俺は今、みりあと一緒にホテルに隣接したゲームセンターにいた。
カラオケやボーリングの他、最新のAR体験ゲームまで完備した総合アミューズメント施設だ。
「みりあもやるー!」
一曲終えたところで、みりあに太鼓のバチを渡して交代する。
俺たちが今やっているのは、和太鼓を題材にしたリズムアクションゲームだ。
アニメや演歌から流行の曲までジャンルが多才で、家族連れやカップルでも気軽に遊べるとあって人気のゲームだ。
891や346の曲も収録されてるんだよな。おっ、みりあが選んだのは、カルティアのデビュー曲か。
なんか太鼓を叩くバチさばきが手慣れているというか……普通に上手いな。
結構、難易度が高い曲のはずなのにコンボを繋いでるし――
「なかなかやるな。このゲーム、結構やりこんでる?」
「うーん。時々かな? 智絵里ちゃんがすっごく上手くてね!」
結局、一度もミスすることなくクリアしたことに驚かされながら尋ねてみると、そんな答えが返ってきた。
智絵里って確か、緒方智絵里のことだよな? みりあと同じ、シンデレラプロジェクトでデビューした同期の子のはずだ。
余りスポーツとか得意そうな感じではなかったが、こういうゲームもやるのか。少し意外だな。
「そう言えば、友達は誘わなかったのか?」
ふと気になって尋ねてみた。
仕事帰りにホテルの前で一人でいるみりあを見つけて声を掛けたんだが、イジメにあってるってことはないだろうしな。
この業界、上下関係が厳しいこともあって、事務所によっては新人アイドルに対する風当たりが強かったりするのだが、俺の知る限りでは346にそんなことをする子はいない。
個性の強い子は多いけど、基本的に良い子たちばかりだしな。
教育が行き届いているというか、プロデューサーの人を見る目がそれだけ確かと言うことなんだろうけど。
まあ、美城専務からして、年功序列を理由に贔屓をするようなタイプではない。実力主義と言うか、そういう点では346は公正な会社だ。
「みんな部屋で倒れてるよ?」
返ってきた答えに、俺は首を傾げる。
倒れていると話を聞くと、何かあったのかと心配になるが、ここ最近の彼女たちの予定を思い出し、
「ああ、そう言えば、今日はレッスンの最終日だっけ……」
「うん」
俺が納得した様子で尋ねると、みりあは頷く。今日は346と891の合同レッスンの最終日だ。
うちのレッスンって、メイド部隊の新人教育プログラムを参考にしているだけあって何気にハードだからな。
本来、特訓を受けたからと言って三日で劇的に変わるはずもないのだろうが、疲労回復のためのケアや食事にも拘っている特別プランだ。
冥土の試練ならぬアイドルの試練。やり遂げれば確実に効果を見込めるメニューになっていた。
(となると、今日は動けないか。明日の昼まではぐっすりだろうな……)
最低限の体力は付けてもらわないことには、うちのアイドルと足並みを揃えるのは難しいだろうから頑張ってもらうしかない。
特に346のアイドルたちにとっては秋の定期ライブを経験したとはいえ、本格的なARのステージに立つのはこれが初めてになる。
慣れないことをするのは、いつも以上に体力を消耗する。最悪それが大きな事故へと繋がる恐れもある。
だから、いまのうちに体力を付けておくことは悪いことじゃない。あとは経験だな。そうすれば心に余裕が生まれ、ミスも減る。
みりあが元気なのはタチコマのCMガールに起用されてから、たまにうちのレッスンに参加していたからだろう。
「あっ、美嘉ちゃん!」
「みりあちゃん、ここにいたんだ。莉嘉が何処にいるか知らな――太老さん!?」
みりあの声で振り返ると、そこには外出用の私服で変装した美嘉の姿があった。
いや、美嘉の他にも志希とフレデリカ。それに奏も一緒のようだ。
何やら俺を見て固まっている美嘉の横を通り過ぎると、志希が声を掛けてきた。
「先生とみりあちゃん、二人で何してたの?」
「そこでばったり会って、流れでゲームを一緒にな」
「なになに? なんのゲーム?」
興味津々と言った様子で、話に割って入るフレデリカ。
そして志希と一緒に、みりあに教えてもらいながら太鼓のゲームを始める。
相も変わらず、マイペースな二人だ。
「そう言えば、周子の姿がないな。一緒じゃないのか?」
「ああ、周子なら……」
そう言えば、と周子の姿だけないことが気になって尋ねると、奏が答えてくれた。
武内プロデューサーを助けながら、疲労困憊で動けないアイドルたちの世話をしているらしい。
早々に脱落した組はまだマシなのだそうだが、なまじ体力があって張り合ったアイドルたちが死屍累々の状態らしい。
「ちゃんと班長やってるみたいだな」
「あ、あの……太老さん!」
「ん?」
ちゃんと引率役をこなしているみたいだと感心していると、フリーズ状態から回復した美嘉に声を掛けられた。
「しゅ、周子のこと名前で呼んでるんですか!?」
「あ、うん、まあ……」
何やら必死な様子でそう尋ねられた俺は、少し戸惑いながら答える。
遠慮がないと言う点では志希やフレデリカも同じなんだが、周子とは妙に気が合うというか、友達感覚で接しているところがあるからな。
俺としても敬われたり変に畏まられるのは苦手なので、そう言う意味では周子のようなタイプとは付き合いやすい。
だがまあ、ニート疑惑だけは訂正させないとダメだと思っているが……。
どうも志希やフレデリカとも気が合う所為か、サボリ癖がある同類みたいに思われている節があるからな。
(『美嘉』って呼んであげてくれますか? 自分だけ『ちゃん』付けで呼ばれていることを気にしてるみたいなので)
(ああ、そういうことか……)
どうしたものかと困っていると、奏が耳打ちでこっそりと教えてくれた。
確かになんとなく面と向かって名前を呼ぶときは、美嘉のことは『ちゃん』付けで呼んでいた。
他の四人のことも最初のうちは『ちゃん』を付けてたんだが、自然と呼び捨てにするようになっていたからな。
でも、美嘉の場合は最初の出会いが出会いだったから、妹みたいな感覚で接していたのが理由として大きい。
とはいえ、微妙なお年頃だ。学生とはいえ、働いて収入を得ているわけだし、一人前の大人として扱って欲しいと思うのは当然かもしれない。
「えっと……美嘉?」
「え……は、はい!」
呼び捨てにしてみたはいいが、呼び慣れていない所為か少しぎこちない。
美嘉の方も緊張した面持ちで、志希たちとは違った新鮮な反応だ。こういう反応をされると、こっちも照れ臭くなるな。
派手な見た目に反して純情というか、よく周りにからかわれている姿を見るのも分かる気がする。
まあ、この辺りにしておくか。
いまはゲームをしていて大人しいが、また志希やフレデリカに遊ばれるのも可哀想だしな。
奏も口元を手で押さえて、肩を震わせてるし……。こうなることがわかってて、俺にアドバイスしたんだろうな。
「確か、莉嘉ちゃんを探してるんだったな」
「あ、はい。でも、あの子、部屋に携帯を忘れたみたいで……」
なるほど、それで心配になって捜していると。
俺は空間モニターを呼び出すと、手元の端末を操作して莉嘉の現在位置を調べる。
普通なら、こうして堂々と空間モニターを呼び出して作業することなんて出来ないが、ここは実験都市だ。ある程度の誤魔化しはきく。
それに実験都市は言ってみれば、商会の庭のようなものだしな。
至るところにカメラやセンサー類が設置してあるので、迷子の足跡を辿ることくらいは容易い。
出掛けているなら美嘉と同じように変装はしているのだろうが、特徴的な子だしな。
すぐに見つかるだろう……と、いた。
「あれ? ここって……」
モニターには貼り紙に『STAFF ONLY』と書かれた扉を開け、施設のなかに入っていく莉嘉の姿が映っていた。
◆
「……アンタは何やってるのよ?」
「探検?」
「このおバカ!」
頭にゲンコツを落とされ、涙目で頭を抱え、床に蹲る莉嘉。
とはいえ、心配させた罰としては軽い方だろう。それに入っては行けないところに入ったわけだしな。
まあ、入っちゃダメと言われると、中を覗きたくなる気持ちはわからなくもないけど。
それに奧へ行くにはセキュリティロックされた扉を通らないといけないので、どちらにせよ重要な場所へは無断で立ち入り出来ないようになっている。
「折角だから見学していくか?」
「え……いいんですか? 関係者以外立ち入り禁止なんじゃ……」
「隠すようなものでもないしな。それに関係者≠セろ?」
関係者以外立ち入りが禁止されているとは言っても、別に大層な秘密を隠しているわけでもない。
それに美嘉たちも無関係と言う訳ではないしな。丁度、良い機会だろう。
「お姉ちゃん、顔があかーい!」
「ばっ、なに、言って!?」
妹にからかわれて、あたふたと狼狽える美嘉に声を掛け、みりあや奏たちも一緒に施設の奥へと進む。
そして暗証番号とパーソナルデータの認証を行い、重厚な扉を開くと、
「ひっろーい!」
「うわあ!」
目を輝かせて、みりあと莉嘉は扉の向こうへと駆け出した。
「ここって……」
「年末の合同コンサートで使う予定のステージの一つ≠セよ」
ホテルに隣接するカタチで建造された総合アミューズメント施設。
その一角に設けられたドーム状の建物には、最先端のAR装置が備え付けられている。
ここが合同コンサートのメインステージ≠ニなる予定の場所だった。
他にも複数のステージを準備中で、街全体を使ったお祭り≠フようなイベントを企画していた。
「お、いたいた。カルティア」
「太老様? あら……」
ドームの北側、ステージの中央にカルティアの姿を見つけて、俺は声を掛ける。
美嘉たちの姿にも気付いた様子で、会釈しながら挨拶をするカルティア。
すると、
「は、速水奏です。今日は会長さんに案内されて……」
珍しく緊張した様子で、奏が真っ先に前へでた。
「奏のあんな姿、初めて見たかも……」
「テンパってるねー。まあ、憧れの人に会えたわけだし仕方ないか」
「カナデちゃん、大ファンだもんねー」
美嘉、志希、フレデリカの話を聞いて納得する。
カルティアは891を代表するアイドルであると同時に、世界的に名の知れたトップアイドルだ。
彼女に憧れて業界の門を叩く少女も多い。うちのアイドルやスタッフにもカルティアのファンはいるしな。
恐らく奏も、その一人なのだろう。
「今日は皆さん、見学に?」
「ああ、よかったらステージを見せてやってくれるか?」
「はい。それは構いませんが、明日のことは……」
「それは、まだ伝えてない」
「なるほど。では、そのように……」
恐らく明日≠フステージのために、リハーサルを行っていたのだろう。
ステージを見学させてやって欲しいとカルティアに頼むと、怪訝な顔で志希が話に割って入ってきた。
「先生、明日のことって?」
「内緒」
「……また、何か企んでるでしょ?」
失敬な。ちょっとしたサプライズを企画しているだけだ。
◆
「美嘉ちゃんだけじゃなく奏まで、どうかしたの? 帰ってきてから、ずっとニヤニヤしてて怖いんだけど……」
美嘉だけならわかるが、こんなに上機嫌の奏を見るのは周子も初めてのことだった。
普段は何があっても余り表情にだすことがない奏が、終始笑顔で写真を眺めているのだ。
周子が不気味に思うのも無理はない。だが、それも仕方のないことだった。
今日の記念にと、カルティアと一緒に撮ったサイン入りのブロマイド。彼女のファンなら誰もが羨む秘蔵のアイテムだ。
「いろいろとあってねー。それより周子ちゃん、先生から伝言があるんだけど」
「……会長さんからの伝言?」
志希から太老の伝言があると聞いて、周子は訝しげな声で聞き返す。
やっと891との合同レッスンも終わり、解放されたかと思えば、これ以上なにがあるのかと嫌な顔になる。
疲労困憊のアイドルたちと比べれば体力的には余裕があるが、精神的な疲労は大きかった。
普段は楽な方に楽な方にと要領よく仕事をこなしている分、こうした重要な役目を任されることは今までなかったからだ。
前向きに考えると貴重な経験ではあるが、慣れない仕事に周子は疲れきっていた。
「明日を楽しみにしてろって」
「明日? え、それだけ?」
「うん」
尋ねてみたけど詳しいことは何も教えてくれなかったと話す志希に、周子は益々険しい顔を見せる。
何かをするつもりなのだろうが、どうして自分にだけ、そんな伝言を寄越したのか?
「なんか不安しかないんだけど……」
嫌な予感しかしない。周子が不安になるのも当然だった。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m