番外『暁の東亰編』



(神を名乗るだけのことはあるか。とんだ化け物だな)

 九尾の攻撃を回避しながら、撤退する時に投棄された機動殻の武器で反撃を試みるリィン。しかし国防軍で対怪異用に開発された武器や兵器は、何れも九尾に対して効果的なダメージを与えられずにいた。
 弾が尽き、ライフルを投げ捨てるとリィンは槍を拾い上げ、今度は接近戦を試みる。九尾と言えど所詮は獣だ。少し大きくて火を吐くだけの獣と考えれば、基本的な動きは魔獣とそう変わるものではない。魔獣との戦いは遊撃士の本領とはいえ、猟兵とて魔獣を狩ったりはする。特にリィンの場合、幼い頃からフィーと一緒によく山や森で修行をしていたこともあって、この手の獣との戦いには慣れていた。
 とはいえ、斬っても突いてもダメージを与えられないというのは精神的な疲労が大きい。体毛に弾かれる槍を見て、半ばやけくそ気味にリィンは攻撃を続ける。

「エマ。例の強化魔術は使えそうか?」
「はい。魔力も大分回復してきたので、あの……リィンさんは?」
「俺は……正直厳しいな」

 先程の戦いでシオリに放ったグングニルが本当に最後の一発だった。
 こうも連戦続きになるとは思っていなかっただけに、やはりラグナロクを使ったのは失敗だったかとリィンは今更になって後悔する。
 せめてシャーリィがいれば、力を温存することも出来たかもしれないが、そのシャーリィは行方知れずのままだ。

「せめて、奴に有効な武器の一つでもあればいいんだが……」

 クロウのオルディーネが使っていたゼムリアストーン製のダブルセイバーのような専用の武器が、やはりヴァリマールにも必要だとリィンは痛感する。
 武器がもう少しマシなら満足に戦えただろうが、現状ではないもの強請りだ。それだけにどうしたものかとリィンは悩む。
 霊力は底を尽き、異能も使えない。更には武器も間に合わせとくれば、ここまで最悪の状況はない。本来であれば、迷うことなく撤退を始めているところだ。だが、目の前の存在は逃がしてくれそうにないし、元の世界へ帰るための手掛かりを前にしてリィンも引くに引けなくなっていた。
 世界を特定することは無理だと言ったが、九尾は境界を渡ることは可能だと口にした。なら可能性がゼロというわけじゃない。
 そのためにも、九尾の協力は必要不可欠。まずは話の出来る状態に持っていかなくては意味がなかった。
 一番手っ取り早いのは力で屈服させることだ。問題はどうやってそれを為すかだが、

「一か八か、試してみるか」

 そう口にして深呼吸し、意識を内面に向けるリィン。異能が使えない以上、頼りになるのは純粋にヴァリマールの力だけだ。そして以前戦った〈緋の騎神〉との戦いでも、リィンは異能任せの戦い方をして機体の性能を十分に発揮できていなかった。
 クロウが十の力を引き出しているとすれば、リィンは精々が三か四と言ったところだ。騎神の起動者として目覚めてからの時間を考えれば、むしろよくやれている方だと思うが、それではダメだとリィンは頭を振る。
 搭乗時間どうのの問題じゃない。ようはヴァリマールと心を通わせることが出来ているかどうかだ。
 剣術の教えにもある理の一つ、色即是空――彼我一体の境地。
 足りていないものがあるとすれば、自分だけでなく他者を受け入れ、理解しようとする心だとリィンは思う。その点で言えば、まだコウの方が適性はあるのだろう。

「……うん、俺には無理だな」

 仲間と青春を謳歌している自分を想像して、リィンは向いてないとはっきり自覚する。だとすれば、アプローチを変えるしかない。
 そもそも騎神と心を一つにする方法が、それしかないと考えるのは早計だ。あのクロウにだって出来ているのだから――
 ヴァリマールには意思がある。対話による意思疎通が出来ると言うのに、ヴァリマールのことをリィンはほとんど知らなかった。
 精々わかっていることと言えば、暗黒時代から現存する七の騎神の一体であり、前の契約者が〈獅子心皇帝〉の二つ名で有名なドライケルス・ライゼ・アルノールだと言うことだけだ。

(考えてみると、便利な兵器くらいにしか騎神(こいつ)のことを見てなかったからな……)

 クロウとの違いは、そこにあるのだろうとリィンは考える。
 ヴァリマールが感情を理解しているのかまでは分からない。しかしパートナーとして接するのと物として扱われるので、どちらが良いかと聞かれれば前者だろう。
 そのことからヴァリマールの人格を認めずに、力を貸してくれなんて図々しい話だったとリィンは反省する。

「ヴァリマール。ごめんな」
「起動者ヨ、ドウシテ謝ル?」
「俺はお前のことを便利な兵器(どうぐ)くらいにしか思ってなかったようだ」
「間違ッテハイナイ。我ハ起動者ノ剣ト成リ盾ト成ル者ダ」
「それでもだ。これは一つのケジメだからな。だから俺のことは、これから『リィン』と呼んでくれ」
「リィン……了解シタ。コレカラハ起動者ノコトヲ、ソウ呼ブトシヨウ」

 どうして最初からこうしなかったと思えるくらいに、不思議とヴァリマールに名前を呼ばれることがしっくりと来た。
 これが恐らくは騎神と起動者の正しい関係、ヴァリマールと本来結ぶべき契約(きずな)のカタチなのだろう。

(俺も、まだまだだな)

 強くなったつもりでいて、自分の未熟さをリィンは痛感する。
 これではコウのことを余り強くは言えないな、とソウスケの忠告の意味を噛み締めながらリィンは思った。

「それじゃあ頼むぜ、相棒」
「期待ニハ応エルトシヨウ。リィン」

 互いの名前を呼び合い、また一歩、起動者(リィン)騎神(ヴァリマール)の心は近づく。
 彼我一体の境地には程遠いかもしれない。それでもヴァリマールとの距離は縮まった気がする。重要なのはパートナーを信じることだ。異能(じぶん)の力に頼り過ぎていて初心を忘れていた。そういう意味では、異能を封じて気付くことが出来たのだから、これはこれでよかったのだろうとリィンは前向きに考える。
 リィンは自身を天才だとは考えていない。偶然、転生することで異能を手にしただけの凡人に過ぎないとリィンは思っていた。凡人が失敗から学び取ることを忘れれば、理想に手を届かせるなど夢のまた夢だ。意識を集中させ、ヴァリマールと心を一つにするリィン。その瞬間、騎神の中に眠る力が呼び覚まされる。肩の装甲やスラスターが変形し、その隙間からマナの光が溢れ出す。身体の奥底から力が湧き上がってくるような感覚。

「これがヴァリマールの力か……」

 クロウが見ていた世界は、こんな感じなのだろうとリィンは想像する。
 足の先から頭の天辺まで、自分の身体のように騎神の存在が身近に感じられた。

「無駄だ」

 九尾の爪を先程までより余裕を持って回避するリィン。そして――
 ヴァリマールに向かって振われる鋭い一撃を逆手に取って、リィンは九尾を投げ飛ばす。

「リィンさんって器用ですよね……」
「まさか、あんなの見よう見まねだ。あの爺さんの技には遠く及ばないさ」

 エマが言うように、さっきリィンが使った投げ技はソウスケが使っていた技だった。
 見よう見まねではあるが、ソラに通用したくらいだ。本家本元には及ばないだろうが、力任せに突撃してくるだけの獣をいなすことくらい造作もなかった。
 ヴァリマールの眠っていた力を呼び起こしたことで、スピードやパワーが上がったこともそうだが、一番の違いは反応速度だろうとリィンは思う。
 生身で戦っている時と遜色のない動きで騎神が動かせるということは、これまで培ってきた経験や技術がそのまま機体の動きに反映させられるということだ。
 しかし、

「とはいえ、決定打に欠けることには変わりない」

 武器が通用しない以上、この程度の攻撃しか出来ないということだ。
 ヴァリマールの霊力にも限りがある。このまま戦闘が長引けば負けるのは自分の方だとリィンにはわかっていた。

「せめて、まともな武器があればな……」
「あるよ」

 頭上から声をかけられ、リィンは目を丸くして顔を上げる。
 その声の主をリィンが聞き間違えるはずがなかった。

「シャーリィ! いままでどこ……に?」

 ポカンと口を開けて、呆気に取られるリィン。それはエマも同じだった。
 二人の視線の先には、見忘れるはずもない。あの〈緋の騎神〉の姿があったのだから――
 しかし、さっきの声は確かにシャーリィの声だった。まったく状況が呑み込めず眉間にしわを寄せ、こめかみに指を当てるリィン。
 いろいろと疑問はあるが、まず聞きたいことは一つだった。

「……お前、まさか騎神の起動者になったのか?」
「うん。なっちゃったみたい」

 リィンは確認を取るようにエマを見る。しかし、エマはエマで聞かれても困ると言った顔で首を横に振る。
 確かにシャーリィには起動者としての資質があると、以前ヴァリマールは言っていた。
 だが、まさか〈緋の騎神〉の起動者に選ばれるなんてエマですら考えもしなかった。

「そもそもアレは、アルノール皇家の血筋でないと動かせないんじゃなかったか?」
「はい。確かにそう聞いていますが、もしかしたら……」
「もしかしたら?」
「リィンさんのグングニルで浄化されたことが原因ではないかと……」

 そもそも〈緋の騎神〉は最初から呪われていたわけではない。現在から九百年程前、時の皇帝が〈緋の騎神〉を操り、帝都を死の都へと変えた暗黒竜を調伏したことに始まる。その時に浴びた竜の返り血が、後に〈紅き終焉の魔王〉を目覚めさせる穢れとなったのだ。
 しかし、リィンがその呪いごと〈緋の騎神〉を浄化してしまった。結果、器を失った〈紅き終焉の魔王〉は〈夕闇ノ使徒〉に召喚された。
 詳しい理屈か分からないが、ようはその影響で〈緋の騎神〉は呪われる前の状態にリセットされているのだとリィンはエマの話で解釈した。

「だからって、なんでシャーリィが……」
「シャーリィさん。単身で〈緋の騎神〉と戦って良い勝負をしていましたし、それで起動者として認められたのではないかと……」
「ああ……」

 あれが試練の代わりになっていたわけか、とリィンは納得する。
 しかし、これはこれで元の世界に戻ったら面倒臭いことになりそうだ。ずっと城の地下深くに封印されていたとはいえ、〈緋の騎神〉はアルノール皇家の所有物だ。本来であれば、アルノール皇家の血筋でしか動かせないとされているものを、偶然とはいえシャーリィが起動者として選ばれたと知れれば大騒ぎになることは間違いない。出来ることなら見なかったことにして、この世界に置いていきたいくらいだった。

「シャーリィ。それ、元のところに置いてこい」
「うん、無理。リィンの見てて羨ましかったんだよね。それに手放すなんて勿体ないじゃない?」
「だよな……」

 シャーリィの性格を考えれば、絶対に手放すことはありえないとわかっていた。
 新しい玩具を手に入れたくらいの感覚なのだろう。シャーリィらしいと言えばシャーリィらしいが皮肉にも〈赤の顎(テスタ・ロッサ)〉を使うシャーリィが〈緋の騎神(テスタ・ロッサ)〉の起動者に選ばれるのだから、世の中なにがあるか分からないものだとリィンは現実逃避めいたことを考える。

「――って、それどころじゃなかった!」

 地上から放たれる九尾の炎を紙一重のところで回避するヴァリマール。
 地面に叩き付けられて少し目を回してたようだが、あの程度で倒せる相手とはリィンも思っていなかった。
 だから九尾にも通用する武器を求めていたのだ。そして、ふとシャーリィの言葉を思い出す。

「シャーリィ。さっき武器があるとか言ってなかったか?」
「うん、あるよ。この騎神の二つ名、もう忘れたの?」

 千の武器を持つ魔人――確か、そう呼ばれていたはずだ。
 しかしあれは騎神本来の能力なのか〈紅き終焉の魔王〉の力なのか、はっきりとしなかったためにリィンも忘れていた。
 リィンの疑問に答えるように手の平でマナを集束させ、テスタ・ロッサは一本の剣を顕現させる。
 その工程には、どこか見覚えがあった。そう、ソウルデヴァイスだ。

「霊力の物質化……」

 驚いた様子で、エマはポツリと呟く。
 これが本来のテスタ・ロッサが持つ能力なのだろうということは、リィンにも分かった。
 だが、確かにこれなら――とリィンは笑みを浮かべる。

「シャーリィ」
「うん。だから、シャーリィにも殺らせてくれるよね?」
「……アイツには聞きたいことがあるんだ。絶対にやり過ぎるなよ」

 リィンは念入りにシャーリィに釘を刺す。
 元の世界に帰るためにも、ここでシャーリィに神殺しをさせるわけにはいかなかった。
 テスタ・ロッサから二本の剣を受け取り、リィンは感覚を確かめるように軽く剣を振う。
 シャーリィの方はと言うと〈赤の顎〉に似せた大剣を肩に背負っていた。

「いけそうだな。そっちは?」
「いつでもいいよ」

 早くやろうと言った感じで急かすシャーリィを見て、リィンは本気で心配になる。
 とはいえ、神を名乗るくらいだ。簡単には死なないだろうと意識を切り替えた。

「足を引っ張るなよ、シャーリィ」
「リィンこそ、もたもたしてたらシャーリィが全部もらっちゃうから」

 軽口を言い合いながら、リィンとシャーリィは一斉に飛び出した。


  ◆


 逃げる九尾を左右から挟み込むように追撃する二体の騎神。最初はダメージを負わないことから強引に攻めていた九尾だが、シャーリィの操る〈緋の騎神(テスタ・ロッサ)〉が戦いに加わったことで形勢は逆転していた。
 というのもテスタ・ロッサの生み出す霊子武器は、ソウルデヴァイスに近い性質を持っていた。風や炎を纏うと言った特殊な能力はないものの、単純な武器の性能はソウルデヴァイスと遜色ない。しかもシャーリィが明確にイメージできる武器であれば、余程複雑な機構を持つものでない限りは大体のものが呼び出せる。当然、武器を生み出すためのマナは消費するが、それもリィンが使う集束砲やグングニルほどでなく効率面でも優れていた。
 騎神には、それぞれの特性があるという話だが、テスタ・ロッサの能力は破格と言っていい。状況に応じて武器を多様に使い分けられることを考えれば、これほど猟兵向きの能力はない。それだけに若干羨ましそうにしながらも、リィンは戦いに意識を集中する。ヴァリマールがテスタ・ロッサに劣っているというわけではない。パワーやスピードと言った基本性能はテスタ・ロッサよりヴァリマールの方が上だ。
 特殊な能力を所持していない代わりに、機体性能に比重を置いているのがヴァリマールなのだろう。少々のことでは壊れないほど頑丈という意味では、異能で能力を補うことの出来るリィン向きの機体と言えた。
 とはいえ、やはり専用の武器は必要だとリィンは実感する。元の世界に帰れたら本気で騎神用の武器を手配しようと考えていた。

「――ってシャーリィの奴、もうあんなに乗りこなしてるのか!?」

 手にした大剣で九尾の身体を切り刻むテスタ・ロッサ。それは間違いなくシャーリィの得意とする戦技〈ブラッディクロス〉だった。
 恐らくは感覚で動かしているのだろうが、やはりシャーリィの適応力は異常だとリィンは再確認する。以前リィンがあっさりと騎神を動かしていたことにクロウは驚いていたが、あれは前世の記憶と経験に由来するところが大きかった。
 その一方でシャーリィはゲームをしたことがない。機甲兵の操縦をしたことがあるという話も聞かないし、人型機動兵器を操作するのは初めてのはずだ。
 なのに地上戦だけに限って言うなら、ヴァリマールと比べても遜色ないほどにキレのある動きをしていた。

「……負けてられないな」

 シャーリィに対抗心を燃やすリィン。とはいえ、やることに変わりは無い。
 二本の剣を構え、ヴァリマールは九尾との距離を一足で詰める。そして振われる神速の剣。九尾は咄嗟に爪で一撃目を防ぐも、腰を捻り回転しながら繰り出されたヴァリマールの二撃目の剣撃が九尾の左前足に直撃する。
 悲鳴を上げながら空へと逃げる九尾。その後を追ってテスタ・ロッサの強烈な一撃が九尾の脇腹を捉えた。
 大剣の峰で殴り倒され、再び地面に叩き付けられる九尾。土砂を巻き上げながら地面を転がり、街外れの倉庫に激突したところで動きを止めた。

「容赦ないな。殺してないだろうな?」
「ちゃんと峰打ちしたよ?」
「……大剣の峰打ちってどうなんだ?」

 鈍器と言っていい巨大な武器で殴られれば峰打ちも何も無い気がするが、リィンはツッコミを入れることを諦める。
 まだシャーリィなりに殺さないように手加減していることが分かっただけでもマシだと思うことにした。
 それに、この程度でくたばるようなのが神と呼ばれるはずもない。

「やってくれたな……人間」

 瓦礫を押しのけながら立ち上がり、二体の騎神を睨み付ける九尾。見た目ほどにダメージを負っているようには見えないことから、さすがにタフだなとリィンは内心で呟く。
 九尾と言えば、玉藻の前に化けていたことで知られる白面金毛九尾が有名だが、白毛の九尾というのも格の高い神格として知られていた。
 それと同じ神格なのかは分からないが、これまでに見た怪異と違い、目の前の九尾が人々に信仰されるだけの力を持った化生だということはリィンにも見て取れた。それだけに疑問が残る。

「俺たちを排除すると言っている割には、どうして本気をださない?」

 仮にも神を名乗る存在が、この程度のはずがないとリィンは疑問を口にする。少なくとも目の前の九尾からは殺意が感じられない。
 まるで騎神の力を試すように能力をセーブしているような感じすら見受けられた。

「どういうつもりかは知らないが、やる気がないならさっさと降参してくれないか?」

 このままでは埒が明かないと考え、敢えて挑発するような態度でリィンは尋ねる。
 少なくともなんらかの目的があって、こんな真似をしていることだけは間違いない。神の気まぐれという奴なのかもしれないが、こうして巻き込まれている以上、理由くらいは知っておきたかった。
 そんなリィンの思惑を知ってか知らずか、九尾は頬を吊り上げると、

「……よかろう。ならば、少しだけ本気で相手をしてやる」

 そう口にして隠していた力を解放した。
 白い炎が瞬く間に広がって行き、世界の色を塗り替えていく。そして――
 街の郊外にある倉庫街にいたはずなのに、気付けば何かの祭壇のような場所に転位していた。

「これは……」
「リィン。こいつ結構やばいかも……首筋がピリピリする」

 いや、転位ではない。現実世界を侵食し、異界に放り込まれたのだとリィンは気付く。
 そしてシャーリィの言うように、九尾の強さがリィンにも痛いくらい伝わってくる。
 先程までとは、まったく違う。肌を震わせるような威圧感。九尾の全身から放たれる存在感の濃さは、これまでに見たどの怪異とも比較にならない。

「チッ! いくぞ、シャーリィ!」
「任せて!」

 防御に回ったら一方的にやられる。そう考えたリィンは打って出る。
 武器を構え、ヴァリマールとテスタ・ロッサは九尾との間合いを詰める。それぞれの武器を一気に九尾の急所目掛けて振り抜くヴァリマールとテスタ・ロッサ。しかし障壁のようなものに阻まれ、刃が九尾の身体に届くことはない。ならば、とシャーリィは戦技を発動する。
 ――デス・パレード。テスタ・ロッサの能力を生かし、次々に武器を持ち替え、九尾に攻撃を仕掛ける。通常は〈赤の顎〉に搭載されたガトリング砲や火炎放射器と言った攻撃を連続して叩き込み、最後にチェーンソーでトドメを刺す技だが、テスタ・ロッサの能力にまだ慣れていないシャーリィは複雑な機構の武器を作れない。そのため、剣・槍・斧・弓と言った武器を距離に応じて使い分けることで、シャーリィは自身の技を再現して見せた。だが――
 背筋に悪寒を感じて、シャーリィとリィンは左右に散るように飛び退く。その直後、巨大な顎から眩い閃光を放つ九尾。辺り一帯に響く轟音。大気を震わせる一撃が空間を軋ませ、爆風だけで二体の騎神を弾き飛ばした。

「リィンさん、いまのって……」
「ああ、集束砲だ」

 壁に叩き付けられる直前で踏み止まり、リィンは体勢を建て直しながらエマの質問に苦悶に満ちた表情で答える。〈紅き終焉の魔王〉にも再現されたことのある技だ。今更、真似られたところでなんとも思わないが、それにしてもチャージ時間が短すぎる。しかも全力で放ったというよりは、軽く力を振ったと言った感じだった。

「やばいな。こりゃマジで勝てるイメージが湧かない」

 舐めていたわけではないが、甘く見ていた。
 頭のどこかで〈紅き終焉の魔王〉を基準に考えていたのだが、それが根本的に間違いだったとリィンは気付く。正直、比較にすらならない。九尾の力は明らかに人智を越えていた。
 仕方ないか、と呟くリィン。異能が使えない、霊力も底を尽きている状況で出来ることは何もない。普通であれば、万策尽きたと言った状況だ。しかし方法がまったくないわけではなかった。

「エマ、強化魔術を頼めるか?」
「はい。ですが、あれほどの神格が相手では……」

 以前、ヴァリマールに使った強化魔術のことを言ってるのだろうとエマは思う。しかし、そんなエマの勘違いにリィンは首を横に振って応える。
 確かにエマの強化魔術は有用だ。しかしエマ自身が危惧しているように、九尾が相手では通用する見込みは薄いとリィンは考えていた。
 それにヴァリマールに使ったところで、異能が使えない状態では効果は薄い。だから、

「心配ない。上手く行けば通用するさ。かけるのはヴァリマールじゃなく俺≠セ」
「え……」

 強化魔術の本質は強化ではなく霊力の増幅にある。そして霊力とは魂の力。生命を司る根源の力とも言える。本来であれば他人の魂に干渉するような真似は出来ないが、それを可能とするのが魔女の秘術だ。
 強化魔術によって限界以上に霊力を引き上げられれば、再び異能を使えるようになるかもしれない。リィンはそう考え、エマに強化魔術をかけてくれるように頼んだ。

「無茶です! 前にも言いましたが強化魔術を肉体に使えば――」
「反動で身体が壊れるって言いたいんだろ? だが、そのくらいしなければ勝てない相手だ」

 エマに言われるまでもなく副作用についてはリィンも承知の上だった。
 しかし、九尾をどうにかしようと思ったら、そのくらいの無茶をしなければ勝つ見込みすらない。
 僅かでも可能性があるのなら勝利を、生きることを諦めない。それが猟兵という生き物だ。

「リィン、秘策があるの?」
「ああ、取って置きのがな」
「ふーん……じゃあ、シャーリィが時間を稼いであげる」
「シャーリィさん!?」

 シャーリィまで乗り気になったことで、エマは悲鳴にも似た声を上げる。
 魔術の危険性は、エマ自身が一番よく理解している。強化魔術とは言ってみればドーピングのようなものだ。確かに限界を超えた力を引き出すことは出来るが、それは命を燃やすことに他ならない。
 身体が壊れる程度で済めばいいが寿命を縮め、最悪の場合は命を落とすこともあり得る。それほど危険な術だった。

「そろそろエマも覚悟を決めなよ。前に言ったでしょ? シャーリィたちのいる世界は、そういう世界だって」
「死ぬのが怖くないんですか?」
「大丈夫、死なないから。シャーリィはリィンを信じてるもの」

 あっさりとエマの疑問に答えるシャーリィ。それはリィンに対する絶対的な信頼の証だった。
 戦場では諦めた者から先に死んでいく。だからリィンは決して諦めない。
 僅かでも可能性があるのなら、どんな無茶と思えることでも躊躇いなく実行に移す。
 命の重みを知るが故に、命の使い所を決して間違えない。勝つため、生きるために全力を尽くすのは猟兵であれば当然のことだった。

「……わかりました。リィンさん、絶対に死なないでください」

 観念した様子でエマは俯きながら、そう答える。まだ完全に納得したわけではないが理解できないわけではない。
 自分が助かるためだけじゃなく仲間のために命を使う。それがリィンの選択なら、エマにそれを止めることは出来なかった。

「それじゃあ、行くよッ!」

 エマが強化魔術の詠唱に入ったのを確認して、シャーリィは九尾に向かって駆け出す。
 先程の攻防でテスタ・ロッサの攻撃は九尾に通用しないことが分かった。しかしそれならそれでやりようはある。
 テスタ・ロッサはマナを右手に集束させ、一本の長剣を造り出す。そして、

「攻撃が通用しないのならッ!」

 そのまま剣を九尾に叩き付けるテスタ・ロッサ。しかし、やはり障壁のようなものに阻まれ、刃が届かない。だが、こうなることはわかっていた。理解していてシャーリィは九尾との間合いを詰めたのだ。
 刃が衝撃で分解し、一本の鞭のようになって九尾の首を締め上げる。七耀教会の騎士が好んで使う蛇腹剣。シャーリィも〈赤い星座〉にいた頃、何度か彼等とやりあった経験があり、この厄介な武器の特性をよく覚えていた。
 直ぐ様、反対の手に斧を出現させ、体重を乗せた一撃を九尾の頭上に叩き付ける。

「いけええええええッ!」

 障壁に阻まれる刃。しかし、テスタ・ロッサの全身から黒い闘気が放たれる。
 ――戦場の叫び(ウォークライ)。戦闘に長けた一部の猟兵にしか使えない、闘気を爆発させることで一時的に能力を上昇させる戦技。
 シャーリィは雄叫び上げながら障壁ごと九尾を地面にたたき伏せた。

「待たせたな」

 不敵な表情を浮かべ、額から汗を流しながらニヤリと笑うリィン。
 いつもとは違う痛みに耐え、全身が軋むのを我慢しながら、リィンは力の限り叫ぶ。

「――王者の法(アルス・マグナ)ッ!」

 リィンがそう口にした瞬間、ヴァリマールから光の柱が立ち上る。そして――
 口元を歪めながら、その光景に目を瞠るシャーリィ。光の中から姿を見せたのは、白でも黒でもない。
 黄金に輝く騎神の姿がそこにあった。



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