「どうして……私≠ネんですか?」

 何かを期待するような眼差しをフレデリカに向け、尋ねる志希。
 一呼吸おくと、フレデリカは真剣な表情を浮かべ、

「……お前でないとダメなんだ」

 そう答える。
 二人の間に漂う甘く切ない空気。

「周子!」
「太老!」

 互いの名を呼び、ガシリと抱き合う二人。
 そんな二人の小芝居を見て、周子は心底疲れきった表情で溜め息を漏らす。
 そして、

「二人とも、そのくらいにしておいた方がいいわよ」

 口にしていた紅茶のカップを置くと、奏は志希とフレデリカの二人に忠告する。
 背中にプレッシャーを感じ、ぎこちない動きで奏の視線を追う二人。
 すると、その視線の先には――

「み、美嘉ちゃん?」

 修羅がいた。


  ◆


「で? どういうこと?」

 頭にタンコブを作り、床に正座をする志希とフレデリカを睨み付け、仁王立ちで美嘉は尋ねる。
 だが、

「周子ちゃんがプロジェクト・ディーバのリーダーに選ばれたでしょ?」
「なんで自分が選ばれたのかって悩んでたみたいだから、相談に乗ってあげてただけだよ?」

 あっけらかんとした表情で、周子の相談に乗っていただけだと答える志希とフレデリカ。
 そんな二人の主張を聞き、周子に確認を取るような視線を向ける美嘉。
 美嘉の視線に気付き、ポリポリと困った様子で頬を掻く周子を見て、誤解を解くチャンスと期待する志希とフレデリカだったが、

「二人が勝手に小芝居を始めただけで、あたしは頼んでないからね?」

 仲間の裏切りに絶望する。しかし、周子にも言い分はあった。
 プロジェクトのリーダーに選ばれたことを悩んでいたのは確かだが、そのことを相談した覚えも、ましてや小芝居を頼んだ覚えもない。
 ただでさえ、太老との関係を疑われて困っていると言うのに、美嘉を刺激するような真似を周子がするはずもなかった。
 そして、そのことには美嘉も本当のところは気付いていた。
 志希とフレデリカの二人が、いつもの調子で悪ノリしただけだろうと言うことは最初からわかっていたからだ。
 それでも美嘉がこんな態度を取ったのは、どうしても本人の口から確認しておきたいことがあったからだった。

「周子」
「な、なに?」
「本当に……太老さんとはなんでもないの?」

 いろんな想いと意味が込められた美嘉の質問に、周子はすぐに答えることが出来ず、困った様子で眉をひそめる。
 以前、奏にも尋ねられたが、太老に対して恋愛感情は……ないと思う。
 一緒にいて楽と言うか、話しやすいことは認めるが、それは恋人と言うよりは家族に近い感覚だ。
 それだけに、そんな風に尋ねられても正直なところ「よくわからない」というのが、周子の本音だった。
 そもそも太老がどうして自分をプロジェクトのリーダーに指名したのかわからず、困惑しているくらいなのだ。

「正直、あたしの方が『なんで?』って尋ねたいくらいなんだけど……」

 だから、周子はそう答えるしかなかった。
 そんな周子の反応から、嘘は吐いていないと判断して、美嘉は緊張を解く。
 納得したわけではないが、美嘉も本気で太老と周子がそういう関係≠ノあるとは思ってはいなかった。
 しかし、太老が周子を気に掛けているのは確かだ。その理由が気になって確かめずにはいられなかったから、こんな意地悪な質問をしたのだ。
 周子には悪いと思うが、美嘉が自分を納得させるには必要な行為でもあった。
 周子がいつもの調子でからかったり、そのことを追及しないのも、そんな美嘉の乙女心を察してのことだ。

「でも……確かに変な話ね。周子、よーく思い出してみて。本当に心当たりはない?」

 様子を見守っていた奏も、美嘉と同じ疑問をずっと感じていた。だから、もう一度よく思い出して欲しい、と周子に尋ねる。
 特に反対意見はでなかったとはいえ、周子がプロジェクトのリーダーに抜擢された理由は明らかにされていない。
 太老と顔見知りというだけの理由であれば、美嘉や志希でも良い話だ。
 他にも太老と面識のあるアイドルはたくさんいるし、人気や芸歴を考慮するなら他にもっと適任の者がいる。
 しかし、太老が選んだのは周子だった。そこには、なんらかの理由があるはずだと奏は考えていた。

「そんなこと言われても別に……あっ」

 奏の問いに周子は困った様子を見せるも、心当たりがあるのか? 何かを思い出した様子で声を上げる。

「『リーダーをやってみてどうだった?』って尋ねられて『大変だった』って答えたんだけど」
「だけど?」
「なんか、その答えに納得が行ってない様子だった。それで……」
「プロジェクトのリーダーに指名されたと……」

 それは実験都市での最後の夜。カルティアのゲリラライブの最中に、太老が周子に投げ掛けた質問のことだった。
 周子の話を聞き、「もしかしたら……」と何かに気付いた様子を見せる奏。そして、

「意外と単純な話かもしれないわね」
「どういうこと?」

 そう話す奏に、周子は首を傾げて尋ねる。

「会長さんはプロデューサーではなく経営者≠セって話よ。去年、騒ぎになった企画のことは覚えているでしょ?」
「それって美城専務の?」
「ええ。周子も、あの企画に参加したのならわかるはずよ」

 奏の話す去年のこと。それが美城専務が手掛けた『プロジェクト・クローネ』のことだと言うことは察することが出来た。
 志希を除く四人は美城専務に誘われ、そのプロジェクトに参加していたからだ。
 もっとも美嘉は途中で会社の方針に逆らって企画への参加を辞退してしまったが、当時のことはよく覚えている。
 結局、冬の舞踏会を最後にプロジェクトは白紙に戻されたが、企画が失敗に終わったわけではない。
 あの企画がなければ、ありすと文香が一緒にデビューをすることはなかった。
 奏、周子、美嘉、フレデリカ。そして志希が加わり、共にユニットを組むこともなかった。
 LiPPSはクローネを切っ掛けに生まれた新たな可能性をカタチにしようと、企画されたユニットとも言えるのだから――

「えっと、それって……」

 奏が何を言おうとしているのか、周子も気付いたのだろう。
 先の交流会で引率役を任されたのは、秘密を漏らしたことに対する罰だと思っていたが、奏の予想が当たっていると仮定すれば話が違ってくる。
 実際にはプロジェクトのリーダーを任せていいか、適性を見るための試験だったと考えられるからだ。
 反対意見がでなかったと言うことは、誰もが周子の働きを認めていることになる。その時点で、試験には合格していると見ていいだろう。
 だから太老はプロジェクトのリーダーに周子を指名した。すべて織り込み済みだったと言うことだ。

「期待されてるってことでしょ?」

 周子のどんなところを見込んでリーダーに抜擢したのかは、太老に聞いてみないとわからない。
 しかし、なんの期待もされていないのなら、こんな重要な役目を任されることはないはずだ。
 実験都市での最後の夜に周子に感想を尋ねたのは、そうした期待があったからではないかと奏は考えていた。
 そして、それは――

(期待されてる? あたしが……?)

 ずっと適当に生きてきた周子にとって、想像もしなかった考えだった。


  ◆


 奏の話には説得力があった。
 太老の考えをすべて理解しているわけではないが、概ねは間違っていないだろうという確信が持てる。
 そういう美嘉も、太老の言葉で自分のなかにある別の可能性に気付き、挑戦する勇気をもらったことがあるからだ。
 周子がプロジェクトのリーダーに選ばれたこと。それは奏の言うように、意味のあることなのだろう。
 しかし、

(期待、か……)

 美嘉は太老の期待を背負う周子が羨ましかった。
 どうして、アタシじゃないんだろう? と嫉妬にも似た感情が胸の中で渦巻く。

(ダメだな。アタシって……)

 そんな風に考えてしまう自分が嫌になり、自宅のリビングのソファーで憂鬱な表情を浮かべていると、

「お姉ちゃん、どうかしたの?」
「え、あ……アンタ。いつから、そこに!?」

 妹の莉嘉に声を掛けられ、誤魔化すように慌てふためく美嘉。
 そんな美嘉を見て、「怪しい……」と双眸を細める莉嘉。
 そして、

「お兄ちゃんと何かあった?」
「べ、別に――た、太老さんのことを考えてたわけじゃ!」

 自分の姉のことながら余りに分かり易い反応に、莉嘉は呆れるやら心配になる。
 そんな姉だから放って置けないというか応援したくもなるのだが、莉嘉としても美嘉には頑張って欲しい理由があった。

(お姉ちゃんがお兄ちゃんと結婚≠キれば、本当の家族になれるんだけどなあ……)

 莉嘉は昔から男の兄弟というものに、少し憧れのようなものを抱いていた。
 昔から莉嘉は行動的で、同世代の少女たちと比べても腕白というか、少し男の子ぽいところがあった。
 木登りや虫取りと言った遊びが好きなのも、そうした彼女の性格の表れと言える。
 しかし大好きな姉といつものように遊ぼうと思っても、『女の子なんだから危ないことはやめなさい』と叱られるのは目に見えている。
 クラスメイトからも『変な奴』とか『子供っぽい』と言われ、それが莉嘉のコンプレックスのもとにもなっていた。
 美嘉に憧れ、姉のようになりたいとアイドルの門を叩いたのも、周りを見返してやりたいという思いが心のどこかにあったからだ。

 そんななか、叱るわけでもバカにするでもなく、何も聞かずに一緒に遊んでくれたのは太老が初めてだった。
 子供だからとか大人だからとか、男だからとか女だからとか、そんなことで差別することもなく――
 ただ、ありのままの自分を受け入れ、認めてくれる。だからだろう。
 自然と太老のことを『お兄ちゃん』と莉嘉が呼ぶようになったのは――
 だから美嘉には太老とくっついて欲しい。もう少し頑張って欲しいというのが莉嘉の願いでもあった。
 しかし見た目に反して純情な美嘉のことだ。このままでは進展は望めないかもしれない。

(ううん。こういうとき、どうしたらいいんだっけ? 確か、前にお姉ちゃんの読んでた雑誌には……)

 雑誌に書いてあったことを必死に思い出しながら、少し危機感を煽るべきかもしれないと考え、

「お姉ちゃん、もうちょっと素直になった方がいいんじゃない?」
「な、なに言って……」
「お兄ちゃんってモテるんでしょ?」
「うっ……」

 莉嘉は美嘉を挑発する。
 ちょっとカマを掛けてみただけなのに顔を真っ赤にして狼狽える美嘉を見て、何があったかを悟る莉嘉。
 正直ここまで効果があるとは思っていなかったが、話に乗ってきたのなら好都合だとばかりに莉嘉は畳み掛ける。

「そんなことだと思った。しっかりしないと、お兄ちゃん取られちゃっても知らないよ?」
「あ、アタシは別に、そんな不純な動機で太老さんを慕ってるわけじゃ……」
「はいはい。この際だから、お兄ちゃんに直接聞いてみたら?」
「そ、そんなこと出来るわけ――」
「悩みを打ち明けるだけでも楽になれると思うよ?」

 こんなところで悩んでいるくらいなら、お兄ちゃんに直接聞いてみたら?
 という莉嘉の言葉に、美嘉は何も言えなくなる。彼女自身このままではいけないという自覚はあったからだ。
 タイミングの良いことに、明日は891へ赴く用事がある。
 衣装とステージの演出の件で、ルレッタと打ち合わせをする予定になっていた。

(太老さんの本心か……)

 聞けば後悔するかもしれない。でも――

(こんなのアタシらしくないよね)

 例え、期待するような答えを得られなくとも、そんなことで太老への気持ちが揺らぐわけではない。
 それよりも、こんな気持ちを抱えたままステージに立つことの方が不安が大きかった。
 だからこそ、莉嘉の言うように本音で太老にぶつかってみようと美嘉は心に決める。
 そして切っ掛けをくれた莉嘉に感謝の言葉を伝えようとするも、

「あ、お姉ちゃん。ジュースがもうないから、お兄ちゃんのところに行くなら、ついでに貰ってきてくれる?」
「アンタ……そっちが本音じゃないでしょうね?」

 太老から貰ったジュースの空き瓶を手にそう話す莉嘉に、美嘉は呆れ顔を見せるのだった。



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