【Side out】
【Side:水穂】
通信を終え、ふうと息を吐きながら背もたれに身体を預ける。
マリアちゃんにはああ言ったけど、ゴールドの狙いは他にあると私は考えていた。
剣士くんを保護したことからも、恐らく彼女は知っている。太老くんが異世界人あることを――
「狙いは異世界への進出。新たな市場の開拓と言ったところかしら?」
彼女は既に先を見据えて行動を起こしているのだろう。
少し勘の鋭い者なら私を含め、太老くんや剣士くんが通常の召喚でこの世界へとやってきた異世界人でないことは気付くはずだ。
それに――
「カレン・バルタね。あのバルタの姓を持つ者が偶然、剣士くんと一緒にいるとは考え難いわ」
資料を手に取ると、そこには届いたばかりのカレン・バルタの調査報告書があった。
確証は無いが、彼女も異世界人。それも事情を詳しく知らない剣士くんとは違い、私や太老くんと同じ世界≠フ人間だと思っている。
バルタと言うのは、宇宙でも有名な海賊の一族が持つ名だ。その名を持つ彼女が関係者ではないと考え難い。となると恐らくゴールドは、彼女からなんらかの情報を得ている可能性が高いと私は考えていた。
異世界を自由に行き来する技術を、私たちが隠していると考えていても不思議な話ではない。ゴールドにカレンが協力をしているのも、そこに理由があるのだろう。
カレンと友好的に接し、太老くんが探りを入れているようだという報告も入っていた。
となると恐らくは太老くんも、そのことに気付いていると見ていい。敢えて話に乗ることで、彼女たちに尻尾をださせるつもりでいるのだろう。
「でも、愚かなことをするわね。『鬼の寵児』のことを知っていれば、こんなことは出来なかったでしょうけど」
知らないとすれば、カレンは恐らく最近この世界へ召喚された異世界人ではないのだろう。
なんらかのイレギュラーか、以前の召喚の時かはわからないが、太老くんが宇宙へ上がる前にこちらの世界に飛ばされてきたと私は見ている。
そして、もう一つの報告書を手に取り、私はどう判断して良いかわからず左手を頬に当てる。
「山賊ギルド。そしてダイ・ダルマーね……」
以前、シトレイユでラシャラちゃんたちを襲ってきた者たちの背後関係を洗っていると、この名前が浮上した。
偶然と思いたいが、実は私たちの世界でも同じ名前の海賊船が、嘗て宇宙を荒らし回っていたことがある。
別名『幽霊艦』とも呼ばれ、長い年月の間、GPや樹雷の追跡を逃れていたが――
とある人物と彼の乗る新造艦の活躍で捕らえられ、ギルドは解体されたはずだった。
その船の名が『ダイ・ダルマー』。確か、ギルドのトップの名前はダ・ルマーという名前だったと記憶している。
「さすがに偶然……よね?」
ダ・ルマーギルドの名は有名だ。バルタの名を持つカレンであれば、知っていても不思議ではない。
だとすれば、この山賊ギルドに彼女が関わっている可能性も十分に考えられる。
幾らなんでもダ・ルマーギルドの関係者が、この世界にいるという偶然はないだろうと思いつつも、私は不安を拭いきれなかった。
【Side out】
その頃、山賊ギルドの旗艦〈ダイ・ダルマー〉は何者かの襲撃を受けていた。
自分たちが多くの恨みを買い、敵が多いことを理解している山賊たちは、いつものことだと高を括っていた。
コルディネに唆され帰って来なかった部下たちのこともそうだが、ハヴォニワが国策として大々的に行っている山賊狩りの影響で、山賊ギルドは全盛期に比べて大きく力を落としていた。
そうした情報を鵜呑みにした腕に自信のある輩が、時々こうして山賊を倒して名を挙げようとやってくることがあるのだ。
山賊ギルドと名乗ってはいても、すべての賊を支配下に置いているわけではない。
同業者や賞金稼ぎ。そうした輩に狙われることは今に始まったことではなかった。
故に、いつものことだと意気揚々と侵入者の排除に乗り出す山賊たちだったが、次々に気絶させられて数を減らしていく。
いつもと違う。何かがおかしいと気付いたのは、ならばと投入した聖機人も行動不能にされ、半数近くの仲間を失ってからのことだった。
「侵入者は一人じゃないのかよ!?」
「しかも女だって聞いてるぞ! 一体なにが――」
最後まで言葉を発することなく、男たちは意識を失う。
何かをされたわけではない。ただ威圧され、殺気を当てられただけで男は気を失っていた。
武術を嗜んだ者でさえ、身震いがするほどの強大な気配。同じ人間が、これだけの重圧を放っているとは信じられない。
パニックになり、我先にと逃げ出す山賊たちに目もくれず、着物姿の女性はゆったりとした足取りで奧を目指す。
「な、何者だ……」
そして彼女≠ニ、山賊ギルドの総帥ダ・ルマーは対峙した。
もう内心逃げ出したい気持ちで一杯だが、部下の手前そうすることも出来ず、ダ・ルマーは精一杯の虚勢を張って尋ねる。
思えば、最初にケチがつき始めたのは『正木太老』の名を耳にするようになってからだった。
あの時に山賊ギルドなど放り出し、さっさと逃げていればと思うが、こうなってしまうと後には引けない。
「あら? もしかして、ダ・ルマーギルドのダ・ルマーさん?」
何者かと尋ねて返ってきたのは、この世界の人間が知るはずもないことだった。
故にダ・ルマーは驚いた様子で目を瞠る。そのことを知る者が、この世界に太老たちの他にいるとは思ってもいなかったからだ。
じっと目を凝らし、女性の顔を確認するダ・ルマー。少し癖のある桜色の髪をした柔らかな笑顔が印象的な女性だ。
男なら誰もが見惚れるほどの美人。しかし彼女の発している重圧が、その笑顔を逆に恐ろしく感じさせる。
そしてダ・ルマーは気付く。忘れるはずがない。いや、忘れられるはずがなかった。
「はっ……ま、まさか……」
「覚えていてくださったみたいですね。よかった。話が早くて助かります」
「ひ、ひいいいいいいいいッ!」
もはや部下への体裁など忘れた様子で悲鳴を上げ、ダ・ルマーは椅子を転げ落ちる。その余りに情けない姿に部下たちは目を瞠って驚き、絶望する。最後の頼みの綱。一代でギルドを興し、これだけの数の山賊を支配下に収め、彼等にとって絶対とも言える存在だったギルドの総帥が情けなく助けを求め、床で泣き崩れているのだ。
しかし、それは無理もないことだった。
彼にとって太老と出会う以上の悲劇。彼がこうしている原因の一端を担った人物の関係者が目の前にいるのだから――
「不要かとは思いますが、まずは自己紹介を――」
優雅にお辞儀をする桜色の髪の女性。
樹雷四皇家の一つ『竜木』の皇眷属にして、神木の経理を統括する彼女こそ――
「立木林檎と申します」
通称、鬼姫の金庫番。立木林檎その人だった。
……TO BE CONTINUED
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