【Side:太老】
「……でかいな」
巨大な聖機神を俺は見上げる。
俺の聖機神と比べても倍はあろうかという巨大な人型機動兵器だ。
「ハハハハッ! どうだ!? びびったか!」
そんな巨大なロボットから男の高笑いが聞こえて来る。
なんとなく知り合いの天南静竜を彷彿とさせる癪に障る笑い方だ。
「大きければ強いってわけでもないだろうに……」
「強がりを!」
強がりなどではない。
このコロシアムは、聖地にあった闘技場に近い構造をしている。
林立する柱が建ち並び、周りを壁で囲われ、縦横無尽に動き回れるほどの広さがあるわけではない。
機体が大きければ、それだけ小回りが利かなくなる。ようするに――
「ならば、このマジンの力を思い知るがいい!」
試合開始の鐘がなると同時に、巨大な聖機神の拳が眼前に迫る。
そんな大気を裂くような一撃を、俺は柱を盾にして横に飛び退くことで回避する。
轟音と共に抉れる地面。拳から放たれた衝撃波が石柱を粉々に破壊し、地面を激しく揺らす。
「どうだ!」
どうだと言われても……確かに凄いパワーだが、やはりそれだけだ。
障害物が多いと言うことは、身を隠す場所には困らないと言うことだ。
一方で、相手はあの巨体だ。こちらからは動きが手に取るようにわかる。
「くッ! ちょこまかと!」
そりゃ、当たってやる義理はないしな。反撃にでたいところだが、まずは機体の馴らしが先だ。
やはり以前に比べると、運動性や機動力も随分と上がっていることが実感できる。
試しに亜法結界炉の出力を上げてみるが、動作の安定性も問題ない。
組織の劣化も見られないことから、万素も機体に馴染んでいるようだ。
「ならば、これでどうだ!」
指先からレーザーのようなものを放ってきた。
石柱を薙ぎ倒しながら、俺の聖機神目掛けて無数の光の帯が迫る。
邪魔な障害物ごと、敵を薙ぎ払ってしまおうという作戦なのだろう。
力任せな方法ではあるが、悪い作戦ではない。しかし――
「バカな! マジンの一撃を!?」
前方に展開した光輝く障壁で、敵の放ったレーザーを受け止める。
自身に向けられた力を、そのまま相手に撃ち返す反射の盾――ヤタノカガミ。
あらゆる亜法を弾き返すという代物だが、これも以前とは大きく違う点がある。
「返すぞ」
障壁で受け止めた力を集束させ、一気に解き放つ。
その直撃を受け、巨大な爆発に呑み込まれる敵の聖機神。
建物が激しく揺れ、爆風が土埃を巻き上げ、竜巻となって空高くへと上がっていく。
「あ、やば……やり過ぎた」
コロシアムの中央に空いた巨大なクレーターを見て、俺は加減を間違えたことを悟る。
ヤタノカガミによって受け止められた力は、放たれた攻撃の何倍にもなって相手へと返る。
以前は全身で受け止めることで拡散していた力の流れを、一箇所に集束させることが可能になったと言う訳だ。
「くそッ! こんなバカなことがあってたまるか!」
白い煙が晴れると、そこには決闘相手の聖機神の姿があった。
右腕を失い、五体満足とは言い難い様子だが、まだ戦意は失っていないようだ。
意外と根性はあるんだな。機体性能の差は理解できただろうに……。
「マジンをここまで圧倒するなど!」
「マジン? そういや、さっきもそんなこと言ってたな」
マジンって、もしかしてラシャラ女皇の言っていたあのマジンのことか?
いや、その割には弱すぎるような?
そういや、英雄に破壊されたとか言ってたしな。
「それが伝説のマジンなら、修復に失敗したとかじゃないのか?」
「そんなわけがあるか! 確かに以前ほどのパワーはないだろうが、この千年の間、貯めるに貯めたブレインクリスタルで強化しているのだぞ!? それを、たかが聖機神如きで――」
「ブレインクリスタルなら、俺の機体にも使ってるけど?」
「……は?」
俺の答えが予想外だったようで、何やら気の抜けた声を発して固まる決闘相手。
そして僅かな間を置くと、
「貴様……何者だ?」
真剣な声で、そう尋ねてきた。
どう答えたものかと迷うが、俺がラシャラ女皇と繋がりがあることは既に知れているはずだ。
なら下手に隠しごとをするよりは、ある程度の真実を話に含ませた方がいいと考え、
「正木太老。どこにでもいる異世界人だ」
俺はそう答えるのだった。
【Side out】
異世界の伝道師 第288話『異世界からきた一般人』
作者 193
「あれはマジン……何故、あれが!?」
貴賓席から身を乗り出し、驚きの声を上げるラシャラ女皇。
マジンは解析が済んだ後、皇立研究所で保管されていたはずだ。
しかも過去の大戦で英雄フォトンによって破壊され、完全に動きを停止していた。
なのに、どうして――と言った疑念が女皇の頭に過ぎる。
「侍従長」
「はい」
女皇の考えを察すると、侍従長は一礼して貴賓室を後にする。
マジンの研究が行われ、聖機神の開発が盛んに行われるようになったのは、ここ二百年ほどの話だ。
その二百年の間に何者かの手によって、研究所に保管されていたマジンが帝国へ渡った可能性が高いと考えたからだ。
だが、
(恐らくは調査をしたところで、何もでないでしょうけど……)
いまから調査をしたところで、犯人に繋がる証拠は何一つ出ては来ないだろうという確信が女皇にはあった。
だからと言って確たる証拠がない以上、このことを糾弾するのは難しい。
出来ることといえば、帝国に対して調査への協力を依頼し、マジンの返還を求めることくらいだ。
もっともパパチャアリーノ・ナナダンが、素直に応じるような男でないことは女皇が一番よく理解していた。
「まったく次から次へと……」
太老からこの国が滅亡するという話を聞かされた時には驚かされたが、内心では女皇も納得していたのだ。
それほどに、この国は腐敗が進んでいる。
繁栄を極める一方で、国家としては末期とも言える状態にあることが、女皇には嫌と言うほど理解できていた。
そして、その責任の一端が自分にあると言うことも、彼女は深く理解している。
「……ままならないものですね」
星の再生と人類の繁栄を願い、造り上げた理想の国。
しかし千年という歳月は『砂漠の惑星』と呼ばれ、滅びに瀕していた頃の記憶を人々から奪い去ってしまった。
女皇と志を同じくし、建国に携わった者たちは既にこの世に亡く、残されたのは世界を支配する大国の姿だけだ。
統一国家の貴族であるという自尊心。自分たちは特別な存在であるという驕り。
人間の持つ欲深さを、彼女は甘く見ていたのだろう。
「私は女皇、失格ですね」
寂しさと悲しさ。複雑な感情が入り乱れた表情で女皇が呟いた、その時だった。
「マジンを圧倒している?」
目の前の光景に驚き、女皇は呆然とした声を漏らす。
コロシアムでは、黄金の聖機神とマジンの激しい攻防が繰り広げられていた。
だが女皇の心配を余所に、戦いを優勢に進めているのはマジンではなく黄金の聖機神だった。
マジンの猛攻を林立する柱に身を隠しながら、素早い動きで回避する黄金の聖機神。そして次の瞬間、眩い光が観客席を覆い尽くす。
マジンの放った無数のレーザーを黄金の聖機神が受け止め、それを弾き返したのだ。
「なんて出鱈目な……」
もくもくと立ち上る土煙。
コロシアムの中央に空いた巨大な穴が、戦いの激しさを物語っていた。
その光景に女皇は息を呑み、そして――
「やはり、こうなりましたか……」
パニックとなった一般席に目を向け、嘆息する。
聖機神の暴走のこともあり、会場には強化された結界が張り巡らされていたはずだが――
先程の攻撃の余波で結界が破壊され、そのことを知った観客たちが我先にと逃げ出す姿がそこにはあった。
だが、これは元より想定していたことだ。
女皇が事前に準備していた兵士の誘導もあって、混乱は最小限に食い止められている。
「彼がマジンを倒してくれると信じて、私は――」
この国の女皇として為すべきことをする。
例え、この国が滅び行く運命にあるとしても――
それが最後まで残った自分の為すべき仕事だと、女皇は決意を新たにするのだった。
【Side:太老】
「ただの異世界人だと? ふざけるなッ!」
激昂する男の声に、俺は聖機神のコクピットで首を傾げる。
別にふざけているつもりはない。未来からきたという点は抜けているが、俺も他の異世界人と変わりはないからだ。
多少、特殊な環境で育っただけの一般人というのは、本当のことだしな。母親は『正木』の人間ではあるが、父親は極普通の地球人だ。皇眷属とは言っても末席も良いところなので、ほとんど一般人と変わりがないと言っていいだろう。
普通でないと言えば、俺には前世の記憶があるが、だからと言って何かの役に立ったことはない。むしろ、この記憶の所為でマッドに目を付けられる始末だ。
よくある二次創作の主人公のようにチートな能力を貰って転生したわけでもなく、特別な力も取り柄もない一般人が原作知識のある世界に転生したからって、主人公のように活躍できるはずもない。それが現実だ。
それに――
「いや、ふざけてなんかないぞ? 俺より凄い奴なんて一杯いるしな」
「な……なんだと?」
剣術の訓練では一度も勝仁から一本を取ったことはないし、魎呼にも喧嘩で勝ったことはないしな。
美星が割って入って引き分けという流れは、時折あったけど……実力では、まだまだ遠く及ばないと俺は思っている。
物作りは好きで、一時はマッドの工房に軟禁されていたこともあって知識はそれなりに身についたが、マッドと比べるとその知識を完全に使いこなせているとは言えないし、手先は器用な方だと自負しているが専門の職人から見れば素人の域をでない腕前だ。手に職をと思ってマッドから習ったことを続けてはいるが、このままだと独り立ち出来るのは、いつになることか……。
領地や商会のことだってマリエルや水穂に頼りっぱなしだし、為政者としての心構えとか教養とか、足りてないところが一杯あるしな。
正直、出来ないことの方が多いくらいだ。そう言う意味では、英才教育の賜物とはいえ、なんでも一流にこなす剣士の方が凄いと思う。
「異世界が……まさか、そんな人外魔境だったとは……」
人外魔境か。うん、ある意味で魔境だな。
何千年も生きてるような鬼がいるし、普通に神様も住んでるからな。
だからなんだって話なんだけど。鬼と言ったって、家じゃただの酔っ払いだしな。
神様の方も威厳の欠片すらないから、敬うような気持ちは少しも湧いて来ない。
まあ、砂沙美に関しては感謝してるけど。
なんだかんだと世話になっていたので、俺も彼女とノイケには頭が上がらない。
『パパチャ様、降参して謝った方がいいですよ』
『そうそう、命あっての物種ですし』
「五月蠅い! まだ負けたわけではないわッ!」
誰かと通信でやり取りをしているみたいで、何やら言い争う声が目の前の聖機神――いや、マジンから聞こえてくる。
パパチャ……って、どこかで聞いたことのあるような。
えっと、あれ……確か?
「ああ、アホラッチャ」
「誰がアホラッチャだ!? 私をその名前で呼ぶな!」
アホラッチャもとい、パパチャアリーノ・ナナダンだったか? いや、バカラッチャだったような気も……。
元銀河帝国の貴族にして、パパチャ帝国の皇帝。そして、幼いマリアの父親だ。
貴族の用意した相手と決闘と聞いてはいたが、対戦相手のことまで深く調べようとしなかったしな。
まさか、相手が噂の皇帝だったとは……それってありなのか?
他国の皇帝が決闘の代役で出て来るとか、この国の貴族はどうなってるんだ?
「なんか、ラシャラの苦労を察した気がするな……」
「ラシャラだと? 貴様、彼女とはどういう関係だ!?」
どういう関係って……改めて聞かれると返答に困る。
深い付き合いと言えるほどの関係ではないが、そこそこ良好な関係を築いているとは言える。
ただの知り合いと言うよりは、友人――いや、仲間と言った方が正しいだろうか?
目的があって、俺はラシャラと手を結んだ。それは彼女も同じのはずだ。
そう言う意味で、互いの立場や思惑を利用させてもらっているわけで、こういうのを確か――
「……運命共同体?」
「み、認めん! 私は断じて、そんなこと認めないぞ!」
あれ? なんか違ったっけ?
【Side out】
……TO BE CONTINUED
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m