【Side:レイア】

 私たちの世界は暴走した最強の聖機神――ガイアによって、滅亡の危機を迎えていた。
 国が滅び、大勢の人が死に、どうにか逃げ延びた人々も、高地で細々とした生活を送っている。
 しかし命が助かったとはいえ、亜法に頼り切った生活をしていた人々にとって、高地での生活は厳しく辛いものだった。
 そんな彼等の希望として、ガイアに対抗するために造られた人造人間の一人。それが私、レイアだ。
 なのに、私は――

(ごめんなさい。皆……)

 この世界にきて十日。もう何度目になるかわからない後悔の言葉を心の中で繰り返す。
 ガイアは〈黄昏〉の名を持つ黄金の聖機神を元に、ガルシア・メスト博士が基本設計を考案し、その意思を受け継いだ研究者たちが長い歳月を掛けて完成させた究極の兵器。
 強固な亜法障壁で守られ、大気中のエナを取り込むことで無尽蔵とも言える力を発揮する。
 何より〈黄昏〉が使ったとされる光の盾≠模して作られた『ガイアの盾』には、どんな攻撃も通用しない。
 ガイアを倒すために造られたとは言っても、私たちの力ではガイアを破壊できないことは明らかだった。

 だから研究所の皆は、聖機神の本体と〈盾〉を切り離すことで、破壊するのではなく封印する作戦を思いついた。
 その作戦が上手く行かなかった時のために、次善の策として考えられたのが――
 ガイアを倒せる者を異世界から連れて帰るという方法だった。

 私は本来、ガイアを封印するための作戦に参加する予定だった。
 というのも、ガイアを倒せる戦士。それは異世界人と人造人間(わたしたち)との間に生まれた子供を意味するからだ。
 確実にガイアを倒せる――と言う訳ではないが、少なくとも召喚した異世界人を直接戦わせるよりは、高い適性を持った子供が生まれることは確かだった。
 しかしガイアとの戦いで、多くの異世界人が命を落としてしまったことで、計画に必要な異世界人を確保することが出来なくなってしまった。
 新たに異世界人を召喚しようにも時期が悪く、召喚に必要な装置も大半がガイアによって破壊され、高地に隠れ住んでいる状況では用意することが叶わず――
 そこで残された最後の手段として、こちらから異世界に人を送り込む計画が考えられたのだ。
 その計画で、異世界に送り込まれるはずだった人物。それが私の姉、ネイザイだった。

 なのに私は興味本位から装置を起動してしまい、この世界へとやってきてしまった。
 研究所の皆が必死の思いで完成させた装置だ。使えるのは一度切りの片道切符。
 軽率なことをしたと、今更反省したところで遅い。
 私がこの世界へやってきたということは、私の代わりにネイザイが――そして妹が――ガイアと戦うことを意味するからだ。
 それに私はあちらの世界へどうやって子供を送り返せばいいのか、教えてもらっていない。
 何もわからないまま、何の準備もないまま、こちらの世界へときてしまった。

「大丈夫、お姉ちゃんに任せなさい!」

 そんな後悔と寂しさから、ただ泣くことしか出来なかった私に、そう言って励ましてくれたのが清音姉さんだった。
 とても酷く、身勝手なことをしていると自覚はしている。それでも、私は彼女の優しさに縋るしかなかった。
 あちらの世界に残してきた多くの人の希望が、私の手に託されているのだから――
 せめて、ネイザイが負うはずだった使命を果たさないと、皆に合わせる顔がない。
 だから私は――

「子供の作り方を教えてください!」

 彼に相談をした。

【Side out】





異世界の伝道師 第298話『原因と調査』
作者 193






【Side:太老】

 俺は人生最大のピンチを迎えていた。
 突然、レイアに『子供の作り方を教えて欲しい』と相談を受けたからだ。
 レイアはまだ十歳かそこらと言った年齢だ。
 こんなところを他の誰かに見られたら、間違いなくアウトだ。
 GPが飛んできても不思議ではない。しかし――

「子供の作り方か……」
「はい」

 真剣なレイアの表情を見て、いい加減な回答は出来ないと考える。
 とはいえ、どう説明したものか。男の俺が説明するにはハードルが些か高すぎる。
 いっそ、清音に丸投げするか? いや、アイリの娘であることを考えると、安易に相談するのは危険だ。
 レイアみたいな純粋な子に変な知識を植え付けられて、アブノーマルな性癖に目覚められても困るしな。

(いや、待てよ? 適任な人物がいるじゃないか)

 ふと頭を過ぎったのは、信幸の顔だ。
 将来的にレイアは信幸と結婚し、剣士を出産することになる。
 なら――

「わかりました! 信幸おじさんに相談してきます!」

 俺の説得に応じ、元気に走り去っていくレイア。
 ふう、危ないところだった。しかし、我ながら悪い選択ではなかったと思う。
 剣士が生まれないなんてことになったら困るしな。
 しかし翌日――

「太老くん、少し話があるんだけどいいかな?」

 顔に痣を作った信幸が、俺の前に立っていた。


  ◆


 レイアが清音の家に住むようになって二週間。
 俺がこの時代へ飛ばされて一ヶ月半が過ぎようとしていた頃――
 ようやく完成した装置で、俺は地球の精密スキャンデータを解析していた。
 そうしてわかったことは、

「まさか、これが全部?」

 まとめられた観測データを見て、次元ホールの数に驚く清音。
 無理もない。俺も最初これを見た時には驚かされた。
 一体これまで何人の地球人があちらに召喚されたのか?
 驚くほどの数の次元ホールの痕跡が発見されたからだ。
 昔から地球には『神隠し』という言葉があるが、これが原因の一端を担っていることだけは確かだった。

「すみません……」
「いや、レイアを責めてるわけじゃないから……」

 申し訳なさそうに頭を下げるレイアに、俺は気遣うように言葉を返す。
 彼女の所為ではない。それにどちらかと言えば、ガイアとの戦いを押しつけられた彼女も被害者だしな。
 人造人間――ドールやネイザイからも話を聞いていたが、やはり人の業の深さ、身勝手さを感じずにはいられない。
 命を弄ぶなんてと道徳的な話をするつもりはないが、自分たちの手に負えなくなって、それをまたレイアのような子供に押しつけようというのだからな。
 自分の作ったものには責任を持つ。それが最低限のルールだ。
 身に余る力、扱いきれない技術は世に出すべきではない。その辺りの技術の秘匿と管理は、鷲羽も徹底していた。
 どこの誰が作ったかは知らないが、人造人間にせよ、ガイアにせよ、あの世界の科学者はそうした基本的な心構えが出来ていない。

「次元ホールの数から考えて、ここ数十年で百人以上が召喚された計算になるな」
「呆れた数ね……」

 地球の人口から見れば微々たる数ではあるが、それでも決して少ないとは言えない。
 幾ら召喚の条件を設定できると言ったところで、周りから見れば拉致と変わらないしな。

「で、これがレイアが転送された際に発生した次元ホールで間違いない」
「逆探知は?」
「解析済みだ。座標の特定も難しくはなかった。ただ――」

 座標がわかっても異世界への転送は難しい、と俺は説明する。理由は簡単、エネルギー不足だ。
 次元に穴を開け、世界を隔てる壁を飛び越えようと思えば、膨大なエネルギーが必要となる。
 異世界人の召喚が凡そ百年周期でしか出来ないのも、星の配列の他にその辺りの事情が関係しているのだろう。
 レイアの話によると、こちらへ転送する時に使用した装置も一度しか使えない、片道切符の代物だったそうだ。
 これは俺の推測だが、恐らくはエナを貯めておける――ブレインクリスタルを使った転送装置だったのだろう。

「次元に穴を開けるほどのエネルギーね……。母さんに言えば、そのくらい用意してくれるだろうけど」

 清音の言うように確かにアカデミーなら、そのくらい用意するのは難しくないだろう。
 GPの戦闘艦クラスの動力炉が一基あれば十分だしな。
 しかし、それをするということはアイリをこの件に引っ張り込むと言うことだ。
 レイアのことを考えれば、清音が躊躇するのもわかる。俺も出来れば関わり合いになりたくないしな……。
 ただ、清音やレイアには話していないが、問題は他にもあった。

(レイアが転送された際の次元ホールはすぐに見つかったのに、俺の方はまるで手掛かりすらないって、どういうことなんだ?)

 世界の壁を飛び越えるような転送が行われれば、必ず痕跡が残る。
 しかしどう言う訳か、俺がこの時代へと飛ばされた際の観測データは一つも見つかっていなかった。
 普通に考えれば、ありえないことだ。そんな真似、鷲羽にだって出来ないだろう。
 いや――

(そこにあるはずなのに観測できない。それって……)

 俺はそんな力≠知っている。だが、確証がない。
 仮にそうだとすれば、救援がこない理由も察することが出来るが……。
 もしそうだとすれば、キーネの力やあの銀河結界炉というのは――

「――太老くん? 何か気になることでも?」
「あ、えっと……代わりになるようなものがないかなって」

 訝しげな視線を向けてくる清音に、俺はそう言って誤魔化す。
 転送装置に使用するエネルギーに関して、心当たりはある。皇家の樹〈船穂〉だ。
 しかし俺の口から、そのことを提案するわけにはいかない。
 なんで、そのことを知ってるのかと尋ねられて、まさか本当のことを説明するわけにはいかないからだ。
 故に――

「……もう少し時間をくれる? 私の方でなんとかしてみるから」

 そう話す清音に、俺は黙って頷くのだった。

【Side out】





「御主も災難だったの」
「はは……」

 勝仁がなんのことを言っているか察して、誤魔化すように頬を掻く信幸。
 子供の作り方を教えて欲しいとレイアに相談された時は驚いたが、それ以上にそのことを清音に知られたことの方が問題だった。
 しかし逆にそれがよかったのか? ここ最近は進展のなかった夫婦の関係に変化があったのも事実だ。
 その点は顔に痣を作りつつも、太老やレイアに信幸は感謝していた。
 ちなみに、この変化が切っ掛けとなったのか? 一年後に天地が生まれることになる。

「で、御主の目から見て、どう思う?」
「レイアちゃんですか? 良い子ですよ。まあ、それは今更言うまでもないでしょうが……」

 勝仁もそこのところは疑っていない。太老の件と同様、清音の見る目を信じているからだ。
 しかし清音が何か隠しごとをしていることについても、勝仁は気付いていた。
 とはいえ、口を挟むべきか、迷っていたのだ。
 清音が話さないということは、話すべきではないと感じているからだ。恐らくそれは太老やレイアに関することだと察せられる。
 だとすれば、無理に問いただすのは清音の反感を買うだけでなく、太老やレイアからも要らぬ警戒を招くことに繋がりかねない。

「大丈夫ですよ」

 そんな勝仁の心配を察してか、信幸はそう口にして笑う。
 太老やレイアが悪人でないということは、少し接すればわかることだ。そしてそれ以上に、信幸は清音のことを信じていた。
 清音が秘密にしていると言うことは、あの二人にとっても聞かれたくないことなのだろう。
 空気を読まないように見えて、そういうところに清音は鋭い。だとすれば、自分から話してくれるのを待つべきだ。
 それに状況から考えて、清音が二人のことを秘密にしている理由が、まったくわからないわけではなかった。
 そのうち、バレるにしても――

「お義母さんに知られると面倒ですからね」
「確かにの……」

 アイリに知られると、いま以上に面倒なことになる。
 そんな信幸の言葉に、勝仁は納得した様子で頷くのだった。



 ……TO BE CONTINUED



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