マッサージの件でちひろさんに会長さんと一緒に叱られて早三日。
 今度は武内プロデューサーに呼び出され、ナナは346の応接室で彼と向かい合っていた。
 また、何か叱られるのではないかと、ビクビクしていたのだけど、

「……移籍ですか?」
「はい。上の許可は取ってあります。安部さんが望むのであれば、891プロダクションに是非と……」

 思いもしなかった移籍話で、ナナはびっくりする。プロデューサーさんから詳しい話を聞き、会長さんの仕業だとわかった。
 恐らく先日の一件が大きく関係しているのだろう。うん。まあ、あれは確かにナナが悪いですしね……。でも、仕方がなかったんです。
 アイドルの世界は厳しい。毎年のように若く有望な新人が入ってきては、売れないアイドルは忘れ去られ、消えていく世界だ。
 特技や個性の一つでもないと業界で生き残ることは出来ない。ましてやトップアイドルなんて夢のまた夢だ。
 それに最近では三日に一度のペースで実家から電話が掛かってきて、花嫁修業でもしたらどうかと母に諭される始末で、ナナには余り猶予が残されていなかった。

「どうされますか? 返事はしばらく待って頂くことも出来ますが……」

 プロデューサーさんに尋ねられ、これからのことを考えてみる。切っ掛けはともかく悪い話ではないように思えた。
 ここにはたくさんの思い出がある。居心地も悪くないし、一緒に夢へ向かって頑張ってきた同僚もいる。
 でも――

「ナナは……」

 最近は少し仕事も増えてきたけど限界を感じていた。
 現在の稼ぎでは食べて行くのも難しい。だからカフェでのアルバイトを続けているが、時々思うのだ。
 本当にこのままでいいのか、と――
 後から業界に入ってきた子たちに追い抜かれるのは、仕方のないことだと理解していても辛い。
 業界の門を叩いて十年。そろそろ潮時かなと考えたことは何度もある。だけど、やっぱり夢は諦めきれない。
 歌って踊れる声優アイドル。それがナナの夢だ。でも、いまのままでは――

 ――銀河の歌姫(アイドル)*レ指してみないか?

 会長さんの言葉が頭を過ぎる。
 正直に言うと、あんな風に声を掛けてもらったのは初めてだった。
 少しは期待されているのだろうか? そんなことを考えると胸がドキドキする。
 まだやれる。夢に向かって頑張れる。そう励まされているように思えたからだ。
 こんな私でも、もし必要としてくれる人がいるのなら――

「……その話、お受けしたいと思います」
「よろしいのですか?」

 ナナはもっと輝きたい。そして夢をこの手に掴みたい。
 これは神様が与えてくれた最後のチャンスかもしれないと思った。
 だから――

「はい。これもチャンス≠セと思うので」

 目の前のチャンスを逃したくない。それがナナのだした答えだった。


  ◆


 ――都内にある891プロダクションの事務所。

「――と、覚悟を決めて移籍したのに! なんなんですか、これ!?」

 そのレッスンルームで、レオタードに身を包んだ菜々が何やら不満を垂れていた。
 手首・足首をすっぽりと覆うタイプのレオタードだ。胴体の部分は桜色。手足の部分は黒と色分けがされ、薄らと蛍光色の線が身体のラインをなぞるように入っている。
 ボディラインがくっきりとでる衣装だけに、小柄な体型からは想像もつかない大きな胸が際立って見える。所謂、ロリ巨乳と呼ばれる一部の方々に好まれる体型だ。
 ただ童顔な所為か、見た目がそこらの子供と大差ないからな。そりゃ、永遠の十七歳を自称するわけだ。
 キッズアイドルと並べても違和感のないこの見た目では、どれほど立派な胸を所持していてもセクシーアイドル路線など到底無理だろう。

「……失礼なことを考えてません?」

 意外と鋭い菜々の睨みに、俺は態とらしく視線を逸らしながら作業を進める。俺がさっきから黙々と弄っているのはARの機材だ。
 量子変換装置を使えば、本来このようなものは必要ないのだが、さすがにそんなオーバーテクノロジーを地球で使うわけにもいかない。
 あくまで地球の技術で再現が可能な範囲に留めないといけないと言うところが、なかなかに面倒な作業だった。
 とはいえ、それも上手く使えば、

「え? 服が変わって……」

 レッスンルームに突然、森の景色が現れ、菜々の着ていたレオタードがフリルをあしらったキュートなドレスへと様変わりする。
 これが891プロダクションの売りと評判の最先端のAR装置の効果だ。部屋の至るところに取り付けられた装置と機材を用い、一定の空間に仮想世界を創り出す。菜々の着ている衣装も、ただのレオタードではない。商会独自の特殊素材を用いた伸縮性抜群のスーツで、センサーやマーカーの役割を果たしていて、曲目に応じて衣装を次々に変化させたり、特殊効果などの演出を可能とする俺の発明品だ。
 この装置の開発に成功しているのは現在のところ正木商会(うち)だけだが、地球でも開発可能な技術を用いていると言う点は嘘ではない。特に隠しているわけでもないし、そのうち同じような商品の開発に成功する企業も出て来るだろう。
 レオタードの方はGP(ギャラクシーポリス)の戦闘服を参考にさせてもらったのだが、さすがに身体機能の強化や防御フィールドの展開機能などを付ける訳にはいかなかったので、耐ショック・耐刃・耐熱・耐寒と過酷な現場に赴くことのあるアイドルのために安全性重視で作ってある。吸湿性・発汗性にも優れ、着心地も抜群と肌着として使ってもいい優れものだ。我ながら、なかなか良く出来てると思うんだが、水穂は気に入らなかったみたいで頭を抱えてたんだよな。悔しいが水穂を満足させられなかったと言うことは、まだまだ俺が未熟と言うことだろう。

 少し話が脱線したが、時代は二十一世紀。一昔前と違い、最近ではVR(ヴァーチャルリアリティ)も普及を始め、パソコンやゲーム機などを使って仮想現実が家庭で気軽に楽しめるようになっている。うちの商会が家庭向けに取り扱っている目玉商材の一つがこれだ。そして企業向けに販売しているのが、AR(オーグメントリアリティ)――拡張現実システムだ。
 ARとVRが大きく違うところは、現実世界への情報の付加が要点に上げられる。分かり易く言うと、ARはVRのように眼鏡やグローブと言った専用のアタッチメントを身に付けなくても仮想空間を楽しめると言うことだ。だがVRと違い大掛かりな装置と高価な機材を必要とするため、さすがに家庭用とは行かない。主な導入先は大型テーマパークと言ったところで、うち以外に実用に耐える製品をだしているところはまだまだ少なかった。
 しかし発展途上の技術ではあるが、これもそう遠くないうちに誰もが気軽に楽しめる時代が来るのではないかと俺は予想している。
 科学は日進月歩と言うが、ここ半世紀の地球の科学力は目を瞠る勢いで発展しているからだ。特にここ数年は競い合うように、次々と新技術や商品が発表されている。

 うちの商会が取り扱う商品は、そうした未来に一歩踏み込んだものが多い。科学の可能性を示すことで、技術の向上に繋げて貰う狙いがあるからだ。
 まあ、俺たちの存在に不満を持ち、虎視眈々と隙を窺っている連中に対する撒き餌でもあるのだが……その辺りは水穂たちが上手く対処してくれているはずだ。
 日本と同盟を結んでいる某国など、盤上島の一件で酷い目に遭ったと聞く。なんか俺の所為で想定よりも酷いことになったと言われたのだが、あの件に関しては俺なにもやってないんだよな。
 どうせ、鬼姫の仕業あたりだろうが、まったく証拠もなく人の所為にしないで欲しいものだ。

「……魔法みたいです」

 一転して子供のように目をキラキラと輝かせる菜々を見て、さっきまで文句を言っていたのに現金なものだと溜め息を吐く。
 とはいえ、これが一般的な反応なのだろう。俺が891のステージにARを用いることを決めたのも、菜々のような反応を観客に期待してのことだ。
 観客が何を求めてアイドルのステージを観に来るかと言えば、それは夢≠セと俺は思っている。その時だけは現実を忘れ、一時の夢に酔いしれる。
 そして未来への希望を、明日を頑張れる元気を、現実に立ち向かう勇気を、多くの声援に支えられファンに振りまくのがアイドルの仕事だ。
 そんな彼女たちを支え、最高の舞台へと送り届ける。それがプロデューサーや、俺たちの役割と言えるだろう。
 そのために俺に出来ること、何が必要かを考え、だした答えがステージに仮想現実(AR)≠ニいう魔法を掛けることだった。
 狙いは大成功だったと言っていいだろう。その成果もあって、891の名は一気に広がった。

(お陰で商会の評判も上々だしな)

 そもそもアイドル業界へと参入したのは、イメージ戦略の一環と言っていい。正木商会は持ち前の技術力を武器に、ここ数年で急成長を遂げた企業だが、それだけにやっかみも少なくない。直接的に悪意を向けてくるような相手は対処しやすいが、テレビや雑誌を使って悪評をばらまき、間接的に評判を落とそうとしてくる連中が一番対処に困る。一度、世間に悪いイメージが根付いてしまうと、それを払拭するのは簡単なことではないからだ。
 以前、顔見知りのアイドルと一緒に食事をしているところを記者に隠し撮りされ、よくあるゴシップ記事に掲載されたことがある。
 結局その記者は俺が対処するまでもなく、警察署の前で下半身を露出して女性に襲い掛かるという暴挙を犯し、公共猥褻と暴行の現行犯で逮捕され――
 ゴシップ記事を掲載した出版社も黒い噂の絶えない某アイドル事務所との関係が取り立たされ、俺たちのことどころではなくなったようだ。
 水穂や林檎も特に何かをやったわけではないと言う話なので、因果応報。自業自得と言う奴だろう。
 とはいえ、同じようなことが、また起きないとも限らない。そこで昨今のブームに乗るカタチで、アイドルを使った広報活動に力を入れることにしたのだ。

 元々、小規模ながら芸能事務所としての活動は三年前から続けていた。
 最初はカルティアたちの受け入れ先として起こした事業なのだが、次第に成果を上げるにつれ、所属アイドルも増えていった感じだ。
 いまではカルティアたちだけでなく、菜々のように地球出身のアイドルも数はそう多くないが所属している。
 346ほど大所帯ではないが全員がそれなりに売れていて、少数精鋭と言った感じの経営を維持していた。
 本腰を入れて活動を始めたのが一昨年のこと。水穂と林檎のユニットが話題が呼んだこともあり、概ね目論見は成功したと言って良い。
 その後もアイドルたちのお陰で、891プロダクションの評判は上々。当初の目論見だった商会のイメージ戦略も成果を上げてきていた。

「太老くん、いる?」

 菜々に協力してもらって機材の動作確認を行っていると、トレーニングルームに水穂が入ってきた。
 どうやら先日、武内プロデューサーから相談された件について、幾つか確認しておきたいことがあるという話だった。
 そんななか菜々の存在に気付き、水穂は『どちら様?』と言った感じで、目で俺に尋ねてくる。
 丁度良い機会だと思い、俺はついでに菜々を紹介してしまうことにした。
 以前、菜々が参加した宴会に水穂は仕事があって参加していなかったので、これが初顔合わせとなるからだ。

「ああ、こいつは今度うちに所属することになったアイドルで、出身はウサミン星。名前はウサミン。自称、永遠の十七歳だ」
「会長さん! 悪意しか感じない自己紹介やめてくれませんか!?」
「ああ、じゃあ、その子が例の……。初めまして、柾木水穂です」
「え!? いまので納得するんですか!?」

 俺が菜々を紹介すると、水穂は納得した様子で頷く。
 菜々はブツブツと文句を言っているようだが、嘘は言っていない。大体、ウサミンって芸名みたいなものだろ?
 そもそも、この世界のアイドルって実名で活動してる人が多いようだが、プライバシーとか大丈夫なのかね?
 一応はユニット名とか、そういうのはあるようだが、基本的に実名が知れ渡っているみたいだしな……。
 誰も不思議に思っていないようなので、俺もそのことを突っ込んだことはない。まあ、深く考えるだけ無駄だろう。

「安部菜々です! これから、お世話になります!」

 そうこう俺が考えごとをしていると、ようやく立ち直ったのか?
 気合いを入れて水穂に挨拶を返す菜々を見て、俺は訝しげな表情を浮かべる。
 若干、興奮しているというか、緊張した様子が見て取れたからだ。

「……なんか、俺への態度と違わないか?」
「だって、あの水穂さんですよ! アイドル業界、最強の武闘派アイドル! 強盗も裸足で逃げ出す〈戦慄の歌姫〉!」

 水穂の顔が引き攣っている。ああ、うん。やっぱり、そのことを気にしてたんだな。
 経緯は省くが鬼姫との賭けに負け、林檎とユニットデビューを果たしたのは一昨年のことだ。その際、デビューライブの会場となったデパートで運悪く強盗団に遭遇し、銃で武装したそいつらをホウキ一本で制圧したことから『史上最強のアイドル』『戦慄の歌姫』と呼ばれ、多くの女性ファンから支持を得ていた。その一方で林檎は才色兼備・良妻賢母の特徴を兼ね備えた大和撫子として、多くの男性ファンを魅了しているのだから水穂からすれば納得の行かない話だろう。
 まさに対照的な二人。しかし、それだけに水穂と林檎の支持者は幅広い。二人とも他に仕事があってアイドルらしい活動は余りしていないのだが、男女問わず熱狂的なファンが付いていた。
 そう言う意味では菜々が興奮するのもわからなくはないのだが、水穂の様子を見ると笑えない……。
 菜々に悪気はないのだろうが、これ明らかにダメージ受けてるよな?
 小刻みに肩を震わせてるし、後のことを考えると凄く怖い。菜々を連れ、早急にこの場を離れるべきだろう。

「その辺にしとけ、誰にだって触れられたくない過去はあるんだ」
「え、でも……」
「お前だって歳のことは言及されたくないだろ? 自称十七歳」
「じ、自称じゃありません!? ナナは永遠の十七歳なんですから!」

 抵抗する菜々を水穂から引き離し、俺は逃げるようにレッスンルームを後にする。
 その直後、地響きと共に轟音のようなものが背後から聞こえた。

「じ、地震!? 一体なにが!?」

 かなり大きな揺れと音だったこともあって、脇に抱えられた菜々が本気で驚いた様子を見せる。
 このビルには常時防御フィールドが形成されていて、宇宙船(シャトル)の衝突にも耐えるほどの強度があるのに、それが揺れるほどの衝撃って……。
 まずいな。思っていた以上に、あの件は水穂の地雷になっているらしい。

「線香くらいは上げてやるから……成仏しろよ?」
「……ちょっ! ナナこれからどうなるんですか!?」

 俺は説明を求める菜々を無視して、振り返ることなく早足にその場を立ち去るのだった。


  ◆


 891の事務所として使っているビルには、一階から三階に軽い食事や買い物が出来る店が建ち並んでいる。エステサロンや大浴場まである346ほどではないが、それなりに施設が充実している方だ。ある程度のものは建物から外にでずとも賄えると思ってくれて良いだろう。実際、俺も重宝していた。
 そのなかの一つ、一階にあるオープンカフェで、俺は菜々と少し早い昼食を取りながら人を待っていた。先日、武内プロデューサーから話のあったARの体験レッスンを受けに、346のアイドルが数人やってくるためだ。場所の広さの問題やスケジュールの都合もあるため一度に全員と言う訳にはいかないが、今日は美嘉が年末のステージに出演予定のアイドルの中から手の空いている子達を数人連れてくる話になっていた。
 俺と面識があり、節度と常識の二つを弁えた人選となると、346には彼女しかいないからな。志希やフレデリカは論外として他にも面識のあるアイドルは何人かいるが、美嘉ほど親しいと言う訳でもない。ちなみに美嘉と知り合ったのは丁度一年ほど前のことだが、それから彼女はちょくちょくうちの事務所に出入りしているので、346のなかで俺が一番よく見知っているアイドルと言えば志希を除くと彼女になるだろう。失踪した志希をよく連れ戻しにきてたしな……。

「菜々ちゃん、先生のところの事務所に移籍したって話、本当だったんだ。んー、それってやっぱりあのこと≠ェ関係してたり?」

 で、その志希はと言うと一足先に待ち合わせ場所にやってきて、ちゃっかりと俺の奢り≠ナ昼食を注文していた。
 フォークで器用にパスタをくるくると巻ながら菜々のことを尋ねてくる志希に、俺は「そうだ」と答える。

「あのまま346においとくと、また口を滑らせかねないからな」

 そう付け加えながら、俺は菜々の方を見る。
 そこはさすがに自覚があるのか? 俺と目を合わせないように菜々は顔を背けていた。

「……あれ? ならなんで、志希ちゃんには話がこなかったの?」

 首を傾げながら、そう尋ねる志希。彼女は菜々と同じ、俺たちの秘密を知る一人だ。
 それだけに監視と口止めが目的なら、どうして自分には移籍の話が来なかったのかと聞きたいのだろう。
 だが、そんなことは理由を考えるまでもなくわかりきっていた。

「お前、346の稼ぎ頭の一人だろ? 菜々だから交渉もスムーズに通ったんだよ」
「……菜々が売れないアイドルみたいな言い方やめてくれません?」

 半目で睨み付けてくる菜々を無視して話を続ける。
 売れていないとまでは言わないが、うさ耳をつけていなければ変装せずに街中を歩いていても誰にも気付かれないくらいだ。
 その話を聞いた時、菜々の本体はうさ耳の方なのではないかという疑問を持ったほどだった。
 一方で志希は飽きっぽく失踪癖があるものの、アイドルとしての知名度は菜々よりずっと上だ。
 トップアイドルの一角とまでは言わないまでも、346を代表するアイドルの一人であることは間違いない。
 そんな彼女を引き抜くような真似をすれば、さすがに346も黙ってはいないだろう。
 それに――

「大体、お前いまフレデリカたちと仕事してるんだろ? ユニットのメンバーに迷惑かける気か?」
「んー。それはそうなんだけど、なんとなく納得行かないと言うか……」
「わかります。思春期特有の微妙な乙女心って奴ですね。ナナも昔、そういう経験が――」
「あれ? 菜々ちゃんって年下だよね?」
「は……っ!? 昔って言っても、ほら……た、例え話ですよ。漫画やアニメとかでもよくあるテンプレじゃないですか!」

 菜々がまた墓穴を掘っていた。こいつも懲りないよな。
 そういうところが心配だから、真っ先に346から引き抜いたのだが正解だったようだ。
 しかし、志希……わかっててやってるよな?
 菜々の嘘に気付いていないとは思えないのだが……。

「三人とも仲良いね〜。ナナちゃん、おひさー。会長さんも相変わらずみたいだねー」
「あ、はい。お久し振りです」
「お前も相変わらずみたいだな。宮本」
「むー。宮本じゃなくてフレデリカ、フレちゃんだよ〜」

 そうこうしていると、後ろから金髪ショートヘアの少女が輪の中に割って入ってきた。
 以前にも話したことがあると思うが、宮本フレデリカという志希と同じ部署に所属するアイドルだ。
 菜々が微妙に苦手そうにしているのもわからなくはない。志希と気が合うだけあって自由人だからな。

「会長さんの奢り? じゃあ、フレちゃんはAランチをクリームパスタでー。デザートは、この特製タルトケーキをお願いしまーす」

 菜々や志希だけでなく、いつの間にかフレデリカの分まで奢らされることになっていた。
 大変ですね、と言った表情で顔馴染みのウェイトレスに苦笑され、俺は肩をすくめて返す。
 このやり取りは過去に何度も繰り返されたことなので、彼女も俺も慣れたものだった。

「あのウェイトレスさんって、どこかで見た覚えがあるような……」
「当然だろ。うちの所属アイドルの一人だ」
「え……あっ、槙原志保さん! でも、なんでウェイトレスを?」
「……お前が言うか? オフの日に手伝ってるらしい。とはいえ、彼女のは生活のためと言うよりは実益を兼ねた趣味みたいなものだがな。稼ぎは……お前よりいいぞ」
「一々言わなくても、ナナの懐が寂しいことくらい自分でわかってますよ……」

 俺に昼飯をたかるくらいだ。菜々の懐具合はこちらも把握している。
 まだ移籍したばかりで仕事の予定も今のところ入ってないしな。346での仕事も先週のイベントが最後のはずだ。
 まあ、新曲を準備中で年末のステージにも出演させるつもりでいるのだが……そういや、言ってなかったっけ?

「なんですか? まだナナを弄り足りませんか?」
「いや、そろそろお前の新曲が上がってくる頃だなと思って」
「また、そうやってナナをからかっ……え……新曲?」

 な、なんの話ですか!? と絡んでくる菜々を無視して、俺は志保が運んできてくれた昼食を口に運ぶ。
 ちなみに彼女だが、名前は槙原志保。勘違いのないように言っておくと彼女は地球人だ。
 891に所属するアイドルではあるが、志希や菜々のように俺たちの秘密を知っているわけではない。
 オフの日は大抵ここでアルバイトをしていて、彼女目当ての常連客もいるそうだ。本人は限定パフェに釣られてバイトを始めたと言ってたが、そう考えるとここのマスターは商売上手だよな……。
 最近はメディアへの露出も増えて顔が売れてきてはいるが、まあ……ここなら大きな問題は起きないだろう。
 商会の敷地内にあることもあって、客と言えば商会で働く者や891の関係者ばかりだし、ここのセキュリティは生半可な戦力では突破は不可能だ。
 建物内には転送ゲートが設けられていて、うちのメイド部隊がいつでも出撃可能な状態で待機している。それで以前、他国の工作員や部隊が捕縛された事例がある。

(水穂の教育したメイドたちだしな。GPの精鋭でも厳しいんじゃないか?)

 そんなことを考えながら食べかけの食事に手を付けようとした、その時だった。

「あの……そろそろ、いいですか?」

 声を掛けられ振り返ると、キャスケット帽を被った桜色の髪の少女が呆れた様子で溜め息を漏らしていた。

「美嘉ちゃん……いつから、そこに?」
「えっと……『会長さんの奢り?』ってところからでしょうか?」

 かなり最初の方から見られてたみたいだ。
 帽子を深く被り、手にはサングラスを持っていることを考えると、891プロ(ここ)まで変装してきたのだろう。
 時々忘れそうになるが人気アイドルだしな。人気だけで言えば、志希以上のトップアイドルの一角だ。
 その後ろには、他にもアイドルと思しき少女が四人。美嘉の背中から覗き込むように、こちらの様子を窺っていた。

「……取り敢えず、一緒に食べるか?」

 その視線がいたたまれなくなり、俺は美嘉たちを昼食に誘う。
 彼女たちだけ除け者にするわけにもいかないしな……。
 この後、全員の昼食を奢ることになったのは言うまでもなかった。



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