(……なかなかに手強いですね。これは時間が掛かりそうだ)
ガイアの封印を解くために呪式の解析を進めるユライトだったが、当初の目算よりも手間取っていた。
しかし、ここで余り時間を掛けるわけにもいかない。
旗艦要塞バベルの支援があるとはいえ、学院を完全に支配下に置くのは現状の戦力では厳しい。混乱を起こすのが精一杯だろう。
それだけに、ここで時間を掛ければ、教会が介入してくる可能性が高い。それに――
(……いえ、既に動きだしている可能性が高いでしょうね)
正木商会が――太老がこのまま静観しているとは思えない。
実際、学院や寮が何者かに監視されていることに、ユライトは気付いていた。
そこで密かに用意してあった地下の隠し通路を辿って森にでたのだが、監視の目を欺けたかはわからない。
太老のことだ。その程度のことは読まれていても不思議ではないと、ユライトは考えていた。
「ユライト、もう十分だ。下がっておれ」
「兄上? ですが、まだ……」
ようやく解析が半ばに差し掛かり、僅かに封印に綻びが見えてきたところで、ユライトを押し退け前へでるババルン。
まだ封印は完全に解けていない。聖機人の攻撃でも傷一つ付かないことは、ババルンも理解しているはずだ。
だが――
ババルンが手をかざすと、封印の障壁に亀裂が走る。
「まさか、内側のガイアに直接干渉を……ッ!」
封印の綻びからガイアに直接干渉しているのだとユライトは気付く。
確かに外側から封印を破壊することは叶わずとも、内側からなら不完全な状態の封印であれば破壊することが可能かもしれない。
それに――
「なるほど……ガイアの盾が起動すれば、聖機神も復活する。これなら!」
ガイアが目覚めれば、聖機神も復活する。
内と外。その両方から巨大な力を加えれば、どれほど強固な封印と言えど破壊できない道理はない。
「さあ、目覚めの時だ!」
歓喜に満ちた声で、空へ向かってババルンは叫ぶ。
白い光が立ち上り、そのなかに現れる聖機神。
先史文明を崩壊に導いた破壊の神。その復活の時が訪れようとしていた。
異世界の伝道師 第270話『ガイア』
作者 193
「甘い、甘いすぎますわ!」
「ひ、ひぃっ! な、なんだこいつ!?」
「もっと私を愉しませなさい。この程度では準備運動にもなりませんわよ!?」
巨大な戦斧を両手に持ち、無数の聖機人を相手取る真紅の聖機人の姿があった。モルガだ。
「死ね、死ね、死ね、死ねッ! アハ、アハハハハ!」
狂気に満ちた声を響かせ、圧倒的な力で戦場を支配するモルガ。
立ち塞がる敵の首を刎ね、背を向けて逃げる者にも容赦なく斬り掛かるその姿は、まさに狂戦士の名に相応しい戦い振りだった。
「……ノリノリですね」
「……これって、私たちが陽動をやる必要があるのかしら?」
「でも、このまま任せていたら被害が広がるんじゃ……」
「まあ、そういう見方もあるわね」
地上からモルガの戦い振りを見上げながら、揃って溜め息を漏らす男女の姿があった。剣士とカレンの二人だ。
出来ることならモルガとは、余り関わり合いになりたくないと考える二人。
とはいえ、ラシャラに避難が完了するまでの時間稼ぎを頼まれた手前、何もしないと言う訳にはいかなかった。
ここで、なんの成果も上げなければ、あとでゴールドにネチネチと文句を言われることは目に見えているからだ。
仕方がないと諦め、聖機人の相手はモルガに任せることを決めた二人は、学院の施設へと足を向ける。
「なんだ、貴様等――」
案の定、銃で武装した敵の姿を見つけ、校舎内の制圧を始める剣士とカレン。
迫る銃弾を先読みすることで回避すると、瞬く間に距離を詰め、シトレイユの工作員と思しき男たちを気絶させていく。
「ん――」
そして十人ほどを気絶させ、東校舎の制圧をほぼ完了したところで、何かに気付いた様子で足を止める剣士。
不思議に思い、カレンが「どうかしたの?」と尋ねた、その時だった。
「……悲鳴?」
女生徒の悲鳴と思しき声が校舎内に響く。まだ逃げ遅れていた生徒がいたのだろう。
その声を耳にした直後、窓から外へ飛び出す剣士。そして壁伝いに校舎をよじ登っていく。
「ああ、もう!」
そんな剣士の後を、カレンは階段を使って追い掛ける。
そして最上階に辿り着いたところで銃声が響き、カレンが目的の教室に飛び込むと――
「大丈夫?」
「あ、はい。ありがとうございます」
女生徒を気遣う剣士の姿があった。床には銃が転がり、白眼を剥いた男たちが倒れている。
衣服の乱れた女生徒と、割れた窓ガラスを見て、ここで何があったかをカレンは察した。
(この連中、シトレイユの兵士じゃないわね)
先程まで相手にしていたシトレイユの工作員とは明らかに毛色の違う男たちを見て、カレンは双眸を細める。
恐らくは十分な数の戦力を確保できず、山賊か何かを船員にでも扮装させて連れてきたのだろう。
出来れば尋問して情報を得たいところだが、
(恐らく使い捨てでしょうし、まずは生徒の安全を確保するのが先ね)
与えられた仕事をこなすのが先かと意識を切り替え、カレンは女生徒に尋ねる。
「避難は開始していたはずよ? あなた、どうしてこんなところに?」
「リチア様が……」
どうして避難しなかったのかと、女生徒に尋ねるカレン。
女生徒の名はラピス・ラーズ。学院の生徒会長を務めるリチアの従者だ。
そのリチアが逃げ遅れた生徒を庇って敵に捕まったという話を、カレンと剣士はラピスから聞かされる。
そしてラピスは助けを呼ぶために校舎へと戻ってきたのだが、先程の男たちに見つかり乱暴されそうになったという話だった。
「カレンさん」
「はあ……助けに行くって言うんでしょ?」
こんな話を聞かされれば、次に剣士がどういう行動にでるかはわかりきっていた。
依頼には含まれない仕事だ。とはいえ、一度こうと決めた剣士が簡単に引き下がらないことはカレンも理解していた。
故に、
「いいわ。ただし勝手な行動を取らないこと。私の指示に従うことが条件よ」
条件付きで許可をだす。
剣士ならこの程度の相手に後れを取ることはないと思うが、人質を取られているのなら万が一と言うこともある。
逃げ遅れた生徒をここで助けておけばポイントが高いことは間違いないが、剣士を失うことだけは絶対に避けなくてはならなかった。
というのも、カレンが剣士と共に聖地へやってきたのは調査が目的だけではない。剣士の監視と護衛が彼女に与えられた役割でもあったからだ。
「でも、ラピスは……」
「当然、連れて行くわよ? 避難しろと言ったところで納得はしないでしょうしね」
カレンの話を聞き、ラピスの顔を見て、剣士は困った顔を浮かべる。
本来であれば、カレンと共に安全な場所へ避難して欲しいと考えていたのだろう。
だが、彼女はまだ学生とはいえ、聖機師の端くれだ。そしてリチアの従者でもある。
主が危険に晒されているのに、一人だけ安全な場所へ避難するような真似が出来るはずもなかった。
「危険だよ?」
「覚悟は出来ています」
決意の籠もった眼差しでそう話すラピスを見て、剣士は説得は無駄と諦めるのだった。
◆
「さあ、目覚めの時だ!」
空へ向かって叫ぶババルンの視線の先には、闘技場に安置されていたはずの聖機神の姿があった。
封印の先にあるガイアが起動したことで、その呼び掛けに応え、姿を現したのだろう。
待ち望んでいた瞬間。ガイアの復活を確信してババルンが笑みを浮かべた、その時だった。
「な……!?」
光のなかに現れる、もう一つの人影。それはエアバイクに乗った太老だった。
真っ直ぐに聖機神へ向かって、エアバイクを進める太老を見て、ババルンは慌てて指示をだす。
「奴を止めろ! 聖機神に近付け――」
だが、遅かった。
ババルンがメザイアに指示をだすよりも早く、聖機神が眩い光を放つ。
「くッ! よもや、このようなことになるとは!」
光に包まれた聖機神の全身が黄金の輝きに包まれていく光景を目にして、ババルンは唇を噛む。
あと一歩と言うところで、このような邪魔が入るとは思ってもいなかったのだろう。
まさに狙ったようなタイミングで現れた太老を、ババルンは悔しげな表情で睨み付ける。
「兄上、このままでは――」
「わかっている!」
ユライトの言葉に、余裕のない表情で答えるババルン。
(奴め、最初からこれが狙いで!)
偶然と言うのは考え難い。最初から、機会を窺っていたと考えるのが自然だ。
一連の流れを思い出し、誘き出されたのは自分の方だったのではないかとババルンは考える。
ガイアの覚醒、聖機神の復活。そのタイミングを狙っていたのだとすれば、太老の目的は――
「ガイアの盾を死守しろ! 奴に奪われてはならん!」
自分たちと同じく、ガイアの盾。そして聖機神の両方を手中に収めることが太老の狙いだとババルンは悟る。
メザイアにガイアの盾を守るように命令をだすババルン。すると、メザイアの聖機人の色が黒く変化していく。
そして――
「……太老」
先程までメザイアが座っていた聖機人の操縦席には、悲しげな表情を浮かべる少女――ドールの姿があった。
【Side:太老】
いま俺がいるのは、恐らく聖機神のコクピットだと思われる。
自分でも状況をよくわかっていないが、どうやら危機一髪のところで助かったようだ。
それに、あそこにいるのってババルンとユライトだよな?
ってことは、あの黒い聖機人≠操縦してるのがメザイアか?
「来ると思っていたわ。太老」
「その声、ドールか?」
あれ? メザイアは?
てっきり聖機人を操縦してるのはメザイアだと思ってたんだが……。
状況がさっぱり呑み込めない。一体なにがどうなって――
「くッ! いまの攻撃を弾くなんて――」
しかも、どう言う訳か、俺は今ドールに攻撃をされていた。
ドールを怒らせるようなことをした覚えは――
嫌がるドールにメイド服を着せたりした記憶はあるが、あれは無断外泊の罰だしな。
それに結構、本人もノリノリだったような覚えがある。あの件に関しては、俺は悪くないはずだ。
「ドール。落ち着け、俺はお前と戦う理由なんて――」
「アンタになくても、私にはあるのよ!」
うん……やっぱり俺は知らず知らずのうちにドールを怒らせていたらしい。
しかし聖機神でもヤタノカガミは効力を発揮しているようで、ドールの攻撃はまったく通じていない。
それどころか、攻撃を繰り返す度に衝撃が機体に返り、黒い聖機人の方がダメージを負っている様子だった。
放って置いても害はないとはいえ、このままと言う訳にはいかないだろう。
「ドール。少しは落ち着け」
「な――ッ!」
剣が振り下ろされる前に腕を掴み、そのまま黒い聖機人を押さえ込む。
思った通り、所詮は聖機人。パワーは圧倒的に聖機神の方が上のようだ。
「離して、私は――」
声を荒げ、ジタバタと暴れるドール。
しかし抜け出せないと悟ったのか? それとも亜法耐性の限界がきたのか?
だらりと力を抜き、黒い聖機人は動きを止める。
(……やっと大人しくなってくれたか)
ドールが大人しくなったことで、ほっと安堵の息を吐く。
なんで怒っているのかはわからないが、俺にドールを傷つけるつもりはない。
出来ることなら家族を交えて、平和的に話し合いで解決したいと考えていた。
(メザイアの件も確認しないといけないしな)
ババルンとユライトの姿を捜して、先程まで黒い聖機人のいた場所を探る。
しかし、どこにも二人の姿は見当たらなく――
「なんだ? この穴は……」
目の前には巨大な横穴が広がっていた。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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