「で? どうじゃった?」
「哲学士を目指しているという話に嘘はないようです。それどころか――」
勝仁は信幸に、紳士会のメンバーで太老の人となりを見て欲しいと頼んでいた。
自分が太老に直接探りを入れるよりは、信幸たちの方が自然と情報を引き出せると考えたからだ。
その結果は――
「ふむ。現役の哲学士にも劣らぬ知識力を持つか」
紳士会のメンバーのなかには、銀河アカデミーの卒業生もいる。
しかし、そんな彼等でも太老の持つ知識量は推し量ることが出来なかった。
信幸自身、勝仁の妻であるアイリと話をしているかのような錯覚を覚えたくらいだ。
少なくとも哲学士に相当する知識力を太老が持っているというのは、疑う余地がない。
「ですが、人格に問題はないとの見方が大半を占めていました。性格は明るく心根の強い青年かと」
「哲学士は変人が多いと言うが、そこは不幸中の幸いじゃったの」
勝仁が誰のことを言っているのかを察し、信幸は苦笑を漏らす。
哲学士は大なり小なり癖の強い者が多い。所謂、アカデミーの哲学科とは変人の巣窟だ。
それは哲学士に一度でも会ったことのある者であれば、誰もが共感を覚える認識と言っていい。
その代名詞とも呼べる人物と勝仁は結ばれ、二人の子供を授かっているのだ。
哲学士という生き物がどういう性格と考えを持っているかは、彼以上によく知る人間はこの村に二人といないだろう。
だからこその不安と疑問だったのだが、太老の評判が思いのほか高評価だったことに勝仁は内心驚いていた。
「でも、よかったんですか? 彼をあそこへ連れて行って」
事情が事情だ。勝仁の考えは、信幸も察することが出来る。
しかし正木紳士会とは、正木淑女会と並ぶ『柾木』の眷属の集まりだ。
勝仁――遥照の一族の集まりで、基本的には『柾木』の血に連なる者でなければ参加資格はない。
ゲスト参加とはいえ、外部の人間を会の集まりに招き入れることは本来ありえないことだった。
「清音が拾ってきた子じゃ。そう難しく考えずとも、村の宴会に客人を招待しただけと考えればよかろう。それに……」
「それに?」
「他人のような気がしなくての」
勝仁が太老と初めて顔を合わせた時に覚えた印象。直感とも言うべきものがそれだった。
一枚の紙を取り、そこに勝仁は『太老』と筆でしたため、それを信幸に見せる。
「太老くんの名前ですよね? それがどうかしたんですか?」
「他にも『太老』と読む。母上の実父、儂の祖父の名じゃ」
「――ッ!?」
驚きに目を瞠る信幸。
「では、まさか彼は……」
「断言するのは早計じゃろうが、『柾木』の名に連なる者である可能性は高い」
偽名と考えることも出来るが、そうであるなら『太老』という名前を態々名乗らずともいい。
太老が地球へやってきた本当の事情はわからない。
しかし、もし彼が柾木の――母、船穂とも関係があるのであれば――
(こんなことが罪滅ぼしになるとは思えないが、もしそうなら……)
これも何かの縁。出来る限り、力になってやろう。
それが勝仁の――遥照のだした答えだった。
異世界の伝道師 第292話『レイア』
作者 193
【Side:太老】
こっちの世界に飛ばされて二週間。未だに救援が来る気配はない。
最初のうちは久し振りの里帰りを楽しんでいたのだが、実のところそれにも少し飽きてきていた。
外との交流がほとんどない村だけに、基本的に何もないからな。
畑仕事や狩りをする以外は、家でのんびり過すか、釣りに出掛けるくらいしかやることがない。
ようやくテレビが普及を始めたような時代だしな。ただでさえ娯楽の乏しい村に、そうした刺激を求めるのは間違いだとわかっている。
故に――
「いっそ、自分で作るか……」
そうした考えに行き着くのは、当然の帰結だった。
と言う訳で、まずは環境を整えることから着手を始めた。
正直、この時代の地球では材料を掻き集めたところで、いろいろと足りないものが多い。
しかし、あちらの世界で学んだ亜法技術を用いれば、ある程度はそれを補うことが出来ると気付いたのだ。
そのことに気付かせてくれたのは、紳士会のメンバーだった。
酒が入っていたこともあり、ああでもないこうでもないと技術的な話で結構盛り上がったんだよな。
アカデミーに通っていた経験のある人たちが、たまたま$a士会の集会に多く参加していたこともよかった。
そして――
「倉を弄る許可が欲しい? まあ、それは構わないけど……」
信幸に庭先にあった古い倉の使用許可を貰い、まず俺が始めたのは工房の設置だった。
設備を整えるに必要な資材を村の人たちに協力してもらって集め、足りないものは街まで調達に行く。
そんなこんなで一ヶ月が過ぎようとしていた頃、
「取り敢えず、カタチにはなったな」
工房が完成した。
万全とは言えないが、それなりにカタチにはなったと思う。
さすがに宇宙船を一から造るような真似は出来ないが、俺がこの時代に飛ばされた原因の調査くらいなら進められそうだ。
ただ、問題がないわけではない。
「盲点だったな。まさか、地球にエナがないなんて……」
正確には、まったくないわけではない。多少ではあるが、エナの反応は地球にもあった。
しかし、亜法にはエナが必要だ。亜法結界炉を動かすとなると、相当量のエナが必要となる。
蒸気動力とのハイブリッドであるフェンリルを用意することも検討したが、結局はあれも亜法動力を補助するものでしかない。
メインとなる動力に亜法結界炉を使う以上、どうしても一定量のエナを確保するのは必須だ。
工房のシステムをフルに活用するには、エネルギー源の確保が急務だしな。どうしたものか。
「となると、ブレインクリスタルを精製するしかないわけだけど……」
これにも問題があった。
地球で集められるエナの量では、一つのブレインクリスタルを精製するのに最低でも百年は掛かると計算がでたからだ。
正直そんな悠長に待ってはいられない。出来るだけ早くドールたちのもとへ帰る手立てを探したいところだしな。
となれば、
「〈船穂〉か」
零式以上の力を持つ〈皇家の樹〉の力を借りることが出来れば、ブレインクリスタルの精製も問題なく行うことが出来る。
そうすれば亜法結界炉を動かすのに必要なエネルギーの問題も解決するだろう。問題はそのことをどう勝仁に説明するかだ。
皇家の樹――船穂に直接頼めば力を貸してくれるかもしれないが、少なくとも〈船穂〉のマスターである勝仁には知られることになるだろう。
「樹が力を失っていないことは、確か秘密にしてるんだったよな……」
未来のことは話せない。その上で協力を求めて、果たして協力を得られるだろうか?
上手く説得する方法はないものかと、腕を組んで唸っていた、その時だった。
天を裂くような大きな音と共に、激しく地面が揺れ動く。
「地震? いや、これは……」
最初は地震かと思ったが、すぐに違うことに気付く。
船で超空間ワープへ突入するときに発生する次元干渉に似た力場を感じ取ったからだ。
もしかしたら、迎えがきたのでは? という考えが頭を過ぎる。
そうして俺は工房の外へと出ると、
「森の方か」
地震の発生源へと向かうのだった。
◆
しかし、そこで思いもよらない人物と鉢合わせする。
「あら? 太老くん。あなたもきたのね」
いつもの着物姿に日傘を手に持ち、地面にしゃがみ込む清音の傍らには、レオタード姿の小さな女の子が倒れていた。
「その子は?」
「さあ? 私もさっきここへきたばかりだから……」
周囲を見渡しながら、そう話す清音。
何かに押し潰されたかのように森の一部が切り取られ、丸い空間が出来ていた。
その中央に横たわる少女。状況から考えるに、この少女が原因の一端を担っていると考えるのが自然だろう。
清音も恐らく、そのことには気付いているはず。
「ん、んん……」
「あら? 目が覚めたみたい」
目が合う二人。
薄らと目を開けた少女はしばらくそのままの状態で固まっていたが、慌てて後ずさるように清音から距離を取った。
「ここは……研究所じゃない?」
そう呟きながら、辺りを見渡す少女。
怪我はしていないようだが、酷く警戒しているというか、戸惑っている様子が見て取れる。
でも、なんか見覚えがあるんだよな。どこかで会ったことがあるかのような――
「そうか、私異世界≠ノきたんだ。私なんてことを……ごめん、ネイザイ。ごめんなさい、みんな……」
ネイザイ? 見知った名前を少女の口から耳にして、俺は微かに驚く。
それに異世界って……まさか、この子――
「あ……」
俺が少女に確かめようとした、その時。
清音は泣きじゃくる少女に近付き、その小さな身体をそっと抱き寄せた。
(そうか、それはそうだよな)
その光景を前に、俺は何も言えなくなる。
見た感じ、シンシアやグレースとそう変わらないと言った年齢だ。
もし彼女が俺の想像通りあちらの世界≠フ住人なら、知らない世界に飛ばされて不安で一杯だろう。
(気になることはあるが、いまはそっとしておくか)
清音の腕に抱かれ、少女が泣き止むのを俺は静かに待つのだった。
◆
「まあ、こっちとしても助かりますけど、本当にいいんですか?」
「ええ、お願いするわ。必要なものがあったら揃えるから、なんでも言って頂戴」
そう話す清音の傍らには、昨日保護した少女――レイアの姿があった。
そう、レイアだ。剣士の母親にして、信幸の二人目の妻になる予定の正木玲亜。
正直、驚いた。いや、いまでも驚きを隠せないんだけど……。どうりで見覚えがあるはずだ。
レイアの話によると研究所の装置を誤って起動してしまい、本来こちらの世界へ送られてくるはずの人物の代わりに、彼女がこちらの世界へ転送されてしまったという話だった。
恐らく、そのこちらへ来るはずだった人物というのが、ネイザイのことなのだろう。
「この子のために、出来る限りのことはしてあげたいの」
で、清音には、レイアが元の世界へ帰るための方法を一緒に考えて欲しいと頼まれたと言う訳だ。
俺の目的とも一致しているし、協力してくれると言うなら断る理由はないのだが――
「アイリ――理事長には相談しなくていいんですか?」
「母さんに相談したら、この子がモルモットにされるかもしれないでしょ? いえ、きっとするわね」
気になって尋ねてみれば、そんな答えが返ってきた。
さすがは娘。アイリのことをよくわかっている。
珍しい異世界人のサンプルだ。哲学士なんかに預けたら、どんな目に遭わされるかわかったものではない。
俺も幼い頃は、マッドの実験に付き合わされて酷い目に遭っているしな……。頷ける話だ。
「その点、太老くんの方がマシ……いえ、信頼できると思うから」
いま、マシって言わなかったか?
アイリと比較されるのは、非常に不本意なんだけど……。
「それに困ってる女の子を見捨てたりなんて、しないでしょ?」
まあ、最初から困っている少女を見捨てるなんて真似が選択肢にあるはずもないのだが――
歴史に干渉するのは危険だとわかっていても、昨日あんな光景を見せられてしまうとな。
それに――
「ほら、言った通りにお願い≠オて」
「あ、あの……私に出来ることなら、なんでもしますからお願いします――お兄さん=v
そう言われては、俺も断ることは出来なかった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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