現在、主流となっている導力式の武器ではなく、火薬を用いた銃火器で武装した集団が夜の闇に紛れてユミルの(さと)を目指していた。
 貴族連合――アルバレア公に雇われて、アルフィンをさらいにやってきた猟兵たちだ。
 その数は十三名。こんな何もない辺境に投じる戦力にしては些か過剰なくらいだ。

「待て」

 近くの森に飛空艇を着陸させ、不意を突くつもりで徒歩で郷に近づいた猟兵の集団は、ここにきて様子がおかしいことに気付く。
 幾ら遅い時間とは言っても静かすぎる。郷に灯りが一つも点っていないことも妙だ。
 罠か――と、情報にあった〈西風の旅団〉のメンバーのことが頭を過ぎる。十代半ばの子供が二人という話だが、西ゼムリア最強とまで呼ばれる猟兵団に身を置く〈西風の妖精(シルフィード)〉とその〈騎士(ナイト)〉の名は彼等も耳にしていた。
 決して油断の出来る相手ではない。今回十人以上もの団員を連れてきたのも、その情報があったからだ。
 周囲を警戒しながら慎重に進むように仲間に指示し、男は郷への侵入を試みる。その直後だった。

「爆発音――敵襲……いや、導力地雷(オーバルマイン)か!?」

 背後をつくため、反対側の森から郷への侵入を試みるはずだった部隊からの音信が、複数の爆発音と共に消失した。

「灯を消していたのは、このためか……っ! 足下に気を配れ、地雷が仕掛けられているぞ!」

 長年の経験からすぐに敵の狙いを読み、この作戦の指揮官(リーダー)――猟兵部隊の部隊長は、仲間に聞こえるように声を張らし注意を促す。猟兵たちを警戒させ、突入を尻込みさせるには十分な初撃だった。
 だからと言って、この程度で撤退しては猟兵の恥だ。今後の仕事にも影響しかねない。爆発の影響で雪が舞い、視界の悪くなった闇の中を、罠に気を付けながら猟兵たちは進む。
 何人かやられはしたが、それでもまだ作戦が失敗に終わったわけではない。
 指揮官の男が部下に不安を見せないように、そう自分に言い聞かせようとした、その時――
 銃撃音と仲間の悲鳴が山に反射して、ようやく郷の入り口へ辿り着いた男たちの耳へと届いた。

「銃声! どこから――」

 降り積もる雪に溶け込むように姿を隠し、猟兵たちに接近する白い影。銀色の髪が月明かりに反射して、微かな煌めきを放つ。ようやく何者かの接近に気付き、武器を構える猟兵たち。その視線の先には、フィー・クラウゼル――〈西風の妖精(シルフィード)〉の異名を持つ双銃剣(ダブルガンソード)の使い手がいた。

「排除する――」

 猟兵たちが銃口を向けるより早く、二丁の銃剣から放たれた無数の弾丸が猟兵たちに降り注ぐ。
 ――クリアランス。フィーが得意とする戦技(クラフト)の一つ。主に敵の足止めや撹乱に用いる広範囲攻撃だ。
 この視界では威力や命中率には期待できないが、そもそも倒しきることが目的の攻撃ではなかった。

「ぐあっ!」
「くそおっ!」

 それでも足を取られ、数人の男たちが雪の上に倒れ込む。仲間がやられたのを見て、すぐさま反撃にでる猟兵たち。
 猟兵たちの手にしたライフルから無数の弾丸が、フィー目掛けて放たれる。しかし、足場の悪い雪の上を信じられない速度で疾走するフィーの姿を捉えきれず、猟兵たちの放った弾丸は降り積もる雪へと吸い込まれていく。

「散開しろ!」

 機動力は相手の方が圧倒的に上。逆に猟兵たちは足を取られて思うように動けない。このまま固まっていては狙い撃ちにされるだけだ。そう考えた指揮官は仲間たちに指示を飛ばし、網を広げるように散開を始める。
 散らばることで包囲しながら、フィーの行動範囲を狭めていく猟兵たち。例え、機動力で負けていようと逃げ道を塞いでしまえば良いだけの話。敵は所詮一人だ。数の利を生かして猟兵たちは巧みに獲物を追い詰めていく。
 こうした咄嗟の判断力と連携の上手さは、さすがに実戦経験を豊富に積んだ高ランクの猟兵と言えるものだった。
 しかし、それは彼等≠燗ッじだ。修羅場を潜っているいう意味では、フィーも彼≠熾奄ッてはいない。
 導力地雷は猟兵たちの警戒を誘うためのもの。フィーの奇襲や粉雪の煙幕は、そんな彼等の注目を惹くための囮。本命は――別にあった。

「ナイスだ。フィー」
「なにっ――」

 予期せぬ方向からの声に、僅かに猟兵たちの反応が遅れた。
 その一瞬の隙を逃さず、黒髪の青年は左手≠ノ持ったブレードライフルを猟兵たちの足下へと突き刺す。

「吹き飛べ――」

 青年がそう叫んだ瞬間、全身から闘気が放出され、ブレードライフルが赤く輝く。
 戦技〈オーバーロード〉――集束された闘気が地中で膨大な熱を放ち、一瞬にして地表の雪を蒸発させる。その瞬間、巨大な爆発が起こった。
 全身を貫く衝撃と共に、雪の上を転がるように吹き飛ばされる猟兵たち。全身を覆っていたプロテクトアーマーや強化マスクにもヒビが入り、その衝撃で一部が砕け散る。そんな状況のなかでも咄嗟の判断で頭を庇い、どうにか受け身を取りながら体勢を立て直す猟兵たち。しかし、それでも攻撃を凌ぎ、二本の足で立っているのは僅かに五人しかいなかった。

「くっ……まさか、あんな方法で来るとは……」

 一歩間違えば自分も大怪我を負いかねない自爆紛いの一撃だ。猟兵の彼等からしても正気の沙汰とは思えない。しかし、それでもその効果は絶大だったと、難を逃れた猟兵たちは認めずにはいられなかった。
 獲物を追い詰めたつもりで、まんまと誘い込まれたのだと指揮官は自分の失策に気付く。
 僅か数分。突入から十分と経たない内に、猟兵たちはその数を半数以下に減らしていた。
 ほぼ壊滅状態と言ってもいい損失だ。そんな彼等に一切の容赦なく、左手に持ったブレードライフルを突きつける黒髪の青年。
 粉雪が晴れ、月明かりに照らし出された青年の顔を見て、猟兵の一人が忌々しげにその異名を口にする。

「〈妖精の騎士(エルフィン・ナイト)〉……」

 クラウゼルの名を継ぐ〈妖精〉の片割れ。〈騎士〉の名で知られる黒髪の片手銃剣(ブレードライフル)使い――リィン・クラウゼル。
 この西ゼムリア大陸で活動する猟兵のなかに、その名を知らない者など一人としていない。
 まだ二十にも満たない青年に、百戦錬磨の猟兵たちが呑まれていた。

「その装備から察するに〈北の猟兵団〉か」
「元より名を隠すつもりはないが、さすがと言っておこう……」
「俺のことを知っているなら話は早い。このまま、ここで朽ちるか引くか、選べ」

 氷のように冷たい視線が、猟兵たちに突き刺さる。
 その言葉どおり目の前の男が躊躇なく人を殺せる――こちら側≠フ人間であることを猟兵たちは知っていた。
 あの〈猟兵王〉に迫る戦闘力を有すると噂される戦場の申し子――〈妖精の騎士〉リィン・クラウゼル。そして、その〈騎士〉が守護する〈西風の妖精〉フィー・クラウゼル。クラウゼルの名を継ぐ二人を相手に残された戦力で勝利できる見込みは、かなり低いと猟兵たちの指揮官は考える。しかし――

「詰めが甘かったな!」
「……何?」

 ミシミシと巨木のへし折れる音が、郷全体に響き渡る。
 漆黒の闇に沈む森の中から、ゆらりと姿を見せる巨大な影。その影を見て、リィンは若干呆れた表情でボソリと呟く。

「機甲兵か。こんなものまで持ち込んでくるとはな……」

 月明かりに照らされ、全高七アージュほどの鋼の騎士が姿を見せる。
 ――機甲兵。〈騎神〉を元にラインフォルト社の第五開発室が造り上げた、貴族連合の主力兵器だ。

機甲兵(ドラッケン)、奴等の相手をしろ! 動ける者は皇女を確保――」
「さっきの話が聞こえなかったのか? 俺は選べ≠ニ言ったんだ」
「な――」

 この場を機甲兵に預け、アルフィンの確保に向かおうとした猟兵たちに、瞬く間に距離を詰め、ブレードライフルを振り下ろすリィン。
 間一髪のところを雪上を転がりながら回避する猟兵たちだったが、その直後――フィーの投げた閃光弾(スタン・グレネード)が辺り一帯を光に呑み込んだ。これにはたまらず、手で目を庇う猟兵たち。

「目眩ましか……だが、こんなもの」
「ぐはっ!」
「があ――」

 視界を封じられた中、猟兵たちの悲鳴が銀世界に響く。
 この状況で機甲兵を暴れさせれば、同士討ちになりかねない。そう考えた指揮官は部下へと指示を飛ばす。

「機甲兵を盾にして距離を取れ!」

 指揮官の言葉に従い、弾をばらまきながら後ろに下がる猟兵たち。無数に放たれた弾丸によって、真っ白な雪煙が発生する。

「……やったか?」

 猟兵たちは武器を構えたまま、じっと様子を窺う。雪煙が晴れてくると、ぼーっと人影のようなものが見えてきた。
 血を流して雪に横たわる二人の猟兵と、まったくの無傷で背中合わせに並び立つ〈妖精〉と〈騎士〉の姿がそこにあった。
 これで残りは指揮官を含めて三人。機甲兵をいれても数は四。
 数多くの戦場を潜り抜けてきた猟兵たちにとって、たった二人を相手に悪夢としか思えない光景だった。
 だが、この状況を生み出した――その正体の一端を目にして、指揮官は叫ぶ。

「戦術リンク――報告にあった次世代導力器(オーブメント)か!」

 リィンとフィーの足下に薄らと光輝く小さな陣。それは、戦術リンクと呼ばれるものだった。
 この戦術リンクによって結ばれた者同士は、まるで思考がリンクしているかのような息の合った連携が可能となる。個人差があるとはいえ、その恩恵は戦場を体験したことのある者なら誰もが驚くほど計り知れないものだ。それを可能としているのが、エプスタイン財団とラインフォルト社の共同開発により、帝国独自の戦術オーブメントとして開発された次世代導力器の一つ――〈ARCUS(アークス)〉と呼ばれる新型の戦術オーブメントだった。
 士官学院への誘いは断ったもののテスト運用を兼ねて、実戦経験豊富な二人にデータ取りに協力して欲しいと、アルフィンを通じてリィンたちに贈られたものだ。クォーツと呼ばれる結晶回路をセットすることで、従来の導力器と同じように身体能力の強化や導力魔法(アーツ)の発動を可能とする他、通信機能を内在し、戦術リンクという特殊な能力を使うことが出来る。二人の足下で光っている陣のようなものが、それだった。
 リィンとフィーは僅か数日で、その力を完全に使いこなしていた。元々、本当の兄妹のように息の合った二人だ。相性も抜群だったと言えるだろう。
 視界の悪い状況での息の合った連携の正体を知り、猟兵たちは自分たちの不利を悟る。しかし、まだ彼等には切り札≠ェ残っていた。

「くっ! だが、まだこちらには機甲兵がいる!」

 指揮官が指示を出すよりも早く、機甲兵の巨大な剣が二人の頭上に振り下ろされる。
 衝撃で、雪煙を巻き上げる機甲兵の一撃。しかし、その一撃が二人を捉えることはなかった。
 巨大な剣を足場に、腕を伝って機甲兵の頭部へと迫るフィー。

『なんだとっ!?』

 慌てて腕を持ち上げ、フィーを振り落とそうとする機甲兵の操縦者。しかし、フィーは双銃剣を正面に構え、爆発的な脚力で一瞬にして間合いを詰める。
 そして――抜き去ると同時に、機甲兵のセンサーがある頭部カメラをフィーは撃ち抜いた。

『くっ! メインカメラが……』

 頭部にあるメインカメラをやられて、よろよろと膝をつく機甲兵。
 すぐにサブカメラへと切り替え、追撃に備える機甲兵の操縦者だったが、その僅かな隙を逃すリィンではなかった。

「遅い――」

 その瞬間を待っていたかのように、髪を白く染めたリィンが距離を詰め、ブレードライフルを機甲兵の肩へと突き立てる。
 固い装甲ではなく接合部を狙った一撃。リィンは、そのままブレードライフルの引き金を引く。
 ゼロ距離からの全力射撃。肩の装甲が弾け飛び、爆発が起きる。
 その衝撃で横向きに倒れ込む機甲兵を見て、指揮官は目を瞠りながら呟いた。

「これが大陸最強の猟兵団の実力か……」

 油断をしたわけではない。それでもリィンとフィーの力が、彼等の予想を大きく上回っていた。
 髪を白く染め上げ、真っ赤な瞳で恐ろしいまでの殺気をぶつけてくるリィンに、残された猟兵たちは完全に戦意を喪失していた。
 潮時か――と、指揮官は作戦の継続を断念する。雇い主の指示は、ユミルの調査とアルフィンの姿が確認できた場合、その確保にあった。
 アルフィンの身柄を確保できない以上、作戦は失敗だ。しかし、ユミルの調査という目的の半分は達成している。少なくとも報酬分は働いた。これ以上は割に合わないと男は判断する。

「撤収するぞ……」

 よろよろと立ち上がりながら、傷ついた仲間を担いで撤退を始める猟兵たち。半壊した機甲兵もどうにか起き上がり、現れた森の中へと姿を消していく。そんな猟兵たちが立ち去る姿を、睨みをきかせながらリィンとフィーは無言で見送った。
 気配が完全に去ったことで警戒を弱め、〈鬼の力〉を解くリィン。この力をリィンは普段余り使おうとしない。身体への負担が大きいということもあるが、戦闘に集中しすぎると感情が昂ぶって加減が難しくなる。最悪、力を使いすぎると破壊衝動に呑まれ、やり過ぎてしまうことからリィンは極力、この力に頼らないようにしていた。あと見た目が中二臭い≠ニいうのも、リィンが〈鬼の力〉を使いたがらない理由だ。
 今回の相手は確かに手強かったが、いつものリィンであれば力を使うほどではなかったとフィーは見立てていた。
 それなのに、力を使わざるを得なかった理由――それは間違いなく、この間の怪我が理由だろうと、フィーはリィンの右腕を見る。大丈夫だとリィンは言っていたが、利き手ではなく左手を使って戦っていたことからも、万全と言えない状態であることは明らかだ。フィーは心配そうに、そんなリィンに尋ねる。

「あのまま行かせてよかったの?」
「いまのところはな」

 フィーが言いたいことは、リィンも理解していた。
 終始圧倒はしていたが、だからと言って余裕のある戦いとは言えなかった。
 ここで徹底的に潰しておいた方がいいのではないか? フィーのそうした考えは、間違いとは言えない。しかし、相手があの猟兵たちだけであればそれでもいいが、連中の背後にはまだ貴族連合がいる。その点からも生かして帰した方が、今後の動きが読みやすくなるという意味でメリットは大きいとリィンは考えた。
 それに、郷へのダメージを最小限に抑え、敵部隊を撤退させられれば成果としては上々だ。少なくとも連中が情報を持ち帰ることで敵は警戒する。ユミルに戦う意志と力があることを証明できただけでも効果はあった。
 そして、ユミルにはアルフィンがいることを除けば、貴族連合にとって戦略上のメリットとなるものは何一つない。こんな辺境の地に戦力を割く余裕は、いまの貴族連合にはないはずだ。だからこそ、猟兵を投入するなどという手に頼らざるを得なかった。しばらくは、大規模な敵の襲撃はないと考えていいだろう。
 取り敢えずは時間を稼ぐこと。それが、いまリィンたちに取れる最善の方法だった。それに――

「フィーは先に屋敷へ戻って、男爵に敵が撤退したことを伝えてくれるか?」
「リィンはどうするの?」
「俺は念のため、もう少し周囲を見回ってみる」
「ん……分かった。気を付けて」

 フィーが立ち去ったのを確認して、リィンは広場の中央から見える教会の屋根を見上げ、

「そろそろ出て来たらどうだ?」

 誰もいないはずの空に向かって、呼びかけた。


  ◆


 小さな人影が、教会の屋根――何もない空間から姿を見せる。それは無機質な、冷たい眼をした少女だった。
 どこか先鋭的な――機能性を重視した水着のような衣装に身を包み、その上から尻尾のようにコードが伸びた黒いコートみたいなものを羽織っている。頭をすっぽりと覆うフードの隙間からは、月明かりに煌めく長い銀色の髪が覗き見えた。そして少女の傍らには、二アージュを超える黒い人型の傀儡(くぐつ)が寄り添うように浮かんでいた。
 その表情からは分かり難いが、少女は驚いた様子で言葉を発する。

「驚きました。完全に姿を消していたはずなのに……いつから気付いていたのですか?」
「勘は良い方でね。最初から、ずっと隙を窺っていたんだろ?」

 原作知識だとはまさか言えず、適当な言葉で誤魔化すリィン。
 彼女の名前はアルティナ・オライオン。〈黒兎(ブラック・ラビット)〉の異名(コードネーム)を持つ傀儡(くぐつ)使いだ。
 常に傍に控える黒い傀儡――〈クラウ=ソラス〉の力によって周囲の景色に溶け込み、姿を隠すことが出来る。
 その隠密能力は驚くほど高く、リィンもアルティナが現れる可能性を考慮して注意を配っていなければ気付かないほどだった。
 フィーはなんとなく気付いていた様子だが――余程、近づかれない限りは察知することは難しいだろう。

「狙いはアルフィンか? なら、諦めるんだな」
「なるほど……こちらの動きは読まれていた、というわけですか。フィー・クラウゼルを先に帰したのも、援軍を警戒してのことですか?」
「まだ伏兵がいないとは限らないしな」
「いえ、残念ながら私で最後≠ナす」

 姿を隠して機会を窺っていた風には見えないほど、あっさりと白状するアルティナ。
 これにはリィンも拍子抜けする。なんとなくマイペースなところがフィーに似ていた。

「しかし、一つだけ訂正しなければなりません。私の目的はアルフィン・ライゼ・アルノールだけではありません」
「……どういう意味だ?」
「リィン・クラウゼル――あなたに伝言(メッセージ)≠ェあります」



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