「シャーリィの奴、どこ行きやがった!?」

 リィンたちが城で晩餐会に参加している頃、ヴァルカンはまだシャーリィを捜していた。
 あと一時間ほどで日付が変わる。幾ら王都が夜でも明るく賑やかな街だと言っても、酒場や娼館以外では開いている店も少ない時間だ。かれこれ三時間以上、こうしてシャーリィを捜しているが足取り一つ掴めないでいた。
 何分、王都は広い。人口三十万人を要する大都市だ。そんな街で一人の少女を捜しだすというのは困難を極める任務だった。一瞬、通りに大きく掲げられた『支える籠手』の紋章が目に入り、ギルドを頼るかと考えたが、猟兵が遊撃士に依頼するというのはヴァルカンの矜持が許さなかった。
 だからと言って、リベールにツテなどない。取れる手段と言えば、ひたすら聞き込みをして足で稼ぐと言ったことしか出来ない。これは大陸各地に拠点と独自の情報網を持つ〈西風の旅団〉や〈赤い星座〉に比べて、まだ新参に過ぎない猟兵団の弱味でもあった。
 しかし道行く人に声を掛けても、ヴァルカンの体格と人相では逃げられるばかりで、まともに情報など集まりはしない。
 そうして途方に暮れ、半ば諦めかけていた、その時。

「お前が通報のあった大男だな」
「は? 何を言ってやがる?」

 武器を手にした衛兵と思しき男たちに囲まれ、いつもの癖でヴァルカンは睨み返す。
 その迫力に気圧され、思わず腰が引ける衛兵たち。しかし街の治安を預かる者として、ここで引き下がるわけにはいかなかった。

「て、抵抗するつもりか!?」
「抵抗も何も俺は……」

 ヴァルカンは何もしてないと弁解するつもりで前に足を踏み出したのだが、それを抵抗と勘違いした衛兵たちは槍を突き出す。
 だが、そんな腰の引けた攻撃が当たるはずもなく、余裕でヴァルカンが避けると衛兵たちはもつれるように地面に転がった。

「くっ! 応援だ! 応援を呼べ!」

 そして王都に響く笛の音。さすがに状況を悟ったヴァルカンは慌てて逃げる。
 しかし笛に気付き、ゾロゾロと集まってくる衛兵たち。必死に逃げるヴァルカン。
 そうしてリィンの知らないところで、壮大な捕り物劇が始まった。

「くそ! なんでこうなるんだ!? 恨むぞ、団長――ッ!」

 ヴァルカンの声が、王都の空に虚しく響くのだった。


  ◆


「……酒場? って、未成年よね?」
「それを彼女に言っても無駄だとは思うけどね……」

 いろいろとシャーリィに連れ回された挙げ句、エステルとヨシュアが最後に連れて来られたのは街の南通りにある酒場だった。
 補足するならエステルの姉代わりでもあり、ギルドの先輩でもある遊撃士が贔屓にしている店でもある。明らかに未成年のシャーリィが、足を運ぶような場所ではない。だがヨシュアに言われて、今更なことに気付くとエステルは「それもそうか」と肩を落とした。実際これまでにシャーリィの立ち寄った店は、どこも子供が夜中にうろうろとするような場所ではなかった。エステルですら噂には聞いていたが、近寄ったこともないような店に興味津々と言った様子で突撃するシャーリィに手を焼かされたのだ。
 それに比べれば酒場なんて、まだマシな方だと思えるくらいだった。

「繁盛しているみたいね」
「……そうだね」
「ヨシュア? どうかしたの?」

 酒場の中は随分と賑わていた。男女比率で言えば、女性客の方が若干多いように思えるが、ジョッキを片手に騒ぐ姿はよく見る酒場の光景と言っても良いだろう。
 しかしヨシュアの様子がおかしいことに気付き、エステルは不思議そうに首を傾げる。

「シャーリィ! あなた、どこに行ってたの!?」

 そんななかエステルたちと一緒にいるシャーリィの姿を見つけ、声を掛けながら近寄ってくる人影があった。
 右眼に眼帯を付けた明るい髪の女性。スカーレットだ。

「ん? 普通に街をぶらぶらしてただけだけど?」
「アンタねえ……」

 いつもの調子でお気楽な返事をするシャーリィを見て、スカーレットは何を言っても無駄と諦めた様子で溜め息を漏らす。とはいえ、大きな騒ぎを起こすことなく、こうして無事に戻って来てくれただけでも幸いだと考えることにした。
 だが、ふとエステルとヨシュアの姿が視界に入り、スカーレットは困った表情を浮かべる。人の良さそうなエステルを見て、またシャーリィが無理を言って一般人に迷惑を掛けたのではないかと考えたからだ。

「ごめんなさい。うちの子が迷惑を掛けたみたいね」
「いえ、迷惑だなんてそんな……って、うち? まさか、あなた〈暁の旅団〉の……」
「あら? あなたみたいなお嬢ちゃんにまで知られているなんて、私たちも有名になったものね」

 自分たちが有名人だという自覚は、スカーレットにもそれなりにある。しかし、ここは帝国ではなくリベールだ。それにエステルのような一般人にしか見えない少女にまで団の名前が知られているとは思わず、スカーレットは若干驚いた様子を見せた。
 一方でエステルはと言うと、以前に見せてもらった写真にスカーレットの姿が写っていたことを思いだし、ようやく気付いた様子で「ああっ!」と声を上げる。だとすれば、ここにいる客の正体にも察しが付くと言うものだった。

「自己紹介が遅れたわね。私はスカーレット。ご推察の通り〈暁の旅団〉に所属する猟兵よ」


  ◆


「いい加減、機嫌を直してくれないか?」
「……私は別に怒ってません」

 明らかに怒ってるじゃないかと、パーティー会場の隅でリィンは溜め息を漏らす。
 しかし、溜め息を漏らしたいのはエリゼの方も同じだった。

「兄様はいつもそうです。姫様があの場を収めなければ、どうなっていたことか……」
「まあ、リベールの次期女王様に公の場で恥を掻かせたんだ。いまよりもっと周りの目が厳しくなってただろうな。実際、睨んできている連中が何人かいるし……ああっ、エリゼみたいな美少女を独占してるからか?」
「また、話をはぐらかそうとする。もう、その手には騙されませんよ?」

 と言いながらも、リィンに『美少女』と言われて気を良くしたのか、少しだけ表情が和らぐ。
 それにリィンも別にお世辞で言ったわけではない。クローディアから借りたという衣装は、エリゼの黒髪によくマッチした淡い桜色の生地を合わせたものだ。フリルをあしらったものではなく、すっきりとしたデザインが未成熟な色気と上品さを醸し出していた。
 実際、アルフィンの次に多くの男性客の目を惹いているのは、エリゼと言って間違いないだろう。自分に向けられている視線の多くに、そうした男たちの嫉妬が含まれていることにリィンは気付いていた。

「兄様の考えは理解しているつもりです。ですが、もう少しご自分を労ってください」

 エリゼも本心ではわかっているのだ。リィンは何も間違ったことをしていない。しかし、もう少し自分自身のことも労って欲しかった。
 この国の人々からすれば、リィンたちは余所者だ。それに現在でこそ帝国と王国は友好を結んではいるが、過去には戦争を経験したこともある仮想敵国だ。二年前にも、王国の異変に介入して帝国が軍を進めようとした事件があった。
 そうした経緯からアリシア二世からの要請があったとはいえ、ユリアやクローディアの対応を見るに、自分たちが歓迎されていないことについてはエリゼも薄々と勘付いていた。だから敢えてリィンが悪役を買ってでるような真似をしたということにも――
 クローディアの間違いを正すためというのもあるのだろうが、もう一つ大きな理由に悪意ある者たちの目を自分に向けさせることが目的だった。アルフィンたちを心ない者たちの視線から守るためだ。
 そのなかに自分も含まれていることをエリゼは理解していた。
 だからリィンのことを心配し、怒っているのだ。

(まいったな……)

 何をエリゼが怒っているかは、さすがにリィンも察しが付いていた。間違ったことをしたとは思っていない。ただ、エリゼたちの気持ちを考えなかったのは確かだ。悪意や奇異な視線を向けられることには慣れているので、そこまで気が回らなかったというのが本音だった。エリゼからすれば、それが納得行かないのだろう。
 どうしたものかとリィンが悩んでいると、パーティー会場に音楽が鳴り始めた。王都でも有名な音楽団による演奏だ。
 周囲を見渡すと男女がカップルとなり、中央の開けた場所で音楽に合わせて踊りを披露していた。
 それを見て、リィンは少し逡巡した後、お辞儀をしながらエリゼに手を差し出す。

「お嬢様。私と一曲、踊って頂けますか?」
「え? に、兄様……ッ!?」

 困惑しながらもリィンに手を引かれ、会場の中央へとエリゼは足を進める。そして――
 すっとリィンの胸もとに引き寄せられ、音楽の旋律に合わせてエリゼはステップを踏んだ。

「兄様、どこでダンスを?」
「昔ちょっとな。なかなか様になってるだろ?」

 エリゼは改めてリィンの多芸さに驚かされる。幼い頃から貴族の嗜みとしてダンスや礼儀作法を学んできたエリゼの目から見て、若干の拙さはあるもものリィンの足運びは十分通用するものだった。
 踊りと武芸は通じるところがあるとよく言われるが、それにしたって経験がなければ、ここまで上手くは踊れないだろう。
 実際、リィンが踊れると思っていたものは一人もいないようで、呆気に取られた様子で会場の人々は二人のダンスを眺めていた。

「怒らせた理由にも察しは付いているが悪いな。これで勘弁してくれ」
「……心配を掛けないと、仰ってはくださらないのですね」
「無理なことは約束しない主義だからな」
「そういう狡いところは嫌いです。ですが……」

 嘘でも「もう心配を掛けない」と言って欲しかった。
 しかし、そんな気休めを口にする人物でないことは、エリゼもよく知っていた。
 だから一つだけ知っていて欲しかった。

「兄様はたくさんの人に愛され、必要とされているということを忘れないでください」

 世間に疎まれ、どれだけ多くの人に悪意を向けられようと、同じくらいリィンのことを信じている人が、愛する人々がたくさんいることを――
 それはリィンがこれまでに培ってきた絆だ。エリゼが何を言わんとしているのか、分からないリィンではなかった。
 それは以前、リィン自身がオリヴァルトに忠告した言葉でもあるからだ。

「肝に銘じておくよ」

 ――縁は深まれば絆となる。そして一度、結ばれた縁は決して途切れることはない。
 原作でカシウス・ブライトが義理の息子に向けて口にした言葉だ。
 それに習い、以前クロウの件でオリヴァルトに忠告したことが、そのまま自分に返ってくるとはリィンも思ってはいなかった。


  ◆


 翌朝――

「エリゼだけ狡いです」

 と、部屋まで押し掛けてきたアルフィンに半目で睨まれ、ダンスのことを言われているのだと察したリィンは困った顔で、

「まあ、次の機会にな」

 そう言葉を濁した。「絶対ですよ」と念を押すアルフィンを見て、リィンは苦笑する。
 パーティーが終わった後、リィンたちはグランセル城に一泊した。アルフィンは国賓として招かれている。ともなれば、リベールには彼女を最大限に持て成す理由がある。当然そういう流れになるだろうとは予想していたので、特に断る理由もなかったと言う訳だ。

「どこかに行かれるのですか?」

 腰に二本の銃剣(ブレードライフル)を携えたリィンの姿を見て、アルフィンは少し不安げに尋ねる。
 二回目の会談の予定は明後日だ。少なくとも、それまでは城に滞在することになるだろう。
 そして今日は昼からクローディアの案内で、エルベ離宮を訪問する予定となっていた。
 当然アルフィンは、リィンも一緒に行くと思っていたのだ。

「ああ、そのことなんだが、船から連絡があってな」
「……何か、問題でも?」

 帝国でも猟兵に対する偏見はあるが、少なくともこの国ほどではない。昨夜のパーティーの件といい、リィンへ向ける周囲の眼差しが、どこか嫌悪と恐れを含んでいることにアルフィンは気付いていた。
 ともすれば、問題が起きたとしても不思議ではない。特にシャーリィが昨夜から姿を消していることはアルフィンも知っていた。

「……まさか、付いてくるつもりか?」
「話の内容次第です。場合によっては正式にリベールへ抗議しないといけませんから」

 実のところアルフィンはこうした王国のリィンへの態度に、少し腹を据えかねていた。過去の経緯から法律で猟兵団の運用が禁止されていることが理由にあるのだろうが、それでも女王が招いた客に接する態度ではない。国賓として招かれたのはアルフィンだが、そのアルフィンが護衛としてリィンを連れてきた以上、同じように賓客として扱うべき相手だ。
 勿論、全員がそのような態度を取っているわけではないし、昨日のパーティーの件を含め、リィンにも悪いところはある。しかし主君が問題としていないことを、下の者が感情に引き摺られて侮るなどあってはならないことだ、リィンは気にしていないと言うかもしれないが、アルフィンからすれば納得の行く話ではなかった。
 昨夜のことはパーティーの主催者でもあるアリシア二世やクローディアの顔を立て、何も言わなかった。しかし、もしリィンや〈暁の旅団〉が不当な扱いを受けているのであれば、正式にリベールへ抗議するつもりでいた。それは彼等をこの国へ連れてきたアルフィンの顔に泥を塗る行為に他ならないからだ。
 そんなアルフィンの静かな怒りを察して、リィンは困った様子で頬を掻く。

「心配するな。そういうのじゃないから」

 アルフィンの立場を考えれば言いたいことも分からないではないが、今更よく知らない相手から変な目で見られたくらいで、何かを言うつもりなどリィンはなかった。その程度のことを気にしていては、猟兵などやってはいられないからだ。それにアルフィンが自分たちに肩入れし過ぎるのも、よくない傾向だとリィンは考えていた。
 王国は君主制を敷いてはいるものの既に貴族制度は廃止されており、アリシア二世の治政が上手く機能していることもあって無闇矢鱈と権威を振りかざす人間は少ない。だが、王家の権威が失われたわけではない。むしろ、この国は忠誠心の厚い人間が揃っていた。
 猟兵に対する偏見は確かにあるのだろうが、それ以上に分を弁えない態度が、王家に忠誠を誓う人々の反感を買っているのだろうとリィンは推察していた。
 アルフィンが抗議すれば王国は謝罪するかもしれないが、そのことを快く思わない連中も出て来るだろう。むしろ女王に頭を下げさせたとあっては、余計に反発を招くだけだ。それがわかっているからこそ、アリシア二世もカシウスにすべてを委ね、自身は静観を決め込んでいるのだと察することが出来る。
 それに今回のことはリベールとは関係ない。どちらかと言えば、個人的な問題と言ってよかった。

「遊撃士の二人が、俺を訪ねてきてるらしい」
「遊撃士ですか?」

 遊撃士と聞いてアルフィンは怒りを忘れ、今度は困惑の表情を見せる。猟兵と遊撃士は、言ってみれば水と油の関係だ。戦争を生業とし、目的のためなら多少の犠牲はやむなしと考える傾向にある猟兵と、主に魔獣の駆除を生業とし、民間人の安全と保護を最優先に掲げる遊撃士では相反する思想から対立することも多い。いまでこそリィンはトヴァルやサラと上手く付き合ってはいるが、互いに利用し利用される関係に過ぎず、相性が悪いことに変わりはなかった。
 特にリィンとサラは、仕事で幾度となく対立した仲でもある。戦場で再び見えることがあれば、二人の性格から言って手心を加えることはまずないだろう。
 それだけに度胸があるというか、猟兵団の船を訪ねる命知らずな遊撃士とは一体どんな人物なのかと、アルフィンが疑問に思うのは無理もなかった。
 しかしその疑問も、リィンの口から語られた名前ではっきりとする。

「エステル・ブライトと、ヨシュア・ブライト。最近よく噂を耳にする若手遊撃士だな」
「ブライト……その名前まさか……」
「オリヴァルトから聞いてないか? カシウスの娘と義理の息子だよ」

 アルフィンは直接の面識はないが、オリヴァルトから二人の名前は耳にしたことがあった。
 リベールの異変を解決に導いたという遊撃士の少年少女だ。そしてブライトの姓からも察することが出来るように、あの英雄カシウスの子供だ。
 とは言っても血が繋がっているのはエステルだけで、ヨシュアは養子なのだが――

「そして、レンの保護者だ」

 なるほど、とリィンの話を聞いてアルフィンは事情を察した。



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