ババルン軍の襲撃を受け、聖地が崩壊して凡そ一ヶ月半。
現在、シトレイユとハヴォニワの国境に程近い教会本部では、各国の代表が集まって世界会議が開かれていた。
主な議題は、やはり聖地の件――ババルン軍に奪われ、行方が分からなくなっているガイアについてだ。
嘗て、その圧倒的な力で先史文明を滅びへと誘った究極の破壊兵器。このまま放置すれば、世界の脅威となることは明白だ。
だからこそ教会は原因を作ったシトレイユに賠償と戦費の負担を求め、ハヴォニワに対しては正木商会の協力を要請した。
だが、その交渉も上手く行っているとは言えず、話し合いは難航していた。
そもそも今回のことは、シトレイユだけでなく教会の管理体制も問われる問題だ。
先の聖地の戦いで、これほど犠牲が少なく済んだのは教会の手腕と言うよりは正木商会――ひいては太老のお陰とする声が強かった。
その上で自分たちのことを棚に上げ、商会に負担を求めるのは間違いではないかと言った声が上がったのだ。
シトレイユについてもそうだ。
確かにババルンのしたことは許されることではない。しかしシトレイユの内情をよく知る者の多くは、それがシトレイユという国そのものの意思ではないと知っている。ババルンを抑えきれなかった責は、女皇のラシャラにもあるだろう。しかし、此度の聖地侵攻を予想しろというのは些か無理な話だ。
そのような危険な物が聖地に封印されていることを、そもそも彼女は知らなかったのだから――
少なくともシトレイユ国内においては、クーデターを含めたババルン軍の動きを警戒して十分な準備がされていた。
ババルンの聖地侵攻は予想し得なかったことで、完全に意表を突かれたカタチと言っていい。
情報があれば、まだ事前に対策を取れただろう。
その点を考えれば、ガイアの存在を世界に隠し続けてきた教会にも責がないとは言えなかった。
嘗て、この世界で起きた悲劇を繰り返させないために、教会がアーティファクトを始めとした技術を管理し、必要に応じて各国へ供与するというやり方に納得している国もあれば、不満を覚えている国も少なくない。だが、それでも教会のやり方に大きな反発がなかったのは、彼等がしっかりとした管理体制を築き、これまで大きな問題を起こしてはいなかったからだ。
今回、聖地で起きた事件は、そんな教会が積み上げてきた信用≠損なうのに十分な大事件と言えた。
このままのやり方でいいのか? 本当に教会に任せておいて大丈夫なのか?
そう言った疑惑を各国に抱かせてしまったこと、これは教会にとって大きな痛手と言っていい。
教会が古い歴史を持つ巨大な組織であるとは言っても、各国の協力なくして彼等に出来ることは少ない。組織の運営に必要なありとあらゆるものを、各国から供出している資金に頼っているからだ。
そこには聖機人のレンタル料や、聖機師同士の婚姻の管理や仲介によって得ている報酬も含まれるが、大半は寄付によって賄われていると言ってもいい。そのための学院だ。
聖機師というのは、生まれながらの才能に大きく左右される職業だ。聖地での修行が絶対に必要かと問われると、そうとも言えない。国に所属していない『浪人』と呼ばれる聖機師のなかにも強い聖機師は大勢いる。そして聖地で一目置かれるような聖機師も、幼い頃に才能を見出され、各々の国で武芸を磨いてきた聖機師が多いのが現実だ。
ならば、何故――聖地学院が必要なのか?
嘗てシトレイユ領だった聖地で聖機神が発掘されたことを知った教会は、歴史が再び繰り返されることを真っ先に危惧した。
しかし既に聖機神が発掘されてしまった以上、その存在を隠し続けることは難しい。強引に取り上げるような真似をすれば、シトレイユだけでなく追従する各国の反発を招き、これまで教会が積み重ねてきたものが崩壊しかねない。だからこそ『聖機人』の供与を始め、嘗てのような開発競争による暴走を招かないように、教会が管理することを考えたのだ。
同時に聖機師という存在を教会が保証することで名に箔を付けると共に、教会の必要性と考えを浸透させる狙いがあった。
教会の管理体制に疑念を抱かせないため、自分たちの教えを広めることに積極的だったのはそれが理由だ。
だからこそ、聖地の崩壊を招いことは、彼等にとって大きな痛手だった。
特に主要三国の内、シトレイユとハヴォニワの二国が教会に反発し、異なる見解を示したことが大きい。
シュリフォンはそんな二国と同調しているわけではないが、だからと言って教会の味方とは言えない。どちらかと言えば、中立的な立場だ。
というのも、聖地の警備は教会の戦力を除けば、主にシュリフォンが管轄していた。だというのに学院を守り切れなかったことに、彼等なりの責任を感じているのだろう。
しかし教会に負い目を感じる一方で、学院の生徒が無事だったのは正木商会の活躍があってこそだと彼等も理解している。
それだけに、教会とハヴォニワ。どちらの味方もすることが出来ず、彼等は成り行きを見守ることしか出来ずにいたのだ。
だが――
「話し合いは平行線か……。しかし、このまま手をこまねいているわけにもいかない。ガイアの脅威は迫っているのだ。聖地のようなことが、いつ何処で起きても不思議ではない」
教皇の言葉に、ああでもないこうでもないと言い争っていた各国の代表は押し黙る。彼等も理解しているのだ。
ババルン軍が姿を消して一ヶ月半。未だに動きがない理由はわからないが、聖地のように自国を危険に晒すわけにはいかない。
生き残った聖機師の話や聖地の被害状況から見て、現状ガイアに対抗できる国は少ない。
ハヴォニワならもしかしてと思わなくもないが、最大戦力とも呼べる太老が先の戦いで行方知れずとなっている現状では不安が残る。
一国では無理。ならば複数の国が協力して、この脅威に立ち向かわなくてはならないとする教会の主張は間違ったものではなかった。
これには中立的な立場にいるシュリフォンも賛成に回らざるを得ない。
聖地での戦いで教会の次に損害を被り、ババルン軍の脅威を肌で実感したのは彼等だからだ。
「だが、数で対抗できるような相手でもない。悪戯に被害を増やすばかりだ。ガイアと戦うには、こちらも相応の戦力を用意する必要があるだろう」
やはりそうきたか、とマリアは教皇の言葉に眉をひそめる。
ここに太老がいれば、間違いなく教会は太老に協力を要請したはずだ。だが、太老はいない。
並の聖機人ではガイアに対抗できない。物量で押すという方法もあるが、それでは教皇の言うように被害が増すばかりだ。
しかし〈黄金の聖機人〉――太老の代わりが務まるほどの聖機師が簡単に見つかるはずもない。となれば――
「白銀の聖機人。そして、白い聖機人。ババルン軍を圧倒したこの二体の聖機師に協力を要請する」
そう言って、真っ直ぐに見据えてくる教皇に対して、マリアは物怖じすることなく鋭い視線を返す。
聖地に現れた二体の聖機人。そしてその聖機師についても、既に正体が知られていると察したからだ。
知らぬ存ぜぬを通すことは簡単だ。しかしガイアによる被害が広がれば、その非難はハヴォニワに向かう可能性が高い。
それにマリアとしても、このままでいいとは思っていなかった。ガイアへの対処と責任の追及は別の問題だ。
「一つ、皆様に提案があります」
故にマリアは、ここで水穂より託されたカードを切る決断をするのだった。
異世界の伝道師 第291話『独立部隊』
作者 193
面白いことを考える、と豪快に笑う主君の姿に側近の男たちは半ば諦めにも似た溜め息を漏らす。
褐色の肌に銀色の髪。鋼のように引き締まった身体と、猛禽類のような鋭い双眸を持つこの男こそ、アウラの父――シュリフォン王だった。
「しかし、まさかハヴォニワがあのような提案をしてこようとは……」
「教会の連中も随分と慌てておったな」
「笑いごとではありませんぞ」
シュリフォン王を嗜める側近の男。彼は先王の時代から王国に仕える大臣の一人だ。
そんな彼が王の言葉に頭を悩ませるのには、先程まで開かれていた会議に理由があった。
「まさか、独立部隊の結成とは……」
各国より選りすぐりの人材を集め、ガイアに対抗するための独立部隊を結成してはどうかと、マリアは提案したのだ。
ガイアの脅威に対抗するという一点においては、独立権限を持った即応部隊の設立は悪い話ではない。
しかし、白銀の聖機人。そして白い聖機人を手中に収め、主導権を握るつもりでいた教会にとっては到底受け入れ難い提案だった。
ましてや、この機に乗じて連合の設立を正当化し、加速させようとする動きに教会が不快感を顕にするのは当然と言えた。
だが、ことは世界の趨勢に関わることだ。真剣に議論すべきではないかという声が大半を占め、各々一旦は話を持ち帰って後日もう一度、決を採るという流れに会議は収まった。
「しかし乗らざるを得まい。ここで教会だけが突っぱねたところで、余計に不信感が募るだけだ」
独立部隊の設立は、もはや既定路線。避けられない流れだろうと、シュリフォン王は考えていた。
発案者のハヴォニワは勿論のこと、シトレイユも賛成に回ることは確実だ。そして有能な聖機師というのは稀少で、どの国もがババルン軍に対抗する戦力を有しているわけではない。今回の聖地の件で、教会に対する信頼は大きく揺らいでいる。そのことからこのまま黙って教会に主導権を握られるよりは、まだ自分たちの意見が通りやすい方を選択してもおかしくはなかった。
少なくとも各国が人材と資金を出し合い設立した部隊であれば、教会に遠慮をする必要もなく彼等も口を挟みやすいからだ。
それに戦後の交渉についても、三大国や教会に功績を独占されることなく、小さな国でも分け前の望みはある。
こうも明確な旨味を提示されては、教会寄りの国のなかでも心を動かせる者が出て来ておかしくはない。
実際そうなるだろうという空気を、シュリフォン王は会議の様子から感じ取っていた。
「……王はどうされるおつもりですか?」
シュリフォンには長い間、教会と共に歩んできた歴史がある。
ガイアの件を秘密にされていたことについては不満もあるが、だからと言って教会のやってきた行いがすべて無駄だったとは思わない。
些か行き過ぎた面があることは確かだが、教会の主張も決して間違ったものではないからだ。
「ハヴォニワに付く気はない。しかし、独立部隊の結成には賛成だ」
「それで教会が納得しますか?」
「せんだろうな」
むしろ、裏切りと取られる可能性が高いとシュリフォン王は考える。
教皇はともかく、その取り巻き――枢機卿たちは納得しないだろうという確信があった。
彼等は教会による管理体制こそが世界を安定させ、秩序を守るのに必要不可欠だと考えている。
そのため、世界に変革という名の混乱をもたらそうとしている太老を警戒し、排除に動こうとさえしていたのだ。
彼等が求めているのは変革なのではない。教会によって管理された世界。秩序という名の安寧だ。
故に、教会に比肩する組織の誕生を彼等は受け入れることが出来ない。ハヴォニワの提唱する連合構想など、その最たるものだ。
「教会の考えもわからなくはない。しかし、こそこそとしたやり方は気に入らん」
教会が変革も求めないのであれば、それをどうこういうつもりはない。しかしここ最近の教会のやり方に、シュリフォン王は不満を覚えていた。
自分たちの手は汚さず、周辺諸国を使ってハヴォニワに圧力をかけたり、権威を笠に着て一商会に理不尽な要求をする。
太老が気に食わないのであれば、本人に直接言うべきことだ。なのに教会は決して表にでようとはしない。
挙げ句、シトレイユの責任を求めて逆に教会の不手際を追及されれば、聖地があれほどの被害を受けたのは学院の認識の甘さが原因だとして、学院長にすべての責を負わせようとする始末だ。
男らしく正々堂々とした戦いを好むシュリフォン王が、そんな枢機卿たちのやり口に嫌気をさすのも無理はない。
「これで教会との関係が切れるのであれば、それまでのことだ」
「では……」
「独立部隊には、アウラを参加させる」
王の言葉に恭しく頭を下げ、早速調整に取り掛かる側近たち。
「まずは、お手並み拝見といこうか」
そんな部下たちの背中を見送りながら、シュリフォン王は不敵な笑みを浮かべるのだった。
◆
マリアの提案によって各国が慌ただしい動きを見せている頃、水穂は辺境伯領で秘密の会談を行っていた。
その相手とは――
「久し振りね、林檎ちゃん」
「水穂様も、お元気そうで何よりです」
立木林檎。神木瀬戸樹雷の下で共に働いていた同僚だ。
「まさか、林檎ちゃんまでこっち≠ヨ来るとは思ってもいなかったわ。やっぱり太老くんの件?」
「はい」
それはそうよね、と林檎がこちらの世界へやってきた事情を察し、水穂は嘆息する。
林檎から連絡を貰った時には驚いたが、遂にこの時がきたかという思いもあったからだ。
この世界は変わってきている。良い意味でも、悪い意味でも――
その中心にいるのが、太老だ。そして、いまと同じような状況を水穂は嘗て体験したことがあった。
(瀬戸様が動くと言うことは、もう余り時間が残されていないと言うことよね)
このままにしておけば、樹雷と同じ状況――下手をすると、あの時以上の騒動へと発展する恐れがある。
もしかしたら、既にその影響があちらの世界にも出ているのかも知れないと、水穂は考えた。
事実、水穂がこちらへ送られる前にも、その兆候は既にでていたからだ。
「すべてお見通しってわけね。でも、太老くんは……」
「存じています。ですが誤解のないように言っておきますが、私は太老様を連れ戻すために派遣されたわけではありません」
「え?」
水穂は目を丸くして驚く。
てっきり太老をあちらの世界へ連れ戻すために、瀬戸がこちらの世界へ林檎を送り込んだのだと思っていたからだ。
しかし、ガイアや教会の件もある。このまま元の世界へ帰るわけにもいかない。
最悪、太老だけを帰すことになっても自分は残る覚悟で水穂はいただけに、林檎の言葉は意外なものだった。
誰にも目的地を告げず、こっそりと林檎に会いに来たのも、こんな話を周りに聞かせられないためだ。
「それじゃあ、どうして……」
「勿論、太老様をサポートするためです」
そう言って胸を張る林檎に、水穂は益々わからないと言った複雑な顔を見せる。
この状況に林檎が加われば、問題が加速することは目に見えている。そのことがわからない瀬戸ではないはずだ。
だから林檎が何か思い違いをしているのではないかと考え、水穂はもう一度尋ねてみたのだが、
「林檎ちゃん、意味わかってて言ってる?」
「はい。商会の掲げる理念『より住みよい世界に』――太老様らしい理想だと感嘆しました」
「うん。それは私もそう思うけど……」
「そこで何か太老様の役に立てないかと考え、山賊ギルドの協力を得て情報収集を行いました。こちらが、ここ半月のババルン軍の動きを記録した資料になります」
「山賊ギルド? え、ババルン軍の動きって……」
戸惑いを隠せないまま、林檎から調査ファイルを受け取る水穂。
未だにどの国も行方を掴めていないババルン軍。その動きを詳細に記した資料など、貴重の一言では済まされないものだ。
太老のためにと本気をだした林檎の調査能力は、水穂も驚きを隠せないほどに高い。
鬼姫の金庫番の名は伊達ではなく、彼女の手に掛かればどんな人間でも家族構成から過去の嬉し恥ずかしい記憶まで丸裸にされてしまう。
林檎が自信を持って用意したからには、このデータに嘘は無いだろうという確信はあった。それだけに分からなくなる。
(本気で太老くんをサポートするためだけに、こっちの世界へ?)
林檎が嘘を言っているようには見えない。
しかし、それを瀬戸が許可したというのが水穂にはわからなかった。
絶対に何か裏があるはずだ。
(もしかして……)
逆の発想だ。問題を問題として捉えていない?
このまま太老の思うようにやらせることが、瀬戸の狙いだとすれば?
それは即ち――
(この世界に太老くんの足場を固めることが目的? 確かに、ここなら連盟も手はだせない)
連盟の手が及ばない異世界なら、銀河法も関係ない。
厳密には初期文明への干渉を禁止したルールなので、それが連盟の勢力圏内であるかどうかは関係ないのだが、バレなければ結局は同じことだ。
以前から樹雷では、太老に皇族としての地位と領宙を与える話が上がっていた。
もしかしたら、そこに異世界を組み込むつもりでいるのかもしれないと、水穂は瀬戸の考えを予想する。
それに北斎のことや〈祭〉の件も、瀬戸には伝わっていると考えていいだろう。一つとして放置できる問題ではない。
だとするなら、これらすべての問題を一挙に解決する手段として、敢えて林檎を送り込んだとは考えられないだろうか?
「――様。水穂様!」
「あ……ごめんなさい。何かしら?」
「私からも一つお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、勿論」
動揺を悟られないように気を配りながら、水穂は林檎の問いに答える。
しかし、
「桜花ちゃんが尋ねてきませんでしたか?」
その一言で、取り繕った表情が一瞬で崩れ去った。
瀬戸にどのような思惑があるのかは定かではない。しかし林檎だけでなく桜花まで……。
この世界で、何が起きようとしているのか?
さすがの水穂も予想が付かず、自分の手には負えないと判断して――
(早く帰ってきて、太老くん!?)
心の中で、太老の名を叫ぶ。
問題の原因が太老にあるとわかっていても、林檎と桜花。
この二人を抑えられるのは太老しかいないことを、水穂はよく知っていたからだ。
もしかしたら、それこそが瀬戸の真の狙いだったのかもしれないと、水穂は訝しむ。
そんな彼女の苦労など知るはずもなく、遠く離れた過去の世界で太老は――
「お兄ちゃん、気持ちいい?」
「ああ、マリアちゃん。肩たたきが上手いな」
「えへへ」
幼女と幸せな時間を過ごしていた。
……TO BE CONTINUED
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