【Side:太老】
「よかろう……貴様がそこまで言うのなら、私と決闘≠オろ!」
「いや、そもそも決闘中≠セったと思うんだが……」
パパチャが何を言っているのか、さっぱり理解できない。
そもそも俺はラシャラ女皇に頼まれて、貴族と決闘するために御前試合に参加したはずなんだが……。
それがなんで今更、決闘なんて話になるんだ?
(もしかして、何も聞かされていないのか?)
相手は一国の皇帝だ。
頼まれたからと言って、他国の貴族の決闘に介入するだろうか?
マジンに関してもそうだ。これって確か、統一国家の研究所で管理されているはずなんだよな?
それに何故、他国の皇帝が乗っているのか? 正直、疑問は尽きない。
いっそ、本人に確かめてみるか?
「ちょっと聞きたいんだが、どうして試合にでたんだ?」
「知れたこと! すべては我が大願を果たすため! それは――」
『ラシャラ様に良いところを見せて、惚れさせようって作戦なんです』
『フラれ続けて、次で千回の大台ですから。それにラシャラ様を振り向かせないと聖域≠ノ入れませんしね』
「聖域?」
「お前等、余計なことを言うなッ!?」
通信回線を通して、俺たちの話に割って入る声。恐らくはパパチャの仲間だろう。
聖域ってアレだよな? 前にラシャラ女皇が、そこに行けば俺の欲している答えが見つかると言っていた場所だ。
だが、関係者以外は一切立ち入ることが出来ない場所だと女皇は言っていた。
他国の人間――それも帝国の皇帝が、そんな重要な場所へ立ち入ることは難しいだろう。
(ああ、それで……)
パパチャがなんの目的があって聖域を欲しているのかはわからないが、統一国家と帝国の国力の差は広がるばかりだ。
武力による制圧も難しい。互いの国の力関係を考えれば、外交的手段での解決も困難だろう。
そこで女皇の心を射止めることで、一発逆転を狙ったと言う訳か。
理屈としてはわからなくもないのだが、女皇を振り向かせることが出来なければ成立しない作戦だ。
(そう言えば、百八人の子供がいるんだっけ? 国の財政が危ういのも、自らが作った後宮が原因だって話だし……)
その自信に呆れを通り越して、思わず溜め息が溢れる。
まあ、実際にハーレムを築いているわけだし、自信があるのも頷ける話ではあるのだが――
(さすがにこれじゃあ、ラシャラが可哀想だよな)
パパチャが本気で彼女のことを愛していると言うのであれば、応援はせずとも邪魔をするつもりはなかった。
むしろ千年もの間、周囲にバカだと笑われながらも告白を続けたパパチャに、男として感心もしていたのだ。
それが――
「わかった。その決闘、受けてやる。だが――」
俺の周りにだって、パパチャのように複数の女性と関係を持ち、ハーレムのような状況を作っている実例はいる。
だから、そのことでパパチャを責めるつもりはない。
複数の女性を娶り、養うだけの財力があり、互いに納得の上なら好きにすればいいと思う。
しかし、
「お前が負けた時は、彼女のことは諦めろ」
相手の気持ちも考えずに己が野望を叶えるため、自分のものにしようという考えは気に食わなかった。
【Side out】
異世界の伝道師 第289話『女皇の選択』
作者 193
【Side:ラシャラ女皇】
「お前が負けた時は、彼女のことは諦めろ」
そう彼が口にした時、胸が激しく脈打った。
あの頃の懐かしい記憶が――フォトンさんたちと過ごした日々のことが思い出される。
――守ってやる!
愛する人に裏切られ、信じていたものがすべて嘘だとわかり、絶望の淵にあった私にフォトンさんが言ってくれた言葉だ。
まだ出会って、それほどの時間は経っていないが、彼が――タロウさんがフォトンさんのように強くて優しい人だと言うことはわかっている。
同時に、そこに特別な感情がないと言うことも――
でも、私のために怒ってくれているのだと思うと、胸の高鳴りが抑えられない。
「私は……」
秘めた想いを誤魔化すように、私は首を左右に振る。
私には、この国の女皇という立場がある。その立場を捨てて、自分の想いに素直に生きることは出来ない。
それが、この国を造った私の責任。後の世を託された私の義務だ。それに――
「今更、私だけが幸せになることなんて……」
出来るはずもない。
パパチャに騙され、一度は裏切るような真似さえしたのに、そんな私をフォトンさんたちは赦し、受け入れてくれた。
それでも私は銀河皇帝の娘。この世界で最も罪深き、大罪人の娘なのだ。
私はずっと立場に甘えていた。
例え、騙されていただけだとしても、何も知らなかったことと何も知ろうとしなかったことの差は大きい。
だからこそ、私は一人――フォトンさんたちのいない世界で生きていく道を選んだ。
これは償い≠ナもあるのだ。
「ふーん。まあ、アンタがそれでいいなら、別にいいんだけどね」
ふと、後ろから掛けられた声に気付き、私が振り返ると、そこには扉を背に佇む長い髪の少女がいた。
タロウさんたちと共に、未来からやってきたという仲間の一人、ドールさんだ。
「悪いけど、勝手に入らせてもらったわ」
「……いつからそこに?」
「太老が『お前が負けた時は、彼女のことは諦めろ』って言ってたあたりから?」
最初から見られていたのだと察して、私は頬を赤くする。
ということは、あの独り言もすべて……聞かれていたと言うことだ。
「まあ、過去に何があったかとか興味はないから聞く気はないけど、諦められる程度の覚悟なら、その方が楽かもね」
「……それは、どういう意味ですか?」
「あんなのを好きになると苦労するって話よ。でも、もの好きが多くてね。そのなかに加わりたいなら止めはしないけど」
秘めた想いを軽んじられた気がして、強く睨むように聞き返すと、そんな答えが返ってきた。
言葉は乱暴だけど、どこかドールさんの言葉には同類を哀れむような――他人を気遣う想いが感じ取れた。
もしかしたらと思い、彼女に尋ねると、
「あなたも、その一人なのですか?」
「……さて、どうかしらね?」
そんな風に誤魔化す彼女を見て、私は確信する。彼女もその一人≠ネのだと。
確かに、タロウさんを見ていればわかる。
本人に自覚はないのかもしれないが、彼には人を惹きつける魅力のようなものがある。
それに優しく、あれだけの力を持っていて、異性にモテないはずがない。恐らく彼の周りにいる女性は、皆そうなのだろう。
「がんばれ、お兄ちゃん! パパなんてやっつけちゃえ!」
「マリア皇女!? どうしてここに――」
ふと声がして視線を下げると、貴賓席の窓に張り付き、試合を観戦するマリア皇女の姿が目に入った。
行方不明になっていたはずの皇女がどうしてここに――と考えるが、すぐにその理由を察する。
「変な連中に絡まれてたから保護して連れてきてあげたのよ」
私の視線に気付き、そう答える彼女。
素直ではないと思いつつも、どこか彼女らしいと思う自分がいた。
少しだけ彼女がどういう女性かがわかった気がして、喜びを噛み締めていると、
「途中で女皇の命を受けたとかいう兵士にもあったわよ? 随分と横柄な態度で、自分たちが皇女を保護するから引き渡せって」
「なッ!? 私はそのような命を下した覚えは……」
マリア皇女を保護することになった経緯を聞かされて、私は驚きの声を上げる。
恐らくマリア皇女を拐かそうとしていた悪漢というのは、侍従長の報告にもあった貴族派の手の者だろう。
しかし、その後に現れたという兵士について、私は心当たりがなかった。
いや、正確にはマリア皇女の行方を捜すようにと侍従長に命を下した覚えはある。
しかし私の意を察している侍従長が、無理矢理に皇女を連れ去るような真似を兵士たちにさせるとは思えない。
だとするなら、やはりそれも――
「陛下! こちらに賊が――」
ぞろぞろと武装した兵士たちが貴賓席へとやってくる。
そして部屋の状況を確認すると、ドールさんに手に持った銃剣を兵士たちは突きつけた。
すぐに私は止めようと声を発するが、
「お待ちなさい! 彼女は違います!」
「おや? 何が違うと?」
「あなたは……」
武装した兵士たちのなかから姿を見せた白衣の男に言葉を遮られる。
彼は確か――
「皇立研究所の……」
「はい。筆頭研究員にして所長のガルシア・メストと申します」
余り公の場に姿を見せることがなかったために記憶は薄いが、一度だけ顔を合わせたことがある。
三十四歳という若さにして皇立研究所の所長に就任した天才技師。
それが彼、ガルシア・メストだ。その天才技師が何故――
(まさか……)
マジンを復元し、帝国へ渡したのが彼だとすれば、すべての辻褄が合う。
それに彼を皇立研究所の所長に推薦したのは、確か宰相だったはず。
だとすれば、彼等の目的は――
「その者には、マリア皇女の誘拐に関与した嫌疑が掛かっております」
「……本気で言っているのですか?」
「恐らくは真っ当な手段では決闘に勝てないと考え、マリア皇女を人質に取ろうと計画したのでしょう」
「何をバカなことを! そのような卑怯な手段を用いずとも、彼なら――」
「彼なら、ですか? まさか、陛下ともあろう御方が騙されていることに気付かれていないとは……」
態とらしくハンカチで目元を拭い、悲観に暮れる姿を私に見せる男。
思わず、怒りに我を忘れて、掴みかかろうとする気持ちをグッと堪える。
そんな真似をしたところで相手の思う壺。これだけの兵士を引き連れ、この場に現れたということは計画的な犯行と見るべきだ。
「信じた者たちに裏切られ、心労も溜まっておいででしょう。静養のため、しばらくは宮殿でお過ごしになるのがよろしいかと」
「あなた方は最初からそのつもりで……」
「臣下として、陛下を諫めるのも我々貴族≠フ務めですから」
決闘の勝敗など、最初から彼等にはどうでもよかったのだと、その言葉で気付かされる。
私を皇居に押し込め、国の実権を握ることが宰相派――いや、宰相の目論見だったのだろう。
そのために今回の騒ぎを利用した。私に不満を持つ貴族たちを上手く話に乗せ、パパチャさえも利用したと言うことだ。
となれば、助けは期待できない。この場にいない侍従長を含め、皆はもう――
「勝手に話を進めないで欲しいんだけど?」
「聞いていなかったのかい? これだから学のない人間は……」
「アンタの話なんて、どうでもいいのよ。私が尋ねてるのは、そこの女皇様≠ノよ」
「なっ!?」
優越感に浸っているところを、ドールさんに冷や水を浴びせられ、顔を真っ赤にするガルシア。
そんな彼の怒りと羞恥に塗れた顔を見て、胸が空く思いを感じながらも、私は彼女に謝罪をする。
「申し訳ありません。このようなことに巻き込んでしまって……」
「そんな話はどうでもいいのよ。アンタはどうしたいのかって聞いてるの」
一瞬、彼女が何を言っているのか理解できず、私は呆然とする。
どうしたいのかと聞かれても状況は詰んでいる。
少なくとも兵士に囲まれたこの状況を打開できるような手段は、いまの私にはない。
「じゃあ、聞き方を変えてあげるわ。アンタは私たちの敵? それとも――」
真剣な表情で試すように、そう尋ねてくる彼女を見て、私は確信する。
彼女はこの状況を危機だとは、微塵も感じていない。よく観察すれば、マリア皇女も脅えている様子が見て取れなかった。
それほどにドールさんを信じているのだろう。なら、私に出来ることは――
「味方です。少なくとも、私は仲間……大切な友人だと思っています」
「そう、なら答えは単純よね」
私がそう答えるとドールさんはニヤリと笑い、視界から姿を消した。
何か打撃音のようなものがしたかと思えば、一瞬にして兵士が三人、床に倒れる。
そして悲鳴と音が響き、次々に兵士たちが倒されていく中、最後に立っていたのは――
「バ、バカな……。貴様、一体なんのつもり――」
「決まってるでしょ?」
私たちを除けばドールさんと彼、ガルシア・メストだけだった。
まさか、武装をした兵士がこうも容易く倒されるとは思ってもいなかったのだろう。
その引き攣った顔には、恐怖と驚きが溢れている。そして――
「太老なら、きっとこういうもの。友達を助けるのは当然だってね」
そう答えると一瞬で間合いを詰め、最後に残ったガルシアの意識を彼女は刈り取るのだった。
……TO BE CONTINUED
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