【Side:太老】
御前試合の日から一ヶ月ほどの時が過ぎた。
「わあ! お城だ! すごい、すごい!」
砂で作ったお城に大喜びの小さなマリアを見て、思わず俺の表情も緩む。
スカートの裾にフリルをあしらった白いワンピースタイプの水着が、愛らしいマリアによく似合っている。
青い海、白い砂浜。燦々と輝く太陽。浜辺で戯れる水着姿の美少女。
これぞ、まさに夏のバカンスと言った光景だ。
「ふふん。このくらい私の能力を使えば造作もないことです。他にリクエストはありますか?」
「なんでもできるの?」
「当然です」
「それじゃあね!」
得意げな表情を浮かべ、ない胸を張る零式。そしてマリアのリクエストに応じて、次々に砂で建物を作っていく。
ちなみに零式が着ているのは旧式のスクール水着だ。胸には『れーしき』と平仮名で書かれた名札まで付けていた。
なんで、あの水着をチョイスしたのか? アイツのやることはよくわからん……。
気付けば数分ほどで、砂で作られた王都のミニチュアが完成する。
器用というか、能力の無駄遣いというか、まあ……マリアが喜んでるならいいか。
「なんだか、凄いことになってるわね」
そう言って現れたのは、メザイアだ。
ほとんど紐のような水着を纏い、その艶やかな肢体を見せつけるように隣のビーチチェアに腰掛ける。
「フフッ、気になる? いいのよ。気になるなら触っても……」
妖艶な笑みを浮かべながら、自分の胸に俺の手を押し当てようとするメザイア。
俺も男だ。まったく興味が無いと言えば嘘になるが、こんなあからさまな罠に掛かるほど愚かではない。
こんな時、素直に欲求に従えば、どうなるかということを長年の経験から熟知しているからだ。
「随分と面白いことやってるじゃない? おばさん」
ほらな……。
声がした方を振り向くと腰に手を当て、メザイアを睨み付けるドールがいた。
危ないところだった。メザイアの誘いに乗っていれば、俺にも怒りの矛先が向いてた可能性は高い。
そりゃ怒るよな。三姉妹の末っ子故か、自分より年下が他にいないこともあってドールはマリアを妹のように可愛がっていた。
それだけに、ただでさえ目に毒な格好をしてるのに、子供の前で淫らな行為に及ぼうとしているのを見過ごせるはずもなかった。
「ご主人様に奉仕をするのもメイドの務めでしょ?」
「……いつから太老のメイドになったのよ」
「あら? 受けた恩を身体で返すのは常識でしょ?」
「そんな常識しらないわよ!?」
「フフッ、素直になりなさい。どうせなら、あなたも――」
そう口にして、ドールの胸を見るなりメザイアは困った顔で口を噤む。
動きやすさを重視したパンツタイプの水着だが、スレンダーな体型のドールによく似合っている。
似合ってはいるのだが――
「ごめんなさい」
「どういう意味よ!?」
謝るメザイアに、ドールは食って掛かる。
パラソルの下で睨み合う二人を見て、俺は気配を消すと気付かれないように距離を取った。
そして、
「お兄ちゃん?」
「ここは危ないから避難しよう。零式」
「はい。お父様」
マリアを脇に抱え、零式に転送ゲートをださせると――
背後から聞こえてくる轟音に振り返ることなく、俺たちはそっとゲートを潜るのだった。
異世界の伝道師 第292話『親』
作者 193
シャワーで身体を洗い、マリアと一緒に食堂に向かうと、そこには先客がいた。ネイザイだ。
背中に赤ん坊を背負い、ミルクの用意をしているみたいだった。
「あら? お帰りなさい。随分と早かったのね」
「いつものだよ。巻き込まれる前に退避してきた」
「ああ、そういうことね」
これだけで通じるのだから、日頃からメザイアとドールの二人がどれだけやり合っているかわかると言うものだ。
特に仲が悪いと言うわけではないのだが、相性的な問題だろうと思う。
元が一つの肉体から分かたれた存在なのだから、むしろ相性は良いんじゃないかと思うかもしれないが、逆だ。
一度身体を失い、人間の子供にコアクリスタルを移植することで蘇ったネイザイと違い、メザイアとドールは一つのアストラルが分化して生まれた存在だ。
メザイアはフラン家の長女、キャイアの姉として育てられた人間の人格。
一方でドールは赤ん坊に退行させる際、コアクリスタルに封じられた記憶が人格の元となっている。
相性が良すぎるから反目する。
似た者同士……いや、この場合は自分と喧嘩をしているようなものと言った方が正しいのかもしれない。
誰だって人には見せたくない一面を持っているものだ。そんな認めたくない自分の嫌なところを見せられれば、目を背けたくなる。
表と裏。それがメザイアとドールの関係だった。
「ネイザイはよかったのか?」
「どういうこと?」
「あの二人みたいに息抜きしないで。ずっとユライトに付きっきりなんだろ?」
メザイアや零式も交代でユライトの世話をしているとは言っても、大半はネイザイが面倒を見ている。
戦力外通告を受けたドールは仕方がないとして、俺も手伝いを申し入れたことがあるのだが、やんわりと断れたからだ。
「いいのよ。私が好きでやっていることなんだから」
そう言われてしまっては、俺も特に言うことはなかった。
実際、ネイザイは嫌々ユライトの面倒を見ているわけではない。
ユライトに向ける彼女の眼差しを見れば、その程度は俺にも察することが出来る。
「それに息抜きなら十分にさせてもらっているわ。なんでも揃い過ぎてて、リフレッシュする場所には困らないくらいだもの」
ネイザイの言うように、この船――守蛇怪・零式には、ありとあらゆるものが揃っている。
先程、マリアたちと海水浴を楽しんでいた無人島も、船のなかに設けられた数ある保養地の一つだ。
惑星一つが丸々亜空間に固定されているので、海水浴だけでなく登山や森林浴も楽しめる。
ある意味、世界を丸ごと一つ内包しているわけだしな。人間は俺たちしかいないけど。
「大変、ミルクをあげる時間だわ」
泣き声に気付き、慣れた様子でユライトをあやすネイザイ。
その姿に、なんとなく俺は懐かしいものを覚える。
そう、俺にもあんな頃が――
(あったっけ?)
前世の記憶があるとバレてからはマッドに預けられ、モルモットのような幼少期を過ごした記憶しかない。
両親と過ごすのは都会の会社で働く親父が村に帰ってきた時くらいで、基本的には柾木家で過ごす時間の方が長かったしな。
いやまあ、だからと言って家族を憎んでいるとか、そういうのではないんだけど。
マッドに預けられたのは仕方のないことだと理解しているし、むしろ両親には若干の負い目を感じているくらいだ。
生まれ変わったことを後悔していると言う訳ではない。俺が前世の記憶を持って生まれてきたことで、この世界の正木太老≠ヘどうなったかとか、考えたところでどうにもならないことで悩んでも仕方がないことと割り切っている。薄情と言われようが、俺は俺だ。他人の人生を背負えるほど強くもなければ、胸を張って誇れるほど立派な人間でもない。
俺に出来ることと言えば、精一杯生きること。後悔しないように、人生を楽しむことくらいだ。
だが、その所為で両親には余計な苦労を背負い込ませてしまい、普通の親子らしいことは何一つしてこなかった。
だからかもしれないな。赤ん坊をあやすネイザイを見て、両親の顔が頭を過ぎったのは――
「ん?」
上着の裾を引っ張られているのに気付き、視線を下げると、俺の顔をじっと見上げるマリアがいた。
そういやネイザイと話をしてて、昼食のことをすっかり忘れてたな……。
マリアも腹を空かせているだろうと思い、「何が食べたい?」と尋ねようとしたところ、
「お兄ちゃんも、おっぱい欲しいの?」
マリアから先に尋ねられ、ピシリと場の空気が凍り付く。
ほ乳瓶を手に持ち、ユライトにミルクを与えていたネイザイの手も止まっていた。
「でませんよ!?」
俺と目が合い、珍しく狼狽した様子を見せるネイザイ。
いや、そんなこと言われなくてもわかってるから……。
まずは誤解を解くのが先だと考え、マリアに理由を尋ねてみると、
「パパはよくママにおっぱいねだってたよ?」
納得の答えが返ってくるのだった。
◆
昼食を取った後、お腹が一杯になって眠ってしまったマリアをネイザイに預け、俺は船のブリッジへ向かっていた。
ラシャラが俺を捜しているとの連絡を、零式から受けたためだ。
「待たせたな」
「いえ、お呼び立てして申し訳ございません」
ブリッジに顔をだすなり、そう言って頭を下げてくる女皇に「座って話をしよう」と俺は着席を促す。
「話があるってことは、何か動きがあったのか?」
「……はい。まずは、こちらをご覧ください」
空間モニターに映し出される景色。船の外には、宇宙空間が広がっていた。
そのなかで一際、輝いて見える青い惑星。あれが先日まで俺たちがいた星。この世界の『地球』だ。
御前試合の後、俺たちは船で宇宙へ逃れ、そこから地上の様子を探っていた。
この船の力を使えば宰相の放った軍勢を蹴散らすことも、王都を奪還することも簡単だ。だが、ラシャラはそれを望まなかった。
軍は国の命令で動いているに過ぎない。戦いとなれば最初の犠牲となるのは、そうした兵士たちや王都の人々だ。
だからこそ、出来るだけ民に犠牲をだしたくはないと、彼女は考えたのだろう。
しかし、そうなると可能な限り戦闘を避けつつ、クーデターに参加した首謀者たちを捕らえる必要がある。
そこで宰相派――貴族の動きを探っていたのだが、
「ようやく動きだしたか。狙いは、やはり?」
「はい。彼等の狙いは聖域≠ノあるようです」
王都に集結した軍が、王都から北の方角――聖域と呼ばれる場所へ向かう姿がモニターには映し出されていた。
宰相の目的を最初に予想したのは彼女だが、実のところ俺たちの目的も聖域にあった。
この世界の秘密。俺の求める答えがそこに眠っているとの話を、彼女から聞かされていたからだ。
勿論、彼女の話をすべてを鵜呑みにしているわけではないが、他に手掛かりがあるわけでもない。
それに零式のスキャンによると、そこに何かが封印されていることは確からしい。
神殿と思しき建物のある空間が時間ごと凍結されているらしいので、まずは結界を解かないことには調査のしようがないのだが――
「あそこは皇族しか入れないんだろ?」
「はい。正確には、私がいなければ扉≠開けることは出来ません」
その結界の封印を解けるのは、目の前にいる女皇のみ。当然そのことは宰相も知っているはずだと彼女は話す。だからこそ、わからなかった。
国が手に入っても、女皇を殺してしまえば望むものは手に入らない。
本当は女皇を殺すつもりはなく捕らえるつもりだったのかもしれないが、それにしたって杜撰な計画だ。
千年も守り抜いてきた秘密だ。例え、捕らえることに成功したとしても、彼女が素直に従うとは思えない。
「結界を解く方法が他にもあるとか?」
「それは考え難いのですが……」
あちらにはパパチャがいる。もしかしたらと、女皇も考えているようだ。
仮にもマリアの父親だ。こういう言い方をすると不謹慎かもしれないが、ああいう奴はしぶといからな。
あ、でも……マリアの態度や発言を聞いてると、娘にも呆れられているというか、避けられてる感じがするんだよな。
恐らくマリアのあれは母親の影響だと思うが、そう考えるとパパチャが死んでも誰も悲しまないのか?
いや、こういう考えはよくないな。敵に回れば容赦をするつもりはないが、あんなのでもマリアの父親だ。
殺さずに済むのなら、その方が――
「……今度は確実に息の根を止めてくださいね」
と考えていたら、物騒なことを口走る女皇。余程、腹に据えかねているらしい。
「ということは、どうするか決めたのか?」
「はい」
この一ヶ月、動かずに様子を窺っていたのは敵の狙いを見定めるためだ。
しかし、既に敵が動き始めてしまった以上、こちらも何かしらの行動を取る必要がある。
もし、結界を破る手段をパパチャが持っていた場合、取り返しのつかない事態になると女皇は考えたのだろう。
「ご案内します」
この世界の秘密が眠る場所へ――
それが、彼女のだした答えだった。
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