【Side:太老】
遺跡と思しき建造物が、俺の目の前にあった。
まさか、ババルンたちを追ってきて、こんなものを目にすることになるとは……。
扉に描かれた紋様。壁に描かれたレリーフ。これと似たようなものをどこかで――
「ああ、ハヴォニワの地下都市か」
祭の本体があるハヴォニワの地下都市で、これと同じような絵と文字を見た覚えがある。
となれば、これも先史文明の遺跡と見て、間違いないだろう。
しかし、こんなところに何の用があるのか?
遺跡観光ってわけでもないだろうしな……。
「……風? 一体、どこから……」
ババルンたちの姿を捜して遺跡の中へ入ると風が頬を撫でる。
そして風の流れを追ってしばらく歩くと、ドーム状の広場のような場所にでた。
その中心に巨大な縦穴が見える。どうやら、ここから冷たい風が吹き込んでいたようだ。
「まさか、ここを降りたのか?」
穴を覗き込むが、まったく底が見えない。
さすがに飛び降りたってことはないだろうが、道具なしにここを降りるのは無理があるな。
とはいえ、剣士に任せろと言ってしまった手前、諦めて帰るのもな……。
「ん……あれは?」
縦穴の横に通路のようなものを見つけ、足を向けると工房と思しき場所にでた。
ただの遺跡じゃないな。何かの調査を行っていたようで、機材などがそのままの状態で置かれていた。
それに聖機人のコクーンが持ちだされた形跡もある。
どうやって縦穴を降りたのか気になっていたが、聖機人を使ったのか。
「……さすがにコクーンはないよな?」
もう一機あればよかったのだが、予備の聖機人は残念ながらないみたいだ。
だがエアバイクを一台見つけた。これを使えば、縦穴を降りることは出来そうだ。
「なんとか動きそうだな。これなら――ッ!」
エンジンを起動し、スロットルを回した瞬間――エアバイクが勢いよく前へ飛び出す。
慌ててブレーキを踏むが、その直後――宙を舞うネジとスプリング。
どこの部品かなど考えたくない。だが現実は非情だった。
俺を乗せたバイクは暴走したまま、吸い込まれるように縦穴に落ちていく。
「こういうオチかああああッ!」
最近は余り体験していなかったオチに思わず悲鳴が漏れる。
正木の村で暮らしていた頃には、ほぼ毎日のようにあった予期せぬハプニング。
何故か、地球に残してきた家族の一人――九羅密美星の顔が頭を過ぎるのだった。
【Side out】
異世界の伝道師 第269話『封印』
作者 193
「どうした?」
「いえ、悲鳴のようなものが聞こえた気がしたのですが……気の所為でしょう」
恐らくは風の音か何かだろうと、ユライトは頭を振る。
メザイアの操縦する聖機人に運ばれ、ババルンとユライトは遺跡から続く縦穴を潜っていた。
どこまでも続くかのような暗闇の底に、白い光のようなものが見えてくる。
「これが……」
「はい。目的のモノは、この先に眠っています」
それは先史文明の技術で作られた障壁の光だった。
ユライトが探し求め、ババルンが追い求めて止まなかったもの。
それが、この光の先にある。
「破壊は可能か?」
「物理的な破壊は不可能でしょう」
封印の破壊は不可能だと、ユライトはババルンに返す。
封印に用いられている呪式は空間凍結。外部からの物理的な干渉は一切受け付けない強固な結界だ。
例え聖機人の攻撃であろうと、傷一つ付けることは叶わないだろう。しかし手段がないと言う訳ではない。
「ですが聖地で得た情報を元にすれば――」
ユライトが聖地で教師をしていたのは、この場所を探るためだけではない。教会の秘匿する技術を解析し、習得するためでもあった。
それにこれと似た技術であれば、既に正木商会が実用化に成功している。
先史文明の技術が食料品の保存に使われていると知った時は、何の冗談かと思ったものだ。
だが、苦心して手に入れた情報が無駄にならずに済んでよかったと、ユライトは内心ほっとしていた。
「解析には時間が掛かります。その間に学院に悟られると面倒ですので……」
封印の解析を進めながら、ユライトは胸もとから取り出したリモコンのボタンを押す。
その直後、爆発音が聖地にこだますのだった。
◆
「これは!?」
突然の揺れと音に驚き、マリアは窓から見える景色に目を向ける。
すると、学院の方から白い煙のようなものが上がっているのが確認することが出来た。
「大変です! 学院の警戒に当たっていた者から、学院の施設が爆破されたと連絡が!」
「……ババルン卿の仕業ですか。動きだしたみたいですわね」
慌てた様子で執務室に飛び込んできた侍従の報告から、マリアは大凡の事情を察する。
ババルンが聖地へとやってきた時点で、何か良くないことが起きることは予想していたからだ。
しかし万が一の可能性は考慮していても、ここまで直接的な手段にでるかどうかはマリアも半信半疑だった。
ここには各国から預かった聖機師の卵や王侯貴族も通っている。聖地を攻撃すれば、世界を敵に回すも同じだ。
以前ユライトが言っていたように、ババルンの目的が聖機神の復活にあったとしても世界を敵に回すなど無茶が過ぎる。
皇族派が力を増したことで、シトレイユの貴族たちが危うい立場に追い詰められていることは知っているが、そのような無謀な策にでるとは今一つ信じられなかったのだ。
こんな真似をして、一体この先どうするつもりなのか? マリアはババルンの真意を測りかねていた。
「マリア様。ラシャラ様から連絡が入っています」
「ラシャラさんから?」
侍従からラシャラから連絡が入っていると聞き、恐らくは先程の爆発の件だろうと予想を付け、マリアは通信にでる。
『学院長から連絡があった。此度の件についてじゃ……』
「学院長から? もしかしてババルン卿の狙いがわかったのですか?」
やはり、と確信を得た様子で尋ねるマリア。今回の件は不可解な点が多い。
そもそもババルンが自ら乗り込んできたのは、まだユライトが話していない。教会が隠している何かに理由があると考えていたのだ。
ババルンが無謀な策に打って出た理由。世界を敵に回しても勝利を得られるという根拠。
それが、この聖地に隠されていると――マリアは考えていたのだ。
そして、その予感は当たっていた。
『先史文明を滅ぼす元凶となったものが、聖地の地下に封印されておるらしい』
「それは……聖機神とは違うものなのですか?」
『名はガイア≠ニ言うそうじゃ。詳しいことは我も聞かされておらぬ。じゃが学院長の様子からも、かなり不味い状況のようじゃな』
先史文明を滅ぼしたとされる兵器。詳しくは知らないが、その存在についてはマリアも耳にしたことくらいはあった。
しかし先史文明に関する歴史や知識は教会が情報を秘匿しているため、一般に知られているのは荒唐無稽な御伽話のようなものばかりだ。
ハヴォニワの王女であるマリアでさえ、『ガイア』と言う名前は初めて耳にした。
聖機神が現存していることを考えれば、確かにそのようなものが実在しても不思議ではないが……嫌な予感がする。
『剣士とカレンから聞いた話とも合致する。恐らく嘘は言っていないじゃろう』
「お二人はそちらに?」
『森で太老と会ったらしいが、ひとりで大丈夫だからと追い返されたみたいじゃな。あの二人には避難が完了するまでの時間稼ぎを任せることにした』
「……そうですか」
剣士とカレンだけでなく、太老も絡んでいるとなると話の信憑性は高いとマリアは考える。
動きが的確なことを考えると、恐らく太老はこの事態を予想して動いているのだろう。
一時、学院に籠もって資料を調べていたのも生徒会の仕事などではなく、ガイアについて調べていたのかもしれないとマリアは考えた。
しかし――
『太老なら心配は要らぬ。恐らくは何か考えがあってのことじゃろう』
「……ええ」
ラシャラの言うように、マリアも太老のことを信じていないわけではない。
剣士とカレンを追い返したと言うことは、何か考えあるのだろうと言うことも想像は出来る。
なのに――
(この胸騒ぎは一体……)
ギュッと胸を押さえ、マリアは不安に満ちた表情で窓から空を見上げるのだった。
◆
「ババルン卿の狙いがガイアにあったなんて……」
受話器を置くと、学院長は深刻な表情で溜め息を漏らす。
ラシャラに事情を話し協力を要請したが、これで事態が収束に向かうとは学院長も考えてはいなかった。
ガイアへと通じる遺跡の結界に綻びが生じていると報告があったのが半刻ほど前のことだ。
その確認に職員を向かわせようと準備を進めていたところで起きた爆発騒ぎ。これを偶然と片付けることは出来ない。
そこに加え――
「シトレイユの旗艦要塞……あのようなものまで持ちだしてくるなんて……」
シトレイユの旗艦バベル。圧倒的な存在感を放つ巨大な船が、モニターには映し出されていた。
どうやって高地を越えてきたのかはわからないが、ババルンを警戒する余りバベルの接近に気付くのが遅れたことも大きな失態だ。
それにババルンの手の者と思しき工作員が聖地の至るところで破壊活動を行い、現在、聖地の職員と交戦状態にあった。
シュリフォンの警備隊からも、聖機人が何体か奪われたという報告が上がっている。
余りに動きが早すぎる。随分と前から蜂起の機会を窺っていたのだろう。状況は最悪と言ってよかった。
それに――
「まさかこのタイミングで、あなたが訪ねてくるなんてね」
「ご無沙汰しています。学院長先生」
何より学院長が頭を悩ませる原因が目の前にいた。
ゴールドだ。通信でラシャラに協力を要請したのも、彼女の提案によるものだ。
生徒たちが何かをしていることは気付いていたが、このような備えをしているなど思いもしていなかったのだろう。
「協力は感謝します。このような事態ですし確約はできませんが、可能な限り便宜を図ることを約束しましょう。ですが――」
「はい、なんでしょうか?」
「前もってこれだけの備えをしていたからには、ババルン卿の狙いに気付いていたのではないですか?」
それだけにババルンの狙いを察していたのではないかと、学院長は疑っていた。
当然、ゴールドも疑惑の目を向けられることは理解していた。それを承知の上で協力≠持ち掛けたのだ。
「ええ、彼の真の狙いがシトレイユではなく聖地にあると言うことは察しが付いていました。ですが――」
そんな学院長の疑問に悪ぶれた様子もなく、堂々とした態度でゴールドは答える。
協力を持ち掛けたのは、何も正義感に駆られてのことではない。
最高のタイミングで最大限の利益を得るため、これはあらかじめラシャラと決めていたことでもあったからだ。
「まさか聖地の地下深くに、そのようなものが隠されていたなんて知らなかったものですから」
責任を転嫁されても困る。教会がガイアのことを隠していたのが原因でしょう?
と遠回しに言われれば、学院長としても反論することは出来なかった。
「……そういうことにしておきましょうか。ここであなたを追及しても事態は解決しませんから」
これ以上の追及は無駄。そんな時間がないことは学院長も理解していた。
まずは生徒たちの避難が先だ。ガイアが復活すれば、事は聖地だけの問題では済まない。世界の行く末を左右する問題だ。
ここまで問題が大きくなってしまえば、教会の力だけで解決するのは難しいと学院長は考えていた。
各国の協力が――いや、ガイアが伝承通りの力を持っているとすれば、正木太老の――黄金の聖機人の力を借りる必要があるだろう。
だが、これまで太老に教会が取ってきた態度を考えれば、素直に要請に応じてもらえる可能性は低いと言わざるを得ない。
(教会もまた、その存在意義を問われる時がきているのかもしれませんね)
世界を管理してきたという自負を持つ以上、教会は決して認めようとはしないだろう。
しかし世界の在り方さえ変える時代の波が押し寄せていることを、学院長は肌で感じ取っていた。
……TO BE CONTINUED
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