降り注ぐ光弾の雨を、太老は前方に展開したヤタノカガミで受け止める。
 そしてパパチャの操縦するマジン目掛けて、集束させた光弾を撃ち返す。
 しかし、

「やはり、亜法による攻撃はきかないか! ならば――」

 林立する柱を盾にすることで直撃を回避し、巻き上がった土煙に姿を消すマジン。
 気配を断ち、姿を消したパパチャの動きを警戒した様子で、太老はじっと待ち構える。

「そこか!」

 僅かな物音を察知して、そこに手刀による攻撃を仕掛ける太老。
 マジンと同様に、太老の聖機神には剣や銃と言った専用の武器がない。
 だが太老の改造を受け、ブレインクリスタルによって強化された聖機神のパワーは、パパチャのマジンを凌駕する。

(捉えた!)

 抜き放たれる手刀。空気を裂く轟音が、石柱を粉々に吹き飛ばす。
 しかし、

「なッ!?」

 そこにマジンの姿はなかった。
 目を瞠る太老。その直後――

「亜法がきかぬのであれば、直接叩くまでだ!」

 太陽を背に、姿を見せるマジン。
 上空に飛び上がったマジンが背中のスラスターを全開に噴かし、急加速する。

「食らえ、パパチャパーンチ!」

 パパチャが技の名前を叫ぶと共に、光輝く拳を放つマジン。
 回避は間に合わないと判断し、太老は両手を天に掲げ、

「零式!」
『はい! お父様!』

 零式の名前を叫ぶと共に、光輝く一枚の盾を展開する。
 ヤタノカガミを発展させた黄金の聖機神の奥の手。
 亜法だけでなく、ありとあらゆる攻撃を防ぐ最強の盾。
 疑似・光鷹翼とでも呼べる光の障壁が、マジンの一撃を受け止めた。





異世界の伝道師 第290話『最終兵器』
作者 193






「なんだと!?」

 太老の聖機神の倍はあろうかという巨体から放たれた一撃だ。
 嘗ては銀河帝国の艦隊を一蹴したマジンの一撃。それだけに、こうも易々と受け止められるとは思っていなかったのだろう。
 以前の聖機神なら不可能だった芸当だが、万素によって強化された聖機神なら零式の力を受け止められるだけの器が十分にある。
 しかし皇家の船と違い、同時に展開できるのも一枚が限界と、いろいろと制約が多い。
 出来ることなら使わずに勝負を付けたかったというのが、太老の本音だ。しかし――

(さすがは、この時代トップの聖機師ってところか。戦い慣れてる)

 パワーでもスピードでも、基本的な性能では太老の聖機神の方が上を行っている。
 それでも押し切れないのは、純粋にパイロットの腕の差、戦闘経験の差が大きいと太老は感じていた。
 実際、亜法による攻撃に効果がないと判断するや、すぐに物理的な攻撃に手段を切り替えた判断力の高さはたいしたものだ。

「なんだ! その盾は!?」
「光鷹翼。ありとあらゆる攻撃を防ぐ、最強の盾さ」
「くっ、次から次へと出鱈目なッ!」

 確かに、出鱈目な力だと太老も思う。しかし光鷹翼にも欠点がないわけではない。
 展開している箇所以外は無防備になるし、攻撃に転じようとすれば防御は当然薄くなる。
 リミッターを外して後先を考えずに力を使えば、こんな惑星くらいは一撃で吹き飛ばすほどの力はあるが、そんな真似が出来るはずもない。
 謂わば艦隊戦など一定の距離を保ちつつの戦闘には無類の強さを発揮するが、近接戦闘を主とする一対一の決闘には無駄の多い力だ。

「だが、幾らその盾が頑丈だろうと!」

 気付かれたか、と太老は飛び退くことでマジンから距離を取る。
 疑似・光鷹翼を展開している間はヤタノカガミを発動することが出来ない。
 勿論、疑似・光鷹翼で攻撃を防ぐことは出来るが、一枚しか展開できない上、全方位をカバーすることは難しい。
 工夫次第では、防御を抜かれる可能性がゼロではないと言うことだ。

(さて、どうしたもんか)

 攻撃をしなければ勝てないが、パパチャの腕からして僅かな隙も逃すような真似はしないだろう。
 悔しいが機体性能はともかく、パイロットとしての腕はパパチャの方が上だと太老は認めていた。
 それだけに反撃にでることが出来ない。パパチャが攻め手に欠けているように、追い詰められているのは太老も同じだった。

(もって数分と言ったところか……)

 どちらにせよ、切り札を使ってしまったからには、太老も後がない。
 確かに万素によって強化された聖機神には組織の劣化による稼働時間の心配はないが、動力の問題が解決したわけではない。
 ブレインクリスタルによって強化されているとは言っても、従来の亜法結界炉ではフルパワーでの戦闘に長時間耐えられないためだ。
 零式とのリンクによって限界以上に性能を引き出された聖機神の稼働時間は更に減少する。

(なら――!)

 残り時間が少ないことを計算した太老は勝負にでる。
 マジンの方も無傷と言うわけではない。片手を失い、随分とエネルギーも失っているはずだ。
 事実、エネルギー消費を抑えるためか、先程まで無制限に放っていた光弾やレーザーによる攻撃をパパチャは避けていた。

「そろそろ決着を付けさせてもらう!」
「望むところだ! 返り討ちにしてやるわ!」

 盾を正面に展開したままマジンとの距離を詰める太老。そんな太老の聖機神を、パパチャはマジンで迎え撃つ。
 互いに相手の出方を窺い、一瞬の隙も逃すまいと意識を集中する。
 そして、

(――いまだ!)
(甘いわ!)

 コロシアムの中央で激突する黄金の聖機神とマジン。だが、ここで太老には誤算があった。
 絶対的な盾を持ち、ありとあらゆる攻撃を防ぐ黄金の聖機神。確かに太老の聖機神にマジンの攻撃は通用しない。
 しかし、黄金の聖機神はともかくコロシアムは別だ。
 黄金の聖機神とマジンが衝突した瞬間、遂に限界を迎えたコロシアムの結界が完全に崩壊する。
 そのことでギリギリ崩落を免れていた地面に亀裂が走り、足を取られる黄金の聖機神。

(チャンス!)

 その隙を逃すまいと双眸を光らせ、パパチャは盾を警戒しつつ黄金の聖機神に攻撃を仕掛ける。
 足を取られて前のめりに倒れることで、無防備となった聖機神の背中目掛けて放たれるマジンの拳。
 幾ら黄金の聖機神と言えど、障壁を展開していない箇所に攻撃を受ければ無事では済まない。
 もはや盾で防御することも回避することも叶わない。パパチャが勝利を確信した、その時だった。

「――へぶッ!?」

 腰から下、マジンの半身が吹き飛び、パパチャはその衝撃でコンソールに顔を打ち付ける。
 一体なにが――と顔を上げ、操縦席のモニターに目を向けるパパチャ。
 すると、そこには――

「し、尻尾だと!?」

 鱗のようなものがビッシリと張り付いた黄金の尻尾があった。
 異様な存在感を放つ太くて立派な尻尾が、拳が届くよりも先にマジンに直撃していたのだ。
 バランスを崩して前に半回転した勢いで、そのまま尻尾がマジンの下腹部を捉えたのだろう。
 盾を警戒して意識を集中していたために、尻尾の接近にパパチャは気付くことが出来なかった。
 それが、彼の敗因だ。

「おのれぇぇぇぇ――!」

 尻尾の一撃がトドメとなって、完全に崩落する地面。
 空いた大穴に呑まれ、落下していくマジン。
 パパチャの悲痛な叫びが、崩落するコロシアムに響くのだった。





【Side:太老】

 どうにか勝てたみたいだ。
 足を取られた時には、どうなるかと思ったが――

「まさか、またこの尻尾≠ノ助けられるとはな……」

 溜め息が漏れる。
 幾度となく俺の危機を救ってくれた……もとい俺の意思に反して動き、被害をもたらしてきた凶悪な尻尾だ。
 ある意味で光鷹翼より厄介なことから意識的に使わないように避けてきたのだが、こんな結果をもたらすとは……。

『勝負は決したようですね』

 通信から聞こえてきたのは、ラシャラ女皇の声だった。
 周りを見渡せば、瓦礫の山だ。幸いなことに観客は一早く避難したみたいだが、被害は甚大と言っていい。
 貴賓席を始めとした観客スタンドも当然崩れ落ち、瓦礫の下敷きとなっていた。
 そのことから、一体どこから通信を送ってきているのかと思えば、

「守蛇怪にいるのか?」
『はい。コロシアムはその有様ですから……』

 通常の亜法通信ではなく超空間通信を使ったものだったので、もしかしてと思って尋ねてみれば当たっていたようだ。
 コロシアムの被害状況を非難めいた声で指摘され、俺はそっと顔を逸らす。
 ほとんど、これをやったのはパパチャなのだが、俺にも責任が無いとは言えなかったからだ。

『ご安心を。決闘をして頂いたのはこちらの都合ですし、この件で被った損害を請求する気はありません』
「そう言ってくれると助かるけど……」
『それに金銭で片を付けるより、少しでも罪悪感を抱いて頂いた方が何かと都合が良いですし』

 何気に強かな女皇だった。
 そうでなければ一国の女皇など務まらないのであろうが、これは大きな借りになりそうだと溜め息を吐く。

『まあ、そもそもの話、請求しようにも私は既に死人。この国の女皇ですらないのですが……』
「は? どういうことだ?」
『宰相が先程、コロシアムの崩壊の原因と、私の死を国民に公表しました』

 ラシャラ女皇の話によると、こうだ。
 民を逃がすため避難誘導を指揮し、最後までコロシアムに残った女皇は瓦礫の下敷きとなって死亡。
 コロシアムの崩壊を招き、女皇を殺害した容疑者として、俺の名前が挙がっているそうだ。
 随分と動きが早い。これは何かあると思って、俺は女皇に尋ねる。

「そんなの本人がでていけば、すぐに嘘だとわかる話だろ?」
『名乗りでたところで偽物だと言い張られ、捕まるのがオチです』

 どういうことかと尋ねてみると、実のところ女皇の素顔を知る者は意外と少ないのだという。
 御前試合など幾つかの催しに顔をだしてはいるが、市井の者が直接女皇と顔を合わせる機会など滅多にある話ではない。
 勿論、近衛などの側近や役職に就いている貴族なら女皇の顔を知ってはいるが、そのほとんどは宰相の息が掛かった人物ばかりだという話だ。
 そして女皇の味方であった一部の貴族や関係者も、既に捕らえられているだろうという話だった。

『千年もの間、女王として君臨し続けてきた弊害のようなものです。この国で、私は神にも等しい存在と崇められていますから』

 市井に出回っている女皇を描いた肖像画の類も千年の間に変化していて、元の面影などほとんど残ってはいないとの話だった。
 女皇自身も都合が良い≠ゥらと放って置いたツケが、ここにきて回ってきたと言う訳だ。
 確かに顔が知られていない方が、何かと動きやすい側面はある。
 特に彼女の場合、見た目はお淑やかそうに見えて、かなりの行動派だしな。

「……ってことは、すぐにここを離れた方がいいな」
『既に王都から軍を差し向けているはずです。かなり用意周到に準備を進めていたみたいですから』

 撃退……出来なくはないだろうが、それで問題が解決するならともかく事態を悪化させるだけならやらない方がいい。
 反応を見る限りでは、彼女もそれを望んではいないようだしな。

「これから、どうする気だ?」
『詳細は後ほど。ですが、これだけはお約束します。あなた方を内戦≠ノ巻き込むつもりはありません』
「いいのか? 俺たちの力は知っているだろ?」
『身から出た錆。これはこの国の――私たちが解決すべき問題ですから』

 なんとなくではあるが、彼女ならそう言うだろうとは思っていた。
 まあ、実際に戦争への協力を要請されたところで断っていただろうけど。
 今更、銀河法を気にしているわけじゃない。これは、あくまで過去の歴史の問題。俺たちとは直接の関係がないことだ。
 決闘が利用されたことは確かだが、何れこうなっていた可能性が非常に高い。彼女も言っていたように、この国の人々が解決すべき問題だ。
 それに巻き込まれるのが俺だけならともかく、ドールたちも一緒となると勝手な判断は下せない。
 どうするにせよ、まずは合流するのが先か。

「……安らかに眠れよ」

 穴の底に落ちていったパパチャの冥福を祈り、俺はその場を後にするのだった。

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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