「おおっ、しまむー可愛いよ!」
「えへへ……そうですか? 未央ちゃんも凄く似合ってますよ」
かぼちゃの衣装を褒められ、はにかむ卯月。そういう未央はと言うと、狼男のコスプレに扮していた。
そんな二人を横目に様変わりした街並みを眺めて、吸血鬼のコスプレに扮した凛はポツリと言葉を漏らす――
「十月三十一日か。すっかり忘れてたけど……」
今日はハロウィンの日だ。
秋の収穫を祝い、悪霊を追い払うことを目的とした海外のお祭りで、最近では若者を中心に日本でも人気が出て来ている秋を代表するイベントの一つだ。
しかし、
「まさか、街を丸々イベントの会場にしちゃうなんて……」
ここが普通の街でないことは理解していたつもりでも、まだ想像が足りていなかったのだと実感させられる光景が凛の前には広がっていた。
鉄とアスファルトで造られた近代的な街並みが、赤い煉瓦と石畳で覆われた中世を彷彿とさせる景色へと変貌した姿は、物語の世界へ迷い込んだかのような錯覚を引き起こさせる。
一人だけ冷静を装っていても、凛も夢見る年相応の女の子だ。興味がないわけではない。
卯月や未央ほどではないが、内心ではドキドキとワクワクで胸が高鳴っていた。
そんななか、
「驚いた?」
「え?」
後ろから声を掛けられて凛が振り返ると、
「あ……」
志希がいた。よく見ると、後ろには〈LiPPS〉のメンバーの姿も確認できる。
美嘉とフレデリカは悪魔の尻尾と羽を付け、周子は片目を隠し、手足に包帯を巻いたミイラのコスプレをしている。
奏は凛と同じ黒いマントを羽織り、吸血鬼の衣装に扮していた。
そんななかで志希だけ一人、いつもと大差ない白衣を纏った格好をしているのを見て、凛は不思議そうに首を傾げる。
「ああ、これ? マッドサイエンティストと言えば、白衣だからね」
ああ……と志希の説明に納得する凛。
志希のことを知っていれば、これ以上ないほどの嵌まり役だ。
というか、コスプレの必要がないくらいだった。
「あと、さっきの疑問の答えだけど、ここは文字通り設計の段階から先生≠ェ関わってる街だから」
「……先生?」
「正木会長のことよ」
志希の話す『先生』が一瞬だれのことが分からず、疑問を口にする凛。すると、話を聞いていた奏が答える。
特に秘密にしているわけではないが、公然の話でもないので凛が知らないのも無理はなかった。
大学の客員教授や講演会の誘いなど、そのすべてを太老が断っているのは有名な話だ。
そのため、志希が太老の教え子だと世間に認知されれば、大変な騒ぎになることは誰にでも想像が付く。
だが、志希自身そのことを自慢して吹聴するような性格ではないこともあって、関係者以外には余り知られていないというのが現状だった。
「そういうこと。それで……」
それほど親しいわけではないが、志希の噂は聞いているだけに凛は奏の話を聞いて納得する。
むしろ、この街の開発に携わった人物の弟子と言われれば、なるほどと納得するだけの説得力が彼女にはあった。
そして奏たちの話を聞いている内に、ふとした疑問が頭を過ぎり、凛はそのことを尋ねる。
「みんなはハロウィンのこと、知ってたの?」
志希が太老の関係者なら、このイベントのことも知っていたのではないかと思ったからだ。
しかし、五人を代表して美嘉は首を横に振ると、そんな凛の疑問に答えた。
「サプライズを企画していることは聞いていたけど詳細は何も……。アタシたちもホテルに帰ってくるなり、こんな格好をさせられてね」
詳しいことは何も知らされていなかったと説明する美嘉。凛も特にその言葉を疑ってはいなかった。
隠すようなことでもないし、プロデューサーにも同じ質問を既にしていたからだ。
とはいえ、
「先生のことだから、他にも何か企んでそうだけどね」
これで終わりのはずがないと話す志希に、全員なんとも言えない表情を浮かべるのだった。
◆
「……川島さん、その格好は?」
「小∴ォ魔よ。フフッ、結構似合ってるでしょ?」
ありすは返答に窮した顔を見せる。
正直な話、小悪魔と言うよりは大悪魔……大淫婦と言った方が正しい。
しかし自信満々でポーズを決める瑞樹を見て、そんなことを口にする勇気はありすにはなかった。
「ありすちゃんも一杯、如何ですか?」
「え……あの……」
「ちょっと楓ちゃん。未成年に何を勧める気よ」
「勿論、ただのジュースですよ? 瑞樹さんもジュース≠フお代わり、どうですか?」
それ絶対にジュースじゃありませんよね?
と甘い香りが漂う透明な液体を見ながら、ありすは疑惑の目を向ける。
桃華たちとの買い物を終え、ホテルのフロントで指定された場所に向かってみれば、既にそこは大人の宴会場と化していた。
「ぷはー! こんなに美味しいお酒がこの世にあるなんて!」
「良い飲みっぷりですね。では、私も……」
ジョッキを片手に腰を手に当て、盛大に酒気を帯びた息を吐きだす早苗。頭には鬼の角と思しきものが生えていた。
瑞樹や早苗と比べれば静かに飲んでいるように見えるが、楓の傍にも空になった酒瓶が幾つも転がっている。
楓の姿は日本の妖怪――雪女のコスプレだろうか?
白い着物の隙間から見える熱を帯びた肌は、どこか艶っぽく大人の色気を感じさせる。
そんなアイドルにあるまじき痴態を目にして、武内プロデューサーは止めに入るが、
「あの……皆さん。そのくらいで……」
「まあまあ、プロデューサーさんも一献」
「いえ、私は……」
「あら? もう、お酒と料理がないわね。お代わりを貰ってくるわね」
「きゃはは! もう樽ごともってこーい!」
完全に出来上がった大人たちを見て嘆息すると、これ幸いと武内プロデューサーに注意が向いている隙に、ありすはその場から逃げ出す。
武内プロデューサーには悪い気がしたが、一刻も早く、この場を立ち去りたかったためだ。
「ああいう大人にはならないようにしないと……」
そして特に目的もなく、ありすはふらふらと宴会場を歩き回る。
本来は親睦を深めるために計画された交流会だ。
野外に設けられた宴会場には、346のアイドルだけでなく891からも関係者が数多く出席していた。
皆それぞれに交流を深めている様子で、幾つかのグループに分かれている様子が見て取れる。
そんななかで自分と同じく一人でいる知り合いの顔を見つけ、ありすは声を掛けた。
「イヴさん」
「あ、ありすちゃん。楽しんでいらっしゃいますか〜?」
ありすに名前を呼ばれ、独特の間延びした声で、にこやかな笑顔を浮かべる女性。
イヴ・サンタクロース。
コラボ企画で、桃華たちと同じユニットに所属する891のアイドルの一人だ。
みりあと一緒に桃華たちのサポートをしていた関係で、ありすもイヴとは名前で呼び合う親しい関係を築いていた。
「えっと……その格好は?」
皆がハロウィンの仮装をしている中、イヴだけが赤いサンタの服を着ていることを不思議に思い、ありすは尋ねる。
ちなみにありすの格好だが、三角帽に黒いローブを羽織っていた。所謂、魔女のコスプレだ。
「勿論、サンタですよ〜?」
当然とばかりに、そんな答えが返ってきた。
そして白い袋からラッピングされた小袋を取り出すと、イヴはそれをありすに差し出す。
「あの……これは?」
「お菓子です〜。今日はハロウィンですからね。何か、間違ってますか〜?」
「いえ、間違ってはいないと思いますけど……」
ハロウィンで子供にお菓子を配る。
間違ってはいないが、なんだか腑に落ちないものを感じて、ありすは複雑な表情を浮かべる。
そして、
「では、まだ仕事が残っているのでー」
そう言って立ち去るイヴの背中を見送ると、ありすはプレゼントの中身を確認し、
「……饅頭?」
なんとも言えない気持ちに駆られた、その時だった。
「え?」
夜空に光のカーテンが掛かり、凛とした声が会場に響く。
バラード調の旋律で、思わず聞き入ってしまう心に響く音色。
それは――
「電子の歌姫……」
蒼いドレスを纏い、光を浴びながらステージへと降り立つ歌姫の姿が、ありすの目には映っていた。
◆
「カルティア・ゾケルのゲリラライブ!?」
周子が驚くのも無理はない。いまやカルティアは国内に留まらず、世界に広く知れ渡った歌姫だ。
彼女の出演するライブのチケットは販売開始から瞬く間に売り切れ、入手が困難と噂されるほどの人気の高さを誇る。
そんなトップアイドルのなかのトップアイドルが、なんの告知もなく野外でライブを行うと言うのは常識から考えればありえない話だ。
なんとなく、もしかしたらという予感はあったが、まさか本当にカルティアのライブを計画していたとは想像できるはずもなかった。
「奏――って聞こえてるわけがないか……」
ステージに魅入り、完全に周りの声など聞こえていない様子の奏を見て、周子は溜め息を漏らす。
カルティアの大ファンの彼女が、この状況で冷静でいられるはずがないことはわかっていた。
「これって、かなりやばいんじゃ……」
「んー、手後れじゃないかな? もう騒ぎになってるみたいだよ? ほら――」
そう言って端末の映像を、周子にも見えるように空中に投影する志希。
すると、そこにはタチコマネットを通じて、カルティアのステージが全世界にオンライン中継されている様子が映っていた。
プレビュー数は既に一千万を超え、まだ勢いは留まることなくアクセス数が増え続けている状況だ。
日本中――いや、世界中のアイドルファンがこのニュースに驚いていることが見て取れる。
「太老さん、なんでこんなことを……」
「宣伝じゃないの?」
「……宣伝?」
何わかりきったことを、と不思議そうに首を傾げながら、美嘉の疑問に答えるフレデリカ。
「フレちゃんの言うとおり、世間の注目を集めるのが表向きの理由だと思うよ?」
そんな言葉足らずのフレデリカの言葉を、志希が補足する。
年末に開かれる合同コンサートの宣伝が目的。実験都市の知名度を高めるのが狙いだとすれば、まさに最高のタイミングと言っていい。
世間がハロウィンで賑わいを見せる中、世界に名の知れたアイドルが騒ぎを起こせば、自然とこの街に注目が集まることになる。
既にカルティアのゲリラライブについて報道各社は速報を流しており、一部の局では番組の予定を変更して特番が組まれているほどだ。
(それに、これだけ世間の注目を集めてしまえば、妙なちょっかいを出し辛くなるだろうしね)
実験都市を利用しようとしていた者たちにとって、この街に人々の目が集まるのは好ましいことばかりではない。
一部の国からは、日本だけに技術の独占を許さないために、国連で管理すべきだとする極端な話も浮上していたくらいなのだ。
どちらかと言えば、後ろ暗いことがある者ほど、衆目を集めることで迂闊な行動を取りづらくなる。
もし世界の目が集まるなかでそんな強硬策を取れば、否が応でも世論の反発は避けられないからだ。
どうせ実験都市を公の物とするなら、下手に隠しごとをするより出来るだけ目立った方が抑止力に繋がる。
そうした計算があってのことだと、志希はこのイベントの裏にある思惑を推理する。
そして、
「だよね? 先生」
志希が確認を取るように視線を向けた先には、彼女と揃いの白衣を纏った太老の姿があった。
いつからそこにいたのか?
料理を口に運びながらステージを鑑賞する太老に気付き、美嘉たちは驚きの表情を浮かべる。
「まあ、大体あってるな。一つ付け加えるなら、これはカルティア自身が望んだことだ」
あっさりと志希の推理を認めつつも、それだけではないと太老は話を補足する。
しかし数多の成功を収め、名実共にアイドルの頂点に立つカルティアが、こんなゲリラライブを開いてまで何をしようとしているのか?
今更、こんな危険を冒してまで注目を集める意味はないはずだ。
太老の話すカルティアの望みが、美嘉や周子には想像できなかった。
「なんだか楽しそう。すっごくキラキラしてる。胸がドキドキしてきたかも?」
だが、そんななかでフレデリカだけはカルティアが歌に込めた想いや、太老の言葉の意味を理解している様子だった。
そう、カルティアは太老に言われたからステージに立ってるわけではない。
太老に対しての恩は感じているが、彼女にとって国家や組織の思惑など二の次でしかない。
あくまでカルティアはアイドルだ。経営者でも、政治家でもない。彼女に出来ることはステージの上で歌う≠アとだけだ。
ステージを見ている人たちに、自分の声で、歌で何を届けるかの方が重要だった。
そして曲調が変わり、美嘉たちもよく知る曲へと旋律が変わる。
「この曲って……!」
驚く美嘉。それも当然だ。
いまカルティアが歌っているのはシンデレラプロジェクトの代名詞にして、346を代表する全体曲の一つだった。
圧倒的な歌唱力とビジュアル。パフォーマンスから放たれる旋律は観客を魅了し、カルティアの創る世界へと呑み込んでいく。
オリジナルにはない力強さ。それでいて温かな光で、心と体を包み込むような旋律。それは、まるで――
「……もしかして挑発≠ウれてる?」
だからこそ、志希も気付く。カルティアの歌に込められた想いに。
これは、この場にいるすべてのアイドルたちに対するカルティアからの宣戦布告なのだと――
共にステージに立つ仲間と、ライバルと彼女たちのことを認めたからこそ、カルティアは太老の誘いに乗ったのだろう。
敢えて、346のアイドルたちに自分の力を見せつけることで、挑発して見せているのだ。
――ゾクリ。
そう考えると、思わず背筋が冷たく、震えるのを美嘉は感じる。
軽く考えていたつもりはなかったが、それでも甘く見ていた。
このままカルティアと同じステージに立てば、並び立つことは疎か、観客の多くを彼女に食われることになるだろう。
合同ステージ? 違う。このままでは観客の目はカルティアにすべて向き、彼女のソロステージとなることは想像に難しくない。
それが、はっきりとわかるほどの実力差が、カルティアと自分たちの間にはあると美嘉は肌で感じ取っていた。
(凄い。これがカルティアさんの実力。伝説の再来……でも……)
891への移籍を美嘉が決めたのは、太老の秘密を知ったからと言うのもあるが、更なる高みを目指すためだ。
だからこそ、相手が誰であっても――
アタシは負けたくない!
そんな想いで一挙手一投足を見逃すまいと、ステージに意識を集中する美嘉を見て、目的の一つは達したとばかりに太老は笑みを溢す。
元よりカルティアの望みは、太老も理解していたからだ。そして、それは891に所属するアイドルは全員が通った道でもある。
ここで心が折れるようなら、どのみち頂点を目指すことなど出来るはずもない。
だが実力差を見せつけられ諦めるような人物が、この場にいると太老は思っていなかった。
短い期間ではあるが彼女たちと接してきたのだ。そのくらいの信頼は築いている。
それに――
「リーダーをやってみてどうだった?」
もう一つの目的を果たすために、太老は周子に尋ねる。
いつもの軽い口調とは裏腹に、どこか真剣味を帯びた太老の声に、周子も微かに緊張した反応を見せる。
どちらかと言えば太老にとって、こちらが本題と言ってもよかったからだ。
だが、
「え? 大変だったけど……」
何を当たり前のことを、と周子は訝しげな表情で答える。
正直な感想を述べると、大変という言葉では足りないくらいだった。
この件に関してはプロデューサーを感心すると共に、太老に対して一言文句を言いたいくらいだったのだ。
しかし特製ドリンクの件では、ちひろに相談した自分が悪いことを認めているので、そのことで太老を責めるつもりはなかった。
自業自得と言ってしまえば、それまでだからだ。反省はしているが、罰は十分に受けたと思っている。
「……それだけか?」
「……え? 他に何が?」
プロデューサーの仕事の大変さも知れて得るものはあったと思うが、それだけだ。
本気でわかっていない様子の周子に、困った顔を浮かべる太老。
察してもらえると思っていたのだろう。
しかし話が噛み合わず、二人の間になんとも言えない微妙な空気が漂う。
「よし、決めた。お前、年末のコンサートで全体のリーダーをやれ。事務所には俺から話を付けておくから」
「………………え?」
一瞬、太老が何を言っているのか理解できず、困惑の声を漏らす周子。
呆然と固まる周子に背を向け、「何が悪かったんだ?」と首を傾げながら立ち去る太老。
そして――
「ちょ! 待っ――」
慌てて太老を呼び止めようとするも、周子の声はステージの音に掻き消されるのだった。
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