軽快なリズムに乗って、パッション溢れる勢いのある歌声がスピーカー越しに聞こえてくる。
いまテレビに映っているのは、5SGに続くコラボ企画の第二弾として結成された堀裕子と槙原志保のデュオ『サイキック☆パフェ』だ。
元々、志保は老若男女問わず幅広い層にファンがいる人気のアイドルだ。
そこに加え、裕子がゲストで出演したラジオ番組の収録中に起きた事故が追い風になったようで、上々の滑り出しをしていた。
前は自称サイキックアイドル(笑)だったのが、いまではトラックからファンを守ったヒーローのような扱いだ。
まあ、元々使いこなせていなかっただけで能力自体は本物のようなので、すべてが嘘とは言えないのだが……。
それに、いまの裕子は以前と違う。
スプーン曲げは勿論のこと、小さなものを浮かべる程度の念力なら使いこなせるようになっていた。
既にお気づきと思うが、能力を制御できるように世話を焼いたのは俺――正木太老だ。
皇家の樹の力を間近で受けた影響だと思うが、眠っていた能力が覚醒を促されたことで不安定になっていたのが、手を貸した一番の理由だった。
それにフレデリカや〈皇家の樹〉が迷惑を掛けたお詫びも兼ねていた。
余り知られていないだけで地球にも特殊な力を持った能力者はいるので、あの程度の力なら悪目立ちはしないはずだ。
潜在能力はかなりのようだから、ちゃんと訓練を受ければS級に迫る実力を身に付けられるのだろうが――
まあ、そのうち本人にどうするかは聞いてみるつもりではいる。
最低限、能力をコントロールする方法を教えたとは言っても、力が暴走するリスクがゼロになったわけではないからだ。
すぐにどうこうなると言った話ではないが、やはりちゃんと制御の仕方を学んでおくべきだろうと俺は考えていた。
望むのであれば、アカデミーへの推薦を取り付けてもいい。鷲羽に任せてもいいが、そうするとモルモット直行だしな……。
「やはり、この星は興味深いですね」
興味深そうに裕子と志保が映った音楽番組を見ながらそう話す、見た目は十代半ばにしか見えないスーツ姿の小柄な優男。
彼はコロニーや星系惑星を巡り、宇宙の人々に娯楽を提供する艦船『レセプシー』の関係者だ。
芸を極めた一族のなかでも特異な力を持ち、スカウト部門の管理を任されているのが彼――舞十だった。
彼は一目見るだけで、目にした人物が秘めた才能の埋蔵量を見抜くことが出来る。
見抜ける才能は芸能関係に限定されるが、才能という本来曖昧で不確かなものを確実に見抜くことが出来る彼の能力はレセプシーにおいても重用されていた。
彼がスカウトした人物は、何れも銀河に名を馳せる歌手や踊り子になっているのだから当然と言える。カルティアも彼に見込まれた歌手の一人だ。
しかしその判定基準は厳しく、最低でもレセプシーで通用するだけの才能がなければ、彼の眼鏡に適うことは無い。
そんな彼が『興味深い』と口にするのは滅多にあることではなく、それは裕子と志保にトップアイドルを目指せるだけの才能があることを示していた。
「最初に言っておくが、スカウトするなよ」
「わかってますよ。891プロには僕たちもお世話になっていますし」
レセプシーは簾座連合や銀河連盟に治外法権が認められた、一つの独立した国とでも言うべき巨大な艦船だ。
月の半分ほどの大きさがある衛星規模艦で、ありとあらゆる惑星から多種多様な人々が訪れ、俗世の肩書きやしがらみを忘れて一時の夢を楽しむ場所。当然それだけ巨大な船となるとレセプシーに所属する踊り子だけで、すべてのプログラムを賄うことは難しい。幅広い客層の要望を満たすため、外からも多くの劇団や芸能関係者を招いていた。
891も、そのなかの一つだ。しかし俺は引き抜き≠心配して、舞十に釘を刺したわけではない。
「ここが初期段階の惑星だってことを忘れるなよ」
彼等も持ちつ持たれつの関係であることは理解しているので、他所の事務所から無茶な引き抜きはしない。
しかし彼等は、芸に関することでは一切の妥協を許さない一族だ。
才能を愛し、貪欲なまでに芸を高め、後世へと伝えていくことに生涯を捧げる。そんな芸狂いばかり――
本人の意思を無視するような真似はしないだろうが、話くらいはと大胆な行動にでても不思議ではなかった。
だが本人の了承があったからと言って、初期段階の文明の人間を宇宙に上げるのは銀河法で原則禁止されている。
「でも、樹雷の皇妃様や山田西南様を始め、地球の方々って宇宙に結構いますよね?」
「ぐっ……」
それを言われると、俺も弱い。大半が『正木の村』の関係者ばかりだからだ。
山田家の人々もそうだし、俺の父親も純粋な地球人だ。母のかすみが正木家の人間で、俺は樹雷人と地球人のハーフだった。
宇宙の秘密を知る人物と範囲を広げれば、それこそかなりの数がいる。志希や菜々を始め、美嘉たちもそうだ。
しかし宇宙の秘密を知ることと、宇宙の切符を手にすることではハードルが大きく違う。
初期文明の住民が宇宙に上がるには、なんらかの後ろ盾、周りを納得させるだけの材料が最低限必要だ。いまなら盤上島の一件で出来た新国家の方で登録を申請すれば、地球人でも連盟の一員として承認される可能性はあるが、それでもルールを曲げていることに変わりはない。やはり地球が恒星間移動技術を持つまでは特例に違いなく、余り多用できるようなことではなかった。
「まあ、僕たちもあなた方≠ニ事を構えるつもりはありませんから、そこは理解していますよ?」
「なら、いいんだが……」
「それに直接手をださなくとも、891プロが仲介してくれるなら結果は同じですしね」
俺は喉元まで出掛かっていた言葉を呑み込む。
すべて知られている以上、何を言っても藪蛇になると理解したからだ。
実際、美嘉たちのことは、俺の不注意が招いたことでもあるしな……。
「ああ、それと……こうして尋ねるのも三十八回目になりますけど、そろそろ色よい返事をくれませんか?」
舞十の言葉に俺は眉をひそめ、微妙な表情を浮かべる。
色よい返事――それが何を意味するかを、嫌と言うほど理解しているからだ、
「母と姉にせっつかれて困ってるんです。このままだと僕の力じゃ抑えきれなくなるかもしれません……」
レセプシーの踊り子たちはランクによって分けられている。
下から稚子、主に裏方の仕事や雑用を担当する見習いの踊り子だ。そして、舞台に上がることを許されるようになって『舞子』と呼ばれるようになる。
更に上の『舞姫』になればサブプログラムの主役を任されるようになり、メインの舞台で主役を務めるようになると『舞妃』となるわけだ。
そして、そうした踊り子たちの頂点に立つ人物の名を『舞貴妃』と呼ぶ。舞十の母親がそうだ。
そして舞十には九人の姉がいて、双子の姉に『舞九』という名の女性がいる。彼女はレセプシーで舞姫をしていた。
どう言う訳か、その二人に俺は気に入られているみたいで、貞操もとい子種を狙われていた。
独り身の舞九は別として、舞貴妃に至っては夫≠熈子供≠烽「るのにだ。
とはいえ、支配人である夫との間に生まれた子供は二人だけとのことなので、他の子供たちは別の男との間に作った子供と言うことになる。
過去、舞貴妃は西南にも迫ったことがあるとの話だし、正直なところ困惑を隠せないというのが本音だった。
しかし、それを言ったところで、無駄だということも理解していた。
何百、何千年と長い寿命を持つ宇宙の人々は、そうした倫理観が地球の人々と大きく異なるからだ。
俺にはまだわからない感覚だが、百年、千年と夫婦を続けていると血よりも濃い、精神的な繋がりが生まれるらしい。
それは例えるなら二人で一人のような感覚で、愛情が冷めたと言う訳ではないらしいが、長い人生のなかで互いに別の恋人が出来たとしても余り気にならなくなるそうだ。
勿論、一人の相手を一途に思う人がいない訳ではないが、百年も生活を共にすれば良い方で出会いと別れを繰り返すのが宇宙の常だ。
舞十曰く特に舞貴妃の場合、芸を後世に継承していくというレセプシーの一族としての使命感が強いそうで、才能ある若者を見ると女としての本能が働き、こうして暴走することが時折あるそうだ。
傍迷惑な話だった。どこでどう勘違いしたのか? そんな才能が、俺にあるとは思えないしな。
女に興味がないと言う訳ではないが、がっつかれると正直引く。
子供の頃から個性の強い女性に囲まれて育った所為か、ああいうタイプは特に苦手だったりする。
人生の墓場どころか、地獄への片道切符にしか思えないからな。
そのため何度同じことを尋ねられても、舞十に対する俺の答えは決まっていた。
「敢えて、口にしないとわからないか?」
「……ですよね。でも、そうすると地球に押し掛けてくるのは時間の問題だと思います」
「は? ちょっと待て。それって、どういう……」
「どこからかライブのチケットを手に入れたみたいで……」
「……それって、うちと346が合同で準備を進めてる年越しライブの?」
「はい」
最悪だ……。そもそもどうやってレセプシーにいる二人が、地球のライブのチケットを手に入れられるんだ?
一番疑わしいのは舞十だが、こいつもあの二人の被害者だ。
こうして交流を深めるようになったのも、家族のことで愚痴を溢し合い、友情を深めた結果だ。
ようは、こちら側の人間。俺を売ったと言うことはないだろう。
こうして訪ねてきたのは、俺にそのことを警告するためだと考えた方が自然だ。
(犯人捜しより、まずはどうするか考えないと……)
ある意味、タコより厄介な人物がやって来ると聞かされ、俺は対応に頭を悩ませるのだった。
◆
「今日は目一杯、飲んで騒ぐわよ!」
と、乾杯の音頭を取るのは正木水子。
ここは林檎や水穂にも知られていない水子のお気に入りの店、隠れ居酒屋の座敷だった。
「あの……本当にアタシも一緒でよかったんですか?」
「いいのよ。最近、休みなしで働いてたからストレスが溜まってたみたいでね。迷惑だとは思うけど、付き合ってあげて頂戴」
「め、迷惑だなんてそんな……」
慌てる美嘉を見て、音歌はクスリと笑う。
先日ルレッタと相談した衣装のデータを受け取りに、891の事務所へ来ていた美嘉に声を掛けたのは水子が最初だった。
以前から美嘉とは一度ゆっくりと話をしてみたいと思っていただけに、音歌や風香にしても良いタイミングだったのだ。
勿論、聞きたいことは決まっている。太老との関係だ。
そのためにも、まずは美嘉の緊張をほぐそうと、水子は空のコップと酒瓶を手に話を振る。
「美嘉ちゃん、飲んでる?」
「み、未成年ですから、お酒は……」
「なら、お腹空いてない? お姉さんが奢ってあげるから、なんでも好きなものを頼んでいいんだよ」
「……そんなこと言っちゃっていいの?」
「大丈夫、大丈夫。臨時収入≠燗ったしね!」
そう言って、札束の入った封筒を風香に見せる水子。ざっと三百万はある。
余り目にすることのない大金を前に音歌や風香だけでなく、美嘉もポカンと呆気に取られた表情を見せる。
「アンタ、そんな大金をどうやって……まさか! いまなら間に合うから自首しなさい!」
「ちょ……なに誤解してるのよ!? これは真っ当なお金だから!」
風香に妙な誤解をされて、水子は慌てて否定する。
商会の金を横領したとでも誤解されたのだろうが――
「林檎ちゃんがいるのに、商会のお金に手を付けられるわけがないでしょ!?」
「……それもそうね」
必死な形相で誤解を解く水子の言葉に、風香は納得した様子を見せる。
正木商会の経理は林檎が担当している。
もし商会の金に手を付ける者がいれば彼女が気付かないはずがないし、許すはずもない。
水子が五体満足でここにいることが、犯罪に手を染めていない何よりの証だった。
しかし、そうすると疑問が残る。
「なら、そのお金はどうしたの?」
冷静に尋ねる音歌。
瀬戸配下の女官とあって彼女たちは高給取りだが、ここは地球だ。樹雷の通貨が使えない以上、換金するには宝石や貴金属の用意が必要だ。
しかし余りそうしたことを繰り返せば、地球の経済に影響を及ぼしかねない。そのため商会では日本政府との取り決めで、換金できる量に制限を設けていた。
基本的には水子たちもその取り決めに則って、商会から毎月でている給料の範囲でやりくりをしている。
給料日が近づくと賄いの料理目当てで、船の食堂の手伝いをしている水子に札束をちらつかせるような余裕があるとは、とても思えなかった。
「そ、それは……」
何やら言い難そうな顔で、そっと視線を逸らす水子。
これは何かあると察した音歌と風香はアイコンタクトを取ると、逃げられないように水子の両端を固める。
水子がこういう態度を取る時は、何かしら面倒事を起こしていると相場が決まっているからだ。
「え? ちょっと二人とも、なんか顔が怖いんだけど……」
左右から二人に威圧され、ダラダラと額から汗を流しながら顔を引き攣る水子。
どこかに逃げ道はないかと隙を窺うが、当然そんな隙を二人が見せるはずもなく――
美嘉に目で助けを求めるが、相手にしてもらえず――
さすがに誤魔化しきれないと観念したのか、水子は重い口を開き始めた。
そして、
「鷲羽様の仲介でレセプシーのお二人にチケットを売ったですって!?」
水子の口から語られた話に、悲鳴にも似た大きな声を上げる風香。
やっぱりと言った顔で額に手を当て、音歌は溜め息を漏らす。
一方で美嘉は話を聞いても、まったく状況が理解できていなかった。
当然だ。宇宙の秘密を知るとは言っても、彼女には宇宙では常識とされる必要最低限の知識すらない。
銀河連盟のことは勿論、そこに加盟する国の名を耳にしても一つとしてわからないだろう。
ましてやレセプシーについて知るはずもなかった。当然、名前すら耳にしたことはない。
「あの……レセプシーって?」
「ああ、それもそうよね。えっとね、レセプシーっていうのは――」
そんな美嘉にも分かるように、レセプシーについて簡単に説明をする音歌。
地球の常識では考えられないような話に最初は驚きを見せる美嘉だったが、思いのほか冷静な反応を示していた。
既にそれ以上のものを目にしているし、初めて太老の正体を知った時ほどの驚きはなかったからだ。
むしろ、同じ芸能関係の仕事に就いている者としては、興味の方が勝っているくらいだった。
それだけに疑問に思う。
「それって、アタシたちのライブに興味を持ってくれたってことですよね?」
お金を受け取ったことは問題だが、関係者用のチケットを誰に渡そうと水子の自由だ。
それに美嘉たちからすれば、銀河有数の踊り子に自分たちのステージを見て貰えるチャンスでもある。
経緯はどうあれ、これから太老のもとでやっていくなら、こうしたことに慣れておくことも必要だろう。
遅いか早いかの違いで、そう悪い話に思えないのは当然だった。
しかし、
「あの方たちの目的が太老くん≠ノなければ、確かにそうかもね」
「……え? どういうことですか? なんで、太老さんが……」
思いもしなかった人の名前を風香の口から聞かされ、美嘉はどういうことかと尋ねる。
そして、この話が伝言ゲームのように関係者へ伝わり、新たな騒動の火種となるのは語るまでもないことだった。
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