扉を抜けると、そこは一面の野原だった。
澄み渡る蒼穹の空。そして、どこまでも続く草原を前にロイドとティオは息を呑む。
とても〈大樹〉の中だとは思えない。しかし夢などではなく、これは現実だった。
「ようこそロイドさん、ティオさん。どうぞ、こちらの席へお掛けになってください」
声の先。そこにマリアベルの姿があった。
白いテーブルクロスがかけられた木製のテーブルに人数分の椅子。その脇に置かれた銀色のトレーの上には、紅茶のポッドや洋菓子が載せられたケーキスタンドが並ぶ。
しかし映像で見た時のように、近くにヴァルドの姿は確認できなかった。
それに、ふと周りを見てロイドは気付く。一緒に扉を潜ったはずのワジとランディの姿がなかった。
「……ワジとランディは?」
「フフッ、ご安心を。あの二人なら別の場所で丁重に≠ィもてなししておりますわ」
マリアベルの一言で、別の場所へ転位させられたのだとロイドは気付く。
二人のことが心配でないと言えば嘘になるが、それをここで問い詰めたところで素直に答えてはくれないだろう。
あの二人なら大丈夫だと自分に言い聞かせ、ロイドはマリアベルに勧められるまま椅子に腰掛ける。
そんなロイドを見て、少し迷った素振りを見せるも、ティオも隣の席へと腰を下ろした。
「いま紅茶をご用意しますわね」
クスリと微笑みを漏らすと、マリアベルは右手の人差し指をクルリと回す。
すると銀色のトレーに載せられていた食器が踊るように動き、三人の前に香り漂う紅茶のカップが並べられた。
ティオが戸惑いの表情を浮かべるのを見て、マリアベルはカップに口を付ける。
それを見て、彼女の意図を察したロイドは腹を括った様子で紅茶を口にした。
「ロイドさん!」
「大丈夫。彼女は俺たちが説得に来た≠ニ言うことを知っていた。最初から殺すつもりなら、幻獣との戦いで消耗したところを狙えばいい。そうせずに自分たちの居る場所へ招き入れたと言うことは、少なくとも話を聞く気はあると言うことだ」
心配するティオにロイドは大丈夫だと答える。
しかし、そんなロイドの説明に意地悪な笑みを浮かべながら、マリアベルは尋ねる。
「あなた方の苦しむ姿を見たいがため、ここへ招き入れたのかもしれませんわよ?」
「もしそうなら、あなたは毒になんか頼らずに自分の手で直接行うはずだ」
これまでの傾向から考えて、マリアベルは演出に拘るタイプだ。
そんな彼女の性格を考えれば、自分から話に誘っておいて毒に頼るなんて無粋な真似をするとは思えない。
それに彼女は彼女なりの信念に基づいて、今回の行動に及んでいることがロイドにはわかっていた。
「美味しいです」
ロイドを信じてカップを口にするティオ。ほんの少し表情が和らぐ。
「さて、余り時間もありませんし、そろそろ本題に入りましょうか。わたくしを説得にいらしたのでしょう?」
そして落ち着いたところで、二人に話を振るマリアベル。
警戒されてばかりでは話が進まない。最初から二人の緊張を解くことが狙いだったのだろう。
そうした意図を察したロイドは小さく深呼吸し、マリアベルに警察官として尋ねる。
「マリアベル・クロイス。あなたには複数の嫌疑が掛かっている。大人しく捕まる気は?」
「ありませんわね。自らの行為を悔い改めるくらいなら、最初からこのような真似は致しませんわ」
そのつもりはないと答えるマリアベル。当然その答えはロイドも予想していた。
そんなつまらない話をするためだけに来た訳ではないでしょう?
と、視線でマリアベルはロイドに尋ねる。そんなマリアベルの視線に頷き返すロイド。
「なら話を変えよう。マリアベルさん。なぜ、あなたがこんな真似をしたのかについてだ」
「失われた至宝を取り戻すこと。それこそがクロイス家の悲願であると前に言ったはずですわよね? 事実、帝国や共和国の侵攻を食い止め、クロスベルの独立を保つには至宝の力が必要不可欠。そのことはあなた方も理解しているのではなくて?」
「ああ、確かにそうだ。でも、それがすべてじゃない。あなたにはまだ語っていない目的がある」
はっきりと断言するロイドを、マリアベルは興味深い表情で見る。
ロイドが何かを察していることには気付いていたが、どこまで真相に近づいているのか彼女は気になっていた。
「騎神について、あなたが調査していると知った時、リィン・クラウゼルに目を付けたのも彼が騎神の起動者だから気にしているんだと思った。でも、それだと説明の付かないことがある。〈結社〉と繋がりがあったあなたなら、貴族連合に所属していた〈蒼の騎神〉についても情報を得ることは難しくなかったはずだ。なのに、どうして〈蒼〉ではなく〈灰〉でなくてはいけなかったのか。そう考えると一つの答えが浮かび上がってくる。騎神そのものではなくリィン・クラウゼル――彼こそが、あなたの目的だったんじゃないかってね」
ロイドの話した考察。これにはマリアベルも小さな驚きを見せる。
オルキスタワーを脱出する際に、イアンが資料の一部を持ちだしていることにマリアベルは気付いていた。
しかし、その僅かな資料から騎神に当たりを付け、リィンの存在に気付いたばかりか、その先にある自身の狙いにまで辿り着かれるとはマリアベルも予想をしていなかった。
いや、それは少し違う。ロイドならもしかして、そんな期待もどこかにあったのだ。
やはり彼をここに招いた≠フは間違いではなかったと、マリアベルは確信する。
「……驚きました。あなたならもしかして≠ニは思っていましたが、よくそこまで調べたものですわね」
「ここにいるティオや、力を貸してくれた皆のお陰だ。でも、分からないこともある。さっきの話に戻るけど、あなたには語っていない別の目的がある。恐らく、その目的に彼が深く関係していることは想像が付くが、問題は至宝≠フ力を手にしたあなたが、どうして彼≠必要とするかだ。彼は何者なんだ? いや、あなたは何を知ってるんだ?」
キーアは大樹の底で眠りに付いているという話だが、それでも至宝の復活を果たしたことに違いはない。
マリアベルの話をそのまま信じるなら、それで彼女の一族の悲願はほぼ達せられたはずだった。
しかし実際には、彼女はリィンに興味を持ち、ある意味でキーア以上の執着を見せている。
だとするならリィンには至宝を超える何かがあるのではないかと、ロイドは考えを巡らせていた。
「騎神の伝承については、どこまでご存じですか?」
「帝国で大きな乱が起きる度に、歴史の裏にその姿が確認されてきた〈巨いなる騎士〉の正体ですよね? 暗黒時代よりも前から存在するという情報もありますが、造られた正確な時期は分からない。実物をこの目で見なければ、信じられないような話です」
マリアベルの問いに、ティオは騎神について調べた情報を口にする。
話している本人も、実際のところは半信半疑と言った方が正しい知識ばかりだった。
しかし実際に騎神は存在する。たった二体で共和国軍を撤退に追い込んだ力。ああした証拠を見せられれば、ただの御伽話と断ずることは出来なかった。
「さすがはティオさん。よく、そこまで調べたものですわ。では少しだけ話を補足しておきますか」
いまから凡そ八百年前、皇帝ヘクトル一世によって帝都を死の都へと変えた暗黒竜が討たれ、
それから六百年。獅子戦役では、かのドライケルス大帝によって、魔都と化した帝都が解放され、
そして現代、リィン・クラウゼルによって長い眠りから覚めた魔王が撃退された。
マリアベルは語る。これらすべての戦いの影に、騎神の存在があったことを――
それは魔女にのみ語り継がれている伝承の一部だった。
「もしかして騎神というのは……」
「お気づきになったみたいですわね。そう騎神とは、この世ならざるものから世界を守るために〈地精〉と〈魔女〉が造り上げた兵器ですわ」
話を聞き、何かに気付いた様子で驚きを見せるティオにマリアベルは答える。
悪魔や幻獣と言った人を遥かに超えた高位の存在に抗うために〈地精〉と〈魔女〉によって生み出された兵器。
確かに人間同士の戦争のために造られたと言うよりは、あの異常な力を見せられた後では納得の行く話だった。
「もっとも騎神も厳密には、この世界のものではないのですけど」
「この世界のものじゃない? それはどういう……」
「わたくしの祖先と同じ、異世界から渡ってきたものということですわ」
これにはティオだけでなく、ロイドも大きな驚きを見せる。
クロイス家は古の錬金術の血を受け継ぐ者たちだ。その祖先が、別の世界からの移住者だと言われても俄には信じがたい。
それにマリアベルの話が確かなら、騎神を造った〈魔女〉や〈地精〉も異世界の住人と言うことになる。
「不思議に思ったことはありませんか? 大崩壊によって滅び去った先史文明。残された遺跡やアーティファクトから、高度な文明が築かれていたことはわかっているのに、その知識や技術がまったくと言っていいほど現代に伝わっていないことを――」
ハッと目を瞠るティオ。ゼムリア大陸の歴史について学んだことのあるものなら、誰もが一度は疑問に思うこと。
千二百年前――大崩壊を境に文明は一度リセットされている。しかし本当にそんなことが起こり得るのか?
それ以前の歴史は勿論のこと、嘗て存在した技術や知識が現代にまったくと言っていいほど伝えられていない。
こうして人々が生きている以上は大崩壊を免れ、生き残った人たちもそれなりにいるはずなのにだ。
それはどういうことなのか? ずっと謎とされていたことだった。
「理由は簡単ですわ。古代ゼムリア文明を支えていた技術のほとんどは、異世界からもたらせたもの――〈七の至宝〉と同様に与えられたものなのですから」
大崩壊以降、表舞台から〈魔女〉や〈地精〉と言った異世界から渡ってきた者たちが姿を消したことで、そうした技術や知識が後世に伝わることなく現在へと至ってしまった。
それが今の状況を生み出しているとマリアベルは語る。それに――
「教会がこのことを秘匿し、アーティファクトの回収と管理を使命に掲げているのは、同じ悲劇を繰り返さないため。人々の欲望には際限がない。その結果、引き起こされたのが先の大崩壊。彼等は異なる世界からの技術の流入を抑制することで、再び人々が滅びの道へと向かわないように世界を裏からコントロールしているのですわ。それが教会の使命だと信じて」
そうした知識が伝えられていないのは、それを教会が管理しているからだとマリアベルは話す。
大崩壊の原因を知るが故に教会はアーティファクトの回収を命じ、管理しているのだという話は分からなくもなかった。
しかし、それだけが真実ではないとマリアベルは話を続ける。
「ですが、教会は異なる世界から持ち込まれた文化や技術が大崩壊の原因を作ったと主張しているようですが、それは大きな間違い。わたくしたちをこの世界に招いたのも、人々に〈七の至宝〉を与えたのも、教会が信仰する女神なのですから」
マリアベルの言葉には、女神に対する一切の敬意が感じられない。
すべての原因を作ったのは〈空の女神〉だとするマリアベルの主張は、この世界では異端なものだ。
教会がそんな話を聞けば、当然黙ってはいないだろう。
しかし彼女からすれば、世界の管理者を気取って真実をひた隠しにする教会こそ、諸悪の根源と言える存在だった。
「そういうことですか。では、あなたたちの目的は……」
マリアベルの目的をティオは察する。
これだけの話を聞けば、察しが付かないはずがない。彼女の目的それは――
「大崩壊の再現――いえ、女神の呪縛から、この世界を解放すること。それこそが、わたくしたち≠フ目的ですわ」
大崩壊は過程の一つ。あくまで目的のための手段に過ぎない。
女神への信仰という妄執に取り憑かれた人々の目を覚ますことこそ、マリアベルが目的とすることだった。
ロイドは気付く。マリアベルがリィンを必要とする理由。それが今一つに繋がったからだ。
「……そうか彼≠烽サうなんだな?」
「理解が早くて助かりますわ。ええ、彼――リィン・クラウゼルも、わたくしたちの祖先と同じく異世界から渡ってきた存在です。もっとも彼の場合、半分はこの世界の住人ですけど」
「どういうことだ?」
半分だけと語るマリアベルに、ロイドは困惑した様子で尋ねる。
「キーアさんと似た存在と言えば、理解しやすいでしょう。彼は一度死んでいるのですわ」
マリアベルの口から語られた衝撃的な事実に、ロイドとティオは目を瞠る。
「ハーメルの悲劇。その唯一の生存者とされたのが彼です。しかし発見された時、彼は虫の息だった。身体に大きな傷を負い、助かる見込みはありませんでした。そこでギリアス・オズボーンは悪魔≠ニ取り引きをしたのですわ。子供の命を救うために――」
それはリィンが失った過去。ギリアスが隠し続けてきた真実。
「当時〈結社〉は人と意思を通わせる高度な人形兵器の開発に着手していました。しかし実験は上手く行かず、開発は思うように進まなかった。そこで従来の方法とは別に、人工的に高い感応力を有した人間を生み出せないかと考え、クロイス家に協力を持ち掛けてきたのですわ」
それが〈黒の工房〉とクロイス家の関係の始まりだった。
アルティナやミリアムと言った少女たちを生み出す原因ともなった計画。
「もっとも当初の計画案の方が先に結果を出し、もう一つの研究は日の目を見ることはなかった。あなた方も計画の成功例――彼女≠フことはよくご存じのはずですわ」
マリアベルの話す計画の成功例を、ロイドたちはよく見知っていた。
名前を聞くまでもなく、ロイドとティオには誰のことか分かる。
――レン。幼い頃に教団に誘拐され、その後は〈結社〉の手で保護された少女。
彼女の生みの親であるヘイワーズ夫妻はクロスベルで生活を営んでおり、とある事件を通してロイドたちはレンの過去を知ることになった。
「ですが十三工房の一つ〈黒の工房〉はその後も研究を続けていた。帝国宰相となったギリアス・オズボーンの支援を得て、多くの人造人間を生み出しました。そう、オライオンの名を持つ子供たちを――」
「それじゃあ、彼は……」
「ええ、初期の頃に作られた作品=B人造人間の技術を用いることで、蘇生に成功した稀有な症例の一つ。でも、その代わりに彼の魂は変色してしまった。欠けた命を補うべく、異なる世界から失われた魂を取り込むことによって」
それがリィン・クラウゼル誕生の秘密だった。
彼はハーメルの悲劇が起きたあの日、確かに一度死んだのだ。そして生まれ変わった。
黒の工房の実験によって、クロイス家のもたらした技術によって――
「まさか、その彼が大いなる秘法≠発現するとは思いもしませんでしたけど。そのことに気付いたのは五年前。〈黒の工房〉も彼のことを失敗作≠セと思っていたようなので、大きな誤算だったしょうね」
そう言って、クスクスと笑うマリアベル。
「……アルス・マグナ?」
「錬金術の奥義。神へと至る力。この世界の摂理に縛られない存在。それが彼なのですわ」
俄には信じがたいような話ばかりだった。
しかし話を聞き、ロイドはすべてが繋がったと言った様子で納得の表情を見せる。
「そうか、それが彼を求める理由か……」
「正確には、どちらでも良いのですわ。彼の協力を得られずとも、彼という存在が女神を否定する。彼の成長こそが、わたくしの願い。教団が求めた偽りの神などではなく、世界が間違いを正すために呼んだ代行者。それはわたくしたちを翻弄し続けた女神の行いが、否定されたことを意味するのですから」
女神の力を――至宝を超える存在を生み出すことで、マリアベルはこの世界を女神の摂理から解放しようと目論んでいた。しかしリィンという存在が、根底からマリアベルの計画を覆した。生まれながらに〈外の理〉を身に宿し、そうあるべしと生み出されたリィンという存在は言ってみれば世界の意志そのものだ。
彼の存在そのものが至宝を――それを生み出した女神の存在を否定する。
そしてマリアベルの目論見通りリィンは力を使い続け、あと一歩と言うところまで存在を昇華するに至った。
この時点で彼女の目的は大半が達せられていると言う訳だ。
「理解して頂けましたか?」
「まだ半信半疑です。でもランディさんはともかく、ワジさんを別の場所へ転位させた理由には納得がいきました。こんな話を教会が知れば、黙っているはずがありませんから」
自分たちの常識を超えた話だとティオは思う。しかし、そのような話でもワジには聞かせられない。
彼は教会の人間だ。このような話を聞けば、上に報告せざるを得ないだろう。
でもそうなったら、教会が黙っているとは、とてもティオには思えなかった。
間違いなく、いまクロスベルで起きている以上の騒動が起きる。
最悪、世界を二つに割った戦争が起きる可能性もゼロとは言えないだろう。
「……どうして俺たちにだけ、その話を?」
「簡単な話ですわ。教団の犠牲者であるティオさんには話を聞く権利がある。そしてロイドさん。あなたは真実を知る必要がある。キーアさんのためにも――」
先程までと一転して憂いを帯びた表情で、そう話すマリアベルにロイドは何も言えなくなる。
「もう余り時間は残されていないようですわね。一つ、取り引きをしませんか?」
ふと空を見上げながら、そう話すマリアベル。
「イアン先生から既に聞いているとは思いますが、キーアさんは今、大樹の深層で眠りについています。そこで皆さんには深層へ赴き、彼女を目覚めさせて欲しいのですわ。代わりに、わたくしは彼女から手を引くことを約束します」
ロイドたちからすれば、破格の条件と言ってもよかった。
そんな約束をしてマリアベルにメリットがあるとは思えない。しかしティオはその言葉の裏を察する。
「……キーアはもう用済みと言うことですか?」
「こちらの計画に気付かれ、大樹に引き籠もってしまったのは誤算でしたが、彼女はよく役に立ってくれましたわ。大国の侵攻を阻み、ここまで時間を稼いでくれた。お陰で準備に時間を費やすことが出来ました。彼女を解放するのは、その御礼のようなものですわ」
キーアを助けられるなら受けるべきだ。そう考えるも、ティオはマリアベルの言葉に憤りを覚え、彼女を睨み付ける。
クロイス家の錬金術によって生み出されたことを考えれば、キーアを道具として扱うのは自然なことなのかもしれない。
しかしキーアを一人の人間として、家族として想っているティオからすれば納得の行く話ではなかった。
「マリアベルさん……」
しかしロイドは、先程のマリアベルの言葉に違和感を持つ。
不要となった道具を切り捨てたかのように思えるが、キーアのことを話すマリアベルの表情は道具を見るような人の顔には見えなかった。
(そうか、彼女は……)
そして違和感の正体に気付くロイド。マリアベルの言動は、どこかリィンに似ていた。
嫌われることを、恨まれることを当然のように受け止めている。そんな感じさえ、見受けられる。
「その扉を進めば、キーアさんの待つ深層へと辿り着けるはずです。成功を祈っていますわ」
ロイドとティオの前に、来たときと同じように扉が現れる。
罠――ということはないだろうとロイドは思う。そうする理由が彼女にはないからだ。
「行こう。ティオ」
「……ロイドさん?」
「俺たちの言葉は彼女に届かない。それはきっと俺たちの役割≠カゃないからだ。だから俺たちの為すべきことをしよう。キーアを連れて帰る。それが俺たちにしか出来ないことだから――」
マリアベルの説得は不可能だと話すロイドに、ティオは困惑の表情を見せる。
「でも、それじゃあ、キーアは……」
「さっきも話したようにキーアは大丈夫だ。彼女と話をして確信したよ。彼は最初からすべて≠知っていたんだ。こうなることもね」
ロイドには確信があった。
リィンは最初から、こうなることを予想していて自分たちを先に行かせたのだと――
だとするならリィンもまた、マリアベルの真の目的に気付いていると言うことだ。
「……わかりました。ロイドさんを信じます」
迷いを見せるも、最後はロイドの言葉にティオは頷く。
そして最初に来た時と同じように手を繋ぎ、ロイドとティオは扉の向こうへと姿を消す。
扉を潜る前にロイドが寂しげな表情で、一瞬自分の方を見たことにマリアベルは気付いていた。
「フフッ、エリィが惹かれるのは当然ですわね。でも、あの察しの良すぎるところは、やはり好き≠ノはなれませんわ」
ロイドの能力を高く評価する一方で、自分とは相容れない存在であるとマリアベルは感じていた。
そして空を見上げる。先程、彼女が目にした時よりも空間の揺らぎが大きくなっていた。
この時をどれほど待ち侘びたことか。
「わたくしに出来るのは、ここまで。さあ、見せてもらいますわよ。あなたの紡ぐ未来を――」
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